なお、「正法念処経」では36種類の餓鬼がいると説かれているらしい(挨拶)
togetter.com
深入りしたくねえなぁ……。
でもほんとうんざりするなぁ……。何がうんざりするかというとKuTooとか主張内容そのものよりも「他人の文脈を軽視して1ページだけ切り取っておきながら、自分の文脈は尊重されて当然」っていうオーラをもろに出してる身勝手な人の話だっていうのが何よりうんざりする。
これって高校生の小論文の添削してた時に、問題文ちゃんとよめずに頓珍漢なことを書いてるのに、「私の言ってること何か間違ってますか?」ってキレるようなものであって、「まずちゃんと読めてない」ところが問題なのに、「自分の主義主張の是非」ばかり考えてる。高校生ならいいけど社会人にもなって同じレベルの勘違いしてるひとがたくさんいるのが本当につらい。
正直この記事で書く話はすでに一回やったのだけど、これフェミニズムの問題じゃなくて、「リテラシーや他人へのリスペクトがないクソマンガ読みがマンガについて語るのは愚か」と「他人の文脈軽視する癖に自分の文脈は尊重してもらいたいと考える人は男女問わずクソ人間だからさっさと死ね」っていう話だと思います。
このまとめにあげられている人たちは、フェミニズム以前とか男女以前に、社会人と呼ぶに値しない何かだと思うので、さすがにこの件でフェミニズムを批判するのは気の毒な気がする。ただのバカでいいでしょこれは……。
というかこの問題もう「モトカレマニア」の時にやったよね
私思うんだけど。
「モトカレマニア」の時にも言ったのと同じで、
1ページだけ切り取った漫画読んで憶測で感想を適当に書くより、さっさと現物読んだ方が早くない?
王様の仕立て屋で問題になったページの前の文脈はこんな感じです
ここまで言ってもどうせ読まないだろうから、そのコマに関する文脈を長めに引用しますね。
「うーん……スワールトゥって好きで買っても
蛇蝎のごとく嫌う人がいるんじゃあ自己満足で終わっちゃうじゃん。
なのに売ってる側はグイグイ推してて、どうすりゃいいのさ。」
「スワールトゥも、デザイナーさんの工夫の賜物だし
本来は決して悪いものじゃないんだ。
それでも好みがわかれるのは理由がある。」
「やっぱり出っ張った感じが人によっては気になるんですか。」
「それもあるが、スワールトゥは手入れが大変なんだ。
鼻先が長いだけに、日々の手入れがなってないと
どんどん反り返ってしまう。
階段に引っ掛けやすくて傷になりやすく、安物は劣化も早い。
存在感があるだけに、劣化も目立つ。働く現場には不向きな靴なんだ。」
「そもそもどうしてそんな靴ができたの?」
「そこは美意識と実用性のせめぎあいだ。」
「車のデザインはその最たるものだ。
顧客には格好良さ重視、実用性重視、安全性重視、いろんな人がいる。
時代によって流行も違うしすべての欲求をかなえてくれるものはなかなか作れない。
そもそも、デザイン性の強い靴ってのはその昔働かなくていい階級の履物だったんだ。」「まじで?」
「中世ヨーロッパでクラコーという先がとがった靴が流行したことがある。
先が長いほど上流階級の証とされ労働に不向きな靴はぜいたく品として禁止令がでたほどだ。
しかしその後は大きい足は労働者の証とされ
上流階級は歩きにくいほど小さい靴に足を押し込んで
馬車もちで働かなくても食っていける身分であることを証明しようとした」
「大きく見せたり小さく見せたりどっちがいいの」
「流行が違うだけで、経済力の余裕を見せようとする点では同じだよ」
「中国の纏足文化は極端な例で、幼いころから布でしめられつづけ三寸金蓮とよばれるほどに成長を止められた女性の足は七難隠す美人の条件とされ、玉の輿も夢じゃなかった。
文化大革命でこの習慣は終わったがこの時すでに労働に不向きな足に仕上がってしまっていた女性は反革命的とされ、連日赤い手帳をもった若者につるし上げられたという」
「そりゃ理不尽だね」
「流行は時として差別を正当化するから気をつけなきゃならんのよ」
問題のページは、こういう会話の上で出てきたんですよね。
①そもそも「日本のKutoo」の話をしてないんですよ。
