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あるひとつの事件が報道される際に、メディアによる偏向や印象操作が起きるのは、日本でもアメリカでも同じことだが、マイケル・ブラウン射殺事件関連の報道において、それは顕著だ。一番分かりやすいのは各メディアが「被害者の写真にどれを使うか」だろう。 【マイケル・ブラウンの写真とメディアによる印象操作合戦】 この「マイケル・ブラウン射殺事件」において、メディアが彼を紹介する際に使っている写真は、彼の葬儀の際に遺族が用意した写真と同じで、少しあどけなさを残した、いかにも少年っぽい幼いマイケル・ブラウンの写真(右下写真参照)だ。多くの視聴者が「こんなに可愛らしいあどけない黒人少年が、大人の白人警官に銃で撃ち殺されたなんて…」という、よりドラマチックに色づけされた印象を抱かせる。 逆に言えば、メディアが好んで使ったその写真を、遺族たちが葬儀用に使ったわけだ。でも一般的に、葬儀の際に使われる本人の写真は、亡くなられた時期に一番近いものであり、メディアが使用するべき写真もそうあるべきだろう。でも、実際にはメディアの報道姿勢によって使われる写真も変わってくる。 例えば、日本のテレビ局TBSと業務提携しているCBSや、NHKとフジテレビと業務提携しているABC、テレビ朝日、NHKと提携しているCNNのどれもが、主にこれと同じ、少年っぽいマイケル・ブラウンの写真を使用している。参考までに、グーグルの画像検索で「MICHAEL BROWN ○○○ NEWS」を検索すると分かりやすい。(参照: CBS、ABC、CNN)少年ぽいマイケル・ブラウンの画像や、葬儀で泣く遺族、事件現場に手向けられた無数の花束、警察に対して抗議活動をする黒人たちの画像などが上位を占める。そして、当然のことだが、この3日間に渡ってファーガソンから全米へ、さらに海外まで飛び火した「マイケル・ブラウン射殺事件」に対するデモの中では、ほとんど誰もがこの写真を掲げて抗議運動に参加している。 一方で、(特に全米同時多発テロ以降は)明確に保守的・共和党寄りの報道姿勢を打ち出し、実に50%を越えるアメリカ国民が「最も信頼できるニュース放送網」に選び、現在全米首位の視聴者数を誇っているFOXになると、かなり印象が変わってくる。(参照: FOX)防犯カメラに映る大柄のマイケル・ブラウンが店主の胸ぐらを掴んでいる画像や、中指を立てている画像、また「われわれの警官をサポートしよう」というボードを掲げる白人たちの写真などが上位に表示される。 このようにテレビ局によっても報道姿勢が異なるわけだが、これを次にインターネットでさらに掘り下げていくと、実に色々な情報が浮かび上がってくるのだ。 【マイケル・ブラウン射殺事件と全米2大ギャング「ブラッズ」と「クリップス」】 ところでアメリカには、「カラーズ 天使の消えた街」や「ボーイズン・ザ・フッド」「サウス・セントラル/非情の街」「クリップス・アンド・ブラッズ:メイド・イン・アメリカ」などの映画でも描かれているように、ロサンゼルスのコンプトン地区を拠点に全米に拡大した「ブラッズ」と「(サウスサイド)クリップス」と呼ばれる全米2大カラーギャングがいる。日本でも、ドラマ『池袋ウエストゲートパーク』が放映された90年代後半、池袋を中心にカラーギャング文化があったが、これを模倣したもの。(※左上写真は、左がクリップス、右がブラッズのサイン。ブラッズは「bloods」を指で表現。ここから簡素化して「OK」と同様に指でひとつ輪を作るだけのサインもある。) 「ブラッズ」は赤の、「クリップス」は青のアイテムを身に纏うことで知られるが、ファーガソンでマイケル・ブラウンが射殺された直後に起きた暴動では、赤い服と青い服を着たギャングのメンバーたちが「協力」して、暴徒化して略奪行為をする市民たちから店舗を守る「パフォーマンス」をするなど、リーダーシップを発揮している姿があった。 こうしたことを踏まえて再度一連の報道の映像を見直せば、ファーガソンという街がいかにギャングに支配されている街なのかがよく分かる。非常に凶悪なギャングが蔓延る街であれば、警察の大袈裟なまでの武装化も致し方ないとも取れる。が、一度マスコミが「黒人に対する人種差別問題」として扱うと、「被害者」側によるそれまでの悪行三昧はすべて消し去られてしまう。 下記の写真はマイケル・ブラウンの葬儀の際に撮影されたもので、左奥から、マイケルの実母と継父、継母と実父の順に並んでいるが、左二人が赤、右二人が青なのが分かるだろう。葬儀の場に色の堂々と赤や青の服を着てくるのは、彼らが自分の属するカラーギャングへの忠誠を示すためだ。インターネットやテレビの報道写真・映像などで、特に葬儀の日のものをごらんになっていただければ分かるが、マイケル・ブラウンを取り囲む家族親戚知人らは、みな赤もしくは青を来た参列者ばかりなのがわかる。そういう意味では同じ「黒人少年射殺事件」と呼ばれる事件でも、2012年2月に起きた「トレイボン・マーチン殺害事件」とは大きく異なり、「マイケル・ブラウン射殺事件」は、全米で1,2を争う非常に凶悪なギャングに関連した事件なのだ(ただし、トレイボン事件でも被害者の写真は、幼い時のものばかりがマスコミによって使用された。)。 