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70年代~80年代の日本と海外のロック&フォークについて語ります。

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    今日は、朝から音楽三昧
    明日は、熊本だし、暑いし、金無いし、ガソリンも底付いてるし、物価は上がって来てるし(笑)
    音楽聴いてりゃ、金もいらないし、誰にも迷惑かけないし、出ない日は、年に2.、3回くらいだけど、たまには出掛けずに思う存分、音楽三昧してます。

    今日の記事は、昨日の8.8ロックに続いての話題だ。
    70年代における、日本の音楽シーンは、プロ、アマチュア関係なく、ヤマハの存在が、かなり大きい。
    それは、単なる楽器に留まらず、音楽シーン自体を引っ張っていたんだ。
    昨日の8.8ロックも、ヤマハの企画、主催で行われていた。

    ヤマハと言えば、有名な音楽イベントに、ヤマハ・ポピュラー・ソング・コンテストいわゆる、ポプコンが余りにも有名で、1970年代~1980年代に多くのプロ・ミュージシャンを世に送り出した事は、俺が言わずとも承知の事だろう。
    ポプコンは、フォークやポップス系のアマチュア・ミュージシャンのコンテストだったが、ロック系のアマチュア・ミュージシャンのコンテストは、小さいものは、各地で行なわれていたものの、プロに繋がる様な大きなコンテストは、そうは無かった。
    そこでヤマハは、段々とロックが庶民に受け入れられ始めたのを機に、8.8ロックをプロへの登竜門として、スタートさせた訳だ。
    8.8ロック・デイは、かなりの盛り上がりをみせ、全国のアマチュア・ロック・ミュージシャンたちが、8月を目標にし、練習を重ね、各地方の予選大会に出場し、本選会のある大阪を目指した。

    そんな中、ヤマハは、8.8ロック・デイだけではなく、ロック系のアマチュア・コンテストを数種類増やして行く。
    その中のひとつが、今日紹介するアマチュア・ロック・ミュージシャンのコンテスト【イースト・ウエスト】なのだ。

    イースト・ウエストは、1977年からスタートした。
    それを音源化したのが、これだ。

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    1977年初年度

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    内ジャケット

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    1977年大会出場メンバーリスト
    ここから、プロになったバンドが、結構いる事が、分かるだろう。
    カシオペア、シャネルズ、リバーサイド、ブローインフリー、サザンオールスターズまでもが。
    俺は、全く興味ないけど、サザンオールスターズのコアなファンの間では、この
    レコードを必死で探してる輩もいて、オークションでは、かなり高額落札されてる。


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    1978年版

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    内ジャケット
    1978年は、TEN SAW、ゼロ、スキャンダル、ウシャコダらが出場し、後にプロ・デビューをはたしている。


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    1979年版

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    内ジャケット
    この年は、子供ばんど、アナーキー、後にボウイへと発展するデスペナルティーが、出場している。

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    デスペナルティー時代の若き日の氷室さんと松井さんの姿が。
    氷室さんは、この後、スピニッヂパワーというバンドのメンバーとしてデビューしているが、直ぐに脱退し、その後でボウイを結成する。

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    ヘルメットを被り、弾けている若き日の、うじきつよし氏


    なお、俺は、70年代に特別な思い入れがある為、1979年までしか所有してないけど、この後80年代に入っても、イースト・ウエストは、続くものの、そう長くは続かず仕舞いだった。

    今日のイースト・ウエスト、昨日の8.8ロックともに、日本におけるミュージックシーンに多大なる足跡を残してくれた、ヤマハにお礼が言いたいくらいだよ。

    もしも、ヤマハが無かったら、日本の音楽シーンは、どうだっただろう?

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  • 08/06/13--07:37: 68回目の原爆の日
  • 今日は、8月6日、原爆の日
    広島は、猛暑だった、それでも多くの人が、慰霊に訪れていた、炎天下の中、頭が下がる。
    あれから、68年の歳月が
    反核、核廃絶の祈りも届かず、核兵器は減るどころか、確実に増えているらしい、なんて愚かなんだ人間は。

    そして、世界で唯一の被爆国が、自ら作った原子力発電により、被爆するなんて、なんて悲しいんだろう。
    なんの教訓にもなってなかったのか?
    残念で残念でならない。

    今日、地元広島のRCCラジオでは、原爆の日の特別な番組をしていた。
    車を走らせながら、聞いた、被爆ピアノを弾きながら歌う、地元大竹在住のシンガー二階堂美和さんの歌う生歌が、心に響いたよ。

    でも、いくら広島県人の心に沁みたり、考えさせられたりしたからといって、なにも変わらない。
    悲しいよ。

    せめて、原発事故だけは、絶対に繰り返してはならない。
    もっと国は、重く慎重に考え、再発防止に全力を注いで欲しいのだが、どうやらそんな感じではない。
    余りにも情けない。

    今日が、終わる前に、もう一度
    黙祷 合掌

    何日か、ブログの更新をしていない。
    コメントの返事も返してなくて、申し訳ない。

    この数日、メンタル的に落ちている。
    自分自身に、政府に、世間に、矛盾や怒りを感じる事が多くて、ちょっと疲れてる。
    決して、夏バテではないのだが。


    今日は、68回目の長崎原爆の日だった。
    今日も、広島と同様に長崎は、猛暑だった、そんな中、多くの人たちが、平和の祈りをしていた。
    でも、政府は、核兵器使用の絶対なる拒否をせず、絶対反核のサインをしなかった。
    そして、今日も、大量の汚染水が、福島の海に留めどなく流れ込んでいる。
    福島だけの問題ではない、海は世界に続いている事を分かっているのか?
    自分の身近な世界だけが、穏やかならそれでいいのか?
    アベノミクスに惑わされ、票を入れた方々、どう考える?
    票を入れた方々だけの税金を上げて欲しいくらいだ。


    今日の長崎市長の言葉が、胸に刺さって、涙が止まらなくなったよ、素晴らしい言葉だった。
    それを聞きながら、安倍くんは、どう感じたんだい?
    いかにも、深妙な表情をしていたけど、その場限りに過ぎない。


    核兵器は、絶対悪と言った、長崎市長の言葉が、頭から離れない。
    核兵器は、いかなる場合でも、許されないのだ。
    政府は、如何なる場合と言う、言葉にひっかかり、サインをしなかった。
    唯一の被爆国が、率先して、絶対反核を唱えないで、誰が唱えると言うのか?