「ファッションで勝負したい上流階級」の話です。KuTooでどうこういってるような、はく靴を他人から強要されてしまうような、われわれ組織の下っ端の人間の話がメインではないのです。
というかハイヒールに反対してるのは日本のKuTooだけではない。この漫画はグローバルを対象としておりであり、日本のKuTooは「パンプス」に対して反対しているが、外国では明確に「ハイヒール」反対運動である。
business.nikkei.com
それを前提として語られているのに「KuTooに対して無理解」って言われても、どこにもKuTooの話って書いてないよねで終わりです。
②次に「ハイヒール」は「スワールトゥ」の対比として出ています。当然「労働に向かないが美的な靴」として労働現場ではく靴としては不適当であると表現している。纏足の例もだしていて、流行だからといって女性にハイヒールを強要するのは差別だとはっきりと示している。
「蛇蝎のごとく嫌う」も、作品をちゃんと読んでいたら「スワールトゥ」が嫌われているのと同じ重みです。
切り出された1ページだけ読んで「KuTooの人を揶揄してる!」ってキレてる人いたら、国語力低すぎるでしょ。
③「パンプス」は、ハイヒールに対して労働に合う靴の対比であって、別にパンプスでなくてもいい。そもそも①の繰り返しになるがKutooの話はしてない。自分がKuTooの運動をしてるせいで、なんでもKuTooの話に引き付けて読んでしまってるだけです。「自分の運動がこれだけネットで話題になってるんだから、KuTooの話を前提にするのは当たり前」みたいな態度はほんとに印象悪いよ。
というか、本来の服飾業に詳しい人が、ハイヒールとパンプスを区別するのべつにおかしくなくね? 別に包含関係じゃないよね。KuToo側がパンプスじゃなくて革靴やらスニーカーやらサンダルにしたいって話なのはよくわかるけど、KuTooについて認識してないこと以外において事実認識に誤りはないと思うんだよ。「事実誤認」とか「知識不足」って言って批判してる人は本当に正しい知識で批判してるの?
パンプスとハイヒールは、それぞれの言葉が指している意味に違いがあります。 パンプスは靴の種類を指しており、ハイヒールは靴のかかと部分の高さを指す言葉です。 パンプスは履き口が大きくつま先やかかと部分が覆われている靴のことで、ハイヒールはかかとの部分が7センチ以上の高さがある靴のことです
認知度からしても、情報の数からしても、「ハイヒール」といえば「ハイヒールパンプス」ということがあまりに定着しているため、「ハイヒール」といえばパンプスをイメージしてしまうのではないか
http://shop-kilakila.com/blog/?p=9780
間違ってるのはKuToo側の方々なのではないかという気がしてきた……。とはいえ、③についてはこの作者さんのことだからKuTooのことは当然知ってたと思うし、編集部はちょっと配慮してもよかったかもしれないですね。
④前の文脈を読めば、当然「ハイヒール(に限らず労働に不向きな靴)を強要すること」に対しては否定的であるのは誰が読んでもわかるはずです。「プロポーズしてるものだと思えば?」についても「そもそも相手にしなくていい」「そんな男は身の程知らずな馬鹿だ」って意味です。このページだけでなくその前のページから読んでたら当然理解できる内容です。わからないならその人の国語力が低すぎる。
「うちの会社って、昔結構保守的でさ。パンツスーツとか禁止だったのよ。」
https://www.tyoshiki.com/entry/2019/01/29/065347
「禁止!?」
「まぁ明確に規定があるわけじゃないんだけど暗黙の了解って感じでね。でも私はその雰囲気に気づかなかったのよね。そんなゆとりなかったの。すごく忙しい時期でパンツの方が雨後起きやすいかなって思っただけなの。そしたらある日廊下で呼び止められて」
「"ちょっと君、その格好はねぇ、どうかなぁ。もっと女性らしいスタイルが出来ないものかなぁ。君たちには対外的にも女性の優しさ柔らかさをアピールする義務があるんだよ" おおかたこんなところでしょ」
「うん、そう。それから会社がギスギスしてくる、なんて言われた。じゃあどんな格好がよろしんでしょうかって言って彼の指差す方を見たらいかにもおじょーちゃまなパステルのチャラチャラした"私ったらちょっと社会見学のつもりでおつとめしてるの"っぽいスーツ姿があって」
