これは、いわゆるツイフェミの振る舞いが粗暴だという話じゃないんですよ。 もっと根源的な、モノの考え方、世界の見方そのものの問題。 たとえば、岩渕潤子の差別発言に対して、献血ポスターを批判してきた人は、学者も含めて、明確な批判をしなかった。 むしろ黙殺し、擁護すらした。
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批判された学生が何を言ったのか。自分が帰省したときの具体的な思い出について、「お母さんが作ってくれたご飯を平和と呼びたい」と語ったのです。 それをアンチフェミニズム的な「安倍的家族観」と断じて糾弾したのがさえ某先生です。
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そこにツイフェミの大部分とリベラル知識人の一部が追随し、バッシングを繰り広げたのです。 これは、研究者(集団)と1学生という立場の違いも考えると、ある種の集団ハラスメントと言っても過言ではない状況でした。
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もし、その学生が、「おうちご飯をお母さんが作るのが当然だ」と主張したのなら、批判はわかります。 でも、そうではない。彼女はただ、自分の個人的な、そして美しい思い出について語っただけなのです。 そこにさえ某氏や他のフェミ・研究者が勝手に差別的な家族観を読み込んでしまった。
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さえ某先生たちは、その女子学生を批判したつもりはなく、その向こう側にある「差別的な家族観」を批判したつもりだったのでしょう。 でも、学生が語ったのは、単なる個人的な事実で以上に、彼女にとってかけがえのない大切な思い出です。 それを彼女らは、乱暴な決めつけで踏みにじったのです。
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なんでそんなことが起こってしまったのか。 それは、現在主流のフェミニズム理論が、他人の主体性や自律性あるいは内面性の存在を否定する理論だからです。 普通の人権感覚があれば、「ここは踏み込んではいけないな」という判断ができるはず。だけど、人間とは畢竟、社会構造の操り人形でしかないと
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思うことで、相手の人格や尊厳、個人的な領域に配慮することなく、その「向こう側」にある「構造」を思う存分攻撃できると思い込む。 それでも、さえ某先生たちがやったことは、言いがかりによって個人の大切なものを踏み躙る人権侵害なのです。そのことを加害者が気づかなかったり否認したとしても。
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で、そこに最後にしゃしゃり出てきたのが上野千鶴子御大。彼女が何を聞いたのか知らんけど、「女性差別に反対する声を上げた女性を、『お母さんが作ってくれるご飯』が好きな男性たちがバッシングした」という話にすりかえて、SEALDsをセクシズム集団とみなして批判したわけです。
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上野千鶴子は、実際に起こった出来事を無視し、 「男性によって女性が差別される」という被害の物語へと変換した。 ここで彼女が否認したものこそ、批判された女子学生の主体性と自律性と思い出であり、その個人の大切なものを踏みにじったのが自称フェミニストであったという事実です。
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この上野千鶴子の態度が引き起こしたのが朴裕河問題です。 これは、フェミニスト研究者たち(+リベラル知識人)が、あろうことか性暴力の極限的な被害者である元従軍慰安婦の女性に対するセカンドレイプに組織的に加担したという大事件です。
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僕は、この事件をもって日本のフェミニズムは死んだと判断しています。 話を遡れば、上野千鶴子が歴史修正主義をいかに正統化し(上野ー吉見論争)、いかに安倍晋三と長年にわたる共犯関係を構築してきたのかという話になりますが、それはひとまず置いておきます。
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直接の発端は、朴裕河という女性の韓国人文学研究者が、「上野流フェミニズム社会学」の強い影響のもとで、『帝国の慰安婦』という歴史修正主義的書物を朝日新聞社から出したことです。 この本の内容は、従軍慰安婦は性暴力被害者というより、愛国心から身を捧げた売春婦であったというもの。
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これがきちんと論証されているならまだしも、パッチワークと捏造しか存在せず、学問的には完全に無価値な代物でした。なにせ、朝鮮人従軍慰安婦が抱いていた愛国心を証明する唯一の証拠が、日本人従軍慰安婦について日本人軍人がか書いた小説なのですから。
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元従軍慰安婦の女性たちが、朴裕河を名誉毀損で告訴したのは当然です。しかし、上野千鶴子を中心とした日本のフェミニストと錚々たるリベラル知識人たちは、「学問の自由」を盾に、この告訴にたいして抗議声明を発表しました。 http://www.ptkks.net
