小野不由美インタビュー
1991年から読み継がれる不朽の名作。シリーズ新作は、原稿枚数二千五百枚超。全四巻となる大巨編を紡ぎ出す著者に、「物語づくり」について伺いました――。
――「十二国記」は先生の中で、いつ頃から存在した物語なのでしょうか。それは最初から、今のような物語でしたか。また、『魔性の子』をお書きになった時点で、「十二国記」の物語はどこまでが小野先生の中にあったのでしょうか?
小野 基本的な世界設定は『魔性の子』を書いたときからありました。戴の話については、その当時に考えていた話から基本的なところは変わっていません。その他の話は、依頼をいただいてから考えています。
――物語を作られる時に、先にストーリーが湧いてくるのでしょうか? 登場人物の言葉には、名言といわれる印象的な台詞がたくさんありますが、シーンが浮かぶのでしょうか、あるいはキャラクターが先なのでしょうか。
小野 物語が先です。着地点を決めてそこに至る道行きを考えてから、必要なキャラクターやシーンを用意します。
――登場人物の名前や地名はどのように決めていらっしゃいますか? かなり難しく特殊な文字も使われていますが、どのように選ばれるのですか?
小野 中国の人名辞典からピックアップしたり、漢和辞典を眺めたり。
――「十二国記」の世界の設定は、どこまで細かくお考えになっていますか? 地形、地図、政治や軍事、生活様式など。また、何か資料はおありですか?
小野 大まかなところは漠然と考えていますが、細かなところは書く必要に迫られてから詰めていくことが多いです。あらかじめ詳細に決め込んでしまうと、説明しなきゃ! という衝動が生じるので、書く必要に迫られるまでは、あえて決めないようにしています。ただし、場当たり的に設定すると齟齬が起こりがちですから、大きなところから細かなところへと考えていくようにしています。とても迂遠な工程になるので、こんなに遅いのです、済みません。
――登場人物は、それぞれの立場や世代も異なる設定のなか、一人ひとりが深く描写され、毎回驚きを覚えますが、多くの獣もまた性質や特徴が細かく描かれています。役割によって、特性を持たせて描かれるのですか?
小野 基本的には『山海経』から引いてきているのですが、『山海経』に登場する生き物は、獣というより怪物なので、生物っぽい感じになるよう、多少の改変は行なっています。あと、騎獣として使いたい場合、記述のままだと鞍の置きようのない獣もいますから、そのへんはそれなりに。
――「十二国記」シリーズに影響を与えた作品(小説・映画・漫画など)がもしありましたら、教えてください。
小野 世界設定の発端となったのは、田中芳樹さんの『銀河英雄伝説』です。あとは「ナルニア国」シリーズ。『西遊記』と『水滸伝』からも大いに影響を受けたと思います。
――子供の頃(中高生くらいまで)、一番お好きだった物語は何ですか? 影響を受けた作品や作家はありますか?
小野 数え切れないほどあるのですが......。小学生の頃はバーネットの『小公子』が異様に好きだった覚えがあります。川端康成訳の本を貰って、事あるごとに読み返していました。ほかにあまり本を持っていなかった、というのもあるのですが。......と改めて振り返ると、小さい泰麒は、川端訳のセドリックの影響をもろに受けていますね。いま気付きました......。
――それでは、新作について伺います。十八年ぶりの新作『白銀の墟 玄の月』は二千五百枚を超える大長編です。書き終えた時のお気持ちを教えてください。
小野 お、終わった......。
――物語全体の構図は既に執筆前から決まっていたのでしょうか。執筆を進めるなかで、物語が膨らんでいったのでしょうか。
小野 執筆前から決まっていました。膨らむより、むしろ削っています。下準備の段階で、かなり細かく詰めてしまうのですが、この段階ではまだ骨だけあって身がない状態なので、得てして詰め込みすぎてしまうのです。
――登場人物もかなりの数ですが、書き進めるなかで当初の予定よりも新たな人物が増えていったのでしょうか。
小野 これも同じです。むしろ削っています。下準備の段階で、ここに一人こういう人物が要る、ここにもこういう人物が必要、という目算を立てますが、話を削ったせいで出番がなくなったり、登場人物が増えて読者が混乱するなと思うと一人のキャラクターに纏めたりして削ってしまいます。
――今作は『黄昏の岸 暁の天』に続く戴国の物語であり、いよいよ消息を絶った王を捜すことになります。前作で、慶国や雁国をはじめとする諸国の助けがあって泰麒が帰還しましたが、その点についてもかなり描かれているのでしょうか。
小野 本作では戴の話だけ、と決めてありました。
――山田章博さんが描くイラストは、いつも美しい作品ですが、今作の装画をご覧になった時の感想を教えてください。成長した泰麒の姿は、小野さんが作品の中で描かれ、イメージしたものと重なっていたのでしょうか。または、驚きだったのでしょうか。読者の皆さんからは、「立派になられて」「凜々しくなられて」等の声が多く寄せられましたが。
小野 登場人物の外見的なイメージは、書いてある以上のものは最初からないので、山田さんの絵を拝見して、「こんな感じだったのか!」と思うのが常です。その結果、キャラクターが膨らんで、別の作品にも出したくなる、ということがあったりします。
――第一巻、第二巻の発売時、2020年に「書下ろし短編集」が刊行されることが発表され、大ニュースになりました。『白銀の墟 玄の月』は「戴国」に焦点が絞られていましたが、短編集は、陽子や楽俊をはじめとするお馴染みの登場人物たちの物語も描かれる予定でしょうか。
小野 基本的には、戴の話の落ち穂拾い、みたいな感じです。作品の構成上、出せなかった若干名には、短編に登場してもらおうと思っています。
――お答えになりづらい質問かもしれませんが、描かれていてお好きな登場人物は?
小野 特にこのキャラクターが好き、ということはないです。書くぶんには、端っこに地味に存在する市井の人たちを書くのが好きです。
――使ってみたい宝重はありますか?
小野 なんか重い責任がついてまわりそうなので、遠慮しときます。
――今作はターニングポイントで、今後まだまだ物語は続くと、みなさん期待していると思いますが、長編の構想はありますか?
小野 いまのところ、具体的なものはありません。よく「次は舜ですか」みたいなことを言われるのですが、全ての国の王と麒麟を出すつもりは最初からないです。王と麒麟の顔が見えてしまうと、それらの人々がずっといる、という形で世界が固定されてしまう気がするのです。続く王朝もあれば、倒れる王朝もある、というのがこの世界のコンセプトなので。
――最後に、新作を待ちわびていたファンの皆さん、これから『白銀の墟 玄の月』を手に取る皆さんにメッセージをお願いいたします。
小野 続きをお待ちいただいた皆さんには、本当にお待たせしました、と言うしかないです。こんなにも長い間、待っていてくださってありがとうございました。ファンの方にも、初めて読まれる方にも、喜んでいただければ幸いです。