プロローグ:世界を救った魔王様
飛空艇が加速していく。
目指すのは世界の中心にある塔。それは雲を貫く高さとこの世あらざる美しさを併せ持っていた。人の手ではけっして作れない神によって生み出されたもの。
完全に衝突コース。
だが、減速はしない。
なにせ、俺たちの目的はあの塔に風穴を明けることなのだから。
それを為すために、各地で陽動のため魔王軍が一斉蜂起をさせた。それにより塔の守りが薄くなっている。
こんなチャンスはもう二度とこない。
「あと二十秒で結界と衝突!」
銀髪の小柄なドワーフの少女が声を上げる。
この飛行艇の製作者、俺の眷属にして、ものづくりにおいては神域にまで到達した錬金術師。
「やー、そろそろ出番なの」
「燃えてきますね」
反応したのは、キツネ耳少女とエルフ。
彼らもまた、ドワーフの少女と同じく俺の眷属だ。
衝突三秒前。
「合わせてほしいの、マウラちゃん!」
「任せてください、ライナちゃん!」
飛空艇の先端にある突撃角に炎と風が集まっていく。
炎は、妖狐という種が進化し天狐に至ることによって可能になった朱金の炎。燃やすという概念そのものの具現。
風は、星の巫女たるエンシェント・エルフだけが従える星の息吹。清らかなる翡翠の風。
それらが絡み合い、高め合う。
そして、衝突。
神の塔の結界と二人の力がしのぎを削る。
単純な出力であれば神の力に挑むことなど無謀。。
ただ、こちらは飛空艇が通れるだけの穴を一瞬開ければいいのだ。
常時発動型かつ広範囲に広がる神の結界を、一点、一瞬だけ上回るだけなら、俺の眷属である彼女たちなら可能。
エルフ少女の瞳が翡翠色に輝く、彼女の【翡翠眼】はすべてを見通す。
完璧なはずの神の結界、そのほつれさえも見つけた。
その指示のもと、ドワーフの少女が侵入角度を調整していく。
「ライナ、今!」
「やああああああああああ!」
キツネ耳少女が叫びと共に魔力を絞り出す。
神の結界をぶち抜く。
その勢いで突撃角が神の塔に突き刺さる。その先端が展開し通路となった。
これで神の塔へ足を踏み入れることができる。
「ロロア、ライナ、マウラ、よくやった。ここから先は俺の仕事だ。結界が閉じる前に脱出して、ドルクスたちと合流しろ。魔王軍と、あとのことはあいつに一任してある」
俺の眷属たちは本当によくやってくれた。
神の塔は本来なら千を超える階層があり、本来ならその一つひとつに仕掛けられた神の試練を乗り越えなければ目的の最上階までたどり着けない。
彼女たちがいたから、雑にショートカットできたのだ。
「……いやなの。最後まで、魔王様と一緒にいくの」
「んっ、私の命はあのときから魔王様と共にある」
「もう、覚悟は決まっています。魔王様のいない永遠を過ごすぐらいなら、どれだけ短い時間でも一緒に生きたい」
俺は苦笑する。
彼女たちが命令に逆らったのは初めてだ。
原初の炎を操る天狐、ライナ。神域の錬金術師、ロロア。星の神子たるエルフ、マウラ。
みんな、俺の愛しい眷属達。
……だからこそ、ここから先は一人で行く。
【我が眷属に命じる。この場より去れ】
眷属達の親として、強制力のある命令をする。
俺の血を与えられて進化し、力を手に入れた代償に、眷属たちは俺の命令には逆らえない。
「なっ、なんで。やなの、ひとりでいっちゃやなの」
「いや、魔王様、やめて。恨む、このまま行ったら一生恨む」
「……本当にあなたは。ひどい人です」
必死に俺の命令にあらがってはいるが、耐えきれるものではない。
数十秒耐えたあと、顔から一切の表情が消え、俺の命令を守り、飛空艇に積み込んでいた小型艇で離脱していく。その数秒後塔に突き刺さった飛空艇が結界で押し潰された。
俺は退路を失ったことになる。
「あの子たちを泣かせるつもりはなかったんだがな」
さすがの俺も、命令で無理やり感情を消され、それでも溢れた涙を見て胸が傷む。
あの子たちと一緒にいたい気持ちはある。
だけど、あの子たちには生きていてほしいのだ。
◇
塔の最上階、そこには神から任命された支配者がいた。
これだけの騒ぎを起したのだから、当然向こうもこちらの侵入に気づいている。
