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アンデッド・アンドロイド~転生したら最弱種族のアンデッドだったけど、ダンジョン化した終末の世界で成り上がる~ 作者:Indigo

最深層『星の最果て』

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No.01『最低からのスタート』

 緑色の液体で満たされた、小さな生命維持カプセル。そんな狭い空間だけが、僕のたった一つしかない居場所だった。僕はこの液体を泳ぐ医療用マイクロマシンの助け無しでは、生きることすら出来ない体だったからだ。

 動かない手足。見えない目。聞こえない耳。未熟な臓器は食事や呼吸すらままならない。頭部に繋がれた半透明なチューブから送られてくる電子的な情報だけが、僕に外界を教えてくれる。


(外の世界はいいな……)


 僕はいつも、たゆたうように夢を見ていた。


(いつかは海を泳いで、川で魚釣りをして、森の中を走り回って。世界中を旅してみたい。たくさんの人と出会って、いっばい友達を作りたい。美味しいものを、お腹がはち切れるまで食べてみたい)


 それが叶わぬ夢なのは分かっていた。この病気は治らないもので、残された寿命だってそう長くはない。


(お母さん……お父さん……会いたいよ……)


 そう考えると、胸が締め付けられるように苦しくなった。それでもこの体では、涙を流す事すら出来やしない。


(ああ……)


 その日は唐突にやって来た。

 不思議と苦しくはなかった。

 ただただ、寂しかった。

 意識がどんどん遠くにいってしまう。深く暗く果てしなく、冷たい水の底に沈んでいくように。


(せめて、青空が見たかったな。データじゃない本物の青空。もし、来世があるなら、どんなに弱くたっていい。アリでもハエでもいい。この世界を自由に歩ける体が欲しい。神様、どうか……)


 そうして僕は、命を落とした。

 落としたはずだった。

 しかし、なぜか意識があった。

 死んだのなら、考える事すらできないはず。


(まあ、いいか)


 あれだけの悩みや寂しさは、綺麗さっぱり無くなっていた。まるで感情や思考が根こそぎ引っこ抜かれたみたいだ。

 僕は何をするわけでもなく、なにもない空間で時間だけが流れていくのを、ただぼんやりと感じていた。とてつもなく長い時間を、この場所で過ごした。


(……あ)


 突然の出来事だった。夢を見ているように曖昧だった意識が、とたんにリアルで鮮明になっていく。失われていた思考と感情が急激に戻ってくる。

 目を覚ましたんだ。

 僕は直感的に気がついた。


(……あれ?)


 なんだか、暖かいものに包まれているような感触。まるで母の胎内を思わせるような温かさだ。けれど、そこが羊水の中でない事はすぐに分かった。


(広い……)


 どうやら僕はこの広く暖かい空間の中を、コロコロと転がって移動しているようだった。体の下半分ほどが、暖かい液体の中に沈んでいる。


(ここはどこ?)


 何も見えない。何も聞こえない。

 ただ、自分が転がっている事しか分からない。無意識に身を任せてコロコロと転がっていると、何か小さい塊にぶつかった感触があった。

 石ころかなにかだろうか。


(うわっ)


 ズボボ、と小さい塊が自分の中に吸い込まれていく。なんだか、少しだけ体が大きくなったような気がした。


(成長した?)


 その後も、転がりながら小さな塊を吸収して大きくなっていく。まるで雪だるまを作っているみたいな気分だ。小さかった体はみるみるうちに膨らんでいき、気がつけば体のほとんどが水面からはみ出していた。

 そしてまた一つ、小さな塊を取り込んだその時。


(うわわっ)


 体がボコボコと沸騰している。

 全身が燃えるように熱い。

 しかし、不思議と苦しくはない。

 球形だった体がどんどん変形している。四肢と頭部が現れ、手袋に指を通すように全身に骨が伸び、ボコボコと煮える腹の中では臓器が作られていく。


(ぐえっ)


 頭部からボコッと、何かが現れた。

 いままでに無い感覚。


「はぁっ……」


 声が出る。

 目が見える。

 音が聞こえる。


「ああっ……」


 思わず、目から涙がこぼれた。

 あたりは暗闇に包まれ、見えるのは足元まで。下を見れば血のように赤い液体がグツグツと煮えたっていて、視界に映った手は皮膚がなくて黒く腐敗していた。思っていたのとは少し違うけど、それでも涙が止まらなかった。