    頭に来て仕方ない。


    今日も、今日が、終わる前に、もう一度、黙祷、合掌。

    空は、晴れてるのに、心が晴れない
    その上、暑過ぎて出掛ける気にならなかった、ひたすら音楽に溺れてる。
    何枚も何枚もレコードを聴いているよ。
    レコードに魅せられて、30年が過ぎたよ、俺の身近にはレコードに興味ある人は、ゼロだ。
    今時、時代遅れの古いタイプのアナログ人間だよ、TwitterやらFacebookやらって、サッパリ分からない。
    ブログも、いまだに慣れなくて時間がかかって仕方ないくらいだ。

    60年代後期~1979年までの音楽にに、とにかく惹かれて、今まで来たよ。
    特に邦楽には、かなりのめり込んでいるよ、そもそもブログを開設したのは、1979年までの邦楽の辞典の様なガイド本を出版したくて、色々動いてたけど、ニッチモサッチモ行かず、ブログで紹介すれば、何かの足掛かりになるだろうと、思っての事だった。
    ブログを始めて、5年の歳月が過ぎてしまった、早いもんだよ、出版の夢は、最早呆れめざるを得なかった。
    なんの足掛かりも付かなかったからね。

    それでも、心の片隅にまだ、出版の夢が、微かに燃えてたりするから、太刀が悪い。

    今日は、気分転換に長年集めて聴いて来た、レコードを片っ端から引っ張りだしては、ジャケットを眺めながら音楽三昧してるんだ。

    コメントの返事も返せないくらい実は、堕ちてたりするんだけどね(笑)
    返事は、明日返すから許してね。

    そんな中、比較的珍しい帯付のレコードの写真を撮ったんで、アップするね。
    以前にも紹介してるのもあるけど、やっぱり帯が付いてると、シマるなぁ~とバカタレオヤジは、死ななきゃダメだ。
    原爆や政治の事を、のたまっていながら、俺自身の事が一番頭に来てるんだよね、本当はね。

    まあ、バカに付ける薬は無いんで、勘弁してよね。

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    余りにも突然の訃報に絶句

    日本一のロッカー、生きる伝説、山口冨士夫氏が、死んじゃったよ。

    今になって、涙が出て来て仕方ない。
    俺は、会った事もなけりゃ、生のライブも観た事も無い
    でも、大好きだった。

    初めて村八分ライブを聴いた時の興奮をハッキリ覚えてる。
    ひまつぶしを聴いた感動は、今も変わらない。

    昨日、出掛けてて、車の中で、ダイナマイツのコンプリートCDを爆音で、聴きながら家に帰って、このブログをちょこっと覗いたら、ひさおさんからのコメントが…
    冨士夫さんのご冥福を祈る?
    一瞬意味が分からなかった、直ぐにネットで、ニュースを観ると、どうやら嘘じゃない、余りのショックに絶句してたところに、ひさおさんからの電話が…
    さっきダイナマイツを聴きながら家に帰って来たばかりなんですよって、言いながら、ショックです、ショックですの、連発。
    お互いに冨士夫さんには、特別の想いがあってね、ふたりで電話越しに悲しんだよ、ひさおさんの声が本当に力が無くて、悲しみが痛いほど伝わって来たよ。

    なんてこった、心の準備が出来てない、病気で危ないとかじゃなかった。
    なんて死に方だよ、俺は納得行かない。
    イヤ、冨士夫さん本人が一番納得行ってないだろうよ。
    悔しいと言うか、言葉が無い。
    ただただ悲しい。

    本当は、ブログに冨士夫さんの訃報の記事を書くつもりは、全く無かった。
    でも、どうしてだか、今になって涙が出て来て仕方ない。
    あ~ブルーな気持ちが、更にブルーだ。

    俺は、追悼なんかしないぞ、冨士夫さんの音も聴きたくない、と言うか悲しくなるから、聴けないよ。

    俺が、少年の頃に冨士夫さんにシビレてから、聴いて来た音源たちを写真に撮りながら、更に悲しくてやり切れない。

    冨士夫さん、俺は、冥福なんて、祈らないよ、安らかになんて、眠ないで欲しい、多分自分が死んだ事が分かってないだろうし、そのまま眠らずに、彷徨っててくれよ、永遠のロッカーとして。

    イカしたロックンロールをくれて、ありがとうございました。

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    アナログ盤

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    CD

    最高のロックを当分の間、封印します。
    落ち着いたら。また会おう。

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    ダメな自分が無駄な時間を過ごしてしまっている。

    そんな中、最近GSを聴く事が多い。
    何も考えなくて聴けるかもな~

    今回は、グループサウンズとして語られるグループのファーストアルバムをアップしてみる。

    尚、全てオリジナル盤です。

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    フィンガーズ
    成毛滋氏在籍 残念ながら他界

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    491フォーナインエース
    ジョー山中氏在籍 残念ながら他界

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    ビーバーズ
    成田賢氏、石間秀樹氏在籍

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    アウトキャスト
    水谷公生氏、穂口雄右氏在籍

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    バーンズ

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    ダイナマイツ
    瀬川洋氏、山口冨士夫氏在籍 残念ながら他界

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    ヘルプフルソウル
    ジュニラッシュ在籍

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    ボルテージ

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    カーナビーツ
    アイ高野氏在籍

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    パワーハウス
    陳信輝氏、柳田ジョージ氏在籍 残念ながら他界

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    ハプニングフォー
    クニ河内氏、トメ北川氏在籍

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    オックス
    真木ヒデト氏在籍

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    ジャガーズ

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    テンプターズ
    萩原健一氏在籍

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    ヴァンドッグス

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    モップス
    星勝氏、鈴木ヒロミツ氏在籍 残念ながら他界

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    スパイダース
    堺正明氏、井上順氏、かまやつひろし氏在籍

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    ランチャーズ
    喜多嶋修氏在籍

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    ゴールデンカップス
    加部正義氏、デイブ平尾氏在籍 残念ながら他界

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    ズーニーヴー
    町田義人氏在籍

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    リード
    日本在住外国人グループ

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    スーナーズ
    日本在住フィリピン人グループ

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  • 08/22/13--05:37: ジャッジーな気分で
  • こちら広島は、連日の猛暑で参るよ。
    弱った身体と精神を癒すには、酒でも女でもない、やっぱり音楽に限るな。

    最近は、GS関係の音楽と、ジャッジーな音が心地いい。

    60年代末期から70年代中期までにかけて、多くのジャズミュージシャンが、ロックとの融合をしていた。
    その後、70年代後半からは、多くのジャズミュージシャン達は、いわゆるフュージョンな世界へと方向性を変えて行く。個人的には、フュージョンが、大の苦手でして、70年代末期から80年代中期までのジャズミュージシャンの音は、殆ど興味が無いと、言うか嫌いだ。

