オーバーロード シャルティアになったモモンガ様の建国記 作:ほとばしるメロン果汁
「さて、ブレイン・アングラウスの件がひと段落したところだが――」
「陛下!」
少女の後ろに下がったブレイン・アングラウスから視線を外し、少女に声を掛けると同時に近くにいた文官から声を掛けられた。
本来であれば帝国史上最重要と言ってもいいこんな時に、口をはさむことなど許されるものではない。
(来たかッ!)
ただあらかじめ指示を出していたジルクニフは安堵していた。
「失礼、ゴウン殿。あなたが先ほど遭遇された件だが、どうやら進展があったようだ」
唯一少女が遭遇した『事件』についての情報は、内容を精査した文官の判断で最優先で知らせる様にしていた。つまり、少なくとも悪い情報ではない。扉近くに立っている文官の顔色も問題はなく、声も緊張したものではなかった。
「この場の全員に聞こえる様に述べよ」
わざとらしくない程度に手を広げ、あくまで友好的な笑みを浮かべる。
「よろしいので?」
チラリッと佇む少女を伺った後、おそるおそるといった様子でジルクニフに確認をとる文官の男。
「当然だ。その件について、隠し事などするつもりはないぞ」
「はッ! そ、それでは……ごッ、ゴウン様が城下で遭遇なされた事件ですが、男達を事前に雇い入れたのはロベルバド家。そこの三男ランゴバルト・エック・ワライア・ロベルバド、なるものがその……遊び半分といいますか、少女を捕まえた後、おびき出した少年を襲う算段だったそうで――」
「……もうわかった。襲われた二人に非はなく、一方的なものだったということでいいな?」
「はッ! 本人も認めております」
「さて、それではゴウン殿?」
文官の報告を聞き終え、白いドレスに身を包んだ少女に向き直る。
「聞いての通りだ。到着された早々にフールーダが騒がせた件を含めて、改めて謝罪と臣民を助けて頂いた感謝をさせて頂きたい。お受けいただけるだろうか?」
「それは勿論。……驚きはしましたが、それほど気にはしておりませんので」
「そうか……いや、あなたの寛大なお心に感謝を」
あっさりと白い花が咲くような笑顔を向けられ、一瞬驚いてしまう。
もっと渋られると予想していただけに、すんなりと相手が引き下がった事に違和感を覚えた。
「後はそうだな、首謀者であるランゴバルト・エック・ワライア・ロベルバドだが、なにかあなたから懲罰の希望はおありだろうか?」
「……いえ、特には。この場合はその二人に決めていただいた方が良いのでは?」
「ふむ……」
(なるほど、そういう考え方か)と、ジルクニフは内心でメモをとる。
はるか高みの強さを持つだけあって、足元のこまごまとした騒ぎには気にも留めないのかもしれない。
(とはいえ帝国貴族への評価が内心で下がったのは確かだろうな。本来であればいい気味だと笑うところだが、こちらまで巻き添えになっては敵わない。できるだけ彼女を刺激しそうな貴族は近づけないよう、注意しなくてはならないな)
「アングラウスの件を挟んだとはいえ、随分と長い間立ち話をさせてしまった。どうぞこちらへ」
文官へ処理のための指示を出すと、ジルクニフ自らが歓迎の笑顔を向けて少女をソファに招く。皇帝が執務を執り行う部屋だけあって、そこにあるソファが帝国でも随一の代物だ。さきほどまでメイド達が準備をしていただけあって、ソファを含めた調度品には塵一つなく、準備は万全といっていい。
「ありがとうございます」
帝国式の返礼をし、ゆったりと優雅な足取りで歩み寄る純白の少女。
(完璧だな……僅かに違和感はあるが、元々が違う流儀でそれを帝国式に直してるのか? 貴族の娘達では束になっても敵わない気品があるのは間違いないが)
舞う様に赤いソファに腰掛ける純白の少女。
すると何かに気づいたように元居た方向を振り向くと、隣の空いたスペースを軽くポンポンッと叩き始めた。
「商人会議長もこちらへどうぞ」
あどけない少女の美しさも相まって、女性慣れしてない人間の男であれば緊張で固まっていただろう。
周囲が見守る中、商人会議長と呼ばれたドワーフの目が――もっとも髭に覆われてよくは見えないが、ぱちりと開き部屋の主であるジルクニフを伺う様に見つめてきた。
「もちろんだとも、ドワーフの方々も我が国にお招きしたのだ。共にこちらへ」
即座に部屋にただ一人のドワーフに笑いかけ、少女の隣へ招く。
同時にジルクニフは内心、わざわざ隣へドワーフを招いた意味を理解していた。
(次はドワーフとの貿易について話せという事か? 当然考えてはいたが、アングラウスの件と合わせて様子を見るという事だろうか?)
