[1-59] そして決戦へ
「しかし、お前ひとりで行けるのか?」
不安げなヒルベルトの前に跪いたローレンスは、力強く胸を叩く。
「貴方様がそう命ずのであれば、臣たる私は――」
「そういうのはいい! ひとりでやれるかやれないか、どの程度見込みがあるのか! 客観的に言うんだ」
諫められたローレンスは少し考えてから、言い出しにくそうに意見を述べた。
「不徳の致すところではございますが、正直に申しませば五分以下かと」
「ならば先日撃退した際と同じ戦術をとるがいい」
当然のようにヒルベルトは言ったが、これには逆にローレンスが驚いた顔になった。
「……よろしいので? 他が手薄になります。それでは御身に危険が……」
ローレンスは気遣わしげだ。
討伐部隊の必勝を期して多くの戦力を集めるほどに、いざという時の守りは薄くなる。
ヒルベルトが討ち取られてしまっては何の意味も無いのだ。
だが、ヒルベルトは自棄になったわけではなかった。
追い詰められて牙を剥く獣のように獰猛な表情を浮かべていた。
「まだあれがあるではないか、ローレンス」
「!!」
「あれが連邦からの貸与品だと言っても、この状況で使うことに文句を言う奴は今さらおるまい」
その言葉は、当のローレンスを牽制するような調子でもあった。
「し、しかしよろしいのでしょうか……」
「なに、戦場で敵が捨てていった武器を使うなどいくらでもあることよ。それとも連邦国章を塗りつぶしただけでは不服かな?」
「ふ、不服など滅相もありません!
連邦の剣を以て、連邦に与した者を討つ。なるほど、これも素晴らしい意趣返しとなりましょう。
では……陛下の守りは、そちらに託します」
* * *
市街地南部にある小神殿の鐘撞き堂から、ルネは城の方を見ていた。
この小神殿は放棄され無人となっていたので暫定の司令部とした。どうせ守るものは無いので、地図を広げて
聖堂はルネにとって、まるで地下下水道のように薄気味悪く思われ嫌悪感を覚えたが、行動に支障が出るほどの聖気は無かった。
街に神殿がひとつだけでは不足する場合もある。特に王都ほどの大都市にもなれば。
市民が通い、日々の祈りの場となる小さな神殿は王都内にいくつも存在した。これらは、小神殿、あるいは教会とも呼ばれる。大神に協力する神々を専門的に祀っている場合もある。
何にせよ、宗教的建築物は軍事施設の次くらいに頑丈で立派だ。仮の拠点には悪くない。
ちょっと上を見れば、ワイバーンゾンビが吐いた炎で火だるまになったヒポグリフが墜落していくところが見えた。
空の戦いにも決着が付きつつあった。
空中で長時間戦うというのは、そもそも人間にとって無理があるシチュエーションなのだ。疲れを知らないアンデッドたちは、動きに精彩を欠き始めた生者たちを次々仕留めていく。辛うじて拮抗していたのだから、崩れ初めて数が減れば後は一気だ。
「あら?」
ふと、ルネは閉じられていた城門の跳ね橋が下ろされていくのに気付いた。
「お出迎えとか空城の計ってわけじゃなさそうね」
跳ね橋を渡って出て来たのは……遠くてよく見えないが、騎士らしき何者かがひとり。そして、その後に一塊になって数十人が帯同する。
この陣形には見覚えがあった。
――ようやくお出ましってわけね……!
屋根を蹴って飛び降りたルネは、2階の窓の
「アラスター、第一騎士団長サマのご出陣よ!」
窓越しに声を掛けられ、部屋の中で地図を広げていたアラスターは立ち上がって窓を開ける。
「存外早かったですな」
「ええ。こちらも打って出るわ」
ルネは手を離して壁を蹴り、今度は地面の上に着地した。スカートを押さえるのは忘れない。
薬草を育てていたらしい庭を抜け、ルネは教会に隣接する墓場に足を踏み入れる。
墓石が並ぶだけの寒々しい墓場には異形の影がたむろしていた。
騎士鎧を着たスケルトンやグール。不気味に目を光らせるローブ姿の骸骨魔術師・リッチ。冒険者風の装いをしたゾンビ達。ずっと輿の守護に付けていた精鋭部隊だ。死んだ騎士団員をアンデッド化した『現地調達組』も混じっている。
アンデッドは生前の能力と込めた力によって能力を変える。この精鋭部隊は、ローレンスの手元に残った第一騎士団員と戦っても見劣りしないであろう猛者たちだ。
整然と並んだアンデッド兵たちが一糸乱れぬ動作で膝を突き、ルネに対して臣下の礼を取る。その様を見て、ルネは微笑んだ。
「さあ……シエル=テイラを滅ぼしに行くわよ」
* * *
異形の軍勢が四方八方から王城に迫る。
大路を埋め尽くし、路地すら塞ぎ、ネズミ一匹這い出せないような包囲陣をすぼめていく。
街壁の制圧に掛かっていた兵も、街の各所で所用を果たしていた兵も、皆が集まって攻め寄せる。