「"そりゃ結局あんたの趣味なんじゃないかーっ"とキレたわけね」
「キレないわよ。ただ必死にローテーションを工夫してその後一ヶ月パンツで通したの」
「…それはキレてますよ」
「結局それが既成事実になって、みんなこだわりが無くなったのよね」
「ちょうど社長や役員の大幅な交代とも重なったし、雰囲気も変わったの」
「私知りませんでした、チーフって、やっぱりすごい」
「あのね~こういうことですごいって言われても嬉しいやら哀しいやら」
「百合子、多分自分で思ってるより大きなことなのよ。長いことみんななんの根拠も無い脅迫を受けてたようなものなんだから。"君たちは見られるものとしてここにあるんだ"ってね。じゃ、見てるのは会社の目か、神サマの目かと思ってたら、ただのオヤジの目でした。これをはっきりさせただけでも功労賞もの。服の問題を超えてるよ。社史に載るかも」
以上ですが、そこまで踏まえたうえでよんで、まとめられてる女性の方々の「蛇蝎のごとく作者を嫌う態度」が果たして正当なものだといえますか?
私はとてもそうは思えないです。
最初のコマを抜き出した人間は、意図的に切り抜いてるとしか思えないし(1ページの切り抜きにすらなっておらず、ページの下部分を隠している)それに賛同して作者を叩いてる人たちは国語力皆無のバカにしか見えません。
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KuTooを「ただの宗教」にするか「社会意義のある活動」にするかは、それに賛同する人が一人一人自分で考えて責任もって行動するかどうかによると思う
その意味において、今回の件で騒いだ人間は、文章を読めないか自分の主義主張のためなら文脈を無視して意図的に不都合な表現は隠して他人の表現に口を出すクソであるって言ってるようなもので、KuTooに対する完璧なネガティブキャンペーンになってます。まじめにやってる人は無能な味方が多いと大変だね。
石川さん自身もジャンプの件とかで相当頭の悪い発言してるんだけどね。
そっちは無批判で、石川さんのいうことにちょっとでも反すること言ってるやつは
ちょっと気に入らない表現があったらよく知らずに虫けら並の扱いってのがすごいなーって。
完全になにか人間として大事なところが壊れてるよね。
何の罪の意識もなく、また自分の読解が正しいかどうかを疑うこともせず、
ここまで簡単に人をののしれてしまう人って明らかに常軌を逸している。
ちょっとした出来事からそれほどの暴言を軽々しく吐けるというのが本当にすごい。
とても「情熱的な精神状態」になってるなと思う。
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情熱的な精神状態は、多くの場合、技術、才能、力量の欠如の証拠である。
さらにいえば、情熱的な激烈さは、熟練や力量から生まれる自信の代用品になりうる。自分の技能に自信のある職人は、ゆったりと仕事にとりかかり、まるで遊んでいるかのように働きながらも、確実に仕事をやり遂げる。一方、自信のない職人は、まるで全世界を救っているかのような勢いで仕事に打ち込み、そうすることによってのみ、はじめて何かを成し遂げられると考える。
ものごとを考え抜くには暇がいる。成熟するには暇が必要だ。急いでいる者は考えることも、成長することも、堕落することもできない。彼らは永久に幼稚な状態にとどまる
そして、その「幼稚な状態」はKuTooを言い訳にして許されると思っているんだろうなって思います。
うん、もうこの人たちにとってKuTooとか石川さんは神様なんだね。
もう一つ、改めて「自分の思想や発言の責任を他人に預けてる人間」ほど恐ろしいものはないな、と。
本人たち全然自覚ないと思うけど、このまとめにあげられているような人たちこそ「凡庸な悪」とか「ヒルコ」っていうんだと思うよ。
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KuToo活動を本当に素晴らしいと思うなら、石川さんという神に依存せずにちゃんと「誇り」を持って自分の発言に責任を持てる人間であってほしいな
