ゆりやんレトリィバァの心はなぜ折れないのか 「スベらない」最強のメンタル

好きなものと生きていく #14
「お笑いの世界に入ってから、勝ち負けばっかり考えていたんです。でも2019年はいったん賞レースから離れて、ただ自分が面白いと感じることをやってみようと思って」

そう言うとゆりやんレトリィバァさんは「あっ、すいません、賞...レェ〜イスでした」と、すぐさま持ちネタのハリウッド女優風に言い直した。レギュラー番組で共演する友近さんが「ずっとふざけてるのに、真面目」と評した性格が垣間見える。

ゆりやんさんの言葉通り、今年に入ってからの彼女の活躍は、これまでの「エリートコース」と一線を画していた。6月にはアメリカのオーディション番組「アメリカズ・ゴット・タレント」出演が大きな話題となり、その動画は現在YouTubeで900万回再生を超える。10月にはニューヨーク・アポロシアターの日本版コンテンスト『アポロ アマチュアナイトジャパン2019』にポールダンスで出場。パフォーマンスを続けるうちにブーイングを笑いに変え、「メンタル!」「度胸がすごい」などの声を集めた。

「ゆりやんには日本は狭すぎる」そう先輩芸人から言わしめた、お笑い界の革命児。その「転調」にはどんなきっかけがあったのか。(編集/メルカリマガジン編集部、撮影/伊藤圭)

「負けてもスベっても逆におもろいわ」と思えた

2019年、ゆりやんさんは「R-1ぐらんぷり」に出場しなかった。
驚いたお笑いファンも少なくない。ピン芸人で誰が一番面白いか決めるこの大会に、ゆりやんさんは4年連続で決勝進出していたからだ。

「デビューしてから本当にずっと『R-1ぐらんぷり』のことだけ考えてて、命かけてる、って感じでした。芸歴6年の中で4回出させてもらってるんですけど、毎年R-1終わったら『来年こそ優勝せなあかん』って思いながら、またそのための1年が始まる。勝つか負けるかしか頭になかったんです」

2013年3月によしもとの芸人養成所「NSC大阪校」を首席で卒業し、2017年に「第47回NHK上方漫才コンテスト」で優勝。2018年には「女芸人No.1決定戦 THE W」初代チャンピオンに輝き、傍目からそのキャリアは順調すぎるようにも見える。

「首席は、ほんま偶然なんです。だからそれを機にいろいろお仕事をいただいたとき、嬉しいけど『次はどうしたらいいんやろう』って不安になって。私はネタが好きなんで、ネタをしっかりやらなって思いました。それで2015年に『アカデミー賞女優のスピーチ』でR-1に出させてもらってヤッター!ってなったんですけど、1回だけじゃまた偶然やろって言われるから、次こそ勝たなと思って。翌年は『落ち着いていきや〜』で最後に負けて。2017年はブレイクしていたブルゾンちえみちゃんのことを一方的にライバル視して、空回りして。去年は『昭和の女優』のネタで、やっぱり決勝止まりで...私にはR-1しかないのになんで!って思ってました」

勝負にこだわり身動きが取れなくなっていたとき、ふと目に飛び込んできたのが全米で有名なスター発掘番組「アメリカズ・ゴット・タレント(以下AGT)」だった。

「もともとアメリカにめちゃくちゃ憧れがあって、現地でネタをしてみたいと思っていたんです。でもどうしていいかわからなくて...とりあえずインターネットで調べました。そうしたらちょうどオーディションをやっていたので、勢いでエントリーしたんです。当日『憧れてたアメリカで番組に出るんや〜嬉しい〜』ってパッと会場見たら、めっちゃたくさんお客さんがいてはって。でも「ひとりの人間が緊張したところで、海を泳いでるイルカとかからしたら別にどうでもええわな」と思ったら、リラックスできました(笑)。
ここでミスっても、どうなるわけでもないと思ったんですよ。日本ではこれまで「とにかく勝ちたい」ってなってたんですけど、アメリカの舞台では「負けてもスベっても逆におもろいわ、何でもしよか〜」って思って。それは私にとっても新しい境地でしたね」

お笑いか、アメリカか

幼少期からテレビで『吉本新喜劇』を観て、ひたすら芸人に憧れていたゆりやんさん。しかし中学生になったある日、その夢が揺らぐほどの衝撃的な出会いが訪れる。

「マイケル・J・フォックスさんのことが、めっちゃ好きになったんです。小学生のとき金曜ロードショーで『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を初めて見たんですけど、その時は特に何も感じなくて。でも中学2年のお正月にもう一度見たら、年頃だったこともあって急にマイケルさんがかっこよく見えて...。そこから『マイケル=映画=アメリカ』みたいな感じで、アメリカという国に憧れを抱くようになりました」

