究極のシンプルスマートフォン「Light Phone II」が、あなたを自由にする

機能は電話をかけることだけ、アドレス帳に登録できる人数は9人までなのに、50,000人が順番待ちするほどの人気を集めた「Light Phone」。9月に発売された新モデルでは、“目的”が明確なアプリだけを厳選してダウンロードできるようになるなど、わたしたちをスマートフォンから永久に解放にするためのアップデートがなされている。

the minimal handset from Light

IMAGE BY LIGHT

アーティストでデザイナーのジョー・ホリアーは半年間、スマートフォンなしで生活している。少なくとも、一般的にスマートフォンと認識されているようなものは使っていない。

ホリアーが持ち歩いているのは、ポケットに入るほど小さい黒鉛色のデヴァイスだ。それでできるのは、電話をかけることと、テキストメッセージを送ることくらいで、ほかの機能はほぼない。それを手に持ったり、耳に当てたりしている姿は、スマートフォンを使っているというよりも、完熟バナナを耳に当ててピザハットに電話をかけているフリをしているかのようだ。

ホリアーは2015年、同僚でデザイナーのカイウェイ・タンと、このデヴァイスの最初のモデル「Light Phone」を生み出した。当時の制作目的は「スマートフォンから離れられるスマートフォン」をつくることだった。

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旅行で街から離れていて、メールをチェックしたくないとき。家族で休暇を過ごしていて、自分にとって必要な人の全員が現実の世界にいるとき。あるいは数日間、せめて最高に幸せなほんの数時間だけでも、常時接続で注意力を奪い、過剰にドーパミンを分泌させるスマートフォンから解放されたいときに使うためだ。スマートフォンに見えないのは、スマートフォンにするつもりがないからである。むしろ、緊急接続用のデヴァイスか、ポケベルのように見える。

「自由に生きる」ためのスマートフォン

Light Phoneが約束したのは、たとえ一時的なものだとしても、最新テクノロジーが生む苦痛から人々を救済することだった。しかし、アドレス帳の登録人数は9人までで、機能は電話をかけられるだけという状態では、永続的に使えるスマートフォンにはなりえなかった。そこで、この状況を変えたいと考えたタンとホリアーは、新ヴァージョン「Light Phone II」を登場させた。

ホリアーが19年はじめから試験的に使っているこの新モデルは、人々をスマートフォンから「永久に」解放することを目的にしている。そして、それを可能にするために、いくつかの新機能が追加された。テキストメッセージの送受信、登録数の上限がないアドレス帳、高速接続のほか、将来的なアップデートで新機能を本体にインストールできるダッシュボードだ。

Light Phone IIは、クラウドファンディング・サイト「Indiegogo」の支援者たちに19年9月4日から発送され、350ドルで一般販売も行われる。この価格は高すぎるように感じるだろうか。言ってみれば、ほとんど何もできないのだ。しかし、「何もできないこと」こそが重要なのである。

「Light Phoneの価値は、物そのものにあるのではありません」とタンは語る。「インターネットからもソーシャルメディアからも離れ、あらゆる操作をやめるという体験に価値があります。これで自由になれます。これこそが人生です。そこから何をするかが重要なのです」

必要なのはアプリではく「非常口」

タンとホリアーが出会ったのは14年。ニューヨークで開催されたグーグルのインキュベータープログラム「30 Weeks」でのことだった。このプログラムは参加者に、たった7カ月間で製品や企業を開発し、ローンチさせるよう支援している。

金髪で童顔のホリアーと、黒髪でひげを生やしたタンは、“共通の認識”ですぐさま意気投合した。それは、30週で生み出すべきは新たな素晴らしいアプリではなく「非常口」である、という認識だった。

とりわけホリアーは、自分とテクノロジーとの関係は破綻していると感じていた。子どものころのインターネットといえば、母親の書斎にあるコンピューターで、モデムがつながるのを10分間待ってようやくオンラインになるというものだった。自制されていて、有限だった。書斎を出て、友たちと過ごしたり、暑い夏の日にプールに行ったりすれば、もうオンラインではなかった。行き先をメモに残して居場所を知らせたものだった。

ホリアーがつくりたいと考えたのは、自分が望むときだけオンラインになり、残りの時間は本来の自分でいられるという「二面性」を取り戻してくれる何かだった。

モトローラやノキア、ブラックベリーといった企業で携帯電話を開発した経歴をもつタンも、「解決策はまったく別の携帯電話にあるかもしれない」という考えに同意した。誰もが知るスマートフォンのように機能するものではなく、スマートフォン時代のダイヤルアップデヴァイスのようなものだ。