    これは俺の解釈なんで、申し訳ないが、ジャズが、ロックと融合していた頃の音が我が国のジャズの歴史の中で一番カッコいいし、渋いと感じる。

    今回、紹介する作品は、71年と72年に発表されたジャズロックアルバムで、当時かなり人気と実力を兼ね備えた、ミュージシャンの共演のアルバムだ。
    それぞれ四人ずつが、参加していて、なかなかエキサイティングで、聴き応えのあるアルバムだ。

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    四つのジャズドラム
    1971年発表
    ジョージ川口氏、猪俣猛氏、原田イサム氏、日野元彦氏の共演

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    四つのジャズピアノ
    1972年発表
    前田憲男氏、中村八大氏、鈴木邦彦氏、宮川泰氏の共演

    どちらのアルバムも、疲れた俺を癒してくれる、渋い音だ。
    うん、いいね~

    どうも、シックリ来ない毎日に、早くピリオドを打ちたいのだが、いい案が浮かばずにいる。
    そんな時は、益々音楽が、聴きたくて、仕事から帰ると、最近は、ずっと音楽を聴いて聴いて聴きまくる日々だ。
    本当に好きなんだと改めて痛感するよ。

    今日は、何処のブログだろうが、取り上げないんじゃないかと思う、杉田二郎さんの初期の作品をアップしてみる。


    杉田二郎さんと言えば、ジローズというグループ時代にいきなりの大ヒットとなった、大阪万博の時に歌われた、戦争を知らない子供たち、が余りにも印象深い。
    元々ジローズは、アマチュア時代は3人組だった、その後、はしだのりひことシューベルツを結成。
    短命に終わり、1970年に森下次郎氏と新しいジローズを結成する。
    そして、戦争を知らない子供たちをヒットさせる。

    杉田二郎氏は、途中、余りにも、戦争を知らない子供たちばかりで、自分が語られる事に対して嫌になり、拒否反応を起こし、この歌を歌いたくない時期が、あったと以前言ってたのをテレビで観たあ記憶があるが、ある時期吹っ切れて、自分があるのは、この歌だし、平和な時代だからこそ歌い続ける意味があると、今は迷い無く歌ってらっしゃる。
    現役シンガーであり、結構精力に活動を続けてらっしゃるから凄い。
    確か66歳だったと思う。
    歌う事が根っから好きな人だよ。

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    ジローズ ファースト
    ジローズ登場/戦争を知らない子供たち
    カレッジフォーク色が、強い。
    英語のカバー曲も収録
    1970年発表

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    セカンド
    新しい唄/ジローズ2
    この作品は。かなりの意欲作で、登場ジャズやロック界で、大活躍だった、水谷公生氏、エディ藩氏、猪俣猛氏、加藤和彦氏等、そうそうたるメンツが、バックを務め、ファーストとは、全く違った内容で、ロック色が強い。
    楽曲の提供も、かまやつひろし氏、クニ河内氏、深町純氏、木田高介氏など、豪華だ。

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    サード
    最後の唄/ジローズ3
    アルバムタイトル通り、解散が決まってのラストレコーディングとなってしまった。
    内容は、いたってシンプル
    ソフトタッチな楽曲が並び、いかにもラストアルバムといった感じだ。


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    解散コンサートを収めたライブ盤
    ジローズ サヨナラ コンサート
    スタジオ盤3枚を含め4枚のアルバムを残し、杉田二郎氏は、ソロ活動を始動する。


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    杉田二郎氏ファーストソロアルバム
    アパートメント1109
    1972年発表

    このアルバムは、正直よく見かけるし、二束三文で売られてる、イヤ、店では売れないから買取しないし、店頭に出さずに処分されてたりする。

    だか、俺はここで、ハッキリ言う、このアルバムは、大名盤だ。
    このアルバムをゴミ扱いなんかするんじゃないぞ、なめてもらっちゃ困るな~
    参加ミュージシャンも凄い。ガロの日高富明トミー氏、ミカバンドの高中マサヨシ氏、ハプニングスフォーのチト河内氏、山内テツ氏、柳田ヒロ氏などが、バックを務め素晴らしいサウンドと美しいメロディー、そして優しく歌い上げる杉田二郎氏の歌声が、絶妙なバランスで、非常に心地良い。
    杉田二郎氏の独特のヴブラートの効いた歌唱が苦手な人も、このアルバムでは、それを感じさせない、実に自然でヒューマンな歌である。

    俺は、日本のフォークとロックのアルバムを何千枚と聴いて来たけど、このアルバムは、かなり好きだ。
    素晴らしいフォークロックアルバムに仕上がっている、大名盤だと断言する。

    まあ、好き嫌いがあるから、人には、わざわざ薦めないけど、この良さが分からないなんて勿体無いよ。

    数ある音楽ジャンルの中で、名前に色が入ってるのは、ブルースだけだ。

    日本には、本物のブラックミュージックは、存在しない。
    そうだな、確かにそうかも知れない。
    単なる憧れと真似に過ぎないのだろうか?
    ただ、30年もやってりゃブルースが身体に染み付いて本物になるんじゃないかな、と。

    単純に俺は、ブルースが大好きだ。
    ロックでも、フォークでも、ブルーステイストの効いた音がたまらなく心を奪う。
    俺の生き方や考え方、発言、行動は、ノーマルではなかった、異端だ。
    孤独感を感じる事が多い。
    それが、カッコ良けりゃ、それはそれでいいんだが、残念ながらカッコ悪いからブルーな時が多い。
    そんな時に、とことんブルーになるには、ブルースに限る。

    そして、今日は、大嫌いな雨。
    気持ちが、ブルーだ。
    ブルースを聴いている。

    日本における本物のブルースバンド
    ローラーコースターを聴いている。

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    1984年発表
    ファースト
    ブルーのジャケットに白い字で、斜めに、ローラーコースターと書かれた、このジャケットが、発売当時、俺には凄くカッコ良かった。
    正に、ブルースだと思ったよ。

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    1986年発表
    セカンド
    ヴォーカルの小出斉氏のモノクロの横顔のジャケットが、更に俺を引き付けた渋いセカンド。


    ローラーコースターは、80年代に結成され、80年代には、この二枚だけしか、発表されてない。
    しかも、メジャーからではなく、マイナーレーベルからのリリース。
    その辺が、またブルースでいい。

    彼らは、途中ブランクはあるものの、現在もバンドは存続している、メンバーチェンジは多いいが、30年間ローラーコースターは、生き続けている。
    もう本物のブルースと言い切れるぜ。

