2019年10月

六本木回顧録(京都での初仕事と初報酬)


こんにちは、ゆう@台風から疎開して沖縄の過ごしやすい気候で寛いでいます。

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話をP活の彼女からNの会社に戻します。

Nの会社では毎月1〜2回、地方面談をやっていました。おさらいすると、Nはネットビジネスと不動産の融合で「不動産大百科」なるものを無料配布することによって大量の不動産に興味のある人たちのリストを入手していました。この大百科は”作家”にお金を払って何冊かの不動産投資の本をまとめさせたものでした。ゴーストライターですね。

そんな中身のない寄せ集めのような大百科でも、知名度のある人間が配布するとそれをありがたいと思う人が多いものなんです。

ああ、人間とは何とも騙されやすいものかな。

Nがここで採った戦略は、この大百科を無料配布する代わりにメールアドレスを登録させ、Nのメルマガが届くようになっていました。この時はアフィリエイターも使って大百科を拡散させていました。ボクにも当時依頼が来ていましたが、メールアドレス1件につき確か200円のアフィリエイト報酬を支払っていたはずです。

この報酬を支払うために当時Nが持っていた不動産を売却してお金を作ったりしていました。

結果、不動産に関心がある人たちのリストが手に入りましたが、本名かどうか分からない氏名とメールアドレスが手に入っていましたが、これだけでは価値が不十分です。

そこでそのリストを生きたものにするために「無料面談」と称して顔の見えないメールアドレスだけの潜在的顧客を”見える化”していったわけです。

ボクの最初の仕事らしい仕事はこの無料面談で京都に行ったことでした。

Nは各エリアでトップクラスに良いホテルのスイートルームを借りて、そこに1時間刻みでアポイントを入れていました。数日間の滞在でしたが、その間はほぼすべての時間がアポイントで埋まるのはなかなか素晴らしい、Nの人気を改めて目の当たりにしました。

京都での宿泊先は京都駅直結の「ホテルグランヴィア京都」でした。

ここでばスタッフも同行して、面談に同席し、その客を自分の顧客とすることができます。その際、面白いものでNと同じホテルに宿泊するスタッフは稼いでる系、別な安いホテルに宿泊するスタッフは稼げない系、と見事に分かれていました。

ボクは当時まったく売り上げの見通しが立っていなかったものの、Nと同じグランヴィア京都に宿泊することにしました。結果として当時、成功者だったNや年収5000万円以上稼いでいたスタッフたちと同じ視点でものごとをみることができたので良かったと今でも思います。

グランヴィア京都はワンフロアの部屋数がビックリするくらいおおく、ワンフロアに100室近くあったのではないでしょうか?とにかく部屋数の多さに驚きました。そしてボクの宿泊していた部屋からNの客と面談するスイートルームまで行くのに、ドアtoドアで5分はかかりました。広すぎて本当に遠いんです。

ボクは昔から運がとても良いです。

この時、初めての面談のときもその運を発揮していました。

超根アカテキーラモンスターのTOYOが面談予定だった客が、いろいろ理由があってボクの面談客になりました。

当時のボクは地方の投資家レベルの認識しかなく、物件は利回り10%では危険で12%以上で30年近い長期融資を引けないと買わない、という認識でした。全国区(というか東京の投資家)の投資基準をまったく理解していませんでした。しかも地銀の低金利で。

しかし、そのときに面談した客は京都市内の築30年弱のRCを10%で売りたい、という客でした。ボクの投資基準ではとてもこんな物件を買わないし、客にも紹介できませんでした。

しかし、当時のNの会社のスタッフはその情報を聞くと即決レベルの案件、との認識を皆がもっていました。

これはかなりのカルチャーショックでした。

この京都市の物件を持っていた客もそうですが、築年数が古いのでスルガ銀行でした融資を引けず、それでも金利が4.5%では満足なキャッシュフローが出ないからです。なぜこんな物件を売れると思えるのか、そして客に紹介できるのか。