社会実験としての初期モデル

初期のLight Phoneは小さく、クレジットカードよりわずかに大きい程度。ダイヤルパッドが光ると、まるで計算機のようだった。どちらもデザイナーであるタンとホリアーの意見が最初に一致したのは、従来のスマートフォンのデザインを踏襲しないということだった。スマートフォンは人を不安にさせるものである。神経質なチック症状のように、自分の意思とは無関係に手を伸ばしてしまう。

ある調査によると、テーブルの上にスマートフォンがあるのを見るだけで、たとえその電源がオフで画面が下を向いていたとしても、気が散ってネガティヴな気分になるのだという。だから開発すべきデヴァイスは、みなが普段使っているようなスマートフォンにはならなかった。それはタンの好きな表現を使えば、「ツール(道具)」になるべきだったのだ。

タンとホリアーは、インキュベーターでLight Phoneの詳細な計画を立て、15年6月にクラウドファンディングサイト「Kickstarter」で資金集めを開始した。だがそれは、消費者向け製品として設計したものではなく、あくまで実験だった。

「始めたときは既存のスマートフォンと張り合うつもりはありませんでした」と、タンは言う。目的は「スマートフォンがないと、人はどのくらい不安になるのかを調べる」ことだったという。いかにもアーティストらしい発想だ。

だが、Kickstarterの支援者はそうは考えなかった。Light Phoneは40万ドル(約4,300万円)を集めたのだ。価格150ドルで15,000台が売れたところで、タンとホリアーは受注を停止した。Light Phoneを手に入れようと順番を待つ人たちのリストには50,000人が登録。Light Phoneは、中古市場では3倍の価格で取引された。

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無限なものは入れないというガイドライン

Light Phoneの思いがけない成功で、タンとホリアーは人々の関心が、Light Phoneに「できること」ではなく「できないこと」にあると気づいた。

「誰もが、いつも処理しきれないほどの情報に押しつぶされていて、逃げたいと思っていたんです」とホリアーは言う。そして多くの人がホリアーに対して、Light Phoneを使っているとストレスが軽減する、これなら子どもに使わせてもいいと思える、と語ったとのだという。

一方でホリアーとタンは、「気軽に生きたい」と望む人々がLight Phoneに手を出せないという話も耳にした。Light Phoneの制約のせいだ。スマートフォンを手放したら、UberやLyftも利用できない。音楽も聴けないし、テキストメッセージも送れなくなる。それに、Light Phoneのアドレス帳に保存できる電話番号は9つだけだ。

新機能の大量追加は、Light Phoneを“重く”させ、アーティスティックな発明品というより、むしろ低レヴェルなスマートフォンにしてしまうだろう。しかしタンとホリアーは、みながいまのスマートフォンを永久に手放したいと思っていることに共感し、新モデルの開発に乗り出したのだ。タンによると、新モデルはいまのスマートフォンから一時的ではなく、永久に避難できる場所になるという。

Light Phone IIには、多くの型破りな新機能が搭載されているわけではない。現時点で提供されているのは、テキストメッセージの送受信と目覚まし時計で、アドレス帳もすべてインポートできるようになっている。また、この新モデルでは4G接続がサポートされ(2GのLight Phoneからのアップグレードだ)、新たに電子ペーパー技術「E Ink」のスクリーンも搭載している。

だが、本当にやりたいことは、まったく新しいOSを設計し、ユーザーがオンラインのダッシュボードからアプリを選んでダウンロードできるようにすることだ。ライドシェアリングやカーナビゲーション、スマートフォンを探す機能などが、現在準備されている。

ホリアーはこのように話している。「開発方法においては、かなり強力な思想的ガイドラインがあります。『無限』になりうるものは入れたくありません。ライドシェアリングなら『この目的地にたどり着きたい』というように、すべてのものに明確な目的が必要です。Light Phone IIに存在するものはすべて、そこに明確な理由がなければならないのです。メールもなければ、ニュースもありません」

タンとホリアーは、こうした新機能が利用可能になる時期を明確にしていないものの、それほど先のことではないと語っている。だが、こうした機能がなくても、その理念は人々に十分に伝わっているようだ。18年3月にIndiegogoで開始されたこのプロジェクトは、支援者から350万ドル(3.8億円)以上を集めた。そのうちの60万ドルは初日に集まったのだ。