    さて、次は、ブレイクダウンでも聴くとするか

    とてつもなくブルーだぜ

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    昨日の雨のせいで、少し気温が下がったけど、ブルースカイブルーな空になったんで、また気温が上がりそうだ。

    この土曜日と、その前の土曜日に、連れと気分転換にランチに出掛けた。
    平日は、この二ヶ月、昼飯抜きのストイックな昼休憩を過ごしてるけど、人と飯を食う時は、気にせず思い切り食らう。
    どちらも、なかなか旨くて満足だった。

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    目の前が海で、最高のロケーションのレストランで、接客も良くて、いい店だ。
    3年振りに行ったけど、やっぱり旨かった。
    因みに、一番乗りだったんで、周りに人が写ってないけど、このあと直ぐに満席になった、やはり何事も余裕を持って行動するに限るね。


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    ここは、島根が本店の本格的な出雲そばを食える、唯一、島根以外にある支店で、広島で出雲そばを比較的お安く食べれるのが嬉しい店だ。
    ここも、2年振りに訪れた。
    ムチャクチャ暑い日だったので、一際目を引いた、 冷やしかけそばセットを食らった。
    濃くもなく薄くもない絶妙な味加減の炊き込みご飯が、先ずは気に入った。
    そして、冷たいかけそばなんて、人生初だったけど、これが、旨い❗❗
    半熟たまごが、トッピングされてて、そばに絡み喉ごし最高。
    薬味に七味じゃなくて、もみじおろしが入ってるのが、実に嬉しい。
    お汁も上品で、全て飲み干し大満足だった。


    で、ランチから話が代わるけど、俺の部屋の昭和のアニメの玩具が、少々。

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    ルパン三世が、大好きなんです。
    音楽も大野雄二氏が、手掛けた曲が、最高にカッコいい。
    宮崎駿氏が、手掛けた、カルロストの城が非常に評価が、高いけど、俺は嫌いだ、ルパン三世らしくない。
    ファーストバージョンが、一番カッコいいよ。


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    宇宙戦艦ヤマトも大好きなんです。
    平和主義で、戦争反対を強く心に持つおっさんも、子供当時ワクワクして観ていたもんだ。
    矛盾を感じつつも、好きだから仕方ない。
    波動砲が、光る模型で、約40センチの模型を観ると、ついつい頭に、宇宙戦艦ヤマトのテーマソングが流れて止まらない。
    昭和40年代生まれの男の宿命だな(笑)

    因みに、初恋の女性は、すいません
    森 雪です。


    最新版の宇宙戦艦ヤマトに、かなり違和感を感じるのは、俺だけじゃないはず。

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    朝晩、秋めいて来たな~
    秋が一番好きな季節だ。
    山の紅葉も、過ごし易い気候も、街ゆく人のファッションも、総合的に好きなんだよね、でも最近は秋が短くなった気がする。
    この前まで暑かったのに、気が付くと寒くなってたりする。
    短い秋を楽しみたいもんだな

    今日は、当時、史上最年少の姉妹フォークデュオとして、ヤマハのポプコンで、グランプリを取り、1972年にデビューを果たした、チューインガムをアップしよう。


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    1973年のファーストアルバム
    まだあどけない姉妹だけど、オリジナル曲を素晴らしい歌唱力と姉妹ならではの美しいハーモニーを聴かせてくれる。
    由紀さおり安田祥子姉妹より上手いんじゃないかな~
    当時、家族ぐるみで、曲を作っていたから、凄いよ。

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    1974年のセカンドアルバム
    喫茶ロックのガイド本に掲載された名盤。お陰で一時期、10000円を越える価格で取引されてた事もあった。
    半分がオリジナル曲で、残り半分がカバー曲となっている。
    小学生とは、とても思えないほど、日本語が美しい。

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    1975年のチューインガムとしてのラストアルバム
    クリスマスソングのカバーアルバムだけど、かなり多く存在するクリスマスアルバムの中でも、上質だと思う。
    冒頭の英語で歌われる賛美歌は、英語の発音もキレイで透き通る美しいさだ。
    全編に渡り、姉妹のハーモニーがクリスマスソングによく合って気持ちがいい。
    このサードアルバムの存在は、意外と知られておらず、俺が見たオークションで、数回高額で落札されていた。
    安いか高いか、その時によって極端な幅がある様だ。
    季節外れだけど、今このアルバムを聴きながら、この記事を書いているところだよ。優しい気持ちにさせてくれるよ。

    この後、姉妹は公の音楽活動をしなくなる、予想だけど、学業に専念する為だったんだろうな~
    因みに、1980年代に入り姉妹は再び名前を、バル・バルーンというグループ名で、復活する。
    その後も3度変名している。

    現在、姉妹は、姉はイタリアに、妹はアメリカへと在住しているらしい。

    今週末、台風が直撃しそうな雰囲気だ。
    俺のプレハブミュージックルームは、吹き飛ばされないだろうかと、一抹の不安を感じながら、今日も既にミュージックタイムしてるよ。
    テレビは、殆ど観ない、出る人がいつも決まってて、ワンパターンで、つまらないから。
    と、言うか、俺の部屋にはテレビが無い(笑)


    今日は、70年代に関西ブルースシーンを代表する、ウエストロードブルースバンドと、その後のブルーヘヴンをアップしてみる。

    ウエストロードブルースバンドは、日本のロックが好きな人で、知らない人はいない程、有名だけど、デビューしてからは、意外と短命に終わり、アルバム2枚しか残してない、しかもセカンドは、ライブ盤なんで、事実上オリジナルアルバムは、一枚だけとなる。
    実は、知る人ぞ知るデビュー前にオムニバスの自主制作盤に彼らの音源が収録されている。

    それが、これだ。

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    簡単な無地のジャケットにシリアルナンバーだけが、スタンプされてるだけのシンプルな作りのレコードだ。

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    ウエストロードブルースバンドのオリジナルメンバーの妹尾隆一郎氏がソロとして参加、もう一バンドは、レイジーキムブルースバンド、計3アーティストのオムニバスで、A面は、それぞれ一曲ずつ、B面は全員のセッションとなっている渋いライブ盤だ。

    この後少しして、デビューを果たす事となる。

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    1975年のデビューアルバム
    ラストの一曲以外は、全て英語で歌われるカバー曲。
    個人的には、ラストの日本語の曲が、一番好きだったりする。


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    セカンドにして、ラストアルバムとなった2枚組ライブアルバム
    地元、京都でのライブとあって、白熱のライブとなっている、カッコいい。

