好きな言葉は三十六計逃げるに如かず
リアルだろうとネットの中だろうと、やたら話しかけてくる人ってそれだけで胡散臭いですよね。
おめーのことだぞ、キリスト教的な何かの会。
私は腹痛の時くらいしか神に祈りません。
どうしよっかなぁ。一応俺がこの群れのボスだから月曜日をキック(群れから追い出す)しようと思ったらできるけど、何もしてないうちにそれはどうかと思うし。ていうかあれだな、今までほとんどオンラインサービスが終了した昔のゲームしかしてこなかったからかもだけど、どんなタイミングでキックしていいのかわからん。変に逆恨みとかされたくないし。
そんなこと思っていると、やはりと言うべきかついにその時は来た。
辺りをきょろきょろ見渡していた月曜日は、俺の頭上に表示された『赤信号』のプレイヤーネームを見つけたようで、ぎこちない動きでふらふらと近づいてきた。
「あの~、プレイヤーさんですよね?私、日曜日の次の日って言います。イルカというか、このゲーム自体初めてなんですけど、よかったらこのゲームについて教えてもらえませんか?」
俺もまだ一週間しか経ってないしゲームについて知りたかったらまずネットで調べろっていうかなんで何も知らないゲームでいきなりマニュアル操作にチャレンジしてんだよってそれは俺もだけどどうやったらそんな見ず知らずの人の群れに飛び込んで来たうえに流れるように自己紹介までできるの怖いよってそんなことよりも声が女の子だよ怖いよどうせコミュ障のキモオタだろとか思ってんだろ今は思わなくても近い未来に絶対思うって。
予想していた邂逅ですら対処できない。対人スキルの限界に達してフリーズを起こした俺は、あのー、と繰り返し呼びかけてくる月曜日の声で我に返り、思わず使いそうになっていたキック機能を慌ててひっこめた。あぶねぇ、むっちゃ簡単に使いそうになったわ……。
「あ、ああ……。えっとその、自分もまだ一週間くらいしか……。イ、イルカしか、や、やってないし……」
見ろよこのしどろもどろ。こいつが20歳の成人男性ってマジ?まあ俺なんだけどさ。
注意しておくけど、こんなのでもまだイルカが喋ってるっていう現実味の無い光景だからマシな方なんだ。現実だとまず間違いなく無言になる。それで病気や障害で声が出せない人だと思われたことあるもん。
「じゃあお互い初心者なんですね!そう言えば赤信号さんはマニュアルですか?セミオートですか?あれだけ溺れそうになったからわかるかもしれないんですけど、私マニュアルにしちゃいまして」
なんでこんなクソどもりまくりのボソボソ喋る俺を相手に会話を途切れさせないの?そういう能力者なの?10に対して11で返すの?会話の永久機関なの?
その会話スキルの半分でも俺にあればコミュ障じゃなくなるんだろうなー。なんで俺は心の中と独り言では超饒舌なんだろうなー。
とりあえず、俺のせいでラオシャンを嫌いになって欲しくはないし、がんばって会話を試みよう。アクアとだってそれなりに喋れたんだから、人間じゃないと思えば何とかなるだろう。
NPCが悟りを開いてるようなこの世界、人間と大差ないNPCがいるんだから誰が人間とかどうでもいいじゃないか。俺もアイツもイルカだ。表情筋なんてねぇんだ(多分)、顔色窺う必要なんてないさ。そうだこいつはイルカだ。人間なんかじゃない。こいつはイルカこいつはイルカこいつはイルカイルカイルカ……。
「俺、最初、マニュアル選んだ。群れ、なかった。生まれた時、母親死んだ。死ぬ気で動かし方、覚えた」
まあそう簡単に割り切れないよねってかなんで片言になってんだよ俺ェ……。そこまで人間捨てなくてもいいじゃん……。イルカっつーより、なんかジャングルの戦士みたいな感じになってるよ!
