皇軍の捕虜になる事への忌避感は凄まじく、高級将校がゲリラに捕縛されて交渉の結果解放されるも重要機密を奪われた海軍乙事件では「ゲリラに一時的に捕縛されたのを捕虜になったとすべきか」が重要な論点となり機密文書については何かスルーされ、結果その情報はマリアナ沖海戦に影響を及ぼしました。
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皇軍の捕虜になる事への忌避感は凄まじく、高級将校がゲリラに捕縛されて交渉の結果解放されるも重要機密を奪われた海軍乙事件では「ゲリラに一時的に捕縛されたのを捕虜になったとすべきか」が重要な論点となり機密文書については何かスルーされ、結果その情報はマリアナ沖海戦に影響を及ぼしました。
日露戦争の頃は捕虜となっても問題視されなかったのですが、第一次上海事変で捕虜となり帰還した空閑少佐を軍部・メディア・国民総出で袋叩きにして自決に追い込んだあたりで既にヤバく(ちなみにこの時「はよ自決しろ」と電報送った同期が牟田口)もう将校が絶対に投降出来ない「空気」になってますね。