「そういえば、大通りを丸ごと薙ぎ払える魔法兵器が城壁に付いてるって聞いたけど?」
ルネは南大通りの軍勢の先頭を歩きながら
『あれを使いますとしばらく城壁が無防備になります。姫様のような超越的魔術師と戦う場合、使うべきものではありません』
「なるほどね」
『むしろ使ってくれたなら、いくばくかの兵の犠牲と引き替えに一瞬で片が付いたのですが。その気配はありませんな』
目指す城壁には幾何学的な青白い光のラインが走っている。魔法防御の術式だ。エネルギーは土地の魔力と城壁にセットした魔石で賄われている。さっきの神聖魔法による結界とは違い、あくまで『魔法による破壊を防ぐ』という力しか無いが、ルネですら破るのは大変なレベルの堅い防御だ。
こういう場所には攻撃的な魔法兵器も設置されているものだが、人では賄えない膨大な消費エネルギーをどこから調達するかと言えば、城壁の防御と同じ。土地の持つ魔力だった。
そのせいで攻撃に出ると防御がおろそかになるらしい。あの程度の城壁、魔法防御力がゼロだったらルネは一撃で半壊させられるだろう。
もちろんそれを補うために、大量の魔石で駆動するサブの防御機構を設けることもできたわけだが……そこは小国・シエル=テイラの限界だ。
「じゃ、普通に攻めるだけね」
『はい。≪
敵の空行騎兵がほぼ全滅状態ですので、おそらく対空砲火に用いられるでしょうが』
「一応気を付けておくわ」
騎士たちの集団に向かってルネは揚々と向かっていく。
だがその途中で妙なことに気が付いた。
城門が開けっ放しなのだ。
ローレンスを吐き出した今、城門を開けっ放しにしておく理由は無いはず。
だがしかし城壁は未だ大口を開けている。
――これは、何をする気なの?
『残りの護符を全部載せろ! どうせこいつらに
突然、城門の門塔からと思しき大声が響いた。魔法によって拡声されている。
おそらくそれは城門の内側に向かって掛けられた言葉。
――この声は前線指揮官……? それとも、もしかしてヒルベルト本人?
ズン、と地が震えた。
『ドレッドノート級ミスリルゴーレム、一号機“フェニックス”! 二号機“ナグルファル”! 発進せよ!!』
人型の巨影が姿を現す。
ぽっかりと開いた城門は4,5メートルほどの高さがありそうなのに、
巨大な全身鎧が動いているかのような外見。重厚で鋭角的なフォルム。灰色がかった銀のボディは、陽光を受けて燦然と輝く。
遠近感が狂う。お堀の上に渡された跳ね橋がへし折れてしまうのではないかと心配になるほどの巨体が、ふたつ。騎士たちの背後から姿を現した。
「……巨大ロボ?」
『ゴーレムです、姫様』
『名前から察するに、連邦から貸与されていた戦闘用の大型ゴーレムと推測します』
「ふーん……反連邦でうだうだとやってたのに、こういう時はちゃっかり利用するのね」
2体のゴーレムの肩には、塗料か何かで塗りつぶされたような痕跡がある。連邦の国章を塗りつぶして消しているらしい。
シエル=テイラのかつての友好国(宗主国?)、ジレシュハタール連邦は戦闘用ゴーレムで有名だ。
シエル=テイラは高級ゴーレムの回路に用いるグラセルムの産地でありながら、自ら高度なゴーレムを作ることは無い。それは製造維持管理のコストの問題でもあり、技術力の問題でもあった。
『国産ゴーレムを!』という意見や動きはあったものの、どこの国でも作っているような一般的ゴーレムしか実現に至っていない。グラセルムを売った金で連邦から借りるなり買うなりする方が安くいいものを使えるというのが大方の意見だった。
“人類の砦”を自称する連邦製戦闘ゴーレム。
その中でも高級品は高位冒険者にすら匹敵すると言われる一大戦力だった。
ミスリルは比較的軽量だが、あの巨体ならラリアットの一発で十数体のアンデッド兵を吹き飛ばせる質量があるだろう。
くわえてミスリル自体の特性として魔法攻撃に強く、護符まで乗せているとなると絶望的な魔法防御力だ。
「護符ってゴーレムに載せても効果あるの? 無茶ね……」
『はい、効果を発揮します。ですのでこの場合は物理攻撃で仕留めるべきなのですが』
「……やれる?」
『未知数ですが希望はあります』
あんなバーベルの重石みたいなものを物理攻撃でどうにかできる気がしないのだが、アラスターの答えに迷った様子は無い。
『最悪でも足止めだけはかないましょう』
「そう言うなら任せるわ。わたしはローレンスを誘い出して戦うから、城の方は任せたわよ」
『かしこまりました。
……姫様、ご武運を』
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