ブラン 5
ゾンビの数が少なくなってきたな、と思い始めて数分後、入り口付近に群がるゾンビはついに全滅していた。
何体狩ったかわからない。死体もゾンビが食べてしまうので、最後に残っていたゾンビとそのゾンビが食べていた食べ残しくらいしか残っていない。
「ん?食べたものどこに消えたんだろ」
ともあれ、ようやく遺跡の探索が開始できそうである。
当初の目的は、遺跡の敵を狩り尽くし、遺跡の土地の所有権を主張することであった。
ゾンビの死体を踏みつけながら慎重に遺跡の通路を覗き込む。動くものはない。
遺跡に入ってみる。物音一つしない。
「ほんとに狩り尽くせたのかな?」
仮にゾンビが残っていたとしても、ブランの足なら逃げ切れるだろう。幸いこの通路は洞窟と違い走りやすいし、洞窟へ入ったならゾンビは追いかけてこられない。囲まれたとしても、一体倒してしまえばゾンビの興味はその死体に向く。
敵がゾンビである限り、やられるようなことはないように思える。
「もうけっこうやってるよね…うわ8時間も経ってる!うーん、まぁいいか。起きててもすることないしね」
いつの時代のものかさえもわからないような、古い遺跡の中を歩くという、現実どころか他のVRコンテンツでさえなかなかできない経験を、ブランは満喫していた。先程までの地獄から一転して、もはや観光気分である。
慣れたゲーマーならばマッピングして歩くのだろうが、ブランはノープランでぶらついていた。
もはやここからはじめの洞窟に戻れと言われても、おそらく無理だろう。
やがて古いながらも精緻な彫刻が施された、重厚な扉が姿を表した。
「おお、最深部って感じだ!いやここが遺跡のどこかもわからないから最深部なのかどうかは不明だけど。ていうかもしかしてこれ迷子かな…?」
戻ったとしても最初の洞窟に行けるとは限らない程度には迷っている。ならばもはや進むしかない。
果たして自分の筋力でこの扉をひらけるのかは不明だが、ブランは覚悟を決めて押してみた。
ゴゴゴ…と重い音を響かせながら、しかし扉は意外なほど軽く開いた。というより途中から勝手に開いていった。
部屋の奥には玉座のようなものがあり、その玉座には金髪の美しい男が座っていた。
「侵入者か…いつぶりだ?侵入者など。先程から我が従者どもの姿が見えぬが、貴様がやったのか?侵入者よ」
「うわ話しかけてきた!てか人だ!第一村人発見だ!」
ゲーム開始から初めて遭遇する言葉の通じるNPCである。ブランは興奮した。
「誰が村人だスケルトン風情が…その前に質問に答えよ。我が従者どもは貴様がやったのかと聞いておる」
俺様系である。我とか言っているのでどちらかと言えば我様系だろうか。部屋の雰囲気と豪奢な服装のせいで違和感があまりないが、冷静に考えると少し痛々しい。ブランの方が恥ずかしくなってくる。
共感性羞恥といわれる現象だ。今は関係ないが。
「従者って誰のこと…ですか?この遺跡?にはゾンビしかいませんでしたけど?」
「そのゾンビのことだ!それと遺跡ではなく我が城だ!きさま喧嘩を売っておるのか!」
「売ってません!ゾンビは燃やしましたすいません!」
あのゾンビはボーナスステージではなくこの我様系の使用人だったようだ。あれを使用人にするにはかなり無理があると思われるが、雇用の際に面接などはおこなわなかったのだろうか。
「燃やした?きさまは手ぶらのようだが…まさか魔法が使えるのか?スケルトン風情が?」
「ええまぁ…」
「いや、それ以前に会話ができる知性あるスケルトンだと?きさま何者だ」
会話くらい、と思ったが、この我様系の従者には会話できそうな人材は居なかった。会話に飢えているのだろう。
「会話くらい別にしてあげてもいいですよ。戦い詰めで疲れてるし」
会話は出来るが会話が噛み合うとは言っていない。
「ふむ…まあ面白い。きさまを我の従者にしてやろう」
まさかの採用面接だったようだ。しかしブランはたまたまこの遺跡にランダムスポーンしただけであって、できれば外に出て冒険などしてみたい。ここを拠点にするというのはいいが、ここに縛られるのはうまくない。
「いや、結構です。間に合ってます。御社の発展をお祈りしてます」
「きさまに選択権などない!『魅了』!」
《抵抗に失敗しました》
その瞬間、ブランの目から見ても玉座の男のイケメン度がさらに上がった。
――馬鹿な!まだ上昇するだと!あれ!?声が出ない!てか動かない!あと視界がピンクい!なんだこれ!状態異常か!