それはほぼすべてのメンバーが実際に自分で不動産投資をしていないから、表面的な数字だけで強く客に紹介できるんですね。

これは教訓で、投資話を勧められたら、その人自身もその投資をしている上にリアルに実績を上げていることの裏付けをとるべきだなーと。人に紹介できるのに自分でその投資をしていないのは儲からないからです。

いずれにしても、ボクは物件元として京都の物件の担当となり、別な担当者O(ガングロイケオジサーファー)がそれを客付けしてあっという間に成約にいたりました。

この物件は6,880万円だったので、ほぼ何もせずに2,293,920円の仲介手数料を得て、その半分を報酬として手にすることになりました。

六本木回顧録(P活とU)2


こんにちは、ゆう@来年のビットコイン価格に興味津々です。

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今回の記事は意外にアクセス数が伸びていないけど、それに関係なく前回の続きです。

ちなみに、世間では彼女ができたら彼女を大事にする、結婚したら家庭を大事にする、ということが美徳とされています。それに反することを言うと批判されます。芸能人なら炎上、場合によっては仕事を失うことすらあります。

ある面では正しいでしょうが、ある面では正しくないように感じます。

何かで成果を大きく上げたい場合、自分にとってストレスとなるものをなるべく避けて、自分の欲望を解放している状態。そういう状態のときに成果が上げやすいと思います。それは六本木の周りの人たちを見てもそういう事例が少なくなかったと思います。というか比例していました。

何を言いたいかというと、ボクが仕事で成果を上げるためにはストレスになる可能性の高いものを排除し、脳に幸福感を感じるものを倫理感に関係なく取り入れました。

一般的に家庭があっても別居してろくに会わず、それどころか他に女を作るのは、しかもたくさん作って遊びまくるのは強い批判の的でしょう。

しかし、それが大きな成果を上げる(変わることができる)ポイントになることも事実ではあります。

大前研一氏の言うように、人間が変わる方法は3つしかないわけです。1つ目は時間配分を変える、2つ目は住む場所を変える、3つ目は付き合う人を変える、この3つの要素でしか人間は変わらない。

少なくとも2つ目、3つ目は大抵の人は難しいですよね。

ボクはそれを敢えてやりました。地方から六本木へ、地元の人間とはあまり関わらず、家族とも離れる。家族との時間は通常は長い時間ともに過ごします。それだけに今日、何か決意しても家族と一緒の時間を長く過ごすと、決意前の自分と変わらず接してくるので引き戻されてしまいます。これは仲の良い友人もそう。

家庭があっても自ら単身赴任状態を作り出して新しいことにのめり込む、これが変われるポイントだと思います。

そして常識にとらわれずにすべての欲望を解放して、新しいことが上手くいくように没頭する。その結果、時間配分も変わっていることになると思います。


と、いう感じでボクが家庭を顧みず女遊びをすることを正当化してみました(笑)

でもそれによって、明らかにそれまでのボクの意識からずいぶんと遠いところまで自分を変えることにつながったと思います。


さて、話をもどして、P活目的の女の子との出会いで4人目はUでした。

20代半ばの関西出身の可愛いOLで、ゴハンを食べていろいろ話をしていると今でいう港区女子なのが分かりました。そして、なかなか慎重でした。P活目的の女の子と上手く遊ぼうとしている目的を見透かしているような、歳よりもはるかに精神年齢が高い印象。パッと見P活しているようには思えないこと、関西弁が記憶に強く残りました。

その日は何もなくそのまま帰宅。終電前に終わったのでタク代も渡さず、でした。

しかし関西弁が何とも心地よく、すぐまた次のアポへ。

慎重な姿勢は変わらず、家に来ようとしない。タワマンの響きにもなびかず。仕方なく、P活目的に乗ってみることにしてみました。これは完全な敗北でしたが、六本木では分からないことが多いので、迷ったらGOの精神で突き進みました。

家に連れて帰ってからの内容は割愛して、別れ際に言ったのがP活はする気は本来はなく、これきりであること、でもUのことは気に入ったこと、また会いたいということ、などを伝えました。