「出迎えご苦労。五百年ぶりか、ラファル」
「違うわ。正確には、五百十二年と三百五十三日ぶりよ。ルシル」
管理者は白い翼と清らかな白い衣を纏っている天使。
俺とは対照的な格好だ。
「俺の用事はわかっているな」
「ええ、私たちの掃除を邪魔をしに来たのね。ここで私を倒せば、管理者権限が奪えるもの」
天使はそう言って、台座に置かれている水晶を撫でる。
「まあ、そういうことだ。できれば手荒な真似はしたくない。……彼らの排除を中止しろ。そう約束するなら俺は引く」
「断るわ。人間種以外の人は必要ない。人間以外の人を魔族と認定し、駆除をするよう
「俺はもう天使じゃない。魔族と呼ばれ切り捨てられた彼らの王になり、彼らを守るために戦うと決めた。今の俺は魔王だよ」
この世界は誕生してからわずか千年しか経っていない。ここは神々が作った、世界のモデルケース。
当初、神が命じるままに管理者たる天使はさまざまな人種を作った。エルフ、ドワーフ、オーク、竜人、ハーフフット、獣人、セイレーン、人間などなど。
それぞれの長所を活かしあうことで素晴らしい世界になると想定して。
しかし、そうはならなかったのだ。
種族の違いが対立を生んで争いが起こったのだ。
そして、神は決断をした。種族の違いで対立が起こるのであれば、知恵を持つ種族を一つにすればいい。
繁殖力が強く、もっとも汎用的な能力を持つ人間を残して、あとはすべて消してしまうと。
「魔王なんて、あなたには似合わないわ。戻ってきなさい。今ならまだやり直せる。これまでの功績で罪を許してもらえるよう話をつけたわ。これは最後通告。これ以上は庇いきれないの。世界が生まれたころから、ずっとうまくやってきたじゃない。どうして、変わってしまったの?」
「変わるのは悪いことじゃない。昔の俺より今の俺がすきだ」
「そんな黒く、醜くなって、翼も失って、よくそんなことが言えるわね。あんな奴らのために」
俺は天使でありながら、翼はなく、その象徴たる白を失った。
神に逆らい、管理者権限のいくつかを剥奪されて弱くもなった。
それでもなお、俺はこれでいいと言い続ける。
それ以上に素晴らしいものを得たからだ。
「なあ、ラファル。……セイレーンの歌を聞いたことがあるか? ドワーフの作り出す工芸品に触れたことは? エルフたちの奏でる音楽に身を委ねたことは? 妖狐たちの舞を見たことは? 竜人の背に乗って飛んだことは? 俺は神の命じるままに、彼らの監視役をしてきた。その中で彼らと一緒に暮らして、彼らの素晴らしさを知った」
塔で世界全体を管理するラファルたちと違い、俺の仕事は辺境にいる各種族たちの監視だった。
さまざまな種族と出会い、笑い合って、酒を飲み交わしてきた。
だからこそ、彼らを魔族と呼び、切り捨てろと命令が着たとき、こう思った。
「人間だけの世界なんてつまらない。いろんな奴がいるから世界は面白い。そんな世界を俺は望む」
そう、俺らはこの混沌とした世界と、それを作り出す者たちを愛している。
「……馬鹿なの? その結果が種族ごとに別れて、戦いに明け暮れて、ろくに進歩しない世界でしょ」
「それは違う。戦いがあるからこそ磨かれる技術や文化もある。それに彼らは馬鹿じゃない、ぶつかりあって、傷を負い、それでもいつか落とし所を見つけて、うまくやるさ。俺たちがすべきは見届けることだけだ。この世界に神様はいらない」
これはでまかせじゃない。彼が協調するところを見てきた。
魔族と呼ばれ、迫害される彼らは俺の元で一つになって戦っている。
そんな彼らを見ていると種族の違いなんて簡単に乗り越えられると、そう信じられるんだ。
「もう、手遅れのようね。せめて、私の手で葬ってあげるわ」
ラファルの手に神槍が呼び出される。
白銀の息を呑むほど美麗なラファルの象徴。
管理者権限で生み出された力の結晶。俺が失った力の一つ。
もはや、俺に【神具】を生み出す力はない。
「そうか。残念だ。ラファルとならわかりあえると思ったんだがな」
「私も残念よ。あなたのことは尊敬していたのに。最古にして最優の天使ルシル」
「俺はもう天使じゃないと言っただろう? 俺は魔王ルシルだ」