「わぁ……助けてくれるプレイヤーもNPCもいないのにマニュアルなんて、私だったら溺れて死んじゃってますよ。赤信号さんってゲーム得意なんですか?」
「……ゃ、VRゲームは、これが初めてで……」
古いゲームならめっちゃ得意だけどね。モニターに映像と音声ケーブル繋いでやるゲームが僕は大好きです。だって基本的にオンラインサービス終わってて他人がいないから、コミュ障の俺に優しいんだもん。あれ?コミュ障だからオフゲやってたんだっけ、オフゲばっかやってたからコミュ障になったんだっけ?まあどっちでもいいや、なるべくして俺はコミュ障になったんだろう。
「へー、じゃあゲームほとんどやったことないんですね。VRゲームってすごいリアルだし、人間以外にもなれるなんてびっくりしたんじゃないですかー?」
そうだね、超びっくりしたよ。でもね、俺は(君もだけど)今イルカなんだ。だからいつまでも人間の言葉をしゃべり続けるのは世界観的にあれかなって思うんだ。決してもう会話を続ける気力も余裕もないとかそういうのではなくて、ロールプレイ的なね?ラオシャンの世界に没入したいっていうかね?ていうか一番びっくりしてるのはいつまでも喋りかけてくる君に対してだよ。
ぶっちゃけ俺もう限界なんだよ。会話が三往復もしたのってかなり珍しいんだぞ?家族以外でそんなにしゃべる人なんていないんだからな。あ、でも同じ群れにいるってことはこいつも俺の家族?マイファミリー?じゃあ問題ないじゃんって問題あるわボケェ。
仕方ない、いずれこうなる時のために俺が考えておいた最終奥義を使うしかないか。
ふふふ、こいつはどんな状況であろうと場を抜け出せる最強の魔法の言葉だぜぇ……。
「すいません、セーフティタイマーの時間が来たんで、そろそろ終わります」
「あー、そうなんですか。色々聞きたいことあったんですけど、セーフティなら仕方ないですね。次に赤信号さんがログインされるまで生き残れるようにがんばります!」
「あっはい」
はいログアウト。ほんとはあとリアルタイムで2時間くらい、ゲーム内で言えば丸一日分は遊べたんだけどもうおうち帰る。
現実世界に戻ってきた俺は、手足の指を動かしたりして体の感覚を確かめる。いやね、マジでイルカになりきり過ぎて足で立つことを忘れそうになったりするんだよね。
「はー、月曜日が死ぬまでラオシャンできねぇな……」
あんなフレンドリーなのは苦手だ。何であんなに絡んでくるんだ、俺が今まで出会ったプレイヤーなんてみんな食うか食われるかしか考えてなかったぞ。弱肉強食という錦の旗のもとに容赦なく歯を突き立ててくるような海産物しかいなかった。
でも俺にとってはアレぐらいのがちょうどいいんだ。どんだけ俺がコミュ障でも、食われるときに悲鳴くらいは上げられるし、捕食してドヤ顔かますくらいはできる(ドヤ顔に見えているかは分からない)。
「まあいいや、ちょっと最近イルカし過ぎてたからな。ラオシャンは続けるにしても、何か人間のゲームもやってみよう。特に会話もなく、ソロプレイもできるやつ。できれば身振り手振りだけでも意思疎通ができるような……FPSなんてどうだろ?」
頭の中に浮かんだ答えを口にしてみる。最近の奴なんてわかんないけど何でもいいや、とりあえず戦場でドンパチできるやつだな。
「分隊とかそういうのがない、あるいは特に重要視されない奴なら、俺でもできるかな。最悪ハンドシグナルだけでもロールプレイになるかもだし。うん、そうしてみよう」
そういう訳で次のゲームはFPSに決定。とりあえず明日にでもゲームショップ行ってどんなのあるか見てみよう。
「ほんじゃまあ、ちょっとランニングしてから筋トレでもしますか」