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この抗議声明の度し難いところは、元従軍慰安婦の方々が告訴したという事実を隠蔽し、「韓国検察が学問の自由を侵害している」という物語にすりかえたことです。 さらに、「何よりも、この本によって元慰安婦の方々の名誉が傷ついたとは思えず」という一文は、冒涜以外の何物でもありません。
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性暴力被害者の訴えを存在しなかったことにしておいて、「あなた方が傷ついたとは思えない」と言う。 これが従軍慰安婦の方々への差別でなくて、一体なんでしょうか。 そして、極限的な性暴力被害者の声を抑圧し、セカンドレイプに加担したことを否認するフェミニズムって、一体何なのでしょうか。
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なぜ朴や上野らは、元従軍慰安婦の方々の声を踏みにじり、フェミニズムを性暴力被害者の人権抑圧の道具にできたのか。 その答えは、実は明らかになっています。 彼女たちは、元従軍慰安婦の方々を、反日ナショナリズムの(あるいは挺対協の)操り人形だと考えたからです。
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そもそも、朴裕河や上野千鶴子が、従軍慰安婦制度を「性奴隷制度」であると正しく認識することができなかったのは、彼女たちが他人を「操り人形」だと理論的に把握していたからです。 これは、一見矛盾しているように思えるかもしれません。 操り人形なんだから奴隷なんじゃないの?と。
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違うのです。性暴力とは、性的主体性に対する侵害であり、それが制度化されたものが性奴隷制度なのです。 女性ひとりひとりに人格と主体性があるからこそ、それを侵害することが暴力になるのです。 つまり、女性の(性的)主体性を認めない理論は、性暴力をそれとして認識することができないのです。
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人間は社会構造のエージェントであるという似非フェミニズム理論を、従軍慰安婦制度に無理やり当てはめたために、「従軍慰安婦は日本人兵士と同志的関係にあった」「従軍慰安婦は愛国心から身を捧げた売春婦だ(だけどそれは社会構造のせいだから本人は悪くない」というデタラメな議論になった。
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従軍慰安婦の方々の怒りを当然に買い、それを日本のフェミニストたちは「反日ナショナリズム」というラベルを貼って封印した。 それでもなお、自分たちは女性の地位向上のために闘っていると、胸を張って言えるのでしょうか。 性暴力被害者へのセカンドレイプに抵抗した人はどれほどいましたか?
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話を献血ポスターの件に戻しましょう。 ある特定の女性を、理論的誤謬や単なる思い込みから傷つけておいて、それを当人に抗議されると、相手に「名誉男性」というレッテルを貼って逃げる、というパターンが広く認められました。
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他人を名誉男性だということは、「男性差別に迎合した操り人形だ」と言う女性差別であると同時に、自分が行った暴力や人権侵害に対する異議申し立てを、「(名誉)男性が女性である私を迫害する」という被害の物語へと話をすりかえ、自己憐憫に浸ることでもあるわけです。
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こうなると、自分が「物言う女性」だから批判を受けているんだと思い込み、その背景に女性差別があると認識し、世界中のありとあらゆるところに女性差別が偏在しているかのように思え(服のシワとか)、そして的外れな批判を行い、また反撃されるという悪循環を繰り返すことになります。
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もちろん、この社会に性差別や性暴力は溢れているし、何より、法制度に女性差別が残っている。 それらを撤廃することに、僕は全面的に賛同しているし、個人的にできる限りのことはしてきた。 実際、暴行脅迫要件撤廃に反対した某野党候補者の落選運動を選挙期間中に一貫してやった人、他にいますか?
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ただ、性暴力にしろ、性差別的な表現にしろ、事実に即した個別判断を行わなければ、冤罪を巻き起こすことになる。 キズナアイ騒動やSEALDsバッシングはその類だ。 今回の献血ポスターにしても、あれが「性的対象化」であることを、表現に即して説明することに成功した人はいない。
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事実と矛盾するのに世界のあらゆるところに「男性が女性を差別する社会構造」を見出してしまうのは、社会ではなく、その当人の認知が体系的に歪んでしまったのです。 その背景には現実に受けた差別や被害があるとしても、人間は「こう」と思い込むことで、検証を省き、既視感に囚われる生き物です。
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社会構築主義(≒主流派フェミニズム理論)は、各人の認知構造を「社会構造」と名指すことによって、それを「社会的実在」だと思い込ませる効果があります。 そうなれば、人は自分の差別意識や嫌悪感があっても、そのことに気がつかずに、無自覚に他人に押し付けてしまうことになります。
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