その後何回か会い、結果的にUからの告白で付き合うことに。

・・・ここまでは普通(?)の出会いと付き合いですが、ここでボクがまったく分かっていないことがありました。

それはUと会おうとすると、遅くてもなぜかタクシーで来て会っていましたが、それが週に何回も。しかもタクシー代は自腹です。最初は時間もタクシー代もあまり意識しなかったものの、だんだん不思議に感じるようになっていきました。しかもケータイをほぼ1日中いじっているわけです。

そこで一計を案じることにしました。

「どうしても腑に落ちないことがあるからケータイを見せてほしい」「何がそこにあってもその後も変わらないから」と伝えて、そのすぐ後に会いました。

そこでケータイを差し出すUでしたが、ボクは「いや見なくていいから本当のことを話して欲しい」と。

するとUは驚くことを告白し始めました。


それは・・・

ドラマならCMにいくところですね(笑)


それは、UはOLのかたわらP活をしている女の子ではなく、P活を専門でやってそれで生計を立てている女の子でした。しかも月に100万円近い収入を得ている女の子。

つまり、港区女子かつP活専門の女の子でした。

それを正直に話してくれたのでボクは不問に。というか、中途半端なP活をする女は軽蔑ですが、それを”本業”にして生計を立てているのならある意味プロ。そう言って逆にUを褒めて安心させてあげました。

結果的に、その後広く知られることになる言葉であるP活や港区女子と六本木に来てすぐに近い存在になることができて港区の情報や常識をかなり早く知ることができました。アメリカ人と付き合って、短期間で英語が話せるようになる的な。

このUとの付き合いはその後約2年続くことになり、ボクがNの会社にいる間とだいたい同じ期間を過ごし、いろいろ勉強になることが多い存在でした。


これで六本木の当初のメンバーがそろったことになります。

六本木回顧録(P活とU)


こんにちは、ゆう@グルメ日本一周完了です。

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グルメ日本一周がやっと完了して、この一週間は移動とグルメ三昧だったので更新が滞ってました。4年分の内容なのでもう少しペースアップして更新していこうと思います。

今まではNの会社やスタッフ、初期の情報を記事にしました。

ここでボクの内容も少し書いてみようと思います。ここで念の為書いておきますが、このブログがあくまでフィクションなので、事実も元に書いていますが基本的にすべて架空の内容です。ボクについても六本木でセレブな生活をしてきたアラフォー男子についても創作のストーリーなので、これを読んで気分を害する必要や、不快に思うべきでなく物語として読んで欲しいです。そのため、批判や中傷などは一切筋違いですし、そんなことを思うなら読まないで欲しいです。

念の為。


さて、ボクは非常に女好きな性格で常に5〜10人くらい遊べる女の子がいる状態を維持してきました。20代の頃からずっとそうです。

ところが六本木でもまったく知り合いがいない状態できたので(N以外)、女性についても知り合いなどいませんでした。しかし、培ってきたボクの性癖は容易には変えられません。

そこでネットでの出会いを求める戦略に出てみました。

ここで自分自身について整理すると、大学は都内の1流大でしたがその後地元に戻って10年以上経過していて、都内では電車の乗り方さえ怪しいレベルの田舎ものになってしまっていました。○○駅には○○線が通ってて、とか全然意味が分からない感じでした。だから

ファッションセンスも月に10万円くらい服を買っていたものの、地方の丸井で買う程度なので、六本木を歩いている女の子に太刀打ちできるなど不可能でした。

そこでボクのとった戦略は、いまで言う「パパ活」(以下P活)。(ちなみに当時はパパ活という言葉はなかったものの、パパ活みたいなことをやってる女の子は多かったですね。)

・・・と言っても実際にお金を払ってパパになる気など全くないので、入り口をP活にして女の子と出会い、気に入ったらパパになるけど今日はゴハンだけね、という体で女の子と出会います。