    ウエストロード解散後、ホトケは、ブルーヘヴンという、やはりブルースバンドを結成し、マイナーレーベルから、ライブ盤と、スタジオ盤の2枚を残している。

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    1980発表のファーストは、近藤房之助氏の在籍していた、ブレイクダウンとのカップリングのライブ盤としてリリースされた。

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    1982年発表のセカンド
    A面は、珍しく全曲日本語のオリジナル曲で、これがジャンプブールスで、ムチャクチャ格好いい。
    大好きなアルバムだ。
    因みにCDも持ってて、更にアナログももう一枚持ってる(笑)


    そして、1984年、ウエストロードブルースバンドが再結され、アルバムが発表された。
    それが、これ。

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    サードアルバムとなった、ジャンクション
    俺は、ウエストロードの再結成に喜び、このアルバムに相当期待してたんだけど、正直、期待ハズレだった、悪くはないけど、あっさりとこじんまりしてしまってるのが、ちょっと残念だ。
    まあ、80年代の中期だから、こういう作りになったのは、仕方ない。
    世の中なにもかも軽くて、ポップになってたからな~
    メンバーの写真も泥臭さは、消えて、サッパリしている。


    そして、その後、ホトケは、数枚アルバムをリリースしている、死ぬまでブールスマンだ。


    追伸
    オリジナルメンバーだった、名ギターリストの塩次伸二氏は、数年前に他界された、ずっとギターリストだった。

    毎日、頭にくる事が多いぜ。
    今日も、夕方、自分が出来る男だと勘違いしてる一つ年上の奴に切れた。
    大人なんで、その場は穏やかにやり過ごしたが、どうも胸くそが悪くて仕方ない。そいつは、いつも人の事は偉そうに言う、でも自分が見えてない。
    仕事中にガムを噛み、靴の踵を折って履き足を擦らせながらうるさく歩き、休憩時間とか関係無しで頻繁に外でタバコを吸い、同じ部署の女性と不倫関係だ。
    自分は、バレてないと思ってる愚かなオッさんだ。
    それなのに、常に自分が正しいと思っている。
    俺は、自分がダメだから、自分より年下の人を絶対に呼び捨てしないし、注意もしない、お前とか、言った事がない。
    でも、出来てない奴に偉そうに言われたら、我慢出来ない。
    今日は、周りに人がいたから、やり過ごしたが、俺が会社を去る時には、コテンパンに言って態度を改めてもらうよ。
    俺は、今の会社に呆れ果てたから、辞める決心をした。
    パワハラや、セクハラを金で解決し、嘘ばかり付く経営陣に付き合ってられない。仕事もせず、ネットばかり朝から晩まで観て高給取りで、臭いものには蓋をする体制に、ウンザリだ。
    一度切りの人生だ、バカと一緒にこれ以上バカになりたくない。
    次の仕事は決めてない、年齢的にかなり厳しいが、最早悩むのも飽きたよ。


    そんな時は、大好きなルパン三世のサントラでも聴いて余計な事は考えないでいたいもんだ。

    今日は、1978年にリリースされた、ルパン三世のファーストシリーズと2のサントラをアップしよう。

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    ファーストシリーズ

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    ルパン三世2

    いずれも、ジャズ畑で活躍していた、当時才能が爆発していた、ピアニスト大野雄二氏の手によるものだ。
    作編曲、サウンドプロデュース全てを手がけている。
    アニメの音楽とは思えない程のクオリティの高い音作りで、完全に大人な音だ。
    当時、子供ながらに普通に耳にして、普通にいい音楽だな~と思ってたけど、この歳になって聴くと改めて、その才能振りに驚かされる。
    数年前に、DJ達がこぞって、ルパン三世のサントラを廻してたのも、納得出来る。素晴らしい内容だ。

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    今日は、台風の影響で思い切り雨だ。
    8月最後の日に花火大会に行く予定を随分前にしてたに、中止だよ、残念。

    さて、今回からシリーズとして、70年代後半にデビューしながらも、売れずに埋れてしまった、女性シンガーのアルバムを紹介して行く。
    マイナーなブログで、追い打ちをかける如く、更にマイナーな記事だから、誰も興味ないだろうが、関係ない。
    内容は、ともかく俺の愛すべきマイナー女性シンガーに、ほんの少しだけ、ここで甦ってもらおう。

    シリーズ第一弾は、
    有馬えりさん
    1976年にファーストアルバムをリリースしているが、セカンドが存在するか否かは、知るすべもない。
    福岡の伝説のライブハウス昭和で、ライブ活動をしていたところを見出されデビューした様だ。
    昭和と言えば、数多くのミュージシャンをプロに導いたライブハウスだ。
    一時期閉鎖してたが、今は復活している。

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    1976年発表
    化石

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    ライナーのスナップ写真
    アンニュイな感じの可愛い人だ。

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    が、しかし、ジャケットの裏の写真は、こんな事に(笑)
    なんて事をやらすんだよ、美人が台無しだ。恐らく美人だからこそ、こんなアルバムの内容とは全く関係ない写真を撮られたんだろう、ある意味マニアックだ。

    今日、なんの気無しに、本屋に立ち寄ったら、本日発売のコーナーに、久々に面白い音楽本が、出てた。
    発売を全く知らなかったんだけど、迷わず購入
    2200円也
    でも、割引券2000円分を持ってたので、なんと現金200円のお買物(笑)

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    因みに、広げたページの2ページの中で、持ってないのは、拓郎さんだけ。


    俺が、ブログを始めるキッカケは、前から何度も語ってるけど、日本のロック&フォークのガイドブックを作る道を開く為だった。
    帯付のジャケット、オールカラーの辞典の様なガイドブックを作る為に走って来たよ
    でも、現時点で、夢は叶ってない。
    そんな中で何冊か、日本のロック&フォークのガイドブックを出版された。
    単純に嬉しいのと、自分の夢が、叶わない悔しさがいつもある。
    そして、また新しいガイドブックが、出版された訳だ。
    今回はかなり、素晴らしい。
    ジャケット写真が、オールカラーだ、俺がやりたかった、全レコードがカラーで紹介されてるガイドブックは、かつて一冊も無い。
    やられちゃったよ。
    名うての音楽評論家や、有名なコレクターが、名を連ねてるぜ。
    いつもガイドブックが出版されると、同じ顔ぶれだ。
    寄ってたかって、荒稼ぎ(笑)
    いつもなら、何度も紹介されてるレコードと、同じ様な内容のレビューが、書かれててイマイチだったけど、今回はあまり紹介されてなかったアルバムも紹介されてて、なかなかじゃないかな。