ブランは魅了状態だ。自分の意思で自身の身体は操作できず、発言も出来ない。相手のイケメン化と視界のピンクの靄はシステム的な意味はない。
「よし、かかったな。『支配』だ」
《抵抗に失敗しました》
「そして『使役』。さあ、我が従者となるがいい」
《抵抗に失敗しました》
《特殊条件を満たしました。
《【デ・ハビランド伯爵】があなたをテイムしようとしています。問題がない場合は5秒以内にその旨をお伝えください。意思表示がない場合は5秒後に破棄されます》
――システムメッセージについていけてないよ!ちょいまち!
《タスクを保留します》
――あ、待ってくれるんだ。
順番に考える。
まずは先程から出ている「抵抗に失敗しました」というメッセージ。これはあの、システムによれば「デ・ハビランド伯爵」とやらがブランにかけている『魅了』やら『支配』やら『使役』のことだろう。ブランの知らない内容だが、何らかのスキルだろうことは何となく分かる。
ゾンビを従者にしていたことといい、こんな古城の玉座に座っていたことといい、この伯爵はおそらく吸血鬼とかそういう存在なのだろう。
そして今ブランは吸血鬼の魅了による支配を受けようとしている。というか、抵抗に失敗したので受けている。
そのせいで身動きが取れなくなり、テイムとやらをされそうになっているのだろう。
次に「転生が可能です」という言葉。スクワイア・ゾンビというのは通路で焼き払ったあのゾンビたちのことだろう。転生というのは知らないシステムだが、それを受諾した場合はブランはあのゾンビと同種のモンスターに変化すると考えるのが妥当だ。ちょっと、いやかなり抵抗がある。
最後にテイムだ。テイムというシステムも知らないが、一般的に考えてブランがあの伯爵の配下になるということだろう。
プレイヤーがNPCの配下になるなんてことがあるのだろうか。いや、システムが保留中ということは、あくまで選択権はこちらにあるのだろう。NPCはシステムメッセージが聞こえないという話だし、もしNPCだったなら選択の余地なく一発テイムされていたということか。
「むう、抵抗されたという感覚はほとんどないが、まったく我の力が通っていかぬな…やはり面白いスケルトンだ」
なんか言っているが、とりあえず置いておく。
しかし気になるのは、「従者に転生すること」と「配下になること」が別のメッセージで告げられていることだ。普通はそれは同じことを意味しているのではないだろうか。このメッセージの通りだと、従者に転生をすることは受諾して、テイムされることは拒否するなどということも出来てしまいそうだ。身体を改造された後、脳改造の直前に逃げ出すかのような。
――なんだその、初代マスクドバイク乗りみたいな…
しかし初代マスクドバイク乗りのことを考えると、少し気持ちがぐらついてくる。
現代に至るまで語られる、あの伝説のJapanese Live-actionの主人公と同じ行動がとれるなど…普通に生活していてはまずありえない。一生に一度は言ってみたいセリフに匹敵する魅力だ。
ブランは悩んだ。幸い、伯爵はブツブツ独り言を言いながら待ってくれている。
スケルトンに不満はない。美白だし。体重も気にする必要がないし。
強いて不満を上げるならば、表情が(物理的に)硬いことと、頭が(物理的に)軽いこと、胸が小さい…というか全く無いことと、アリに遭遇したら即死することくらいだ。
おかしい、不満のほうが多かった。
しかしだからと言ってゾンビというのも抵抗が大きい。スケルトンよりもゾンビのほうが人間に近い気がするとは考えたが、人間になりたいわけでもない。だったら最初から人間で始めている。
――しかしだ。改造はされたい。違った。転生はしてみたい。
悩んだ挙げ句、ブランは転生を受諾した。
もちろんテイムは拒否した。
《条件を満たしています。
――え、じゃあレヴナント?で
ゾンビでないならなんでもいい。ブランの望みは改造であってゾンビではない。
《条件を満たしています。経験値100ポイントを支払うことで
――ちょいまち!
《タスクを保留します》
――プレイヤーって超便利だな!
レッサーヴァンパイア。つまり、目の前の伯爵のお仲間だ。レッサーとついているくらいだし、伯爵よりは幾分格下だろうが、従者や死者よりは上等だろう。
日光の元で活動できないだとか、ニンニクだとか弱点はありそうだが、考えてみればゲームを始めてから日光の元になど出たことがない。ニンニクは最初から苦手だし、実質デメリットゼロと言える。
ブランはゾンビでしこたま稼いだ経験値を半分支払い、