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【社説】

週のはじめに考える バナナに貿易を学ぶ

 米中の貿易対立が続いています。和解の兆しはあるが予断を許さない状況。超大国同士の覇権争いの中、踏みにじられる自由貿易について考えました。

 二〇〇一年十一月、カタールの首都ドーハ。世界貿易機関(WTO)はここで行われた会議で、新たな多角的貿易交渉の開始を決めました。当時、この会議を現地で取材しました。

 ドーハでの議論は参加国の思惑が入り乱れ、何度も膠着(こうちゃく)しました。議論が止まったという情報が流れる中、交渉官を務める経済産業省の官僚に「今は何をテーマにもめているのか」と聞きました。答えは「バナナ」。

命懸けの貿易交渉

 思わず「バナナ貿易でストップしているのか」と驚きました。すると「バナナを生産して暮らしている人たちはたくさんいる。一部の国にとっては命懸けの交渉なんだよ」と説明されました。

 バナナをめぐっては欧州連合(EU)がアフリカ諸国など旧植民地からの輸入を優先していた。これに対し生産国の中南米諸国などが反発して貿易摩擦になっていました。

 ラウンドと呼ばれる多国間の貿易交渉の目的は関税など貿易の障壁を崩すことです。貿易の自由度が増せば多くの国が豊かになるとの考えです。

 しかし、ラウンドでは先進国と開発途上国との争いが必ず起こります。簡単に関税を下げれば輸入が急増して自国の農業や産業が影響を受けるからです。

 不利な交渉結果を避けようと動くのは先進国も途上国も一緒です。交渉で負ければ先進国では特定の産業や農業の衰退につながり雇用問題に発展します。

 問題は経済基盤が脆弱(ぜいじゃく)な途上国です。負ければ社会不安や、時には人々の「飢え」につながります。故にバナナ生産国にとって交渉は「命懸け」なのです。

多国間交渉を拒む

 WTOは現在、貿易交渉の場としてはあまり機能していない。参加国が多すぎて意見調整が難しすぎるからです。

 そこで登場したのが環太平洋連携協定(TPP)や東アジア地域包括的経済連携(RCEP)といった特定の国々だけの交渉の場です。比較的少数の国々だけなら意見がまとまりやすく域内の貿易自由化は可能との発想です。

 ところが、狭い域内の自由貿易さえ拒否する為政者が現れた。トランプ米大統領です。米国第一主義を掲げるトランプ氏にとって、一定の枠組みに参加した国が共通の利益を目指す手法は邪魔な存在です。

 トランプ氏は自由貿易協定(FTA)など二国交渉に固執します。米国は強大な軍事力を持つ大国です。二国間ならたいていの国を交渉で負かすことができます。

 トランプ氏は制裁をちらつかせながら力ずくで交渉に持ち込みます。自由貿易の理想を掲げたWTOの精神を無視した姿勢ではないでしょうか。

 米国は一九三四年、互恵通商協定法を制定し、貿易相手国と関税を引き下げる協定を結んでいきました。これが戦後、関税貿易一般協定(ガット)に発展しWTOになったのです。トランプ氏は自国が育んできた自由貿易の仕組みを壊しているともいえます。

 トランプ氏に真っ正面から挑んでいるのが中国です。米国が制裁関税を課せばやり返す。中国は米国が主導する世界貿易のルールを変えようとしているのです。和解への努力は続いていますが、多くの国々が翻弄(ほんろう)されています。

 では日本はどうか。わが国は中国と違い一党独裁の国ではありません。他国を経済圏に収めるような一帯一路的野心もない。もちろん今の米国のように自国第一主義でもない。

 ただ日本は米国に譲り過ぎる一方、中国を警戒し過ぎているように感じます。米国には、日本の投資が多くの雇用を生み出している事実を堂々と主張すべきです。中国は間もなく低成長時代を迎え、他国との協調が欠かせなくなるはずです。

胆力が味方をつくる

 貿易の原点はお互いが「得をする」ことです。多国間の交渉になると、皆が「得をする」ことが目的となる。ただ先進国と途上国では経済的な条件が著しく異なります。だから、先進国が少しだけ自分たちの利益を譲って、途上国に振り向けることが極めて重要となります。

 相手を思いやる。日本の得意技のはずです。一房一房のバナナの輸出が人々の命の糧となる現実を思う想像力を持つのです。

 国益を見計らいながら途上国には可能な範囲で譲り、米中との交渉では安易に妥協せずに粘る。こうした胆力が味方をつくり国益を育てる滋養となるはずです。

 

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