    でも、言っておくけど、何人も寄ってたからなくても、俺一人で、ここに紹介されてるレコードは、95%は所有してるし、何処にも紹介されてないレコードも結構あるし、90%以上がオリジナル帯付レコードだ。【歌謡曲は、除いて】
    何人にも、お金を払わなくても済むのに、俺に声はかからない(笑)

    しかし、偉そうに言わせてもらうけど、出版してくれる会社があれさえすれば、もっと凄いガイドブックを一人で作る自信があるが、人望が無い。
    残念ながら。

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    昨日、発売された日本のロック&ポップス名鑑に対抗して、俺なりの名鑑を記事にする。
    今までに、どのガイドブックにも紹介されてないか、されてても一度切りの紹介であろう、70年代の邦楽の今回は、ソロシンガーのレコードをアップする。

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    1977年発表

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    1977年発表
    坂田修/サムシングス
    元宿屋の飯盛のメンバーで、バンド解散後のファーストソロアルバムで、唯一のアルバム、シングルのバイバイ東京が、ちょっとだけ売れた。
    この後、NHKの歌のお兄さんとして、数年活躍した。


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    1976年発表

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    1975年発表

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    1976年発表

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    1976年発表

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    1977年発表

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    1976年発表

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    1978年発表

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    1974年発表
    ダニー石尾/ディグ・マイセルフ
    元フォーセインツ、フォーククローバーズという、二つのカレッジフォークグループを歴て、ソロになった彼のファーストで、グループ時代とは違った独自のポップスセンスで作られた知る人ぞ知る名盤だ、一時期高額で取引されてた事もある、滅多に見ない希少な一枚だ。


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    1976年発表
    シマダソウジ/ロンリーマン
    作家、映画監督などで有名な、あの島田荘司氏のシンガーソングライター時代の唯一のアルバム。
    これが、駄作無しのアメリカンなファンキーサウンドあり、フォークロックあり、バラードありと素晴らしい内容となっている、他に類を見ない、正に隠れた名盤だ。

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    1978年発表
    エジソン/ビーチ・イン・ザ・リバプール・サウンズ・アンド・ゼン
    元々は、アレンジャーであり、キーボード奏者で、他のアーティストの作品を手掛ける事の多い人の初リーダーアルバム
    ゲストヴォーカルに上田正樹氏を迎えての意欲作だ。


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    1976年発表
    菅野政敏/発言
    70年代に3枚のアルバムを残している、セカンドからは、ひらがなで、かんのまさとしと名乗る事になり、フォークからポップスへと音が変化する。
    以前にも紹介した時に、ご本人さんからコメントを頂いた。


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    1972年発表
    おちゆうじ/狂ひ咲き
    元シューベルツのメンバー
    後に、クリンカムクリンカンを結成し、オムニバス盤2枚に参加、シングル2枚を発表している、改めてそちらもそのうち紹介する。


    どのアルバムも埋れてしまってるが、つまらない内容のアルバムは、一枚もない。
    俺には、愛聴盤ばかりだ。
    シマダソウジさんのロンリーマンなんて、かなり素晴らしい、これを聴いた時に嬉しくて、聴きながら一人で笑ったよ。

    日本のロックやフォーク、ポップスが、紹介され語られる時、昨日も書いたけど、いつも同じ顔ぶれだから、彼らが持ってるレコードしか、結局紹介出来ないという事であって、日本のロック&フォーク、ポップスの真髄には、至ってないのだよ。
    彼らの評論が、全てではない。
    惑わされるべからず。

    今回は、男性シンガーだけだが、次回は、女性シンガーを紹介するよ。
    後は、グループ、バンドも引き続き紹介して行く。

    月曜日と昨日、社長に時間をもらい、退職させて欲しいと談判した。
    昨日は、3時間半にも及び、それでもなかなか、辞めさせてもらえない。
    随分と悩んだ挙句の結論を出し、決意は硬い。
    社長は、終始穏やかに話を聞いてくれて、それに対して語りかける様に応えてくれる、それは非常にありがたいし、嬉しい事なんだが、俺が辞める理由は奥が根深い。
    社長は、俺をえらく買ってくれてるが、俺はそんなに出来る人間ではない。
    会社の中で、独りだけ特殊な仕事を任され2年の歳月が経ってしまった、それなりにやって来たつもりだが、自分に納得が行かない、俺では役不足だ。
    その上、体調が思わしくない、目がドンドン見えなくなって来ている、手術をもう少ししたら受けるけど、それでちゃんと見える様になるとは、限らない。
    今の仕事は、日本各地に行く機会が多い、知らない道を夜、車で走るのが正直怖いんだよ。
    やり残したという、思いも強いけど、気持ちと身体が付いて行かない。
    他にもここには、書けない理由が、山ほどあるから、いくら社長が、止めてくれても、残りますと言えない。
    年齢的に次の仕事があるか、正直不安だ、でもその不安を通り越しての決断なんだよ。
    また、来週、社長と話をさせてもらう事になっている、俺の今後は、どうなるのか、自分でも全く未知だけど、なんとかしなくては。

    怒りや不安、悲しみ、そんな時に俺は、いつも音楽に救われている、そして今日も聴いてるよ。

    今回の記事は、更に、日本ロック&ポップス アルバム名鑑に対抗して、歴史に埋れてしまったアマチュアアーティストの自主制作盤を何枚かアップする。
    出版された名鑑にも自主制作盤が何枚か紹介されてたが、有名なアルバムばかりだった。
    素人サラリーマンの俺如きでさえ、持ってるレコードが殆どだったんで、掲載されてないアルバムを紹介するよ。


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    とみたとしあき/時代は変わる
    1971年発表
    ジャケット一面の彼の雰囲気からも伺えると思うが、ボブディランを敬愛している。
    決して明るくならない曲ばかりだが、心に残るものがある。
    ジャケットの淵にカタカナで、ヒトハミンナフコウ二ナルベキダトオモウ。キミノヘンジヲマッテル。
    と、書かれている、それがこのアルバムを物語っているんだ。

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    岡井吉広/岡井吉広ライブ 長い旅路
    1976年発表
    70年代に二枚の自主制作盤を残している彼のファーストだ。
    セカンドは、ロック色が濃いけど、こちらは基本的にフォークだ。
    バックに仲間のバンドを率いての熱いライブ盤、多少楽曲の弱さは感じるものの、アマチュアにしては、充分だろう。
    時折、ブルースを感じさせられるよ。