当然だが少女と友好的なドワーフに対してもそれ相応の対応を考えている。
貿易交渉の件について少女の思惑はわからないが、既に帝国としては結論が出ているのだ。
「では失礼して、っほ」
当然ドワーフ用の高さが控えめな椅子も用意していたが、今回は不要となってしまった。少女の隣へ歩み寄り、招かれるまま後ろへ飛び上がるように腰掛けるドワーフ。そして周囲が見守る中、ジルクニフも対面のソファへ疲労した体を沈めた。
それを確認すると周りにいた者達も動き出す。
一番人数の多い帝国の文官や騎士達はジルクニフの背後のやや離れた壁際へ、秘書官のロウネと四騎士のニンブルが左右の近い位置に佇む。対して白銀の少女の方は、慣れた様子のレイナースに引かれるようにブレインも動き、少女が座るソファの背後に立った。
そして最後に残っていた若い姿のフールーダ・パラダインは一人近づくと、バサリとローブを広げ少女の近くで突然跪いた。
――え?
予想外の行動に部屋の時が止まる。
周りの者達もジルクニフ自身も、そしておそらくだが対面の少女も固まっていた。
「……なにをしているんだ? 爺」
困惑しながらも問いかけられたのは、幼少のころからの付き合いの長さゆえか絞り出すような声をかける。
「いえ陛下、やはり『我が師』が座られているとはいえ、それを立って見降ろすなどと恐れ多い。私はここで、師より低い傍で同席させていただければと思います」
そう言うと床に身を丸くしたまま、少女の足元へローブを引きずりながらズルズルと近づくフールーダ。若返り、生気のみなぎった黒い瞳を欲望に染め上げ、ジッと少女を見つめている。
それに合わせるように「ㇶッ」と、小さく声をあげビクリと震えた少女が、座ったまま離れるように身を引いていた。
(……どうすればいい?)
ジルクニフの胸中をそんなもやもやと形のない困惑が満たす。
決まっている、止めなければならない。だが自分でいいのか? 止めるのも自分なら謝るのも皇帝であるジルクニフになる。ここにきてさらに相手に借りを作るようなことは最善ではない、ただしそれは間違ってもいない。なにせ少女を怒らせれば、帝国にとって最悪の結果しかないのだ。
現状の最善手を考え冷や汗が出そうになる頃、思わぬところから声がかかった。
「フールーダ様。そのお気持ち、お察しいたします」
レイナース・ロックブルズ。
白くなった肌と紅い瞳を持つ女騎士が、少女とフールーダの間に割って入った。
「私も『ご主人様』の御力をこの身で受け、その神の如き素晴らしさと温かさを実感いたしましたわ。そして同時に、それを受けられなかった昨日までの私に絶望もいたしました」
しゃがんだままのフールーダの肩に手を置き、自身の身に降りた幸福を誇らしげに話すレイナース。その姿はまるで教えを説く聖職者のようだ、信仰する対象がすぐ目の前にいることを除けばだが。
その紅い瞳には涙が浮かび、白かった頬は赤く表情は歓喜に満ちていた。彼女のあのような顔を見た者はこの部屋には――少なくともジルクニフ達の中にはいないだろう。
ひょっとするとレイナースの顔を治した少女であれば、目にしたかもしれない。
「ですが、今は帝国皇帝との対談を優先する事がご主人様のお望みかと思いますわ。それにご協力するのがご主人様――いえ、シャルティア様のお役に立つことでは?」
「あ、……これは、失礼しました。少々興奮してまわりが見えなかったようです。陛下も皆様方にも失礼しました」
立ち上がりながらも縮こまるように頭を下げるフールーダ。
その一連のやり取りを見て、思わず天を仰ぐ。今まで知らなかった二人の一面、その心をたった半日で掴んだ少女、あのレイナースが心から主人と呼ぶ存在、胸中に渦巻く感情は様々だ。
ふと顔を下げ対面に座る相手を伺えば、体を引き顔に手を当て何事か考える様に二人を見つめていた。
――おそらく呆れているのだろう。ジルクニフにとってはかなり奇妙な光景だったが、自身がきっかけなうえに、見た目以上の年齢を持っていると思われる少女だ。ひょっとすると内心で嘲笑しているのかもしれない。
「その……シャルティア様。俺もあんな風になった方がいいんすかね? ……だとしたらその……」
力なく、そして恐る恐る尋ねるアングラウスの声に少女は小さく首を振っていた。
「いや……しなくていいから……」
ジル&モモンガ「こいつらヤバい」
お知らせ:今後は更新速度を3日ペースに上げてみます
とりあえず2章終わるまで頑張ってみる、達成出来たら頭撫でて♪次話→3日後投稿予定