「生きてる……」


 ボロボロにしわがれた、かすれるような声。

 細く折れそうな弱々しい体つき。


「やった……」


 けれど、自分の意思で動ける。

 無機質なデータなんかじゃない、本物の世界が見られる。それだけで十分だった。それ以上は、何もいらないとすら思えるほどに。


「やったあぁ……」


 しばらくは押し寄せる感動の波にひたり、嬉しさに体を震わせていた。しかし、時間が経つごとに頭は冷静さを取り戻していく。

 ある時、ふと我に返った。


「……ここはどこ?」


 素朴な疑問だった。

 もしかして、死後の世界というやつだろうか。それにしては、なんだか妙だ。天国というにはあまりに暗然としすぎているけど、地獄にしては痛くも苦しくもない。


「あれ?」


 視界の右端に、小さく青く光っているものが見える。よく見ようとすると、それは勝手にみるみる大きくなっていき、視界の中心に躍り出てきた。



『名称:未確定

 種族:最下級(ワースト)アンデッド

 個体レベル:1

 限界レベル:3

 ナノマシン稼働率:100%

 ナノマシン汚染率:0%

 スキル

 【ハッキング】』



 四角形の青い画面に、白い文字でそう書かれていた。なにより驚いたのは、それが前世で使われていた文字と全く同じものだと言うこと。

 ここが前世と同じ世界?

 とてもそうは思えない。


「……なんだ?」


 最下級(ワースト)アンデッド。

 僕の事だろうか。


「たしかに、この体はアンデッドっぽいけど……」


 最下級なんて、酷い言われようだ。

 指を伸ばして画面に触れてみると、なにも無いかのように通り抜けてしまった。立体投影のように見えるけど、光の発生源はどこにも見当たらない。


「……待てよ。ナノマシンだって?」


 間違いなくそう書かれている。

 ナノマシンはフィクションの中にしか存在しない、実現不可能な技術とされていたはずだ。本当にナノマシンがここにあるのなら、尋常ではないほどに科学技術が発展している事になる。


「もしかして、タイムスリップ?」


 死んだ後にコールドスリープか何かをされて、長い年月を経て未来のトンデモ科学によって生き返った。そうでもなければ説明できない現象が、なぜかこの身に起こっている。


「いや、それでもおかしい……」


 偉大な科学者や芸術家ならまだしも、病気で死んだだけの一般人である僕を生き返らせる意味が分からない。

 救いを求めるように、再び画面を見た。

 どうやらこの画面は、目を離すとすぐに視界の端っこに隠れてしまうらしい。しかし、見ようとすればすぐに目の前までやってきてくれる。


「う……」


 変わり映えしない文字の羅列。

 余計に意味が分からなくなった。


「……今はとにかく、手がかり探しか」


 せっかく動ける体が手に入ったんだ。

 頭の中ばかり動かしていても仕方がない。

 僕はゆっくりと、立ち上がった。


「ひぎっ」


 バキボキメキビキ。

 明らかに鳴ってはいけない音が、何度も鳴り響く。足が折れ曲がり、眼前に地面が迫ってくる。


「ほげっ」


 地面に突き出した腕がメキッと音をたてて、肩から外れた。同時に衝撃で首が折れ、頭がどこかに転がっていく。

 おかげで、何も見えなくなってしまった。


(うげえ。とんでもない脆さだ)


 それでもこんな重症、というか致命傷でも痛みすらなく生きていられるあたり、逆に強いのかもしれないとすら思えてくる。肩を動かして腕の断面に当てると、すぐにくっついてくれた。


(意識って、頭じゃなくて体にあるんだ)


 さらに手探りで頭を探り当て、首にくっつける。


「……ふう」


 あっという間に元通りだ。


「アンデッドって言うより、泥人形みたいだ」


 歩けないならハイハイをすればいい。それでもときどき骨折音が響くけど、体から外れなければ支障はない。


「うげっ」


 そう思っていた矢先、いきなり腕がボキッと外れた。拾って見てみると、肩関節がズタズタになっていた。

 腰や膝の関節もだいぶやられている。

 この体はハイハイすら負担になるらしい。


「すごい体だな。いろんな意味で……」


 寝転がって、傷が治るまで少し休憩することにした。

 大の字に仰向けになって、天を仰ぐ。

 そこには、先の見えない暗闇がどこまでも広がっていた。今にも飲み込んできそうな闇に少しだけ怖気づいて、思わずそれをごまかすように息を吐く。


「先が思いやられるな……」


 ため息を吐いたつもりが、漏れたのは微笑みだった。どういうわけか、この意味不明な状況にワクワクしてしまっている自分がいる。この果てしない暗闇の向こうには、何が待っているんだろう?

 きっと海も川も森も、美味しいものだってある。もしかしたら、未だ知らぬ何かだってあるかもしれない。


「……頑張るぞ」


 いや、間違いなくあるはずだ。

 なにせ、さっきから既に分からない事だらけ。きっと多くの底知れない未知が、もっと多くの心を踊らせてくれる冒険が、この先に待ってるに違いない。


「ふふ。待ってろよ世界。僕の第二の人生は、ここから始まるんだ」


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