手放すときに必要な「献身」

ふたつ目の製品を開発したLightは、企業として本格的な成長を遂げている。もはやタンとホリアーの小さなアートプロジェクトではない。れっきとしたスタートアップなのだ。クラウドファンディングの出資者から集めた資金に加えて、フォックスコンやヒンジ・キャピタル(Hinge Capital)などの本格的な投資家から、シード資金840万ドル(約9億円)を獲得している。

「ライトに生きたい」と願う人をターゲットにする市場があることは周知の事実だ。問題は人々がライトに生きるために、どれだけのことを進んで手放すかどうかなのである。

Light Phone IIは、過去の技術への退行というよりも、むしろ最新技術への架け橋になっている。クルマの相乗りや道案内に使えるとなればなおさらだ。しかし、これを使うには、ある程度の謙虚さが必要になる。E Inkの画面に表示される小型キーボードは、文字がびっしり詰まっていて、うまくタイプできない。長く続く会話のやり取りや、活発なグループスレッドには向いていない。

メッセージのインターフェースの読み込みには時間がかかるし、テキストはゆがんで謎のピクセルのようになることがある。絵文字もサポートされているが、たいていはフランケンシュタインのような形で表示される。

このためLight Phone IIを使うということは、「スマートフォンは人を不安にさせ、注意を奪い、なりたくない自分に変えてしまうものだ」という価値観に共感するだけでは済まない。スマートフォンをやめるには、ほぼ聖人とも言える献身が必要となる。ゆえに、友人にメッセージを送る回数が減ることも、メール(私用でも仕事関連でも)への返信に時間がかかることも、家族がソーシャルメディアに投稿した内容を見逃すことも、受け入れなければならない。

ライトに生きるという選択肢

ホリアーは、Light Phone IIを数カ月間使ったことで、注意力と創造力が回復したと話している。Light Phone IIが、よくも悪くも自分の社会との交流を劇的に変えたということはなかったようだ。

それでも、スマートフォンからのダメージを受けずに幸せに過ごすという選択肢は、ますます困難なものになってきているように見える。そうした困難さはもはや、一部のテック嫌いの人が感じるものではない。アップルやグーグルなどのスマートフォンメーカーさえ、ユーザーへの影響を自覚しているのだ。

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「5年前の会話は、いまとはまったく違うものでした」と、ホリアーは語る。「多くの人がスマートフォンを手にしたばかりで、『何について話してる? これいいよね』といった感じでしたが、5年後の現在は『どうしよう、もう手放せない』という話になっています」

おそらくLight Phone IIは、わたしたちが必要とする目覚まし時計のようなものだ。完璧な解決策ではないが、問題はしっかりと提示している。誰もが少しだけライトな生活へと踏み出せるようになるだろう。ただし、キーボードはもう少しだけ大きいほうがいいかもしれない。

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金星という“地獄”のような惑星に、NASAは探査機を送り込む

地球に最も近い惑星であると同時に、太陽系で最も解明されていない惑星のひとつでもある金星。鉛を溶かすほどの高温や深海のような高気圧、吹き荒れる嵐に硫酸の厚い雲といった“地獄”を思わせる環境のこの惑星に、NASAが探査機を送り込もうと開発を進めている。

TEXT BY DANIEL OBERHAUS
TRANSLATION BY MADOKA SUGIYAMA

WIRED(US)

Venus

PHOTOGRAPH BY NASA

月のみならず、いずれは火星にも人類を送るという話が出るとき、月や火星以外にも探査に値する惑星があることは忘れられがちだ。しかし、米航空宇宙局(NASA)の研究チームは、人類を送る惑星として金星に照準を定めた。金星は地球に最も近い惑星であると同時に、太陽系で最も解明されていない惑星でもある。

ソ連の探査機が1966年、金星に最初の着陸(衝突による不時着)をなしとげて以来、宇宙船が金星の地表の環境に耐えたのは計数時間にすぎない。だが、NASAが開発した新たな探査機は、最長で60日間は金星の過酷な地表で耐えられるように設計されている。その探査機「Long-Lived In-Situ Solar System Explorer(LLISSE)」の部品は、どれも地獄のような環境の惑星、すなわち金星の特徴である高温、高圧、反応性雰囲気に耐えられるように特別につくられている。

金星が地球の“悪魔の双子”と呼ばれるのは言いえて妙だ。ふたつの惑星は質量も大きさもほぼ等しいため、科学者たちは金星がかつては水の豊富な天国のような惑星で、原初の生物が存在していた可能性があると考えている。

まるで“地獄”のような金星の環境

ところが現在、金星の表面はまさしく地獄の様相を呈している。気温は鉛の塊をどろどろに溶かしてしまうほど高く、気圧は水深900mの深海と同じくらい高い。さらにはトルネード級のすさまじい強風が高速で金星を循環し、日中は硫酸の厚い雲が太陽を隠す。ひとたび夜になると、地球の時間で100日以上も続く。