「どうしたんだ、知世?」
「眠れないの。眠ろうとするとあの(お父さんの悪口を言ってたやつの)やーな大笑い声が浮かんできてムカムカしちゃうの」
「困ったなぁ」
「私のハートはもういいやと思うんだけど、私のプライドは許さないの。…プライドってめんどくさいものだね」
「でもお父さんはプライドの高い知世がいいと思うよ。」
「え?」
「プライドっていうのは、自分がいちばんだって偉そうにすることでもなく傲慢な態度を取ることでもなくてたとえば知世が何十億人の人たちの中でほかならぬ知世であるために必要なものだと思うんだ。」
「IDカードみたいな?」
「そうだな、でももっと重たい。旅行かばんのようなものかな。すべての人があらかじめかならず1つずつ持ってる。
型はそれぞれ違っていても重さは皆同じなんだ。女の子も男の子も、大人も、子供も。
持って歩くのはなかなか大変だ。だからこんなものは邪魔だと思ったら捨ててしまってもいいわけだ。それがその人の意思ならね。
でも中にはとんでもないバカなおせっかいがいる。"君は小さな女の子だから、こんな重いカバンなんかもっちゃいけないんだよ。必要ないんだよ"なんていうやつだ。」
「はりたおしていいのね?」
「うーん、、、まぁ」
「お墨付きがでたわ」
「それから、みんなのカバンをまとめて持ってあげようという人も出てくる。大きな一つの荷物にしてしまおうってね。それは楽ちんだけど、とてもこわいことだ。どこに運ばれるかわからないんだから。
やっぱり自分のカバンは自分一人で持たなきゃならないんだ。だから、知世のカバンをお父さんが持ってあげることもできない。
お父さんがやれるのはせいぜい知世がカバンの重さに負けないようにたくさんご飯を作ることくらいだな」
「やっぱり腕力よね」
「精神的な、ね」
「ムカつくことがあったら、ちょっと考えてみるといいんだよ。どうしてそんな気持ちになるのか。それは自分のことを知る手立てになる」
「キーっとなるのも無駄じゃないんだね」
「そう、その上でやっぱり言うべきことがあると思ったら冷静に対処すること」
「それでもわかんない奴だったら、張り倒す!」
「……どうしていつも、そこに…」…
……
………「わかった!」
「え?」
「お父さんを悪く言われると自分のことよりすごく頭にくるのは、お父さんが一番大切なポイントにいるからだわ。知世が知世であるための。
そう思えば、重いカバンもへっちゃらだわ」
自分の「荷物」を他人に預けちゃった人って、「自分の発言は自分が信じてる人やその仲間たちが全て責任持ってくれる」って無邪気に信じてるからどこまでも無責任かつ残酷になれるんだろうなって思う。
私はこの頭の悪い人たちまでフェミニズム扱いしてフェミニズムをたたくつもりはないです。
この人たちは自分の主張や発言を自分の責任で背負うことをあきらめた敗北者じゃけえ
例えるなら糸の切れた風船みたいなもんだし、放っておいたらどっか消えていくってのはもうたくさん見た。
信仰とは、神に対する依存である
神に従うもの、神に反目する者 この二者は違うもののようでいて
正邪の判断を神に委ねているのは同じ 斉しく依存にすぎぬ谷の魔女よ、すなわちお前たちよ
神の御手に揺り動かされている熱心な信者にすぎぬ
信仰が罪だと言うのならば まずは己を処断するがよかろう
何かを信仰したり崇拝するのは悪いことじゃないと思うけど、妄信や二元論は害悪でしかないからそこは自覚持ってほしいな。
今回の件は、さすがにKuTooやってる人とかフェミニズムやってる人とか石川さんが気の毒だなって思いました
私自身はKuTooには賛成というか、そもそもヒールやパンプスを仕事で履くこと自体アホだしそれを強制するとかは論外だと思ってます。
この記事と似たようなことやったことある。 正直仕事でハイヒールとかありえないなと思います。
というか、個人的には「履いてる人はバカだなぁ」と思ってたくらいなので、
女性がそれを強制されてると感じていたというのは意外でした。無知ですみません。
強制する部署にいたことがないのでわかりませんが、もしそういう職場や会社があるなら今すぐやめさせましょうとしか言えない。
マジでどこの誰だよこんなん強制してるのは……。