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    山田貴光/君を抱いて
    1979年発表
    大好きな一枚。
    楽曲がどうのテクニックがどうのなんて関係ない。
    疲れた時によく引っ張り出して聴いてるよ、なんだか癒される。
    きっといい人なんだろうな、と思う、彼の優しさが滲み出てる暖かな一枚だ。
    実は、最初聴いた時は、つまらないアルバムだな~っていう感想だった、だから当分聴かずに眠ってたんだけど、もう一度聴くと、凄く良かった、珍しいパターンだけど、今ではかなりの愛聴盤のひとつになっている。
    ジャケットデザインも、いかにも70年代の感じで、素朴でいい。


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    たかすかみつる/わすれもの
    1974年発表
    俺の中での大名盤
    ベルウッドやURCからリリースされてても不思議じゃない70年代然としたフォークの名鑑。
    決して派手さはないし、何処がどういいのか具体的に言えと言われても、特に言えない、でもいいんだよ、としか言えない。
    基本的に弾き語りだが、仲間たちが、バックを努めてる曲もあり、和やかな雰囲気が、実にいい。
    歌声も味があって、とにかく好きだ。

    日本ロック&ポップスアルバム名鑑に対抗して、3回連続で記事を書いたけど、サッパリ反響も無く、穏やかなブログでございます。

    でも、懲りずにマイペースで、更新するんでお構いなく。

    今日は、名鑑からちょっと離れてみる。

    俺は、ロック~民謡まで、オールジャンルの音楽を聴くけど、殆ど聴かないのが、クラッシックとフュージョンだ。
    そのフュージョンの原型となった音楽は、ジャズだ。

    日本でも、60年代からジャズミュージシャンが、続々と現れ70年代には、かなり盛り上がり、本場のジャズに少しでも近付こうと腕を磨き、ジャズメンたちは、お互いに切磋琢磨し、海外でも通用するミュージシャンもかなりいた。
    ジャズ専門のレーベルも存在し、コンスタントにレコードが、リリースされている。
    例えば、フラスコとかTBMと言う二大レーベルがある。
    正直、本場のジャズと比べれば、全く及んでないのかも知れない。
    熱狂的なジャズマニアにとっては、和ジャズなんて、ジャズじゃないと言うのかも知れないが、俺は、その本物に少しでも近付こうとする日本人ジャズメンたちの情熱が好きだ。
    そのジャズが、70年代末期から80年代にかけて、時代の流れに流され、当時、大ブームになったフュージョンへと移行してしまう、どんなに大物ジャズメンでも、猫も杓子も例外ではない。
    俺が最も苦手な音楽へと化けてしまった。
    そうなる前の熱きジャズメンたちのレコードをこれから時々紹介させてもらう。


    今日は、日本屈指のトロンボーン奏者の向井滋春氏のファーストリーダーアルバムをアップする。

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    日本ジャズ界では、ミュージシャン同士の交流が、盛んで、それぞれが他のミュージシャンの作品やライブに参加し合ってるケースが極めて多い。
    だから、早くからプロミュージシャンとして、活躍してても、自分自身の作品をリリースするのが、だいぶ後回しになってたりする。
    だから、ジャズ界では、ソロアルバムと言うよりは、リーダーアルバムと呼ぶケースが、多い。
    このアルバムも、向井滋春氏の初リーダーアルバムで、1974年の作品だ。
    正直、若い頃、向井滋春氏は知ってたけど、嫌いだった、要するに俺が知った時には、フュージョンの時代だったので、拒否反応で受付なかったんだよね。
    でも、オッサンになって、彼の初期の作品を聴いてみると、実に熱く、激しく、いい意味で粗削りで、カッコいい。
    今日も仕事から帰って、爆音で二回も繰り返し聴いた。
    バックのバンドも弾みまくって最高にイカしてる。

    秋の夜にピシャリだ。

    今日は、本気で心を許せる連れと出掛けてたので、悩んでる日々から解放され、心が軽い。

    昼に食ったパスタランチが、凄く旨かった。
    バケット、ドリンク、ケーキが付いて、パスタの量も多目で、大満足だった。

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    これで、税込1000円なら良心的だ。
    パスタの麺も絶妙の太さと硬さとコシで抜群だ。
    ここは、いつだろうが、どのパスタだろうが、常に旨い。

    パスタから、一気に話は変わりまくるが
    今日の記事は、俺が幼い頃から沖縄民謡と共に何故か大好きな、津軽三味線で行く。
    津軽三味線を世に知らしめた第一人者として、神的な存在として、いまだ多くの支持を受けているのが、高橋竹山先生だ。
    幼い頃、大病により、盲目となり、ある意味、生きる術として、師匠に弟子入りし、並ならね努力で津軽三味線を習ったが、それだけでは食べて行けないと、マッサージ師を途中しながらの苦労人だ。
    平成10年に亡くなるまで、津軽三味線を引き続け、海外でも積極的に公演をし、世界中に津軽三味線の素晴らしさを轟かせた偉大なる人物だ。
    高橋竹山先生は、数多くの作品を残し、更に高橋の姓を名乗る弟子が、大勢存在し、現在も脈々と津軽三味線の熱い魂は受け継がれている。

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    高橋竹山・高橋祐次郎 豪華共演
    津軽三味線の真髄
    1974発表

    数ある高橋竹山先生の作品の中でも人気の高いアルバムだ。
    弟子の高橋祐次郎氏との共演で、二枚組の聴き応えのある素晴らしい内容だ。
    津軽三味線は、最近でこそ若い弾き手が多く出て来てルックス的にも、小綺麗だし、ある程度明るさも感じる様になったが、当時は基本的に明るさは微塵も感じさせない。
    が、しかし津軽三味線に、対する弾き手の熱い魂は、これでもかと、言わんばかりに伝わって来て、胸に突き刺さる。
    俺は、このアルバムに、誤解を恐れずいうが、ロックを感じてしまう。
    ヘヴィーメタルの早弾きなんて、チンケに聞こえる程、ヘヴィーで、その早弾きの奏法は、ヘヴィーメタルの比ではない。
    つまらない、ハードロックを聴くよりも、このアルバムを聴く方が、シビレるぜ。

    今日、2020年、東京オリンピック開催が決定した。
    汚染水の問題もあり、最後までわからない中、プレゼンテーターたちのスピーチも、大きなポイントになったのか.関係者は、安堵の気持ちでいっぱいだろう。
    確かに、プレゼンは、素晴らしかったと俺も思うよ。
    特にパラリンピックの女性アスリートのプレゼンは、なんだか心が洗われる感覚を覚えた、猪瀬都知事の取って付けた様な作り笑顔とは違って、心の底からの自然な笑顔でのプレゼンは、真っ新なシーツにでもくるまれた様な気持ち良さで、観ていて引き込まれて行って、下手すると惚れてしまいそうになった(笑)