現時点での通説によると、かつて金星には液体の水に満ちた広くて浅い海があったが、太陽が海水を沸騰させてしまった。海が蒸発し、水素が宇宙に放出され、二酸化炭素を多く含む大気が温室効果ガスの排出を促し、金星はわたしたちがいま見ている通りの地獄のような景観になったのだ。

金星には厚い大気があるので、宇宙船が金星の軌道を周回したり、金星のそばを飛行したりすることによって収集しうる情報量は限られている。地球の近くの惑星で起こっていることを知るためには、科学者たちは金星の表面に着陸しなければならないのだ。

そこでNASAは、金星の探査に新たな発想で乗り出すことにした。その中心人物は、オハイオ州にあるNASAのグレン研究センターで宇宙科学計画室(SSPO)を率いるティボー・クレミックである。

NASAが火星に着陸させたローヴァーがクルマほどの大きさであるのとは対照的に、LLISSEは小型だ。というのも、地球の隣の惑星に向かう宇宙船に乗せてもらわなくてはならないからである。LLISSEは1辺が10インチ(約25cm)に満たない立方体で、金星の大気から地質まですべてを調査するための複数の機器が詰め込まれている。

探査機づくりは難問だらけ

LLISSEを金星の過酷な環境に耐えうるようにするのは、苦労が多い作業だ。金星の大気には大量の二酸化炭素と微量の硫黄が含まれているので、通常の電子部品だとその上にすぐに水晶ができてしまう。

そこでクレミックとLLISSEチームは、紙やすりや人工ダイヤモンドに使われる合成素材、炭化ケイ素を用いて硬いチップを設計、作成した。探査機のすべてのセンサーもこのチップと同様に硬くなければならない。

もちろんLLISSEの大きさに制限があるからといって、ほかの宇宙船に搭載されている道具、例えばカメラを運べないわけではない。「LLISSEにカメラを搭載する方法があれば必ず試してみますが、そのカメラは小型になるでしょう」とクレミックは話す。

クレミックいわく最大の難問は、60日間も探査機に動力を与える方法を見つけることだ。深宇宙に向かう多くのミッションでは小型原子炉によって動力を生み出しているが、LLISSEではミサイルに搭載されているものと同種の加熱によって活性化される熱電池を使用する。この電池がすぐに切れないように消費電力を制限することが、目下の工学的な課題である。

クレミックのチームは探査機の部品を組み立てる際に、金星の環境を正確に再現した室内に各部品を2カ月も入れて入念にテストする。探査機を長もちさせて、金星の夜から昼への移行を観測できるようにするのが狙いという。

金星の1日は地球の約4カ月に相当する。金星の1日の遅い時間帯に着陸するなら、探査機のバッテリーは夜から昼への移行を確認するうえで必要な分はもつと、クレミックらは考えている。「金星の環境が昼から夜にかけてどう変わるのか、まったくデータがありません。可能な限り多くのデータを収集しようとしているところです」とクレミックは言う。

ミッション延期でも飛行は実現するか

クレミックによると、LLISSEはロシア連邦宇宙局とNASAの共同プログラム「ヴェネラ-D」のミッションに向けて開発中である。このミッションには金星の周回衛星のほか、大型で長もちしない探査機、小型で長もちする探査機が含まれることになっている。ロシア側が周回衛星や大型の探査機を、NASAが長期間持続する探査機をつくる。

ただし、ヴェネラ-Dのミッションは先行きが不透明だ。当初の目標としていた発射時期は2013年だったが、2026年以降に延期されている。

米国とロシア共同のヴェネラ-Dチームは今年1月、フェイズ2のレポートを公表した。それは長期間耐久する探査機が金星で作動する仕組みの詳細についての報告書だ。10月初めのロシアでのワークショップでは、金星で着陸できる可能性のある場所に関して検討がなされた。

2023年にはLLISSEの製造およびテストが完了すると、クレミックは言う。その時点までこのプロジェクトを進めるとNASAが決定すれば、この探査機は実際の飛行に使う部品を搭載してつくり直されることになる。

とはいえ、歴史上最も耐久性のある宇宙探査機が飛行する保証はない。それでも惑星科学者たちは、金星の表面で長期間探査する宇宙船を送ることが願い事リストのトップにあることを明らかにしている。そしていま、わたしたちはその願いをかなえる技術をとうとう手に入れたのである。

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