もはや、言葉は必要ない。
ラファルは槍を使い、突撃してくる。
俺は薄く笑う。
そして……。
「な……ん……で……」
呆けた顔でラファルが言葉を絞り出す。
神槍はたやすく俺の体を貫いた。
「あなた、もうからっぽじゃない、力なんて残ってない、どうして、そんな」
そう、俺は空っぽだ。
だからこそ、眷属たちにここまで運んでもらった。
俺ひとりじゃ、ここに来ることすらできなかったから。
「ここに来たのはラファルを倒すためなんかじゃない。おまえを説得できればそれでよし、説得できなくてもそれはそれで良かった……。ただの時間稼ぎなんだ」
わずかに残った力を行使する。
空間に映像が投射された。
そこは、大陸最南端の突き出た地形。
大地に大きな亀裂が入り、切り出された先端部が船そのものとして大海原へと飛び出していく。
このために残されたすべての力を使っていた。今の俺はただの抜け殻にすぎない。
「神の権能が及ぶのはこの大陸だけだ。魔族たちを乗せた方舟は大海原へでた、あの方舟にお前たちの力は及ばない……俺の、いや、俺たちの勝ちだ」
魔王軍の一斉蜂起を囮にし、俺が飛空艇で単独で突入したことすら目くらまし。
俺たちの目的は最初から、この大仕掛に気付かせないこと。
神の力の及ばないところへと、魔族たちを運ぶ。
「あなたが、最優の天使のあなたが、捨て駒!? ありえない、ありえないわ。なんで、たかだか魔族のために!」
俺の体が粒子になって消えていく。
この身は少々特殊で、普通の生物のように土に帰るわけじゃないのだ。
「残念ながら、ラファルたちは手強くて、これ以外の手がなかった。まったく後輩が優秀過ぎるのも考えものだ。先輩としては鼻が高くはあったがな」
体の感覚がなくなっていく。
「聞きたいのはそんなことじゃない。どうして、あなたがそこまでするの!?」
「さっき言っただろう。あいつらと、あいつらの生み出す世界が好きだからだ」
あいつらの続きが見たくなった。
ぜんぜん違う連中が集まって、ぶつかり合って、紡ぎ出されるものがみたい。
「無駄死によ。どうせ、勝手に争いあって滅びるわ。神がそう見通したのよ」
「かもしれないな」
もしかしたら、神が断言したように種族間でぶつかりあって、やがて滅ぶかもしれない。魔王軍のもと一緒に戦うことができたのは、大きな脅威があったからに過ぎず、俺が救ってしまったことが原因でまた争いが始まることだって十分考えられる。
それでも構わないと思っている。
それが、我が子らが選び進んだ道の果てであれば。
そろそろ意識が遠のいてきた。
最後の仕掛けも無事に動いたみたいだ。
……俺は死ぬつもりはない。
この体は力によって紡がれている。
逆に言えば、力さえあれば紡ぎなおせるのだ。
俺は三千の粒子となり散る、その粒子は俺が救った魔族たちに一つずつ宿る。
そして、少しずつ力をもらい、やがて力が満ちれば俺は復活する。
そういう契約を三千人とした。
神や天使には、彼らから力をもらうなんて発想はでなかっただろう。
一人ひとりの力は俺たちに比べればあまりにも小さい。
だが、俺は知っている。小さな力が寄り集まることで大きな力になることを。
「あんな、奴らが、いなければ、今でも私はルシル先輩と、いっしょに居られたのに、ずっと、ずっと……」
ラファルの目から涙が溢れた。……なんだ、立派になったと思っていたのに泣き虫なのは変わってない。
「かもな。俺はもう行く。おまえたちは神が作った小さな箱庭で、人形ごっこをしているがいい。俺はいつか目を覚まして、俺が守った子たちが生み出した世界を存分に楽しむ。ああ、楽しみだ」
たぶん、千年もすれば復活できるだろう。
そのときまで、我が子たちが命を繋ぎ世代を重ね、世界があればの話だが。
ラファルが俺を胸に抱き、泣いている。
本当に今日はよく、涙を見る日だ。
目を閉じる。
願わくば、俺が目を覚ます千年後、俺が守ったあの子たちが作った世界が素晴らしい世界であるように。
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