お笑いのことしか頭になかったゆりやんさんが、その頃からアメリカ留学や映画関係の仕事といった別の進路にも興味を抱きはじめた。

「ただ当時は映画関係の仕事ってTSUTAYAしか知らなくて。『映画に囲まれて生きるって最高やん』って思っていたので、TSUTAYAで働きたかったんです(笑)。その後もっと色々な映画の仕事があると分かって、ハリウッドの特殊メイクアップアーティストにも憧れましたね。高校は奈良の公立高校が第一志望だったんですけど、もし行けなかったらアメリカの高校に進学したいなって。アメリカも興味あるし、芸人さんにもなりたいし、人生が2つあればいいのにって思ってましたね」

第一志望の高校に合格しアメリカ留学は先送りになったが、それがある芸に磨きをかけることになる。後の「アカデミー賞受賞スピーチ」ネタにつながる、“英語っぽいモノマネ”だ。

「それまでもモノマネ自体は、日常的にやっていたんです。一番古い記憶だと、幼稚園に入る前の年くらいですかね。『世界まる見え!テレビ特捜部』とかで放送される、“壮絶なレスキュー劇のあとに生還者が語る回想”、みたいなやつのマネです。親に見られたら恥ずかしいから、台所のテーブルの下に隠れて『あのとき、あと1センチでもクギがずれていたら...』とかブツブツ言うてましたね(笑)。高校のときはアメリカへの憧れがあるから、DVDの特典映像で撮影秘話を語る外国人とか、サティ(現イオン)のエスカレーターで流れる『Watch your step...』みたいなアナウンスとか、なんちゃって英語でマネして楽しんでいました。とにかくモノマネが好きだったんですね」

「好き」が暴走して道がひらける

振り返ればゆりやんさんの人生は、いつも「好き」が暴走して道がひらけてきた。

「そもそも高校卒業して、すぐにNSCに入学したろ思ってたんですよ。でも高3の夏休み前に好きな人ができたんです。1学年下の野球部の子だったんですけど『このままだと夏休み1回も会われへんやん』って気づいて、受験勉強するフリして学校行ってたんですね。朝イチにグラウンドのベンチに座って、参考書を開いて、野球部の練習を灼熱のなか横目でチラチラ眺めてました」

夏休み中は誰よりも早く登校して、誰よりも遅くまで「居残り」する毎日。だが新学期直前になって、その好きな人に彼女が出来たことを知る。

「完全にストーカーの発想なんですけど、『私の高校最後の夏休み返して』って勝手に憤りまして。それで『大学行くなんてすごいですね』って言わしたる!って勉強し始めたんですよ。真夏のグラウンドで読んでた参考書は1行も頭に入ってこなかったのに、失恋したらスラスラ入ってきました(笑)」

そしてなんと関西大学文学部に合格。凄まじい集中力だが、本人は「ちょっと病的にひとつのことにのめり込む性格なんです...」となぜか目を伏せる。NSC時代も、その暴走癖は止まることがなかった。

「同期に好きな人がいたんですけど、何回『好き』って言ってもどうにもならなかったんですよ。まあその時、私が角刈りだったせいもあったのかな。美容室でエマ・ワトソンみたいなショートカットにしてほしいって注文したんですけど、家に帰ってみたら『角刈りやないか!』って。角刈りだし、好きな人はどうにもならへんし、その怒りとか哀しみをネタにしたんですね。男性の家に侵入して『私の“めっちゃ好き”とあなたの“めっちゃ嫌い”は、“めっちゃ”同士は一緒なのに!』って言うだけの訳わからんネタなんですけど、それでNSCの卒業LIVE優勝して首席になっちゃったんです」

恋もモノマネも「好き」と思ったら徹底的に追いかける、それが「ゆりやんレトリィバァ」の本質なのかもしれない。

「榎本加奈子さんが主演されてた『おそるべしっっ!!!音無可憐さん』(テレビ朝日)の影響なんです。音無さんが男の人を好きになって、全然相手にしてもらえないんだけど、めちゃくちゃぶりっ子して付きまとって、最後は相手がほっとかれへんようになって結婚するって話なんですけど。小学校1年生のときに観て、嫌やとか無理やとか言われても『諦めなければいけるやん』っていうのが潜在意識として刷り込まれてしまったんですね。大人になって、ドラマの中だから成立してる話だって分かったんですけど、もう潜在意識なんで...」

