「トランプファミリー・ファースト」で、アメリカ国民が被っている被害とは?(写真:picture alliance/getty)

「アメリカ・ファースト」を主張するトランプ大統領だが、気に入らないメディアや記者に対して「フェイクニュース」と罵倒したり、側近をイエスマンで固めるなど、自身の利益を優先する振る舞いが多く見られる。彼の行動原理とはいったい? 『大前研一 世界の潮流2019~20』から「トランプ大統領の本質」についてお届けする。

ドナルド・トランプ大統領は「アメリカ・ファースト」を主張して大統領選に勝利したが、就任後の彼の動きをみると、その実体は「ミー・ファースト」あるいは「トランプファミリー・ファースト」だということが明白だ。


外交に関しては、「自分のおかげで相手国が譲歩し、アメリカ国民はこれだけ得をした」と、自国民に対し非常に身勝手なストーリーで成果をアピールしている。大統領である自分の都合が最優先で、理念はいっさい感じられない。

すべてがディールという発想

トランプ大統領はイスラエル建国70周年に合わせて、2018年5月にイスラエルのアメリカ大使館をテルアビブからエルサレムに移転し、パレスチナの人々を激怒させた。豊富な資金力と集票力で、大統領選のときからトランプを応援してきたユダヤ系アメリカ人のカジノ王シェルドン・アデルソン氏たちのロビー活動の成果である。中東の和平よりも自分の支持者の意向が、トランプ大統領にとっては大事なのだ。まさにミー・ファーストにほかならない。

2018年10月、トルコのイスタンブールにあるサウジアラビア総領事館で、サウジアラビア人記者のジャマル・カショギ氏が殺害された。

この事件でもトランプ大統領は、アメリカ中央情報局(CIA)が、サウジ政府の実質的な最高権力者であるムハンマド皇太子が殺害を指示したという見解を発表したのに、「皇太子がやったかそうでないか、誰も真相はわからない」と明言を避け、暗に皇太子を擁護する姿勢を示した。サウジはアメリカからたくさん武器を買ってくれるし、原油を十分産出して原油価格の維持に貢献してくれている。それに、トランプファミリー、とくに娘婿のジャレッド・クシュナー氏と個人的にも関係が深いということもあって、真相究明に消極的なのだ。

アメリカは自由と平等、そして民主主義の国であり、世界中にこれらの理念を広める役割を務めてきた。そして、他国の非民主的、非人道的な行動にも決して目をつぶることはなかったはずだ。それが、トランプ大統領は、そのような建国以来の理念よりも、自分の損得を堂々と優先するのだから開いた口がふさがらない。

メディアに対しても、誠実に応対しようという気持ちはまったくないようだ。基本的に言いたいことは自分のツイッターで一方的に発信し、気に入らない記事はすべてフェイクニュースとして扱い、記者の質問が気に入らないと、テレビカメラの前であろうがおかまいなしに罵倒する。

閣僚も気に入らないと次々にクビにするため、大統領に就任して1年9カ月で、すでに閣僚人事も2回転していて、ホワイトハウスの側近にはイエスマンしかいない状態だ。

彼の発想というのは、すべてがディールなのである。外交もディールだから勝たなければいけない。貿易赤字は負けだから許せない、とトランプ大統領は思っているのだろう。

トランプ大統領は2020年の大統領選にも出るという。もし再選されたら、アメリカ、そして世界はまた4年間この男に振り回されることになる。

トランプ大統領の熱狂的な支持者

ここまでひどいアメリカ大統領を私は知らない。だが、それでも彼を支持するアメリカ国民は一定数いる。それは、トランプ大統領が、自分の支持者が聞きたいことをうそ(フェイク)でも言い続けるからである。ポスト・トゥルースと呼ばれるこの現象は、客観的な事実が軽視もしくは無視され、感情的な訴えのほうが政治的に影響を与える状況を指す。