当時使ったツールは幸福を呼ぶ出会い系「ハッピーメール」。

六本木に来て仕事もろくになくて時間を持て余しているので、P活に専念できます。

女の子との出会いは野球に例えると、ヒットはホームランを打てる力をまずつけます。

それは見た目や話し方、ストーリー、話す内容など。見た目については減点がないように清潔にして、キレイめな服装をこころがけます。会う前、食後のためにリステリンも持ち歩きます。話し方は営業だし、訛りはもともとないので問題ありません。話す内容は大事ですが、あまりにも六本木の女の子が何を考えているか分からないので『地方の大手企業の高額年収を蹴って、六本木で勝負するために来た。タワマンに住んでいて、お金はあるけど、女の子にはトラウマがあってお金の関係にしたい』というストーリーにしました。変に東京歴が長い、と見栄を張るより不足している部分は正直に言ってしまった方が変な空気にならなくて済みます。

以上が打撃練習。バットやスパイク、ユニフォーム、道具を揃えた上で来た球の打ち方を覚えて反復練習。そんな段階です。これで一定の打率が発生します。要は女の子を落とせる可能性です。打率が1割でも10回打席に立てば1本のヒットが打てます。100回打席に立てば10本のヒットが・・・というわけです。

次は打席に入ります。打席は経てば経つほどヒットの数が増えます。これはつまり、幸福を呼ぶ出会い系「ハッピーメール」の掲示板に定型文を掲載するわけです。当然課金します。お金をかけてスピード感が増すのであれば十分な課金をして挑むべきです。ヒットの数が変わってきます。

女子目線からは本気かどうかは掲示板やその後のメッセージのやりとりだけでも伝わると聞きます。ここでもなるべくシンプルさと最低限伝えたいことをしっかりと書きます。

お金が発生する関係であること、すぐ会えること、ドタキャンはしないこと。嘘はつかないこと(笑)。

するとすぐに反響が。

次の日のアポが入りました。しかし、これに満足せず、次のアポへといきます。

ガチ彼女を作るときもそうですが、1人に絞ってしまうのはリスクでしかありません。女の子との出会いはタイミングの要素が大きく、彼氏がいなければ落ちていた女の子も彼氏がいることでNGを出してくることもあります。ビッチな女の子だけどたまたまそのとき彼氏に気を使う時期だったからNGを出してくることも。

またはこちら側の打撃練習が不十分なためにそのときは落ちなかった女の子も、別な打席でヒットを打ったことによって自信がついて(打ち方を覚えて)、ヒットが打てることもあります。

このようにタイミングに左右されることもあるので、基本、同時並行でトライすべきです。

というわけで3件のアポが入りました。

1人目は会ってあまり可愛くない。23歳の普通のOL。テンションがあがりませんが、ボクの用意していたストーリーはすんなりハマって相手的にはOKサインです。これはもちろんP活としてです。

ここでレフト方向には引っ張らずに、ライト方向へ流すバッティングをこころがけます。要は金をかけずにヒットを打ちにいくわけです。(「落とす」、「ヒットを打つ」の使い方のルールがいまいち統一されていませんが後日校正します)

”君のことは気に入ったけど、長い関係を持ちたいから一度エ○チしてみないと分からない。だからうちにおいでよ”というわけです。

この1人目は打撃練習がうまくいって初打席初ヒット。

でも代走を出しました。要は次回はありません、ということです(笑)

可愛い女の子との出会いではなかったものの、六本木(というか全然六本木の女の子ではなかったですが)でも通用する、という自信を持つことができたのが大きかったです。


さて、次の打席です。

20歳の学生、まぁまぁ可愛い。合流するのは20時とか21時で、ゴハンを食べてお酒を飲みます。で、連れて帰ってバッティングと思ったら、お金の話をしてきます。変にゴタゴタするのも空気が悪くなるので、「初回なので1万円」という設定に。なぜ初回だと1万円なのか謎ですが(笑)

費用はかかったものの2打席連続ヒットです。

3人目、可愛い。アメリカの大学に通う女子大生で、冬休み中で神奈川の実家に帰省していました。ゴハンを食べてバーへ。今回は少し角度を変えてバッティングに挑んでみました。それまでの2人はお金の関係がめんど臭くなくて良い、というスタンス。今回は可愛いので、「お金の関係が良かったけど、君なら付き合いたい」というスタンスで。お金を発生させずに持ち帰る方向に持っていきます。