「心さえ折れなければ、なんでも成功やん」

ゆりやんさんは今年6月『ワイドナショー』(フジテレビ)に出演し、「アメリカズ・ゴット・タレント」の決勝でやる予定だったネタを披露した。MCの松本人志さんや指原莉乃さんの笑いを誘う中、その何とも形容し難いダンスに終盤スタジオは絶句状態に。だがパフォーマンス後に「途中何回か心折れそうになった?」と聞かれたゆりやんさんは「一回も折れてません!」と即答。スタジオからは「それがさすがなんだよなあ」という声が漏れた。

「前は収録中にミスりすぎて、涙が流れないように上を見てたこともありました(笑)。終わってから『あぁ〜失敗した』とか、もちろん今もあるんですけど。私レイザーラモンRGさんとなかやまきんに君さんをめっちゃ尊敬していて、お二人とも一度はじめたことを途中でやめないんです。ひとつのキャラをずっと突き詰めていて、それが最高に面白くて最高にカッコいいんですよね。
一度RGさんと同じ収録のときに、私がミスりまくって『はぁ』ってため息を吐いてたら、RGさんが『ええねんええねん、ひとつやれたらええねん』みたいな...なんだっけ、たしか『あとはもう楽しませてもらお』...みたいな感じで言ってくださって。すいません、こんなに心に残ってるのに、言葉は忘れちゃったんですけど(笑)。とにかくRGさんやきんに君さんを見ていると、私もそうありたいと思うんですよ」

芸人の先輩たちの姿に背中を押されながら、ゆりやんさんは自分なりの「お笑い」を大きく描きはじめている。

「たとえネタをやってその場が“シーン”となっても、スベったことを認めて『ちょっと待ってくださいよ!』とか言いたくないんです。“シーン”ってなったあとに、その誰も笑ってない状況とかを『どうですか、これ?』っていうのが私はおもろい。『自分がスベってないと思ってたらスベってない』って思うんです。まあ、いま思ったんですけど(笑)。心さえ折れなければ、なんでも成功やんって。自分の笑いも、そういうとこあるんかなって思いますね。アカデミー賞受賞したと思ったら受賞してる、好きな人と付き合うてる思ったら付き合うてる、みたいな」

お笑いかアメリカか、勝つか負けるか。ふたつにひとつと思い込んでいた道を、いまは「あっちにもこっちにも、いろんな道があるなぁ」と感じている。

「芸人になったらネタしか出来ひんってイメージを、勝手に持っていたんです。でも『芸人って何でも仕事になるんや』と思えたんですよね。渡辺直美さんがNYで活躍されてたり、友近さんが水谷千重子として歌手活動されてたり、くっきー!さんがアーティストをしていらしたり。だから自分もアメリカとか映画への憧れを諦めなくてもええやんって思えました。
私はもともと勝負が好きで、R-1にもめっちゃ感謝してるし、もちろんまだ優勝したい気持ちもあります。でも人のことを『私より面白いか、面白くないか』で考えているより、『いま私これが面白いと思ってますけど、どうですか?』っていう楽しさを、今年初めて感じたんです。なんか、生きてるなあって、いま思いました(笑)」

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ゆりやんレトリィバァ
1990年生まれ。奈良県出身。アイドルグループ吉本坂46のメンバー。大学在学中に大阪NSC35期生として入学し、首席で卒業。第一回「女芸人No. 1決定戦 The W」優勝者。19年6月、『アメリカズ・ゴット・タレント』に出演し、話題となった。現在、『なるほどプレゼンター!花咲タイムズ』(中部日本放送)、『ちちんぷいぷい』(毎日放送)、『チルテレ』(BS日テレ、YouTube)、『やすとも・友近のキメツケ※あくまで個人の感想です』(関西テレビ)のナレーション、『クイズプレゼンバラエティー Qさま!!』(テレビ朝日)の準レギュラーなど、出演多数。他に、YouTube公式チャンネル『ゆりやんレトリィバァの世界まる出しチャンネル』、なんばグランド花月で開催される吉本芸人による『10月本公演』にも出演。

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WRITTEN BY

宮川直実

(みやかわ・なおみ) 編集者。猫3匹と暮らす。好きなものは、コーヒー、プロレス、処女作と未完の大作。

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