窓の外を見ればちょっと陽が落ちかけてきたころ、時刻は16時半。晩飯までまだまだ時間はあるし、VRゲームのしすぎは体が鈍るからな。リアルでだるだるの体だと、なんかゲーム内でも支障がありそうだし。
ゲーム好きの祖父ちゃんと親父の体験談だか持論だかで、ゲームにのめり込むのはいいが身なりや体形はきちんとしなければならないと教えられてきた。見てくれがちゃんとしていれば、大概どうとでもなると。
祖父ちゃんも親父も、ぱっと見は重度のゲームオタクなんかに見えないもんな。現実とゲームをうまく切り替えてるっていうか、割り切ってるっていうか。
おかげ様でか、俺は大学でもコミュ障ゲームオタクではなく、すごい無口な人という評価を得ている。大学の講義でグループ作らなきゃいけない時にかろうじてハブられないのは有り難い。
そう言えば明日はグループでの発表があるんだった。一緒のグループにいるモデルやってるイケメン君、ちゃんと資料纏めてきてるのかな。俺?俺はそういうのちゃんとやるよ?だって完璧な資料作っていけばそれ読んでるだけでいいし、質疑応答も少なくて済む。ひいては余計な会話をする数が減るってわけよ。
部屋を出ると、高校一年生である妹の優芽にばったりでくわした。こいつは部活やってないから、帰ってくるの早いんだ。
「あ、お兄ちゃん出かけるの?今日はイルカになってないんだね」
「いや、イルカはちょっと早めに切り上げたんだ。そんで今からランニングに行ってくる」
家族相手であるがこその淀みないやり取り。ちなみに優芽は俺がコミュ障であることを知っている。一緒に買い物行った時とか俺全然喋んないからね。
「帰りにコンビニで季節限定アイス買ってきてよ、大福のやつ」
「お前、俺がコンビニの店員とすらまともに会話できないのを知っててか……」
妹よ、俺はお弁当温めますかに答えられない系男子なんだぞ?定型句にビビるな?それが業務的な定型句であろうと等しく会話は苦手なんだよマイシスター。
「アイスは温めないから無言で代金渡して無言でお釣り受け取ればいいでしょ」
「おお、お前天才かよ!」
「……なんでこんなのになったんだろうね。お兄ちゃんが中学生くらいの時までは私が家に連れてきた友達とも一緒に遊んでくれてたのに」
はぁ、と深いため息をつく妹の姿にすごく申し訳ない気持ちになる。あのな、その時はまだゲームに染まりきってなかったんだ……。お兄ちゃんが本格的にダメになって来たのは高校入ってからだから……。
そういや妹が連れてきた友達とかよく遊んであげたなぁ。小学生くらいの子にフルダイブVRゲームとか高価なもの買ってくれる家庭なんて少ないから、むしろ俺の家にある古いゲームを皆でしたっけ。きーちゃんとか言われてた子がやたらと上手かった覚えがあるわ。
可哀想なものを見る目で俺を見つめる妹から逃げるべく、そそくさと玄関へと続く階段を降りようとする。あ、俺の家二階建てね。妹の部屋と俺の部屋、あとはトイレと物置があるだけの二階だけど。
「アイス忘れないでよ」
「忘れたら?」
「居酒屋のバイトに放り込んでやるわ」
「貴様、さては鬼だな?絶対に忘れません」
居酒屋のバイトなんて無理無理。あんな笑顔張り付けて大きな声でいらっしゃっせー!とか言うのなんて俺の精神と喉と表情筋が耐えられない。死んだ魚みたいな目をして無言で頷くだけの仕事とかあれば俺の天職だと思うんだけどなー。いや、そんなやりがいもクソもない仕事なんてそれはそれで精神持たないわ。
「お金はあとで返すから」
「おっと、それで思い出した。俺財布持ってなかったわ」
「……まあ、そんなに
ジト目の妹から隠れるように部屋に戻り、居酒屋バイトを回避するためのお金を持って、適当にその辺を走りに出るのであった。
日曜日の次の日は、普通の女の子です。
学校が始まるのが嫌だーっていうより、友達と会うのを楽しみにする方です。
なお主人公。