トランプ大統領の熱狂的な支持者は、ラストベルト地帯のプアホワイトだ。トランプ大統領が彼らに向けて「メキシコとの境に壁をつくって不法移民を入れないようにして、あなたたちの仕事が奪われないようにする」「中国からの輸入品に関税をかけて、君たちのつくる製品の競争力を高めてやった」などのことをいうと、たとえそれがうそであっても、そういう話を俺たちは聞きたかったのだと熱狂するのだ。ある統計によれば、トランプ大統領は1日平均6回うそをついているという。

とにかく、そういった熱狂的なトランプ大統領の支持者が、アメリカ国民の25%も存在するのだ。2018年11月に行われたアメリカ中間選挙の投票率が50.1%だから、トランプ大統領の支持者がこぞって投票に行けば、間違いなく多数派をとれる。つまり、大統領再選は十分ありうる話なのである。

トランプ大統領は、口を開けばアメリカの労働者は不法移民に職を奪われているというが、これは彼の認識不足である。IMFの統計によれば、2018年10月の段階でアメリカの失業率は3.78%とほぼ完全雇用状態なのだ。

また、中国からの輸入品に25%の関税を課したところで、中国に進出している企業がアメリカに戻り雇用を生み出してくれるようなことは絶対に起こらない。なぜなら、アメリカにはそもそも部品がなく人もいないのだ。

iPhoneを中国で製造する鴻海科技集団(フォックスコン・テクノロジー・グループ)は、成都で100万人の労働者を雇用している。それだけの頭数をそろえないと、アップルのオーダーに対応できないからだ。では、すでに完全雇用状態のアメリカでこれだけの工場労働者を集められるかといえば、無理な話である。

中国が為替操作で通貨安に誘導しているためアメリカの輸出競争力が落ち、アメリカ人労働者が割を食っているとトランプ大統領は主張するがこれに根拠はない。これを言っているのは、トランプ大統領の経済アドバイザーを務めるカリフォルニア大学アーバイン校のピーター・ナヴァロ教授だが、彼が根拠としている製造業を前提とした経済モデルが古すぎるのだ。

確かに、トランプ氏を支持するラストベルトの失業率は相当高いが、失業者の多くがアルコール中毒や麻薬中毒により雇用不能といった状況で、いくら中国を締めつけても、戦う以前に戦闘不能なのである。

その一方で、H‐1ビザの発給要件厳格化によりハイテク人材が圧倒的に不足し、賃金の高騰で労働者の二極化に歯止めがかからなくなっている。

世界的な問題のワーキングプア

働いているのに給料の額が全労働者の平均所得の60%に満たない人のことをワーキングプアというが、このワーキングプアはいまや世界的な問題である。

フランスでは2018年11月に、マクロン政権の燃料増税に反対する大規模デモが起こった。このデモは「黄色いベスト運動」と名づけられ、その後も続いている。デモの中心となっているのは、ワーキングプアの人たちだ。彼らの多くは公共交通機関が発達したパリのような街には住んでいない。公共交通機関が発達していない地方で暮らし、職場まで燃料代の安いディーゼル車で通っている。だから、ディーゼル燃料の値上げは彼らにとって死活問題なのである。ところが、マクロン大統領のようなエリートにはこの状況がわからないのだ。


アメリカのワーキングプアは、トランプ大統領は自分たちの味方だと思っているから支持しているが、実際には、トランプ大統領が就任以降ワーキングプアのために行った政策など1つもないのである。

トランプ大統領に関しては、ウォーターゲート事件を暴いたことで知られる著名なジャーナリストのボブ・ウッドワード氏が2018年9月に出版した『Fear: Trump in the White House(邦題:恐怖の男~トランプ政権の真実)』で、彼がいかにうそつきで無能かということを洗いざらい暴露している。

ここにきてトランプ大統領の支持率が落ちているという声も耳にするようになったが、ようやくワーキングプアの人たちも目が覚めてきたのかもしれない。