【マイケル・ブラウンの母親と継父の偽善的メッセージ】 先だって、マイケル・ブラウンの母親と継父が、抗議行動をするひとびとに向けてある意味「もっともらしい」メッセージ文を発表し同情を集めた。その中で二人は、マイケル・ブラウン事件に抗議するひとびとに向かって、暴力に頼らない、人間らしい抗議行動をするように訴え、マイケルもそれを望んでいるとした。メッセージの最後には「動物のように(本能的にやりたい放題に)活動することからは、問題は解決しない」と書かれており、これはメディアを通じて大きな支持を集め、オバマ大統領がその言葉を引用するに至った。 だが、実はその影で、先月18日、母親はギャングメンバーと思われる20人近くの男女を引き連れて傷害暴行事件を引き起こしている。一方の継父は、これまで地元セントルイスのブラッズの元リーダーとして知られ、ドラッグの製造・流通・販売と、それに関連する武器の不法所持などで有罪判決を受けている。先のメッセージの中で群集に対して人間らしい冷静な抗議を求めた二人が、「あいつら(ファーガソンの警官)をぶっ潰せ!」と大声を上げて群集を煽っている。 そんなファミリーの一員が、マイケル・ブラウンなのだ。本記事冒頭の写真が、事件発生時のマイケル・ブラウンに一番近いと言って問題がないだろう。まさに「ブラッズ」をサポートする一員であることがわかる。また自らの指で「ブラッズ」のサインを作って写真に写っている姿もいくつか見られる。葬儀で使われた写真のような可愛らしい写真の印象しかない人ならば、それとはかなりかけ離れた印象を抱くことだろう。 【マイケル・ブラウンはかわいそうな少年だったのか】 事件直後に非難をあびたファーガソン警察が慌てて公開したコンビニの防犯カメラの映像に映るマイケル・ブラウンは、万引きをした上にそれを制止した店主に暴力を振るっている。ブラウンが射殺されるほんの数時間前のできごとだ。 これは明らかな犯罪行為であり、マイケル・ブラウンが犯罪者であることは間違いない。にも関わらず、マスコミの報道によって「何もしていないのに、人種差別が原因で、白人警官に撃ち殺されたかわいそうな黒人少年」という分かりやすくてドラマチックな事件に仕立て上げられていった。事件現場から遠ざかれば遠ざかるほど、それは美化されていっただろう。でも、そうした本来精査されるべきファーガソンという地域のバックグラウンドを無視して「黒人に対する人種差別によって起きた事件」「無防備の少年を射殺」と言い切ってしまうのは浅はかだろう。 ただし、だからと言って、白人警官やファーガソン警察を支持するものでもない。なぜなら、ミズーリ州といえば、白人至上主義団体KKK(クー・クラックス・クラン)が大きな勢力を持つ地域でもあり、現地KKK団体が警察をサポートしているという話もある。今回の大陪審による不起訴という決定にその影響があったかどうかは定かではないが、今回の事件が抱える問題は、アメリカの長い歴史との関係も無視できないし、アメリカが抱える根深い病巣の氷山の一角に過ぎないだろう。 そして、これは日本から見て決して対岸の火事ではない。アメリカにおける「マイケル・ブラウン射殺事件」の報道は、メディアが意図すれば、犯罪者が被害者になり、群集がメディアの思惑通りに扇動されることもあり得る分かりやすい例と言える。 でも、これが自分の国のことになると、途端に見えなくなるもの。現在の日本の報道でも、すでに似たような事例はいくつもあると言って差し支えないだろう。また2020年の東京オリンピック開催に向け、さらに国際化が進められ、日本国内に流入する人種が多様化すれば、今はまだ想像がつかないような二極化または多極化した理念や価値観の対立などが生まれ、近い将来、いまのアメリカに似たような事態も起こり得るかもしれない。私たち情報の受けて側がそれを鵜呑みにせずに、それを取り巻く状況を分析し、自ら真実を引き出そうとする姿勢がより重要になってくるだろう。 【コメント】 勿論、この記事に書かれていることも、最初に取り上げた記事の内容も、 どちらも鵜呑みにしない方が良いのかもしれない。 「上のビデオも本当に当人?」 「親と紹介されている人達も本当に親?」 と疑いたくもなる。 良く分からないことだらけなので、結局は何でもかんでも疑ってしまい、 訳が分からなくなってしまう。 テキサス親父だったかな、 カトリーナで被災した人達に救援物資を届けるために 米軍がヘリコプターで被災地に飛んだのだけれど、 被災地で避難民のいるところに近付くと、何と下から銃で発砲して来る。 そのため、応戦せざるを得ない。 そもそも何のために助けるのだろうか? そんな連中を助ける必要は無い? そうは言えないから、応戦準備もしつつ、救援物資を運ぶ。 個人的には嫌だけれど、軍隊だし、上からの命令は絶対だし・・・。 日本に住んでいる人達には想像し得ない環境がアメリカにはある。 日本人の多くが観光で行くようなニューヨークやボストンとは全く違う側面。 日本の場合、何所を訪ねても、そこは日本でしかない。 そんな風に言い切れる平和が日本にはあるけれど、アメリカにそれは無い。 ただ、ラキヤはどちらかと言えば、差別される側の味方になりがちかな・・・。
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