戦いは終電間近の時間で、家に来ることにはまんざらでもない反応ではあるものの、「明日が早いから終電で」という信用度ゼロのコメントを発してきました。そこで「それならタクシー代あげるから、それならあと1〜2時間大丈夫でしょ?」と。

これで延長戦に入りました。

しかし、次に「彼氏じゃないとエッチしない」という社交辞令できたので、「じゃ付き合おう」と言ってエ○チへ。どうせアメリカの学生ですし(笑)

でもボクはマメなので、その後その年の年末まで約1年間ずっと毎日LINEのやりとりをしていました。基本、マメなんですよね。


そして4人目。

この子(Uとします)との関係は長くなるのでまた次回にしようと思います。

六本木回顧録(事務員Yの存在感!!と六本木初期メンバー)


こんにちは、ゆう@都内グルメ活動再開中です

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さて、Nの会社での通常業務が開始して、席の配置が特徴的でした。代表であるNと、その両隣りに事務員YとNの彼女で銀座ホステスのB(としましょう)、その向かい側の営業スタッフのデスクがあるという布陣。Nは事務員Bを自分の会社の役員にもつけて役員報酬を支払っていたようでした。その額たしか50万円、プラス銀座の高級クラブ(有名店です)で働いていたら、月に100〜200万の間くらいの収入になります。

事務員YはNの会社の売り上げ(=仲介手数料なのでイコール粗利です)の1%が事務員Yの固定給とは別の”報酬”となる仕組みのようでした。これは非常に不思議な仕組みでした。

事務作業は言ってみれば誰でもできるものなのに、Nが自分でできないからそれを当初からいるYに依頼して、やってもらっていた。それに当初は売り上げが低かったからその1%といっても月に数万円程度だったのが、ボクが入ってからは時代が良かったこともあって月に億を超える売り上げ(仲介手数料のみ)になっていました。

何と、単なる事務作業をしているだけで固定給をは別に100万円以上の”報酬”が事務員に入ることに(笑)

当然、事務員Yはこれを既得権益としてやすやす手放すわけはありません。

1人の事務員にピーク時は2,000万円以上のお金を事務員Yに支払っていたのでした。これはどう考えても異常でした。ボクの組織の幹部として培ったバランス感覚からすると、事務員Yに支払う報酬はせいぜい年収800万がマックス。年収2,000万オーバーの報酬など、勘違いさせるだけです。


さて、話をもどして彼女Bはホステスとのかけもちなので、事務員としての業務の大半は事務員Yの仕事となります。これは事務員Yの存在感・発言力・影響力を増大させるだけの状態でした。ボクはかなり早い段階からNの会社のガンは事務員Yだなーと分かっていました。理由はおいおい明かしていきます。

事務員Yの業務は簡単に言うと、広告依頼(さまざまなメディアへ広告の依頼をかけます)、物件情報を読者約20万人のメルマガに流す(Nはある方法を使って膨大な不動産投資家リストを入手していました。これは後述します)、メルマガの反響をまとめる(Nの会社ではそれぞれのスタッフが物件を仕入れて良い物件はメルマガに載せて、反響が来た客を自分の客とすることができました)、これらが業務の大半であとはそれ以外の細かい事務作業がありました。

ボクは当初、内部事情がまったく分からなかったので特に口を挟むことはせず、情報収拾しつつ色々覚えることに専念していました。


この時のメンバーとその特徴は以下の通り。

N(会社代表、ラスト・サムライ)
Y(アラサー勘違い事務員)
B(銀座ホステス兼片手間事務員)
M(無駄なこだわりラガーマン)
T(港区系ガリガリNo. 1営業マン)
TOYO(超根アカテキーラモンスター)
O(ガングロイケオジサーファー)
S(刺青ノイローゼ)
H(いい人トレーダー)
I (いい人)
MY(愛され弄られプーさん)

本人が見たらキレるかもしれない特徴ですが、このブログはフィクションです。


いっぱい出てきてなんだかよく分からないけど、分かる人にはすぐ分かる登場人物です(笑)
☆「成功の9ステップ」
ジェームス・スキナー
(CD10枚組)

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ボクも今でも毎日聞いている超お勧めCDです☆


ゆうプロフィール

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