    ただ、気掛かりなのは、東京オリンピックに逆上せて、本当に真っ先にやらなければならない事が、後回しにされてしまわない事を願うばかりだ。
    汚染水の件も、安倍くんは、カッコいい事を言っていたが、あれから2年経った今になっても、復興は進んでないし、汚染水も止まってない。
    そもそも、汚染水って処理する訳ではなく、タンクを作り続けて保管するだけなんだよ、タンクが永遠に増え続け、年月が経てばタンクは、劣化し、その時にまた、汚染水が流出する恐れがある事を皆、知っているのか?
    東京オリンピック開催決定で、その問題をどう解決して行くんだろうか?
    体裁のいい事を言っていたが、俺はかなり疑心暗鬼だ、とにかく今は、東北の復興と福島の原発が、改善される事を祈るしかない。


    今日の記事は、日本プログレの雄、ロックファンで、知らない人はいないのではないかと思う、四人囃子だ。

    ナマケモノのジャケットが、余りにも有名なファーストアルバムだが、その前にリリースされた、映画【二十歳の原点】のオリジナルサウンドトラックが、存在するのは、日本のロックファンには、今となっては常識的な事だが、まだネットの普及も全く無い時代には、殆んど知られておらず、幻のレコードという認識が強くて、中古レコード店でも、先ずお目に掛かる事は無く、本当に存在するのかさえ、田舎者の俺には信じ難い事だった。
    それどころか、一触即発ですら、滅多に目にする事は無かったし、あっても、少年の俺には、とても手に届かない値段で、指を咥えて見てただけだった。
    一触即発をやっと手にしたのは、大学に行き、バイトをして、自分の自由なお金が使える様になった時に、よく足を運んでた、福岡のボーダーラインレコードで、やっと見付けて興奮して手が震えながら買ったのが、最初の出会いだった。
    それは、そんなに状態は、良くなかったけど、傷んだ帯が付いてて、忘れもしない4800円と、高額だった。
    学生の俺には、飯をしばらく質素にするか、昼飯を抜くか、ぐらいの一大決心だ。それでも、次にいつ出会えるか、分からないから、悩んだ挙句、レジに持って行き、脂汗をかきながら、買ったのを鮮明に覚えているよ。
    それで、当時住んでいた、学生寮に直ぐに帰り、真っ先にレコードに針を落として、噂通りの素晴らしい内容に感動して、繰り返し何度も聴いたもんだ、でもどんどんボリュームを上げてしまったんで、後で寮母さんに、コッテリ怒られてしまったし、先輩からも大目玉だったよ(笑)
    それが、19の春の出来事だ、懐かしくて、今、四人囃子を聴きながら涙が出そうだ。

    で、それから2年くらい経ち、二十歳の原点のサントラ盤以外の四人囃子のアルバムは、全てアルバム代を貯めて買ったけど、幻のアルバムは、どんなにレコード店に足を運んだり、全国中古レコード市のセールにまめに行っても出会えず、やはり幻のままだった。

    それから、福岡の大学を卒業し、地元に帰り、仕事をしながら、お金を貯めては、地元の中古レコード店に足繁く通ったが、巡り合えるには、時間がかかった。

    地元に帰って、一年半くらい経った頃だろうか、月一のペースで行っていた、中古レコード店の、や行のスペースに、四人囃子のラベルが、それは真っ赤なジャケットで、えらく目立っていた、見た事も聞いた事もない、四人囃子のレコードに興奮し、中を見させてもらったら、なんと、幻のレコード二十歳の原点と一触即発のカップリングだった、ずっと探してた、幻が、やっと現実の音になる、嬉しくて嬉しくて仕方なくて、もちろん迷わす購入、5800円だったが、全く高いとは思わなかった、歓びの大きさが勝っていたからだ。

    で、その赤いレコードが、これだ。

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    真っ赤なジャケットが、眩しい程、印象的な、トリプルミラー
    要するに、一触即発と二十歳の原点と、シングルのみに収録の、空飛ぶ円盤に弟が乗ったよ、の当時としては、夢の様な豪華なカップリング2枚組アルバムで、3枚のレコードが一度に聴けるから、トリプルと銘打っている訳だ。


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    福岡の大学時代に買った、空飛ぶ円盤に弟が乗ったよ、のシングル。

    そして、どうしても、【二十歳の原点】のサントラ盤のオリジナルが、欲しくて欲しくて、何年も探し捲ったけど、全く無かった。
    月日は経ち、俺も30歳をとっくに過ぎてしまってた。
    存在を知って、15年経ったその時に、やっと【二十歳の原点】に巡り合えた。
    今から、14年前の事だ。
    当時は、まだレコードが高額で、正直、結婚して、小遣い一万円の俺には、とてつもなく高額で買うのをためらったけど、次は無いと思い買ったんだよね。
    それが、このレコードだ。

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    どんなに嬉しかった事か(笑)

    実は、このレコードには、帯が2種類存在する事を知り、更に数年経ち手に入れたのが、黒帯と言われる、このレコードだ。

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    さて、ここで、マニアックな説明をさせてもらうと、【二十歳の原点】の二枚の帯を見比べて欲しい。
    上の方は、ブルー地の帯に白い文字で、【二十歳の原点】と書かれている、これは、四人囃子のアルバムという形ではなく、あくまでも映画のサウンドトラックという形でのリリースである。
    が、しかし、下の黒帯と言われる茶色の帯には、四人囃子と大きくバンド名が、書かれているのが、分かるだろう。
    要するに、こちらの方は、四人囃子の単独のアルバムとしての形で、帯を変更して、発売されたものだ。
    どちらもオリジナルレーベルナンバーなんで、レコード盤自体は、両方共にオリジナル盤と言う事になるが、厳密に言えば、ブルーの帯が、初版であって、茶色の帯は、セカンドプレスと言う事になる。
    こう言ったケースは、レコードの世界では、多く存在するけど、日本のロックでは、意外と珍しいケースと言えるだろう。

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    【二十歳の原点】の裏ジャケットの四人の写真


    そして、現在
    二十歳の原点は、CDで復刻され、オリジナル盤も、ネットオークションで頻繁に見掛ける様になった。
    欲しいレコードを何年も掛けて、探してた、あの頃が、ほろ苦い思い出になってしまった今、何かが間違ってると思いながらも、時代の流れに流されてしまっている己が、ここに居る。

    幻が幻で、無くなってしまった現在において、もしかして………


    長々と読んでくれた方に
    感謝致します。

    ありがとう。

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