脳のタイムキーパー? ある神経細胞の発見で、脳の情報伝達手法の解明に近づいた

の情報処理を可能にしているのは、神経細胞の「発火」だ。しかし、この発火がどうやって情報を伝えているのかは、まだはっきりとわかっていない。発火のタイミングによって情報を伝えているという説もあるが、その際に“タイムキーパー”の役割を果たしている可能性がある神経細胞が、このほど見つかった。ことによると、情報伝達の謎の解明に一歩近づき、論争に終止符を打つことになるかもしれない。

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MEHMET ŞEŞEN/GETTY IMAGES

内の神経細胞はどのように情報を共有しているのだろうか」。そんな素朴な疑問が、神経科学の分野では長い間論争の的になっている。

もちろん、神経細胞同士はシナプスでつながっており、ひとつの神経細胞が「発火」すると、それにつながる別の神経細胞へと電気信号が送られる、というのはよく知られていることだ。

しかし、この単純なモデルだけでは解明できないこともいくつかある。例えば、「神経細胞の発火のどこに情報が載せられているのか」などだ。こうした疑問を解決していけば、「思考」の物理的性質を理解できるようになるはずである。

神経細胞のタイムキーパーはどこに

神経細胞による情報の符号化を説明しようとした理論は2つある。「発火率表現」モデルと「タイミング表現」モデルだ。

発火率表現モデルは、一定期間に何回スパイク(神経細胞の発火)が起きるかに情報が載せられているという考え方だ。一方、タイミング表現モデルでは、モールス信号のようなさまざまな発火パターンがあり、そのパターンに情報が載っていると考える。

だが、このタイミング表現モデルには難問がある。次に発火するまでの期間が「長い」または「短い」というなら、長いまたは短いとする基準が必要になる。つまり、メトロノームのように一定のリズムを刻む何かが脳に備わっている必要があるのだ。

コンピューターのCPUには内部にクロック(時計)が搭載されていて、コンピューター内部のあらゆる回路がこのクロック信号に同期して動作する。タイミング表現モデルが正しいとすれば、脳にもこのクロックと似たようなものがなくてはならない。

脳のクロックは、ガンマ振動と呼ばれる半規則的な脳波に存在すると考える神経科学者もいる。しかし、このクロックは一定のリズムを刻んでいるわけではない。まぶしい光など、その人の体験に応じてクロックが速くなったり遅くなったりする可能性があるのだ。

そんな気まぐれなクロックでは、神経細胞同士が信号を同期させる方法の全容を説明できそうにない。そこで神経科学においては、そもそもガンマ振動とは何なのかという激しい論争が巻き起こったのである。

ほぼ一定の時を刻む神経細胞の発見

ブラウン大学でガンマ振動を研究しているクリストファー・ムーアとシン・ヘヨンは、ある程度一定した頻度で発火するだけでなく、どんな刺激下でも発火頻度を保つ神経細胞を発見して驚いた。

「いままで見たことのない、面白い何かが起きているのだとすぐにわかりました」と、ムーアは言う。ムーアとシンの研究結果は2019年7月に『Neuron』誌で発表された。

過去の実験で、ムーアの研究チームは人工的に自然なガンマ振動をマウスに引き起こすことによって、マウスのひげの感度がよくなったことを実証していた。わずかな感触も検知できるということは、より注意深くなったと解釈できる。

今回の研究でも、マウスのひげにかすかに触れる実験を実施したが、シンはこのプロセスにおいて抑制性神経細胞の役割に注目した。抑制性神経細胞は、まわりの神経細胞の活動を制御し、脳内に過剰電流が流れないようにしている細胞だ。脳内におけるガンマ振動の一因にもなっている。

シンは、3種類の抑制性神経細胞を発見した。ひげを触ったときに発火した神経細胞、ランダムに発火したと思われる神経細胞、そしてガンマ振動に合わせて驚くほど一定頻度で発火する神経細胞だ。

マウス特有の神経細胞なのか?

カリフォルニア大学サンフランシスコ校サンドラー神経科学センターの精神医学博士ヴィカース・ソハールは、この神経細胞の発見によってガンマ振動についての論議が終わる可能性があると考えている(ソハールはこの研究には参加していない)。

神経科学では、ガンマ振動の目的について大雑把に考えられていたが、この発見によってもっと明確な機能があることが示唆されたと、ソハールは指摘する。「ガンマ振動についての考えが大きく発展したのです。これは非常に重要なことです。なんといってもガンマ振動は大きな論争の的だったのですから」

こうした神経細胞がマウスで発見されたという事実は、この論争で反論していた研究者にとって、一瞬でも立ち止まって考える理由を与えた。

「わたしにはこの研究結果の重要性は理解し難いと思います」と、これまでタイミング表現モデルについて批判的だったニューヨーク大学の神経科学者、トニー・モヴションは言う。「この神経細胞があちこちに存在するなら、とっくに発見されていたはずです」。つまり、この神経細胞はマウス特有のものだというのが彼の主張だ。

だが、ソハールは同意しない。「神経細胞を発見するといろいろなことが言われ、神経科学では偶然にすぎないという反論が出てきます」と言う。「しかし、このような神経細胞は存在しているが、単にいままで特定する方法がなかっただけという可能性も高いのです」

脳全体と一部分で一致しないガンマ振動の謎

とはいえ、解決すべき疑問はほかにもある。

通常、脳のガンマ振動は脳全体の電気的活動、つまり「局所電場電位(LFP)」を合計して検知するのだが、今回新たに発見された神経細胞の振動は、局所電場電位(LFP)全体のガンマ振動と一致しないのだ。

インド科学研究所神経科学センターのスープラティム・レイ博士は、今回の発見ではこの整合性についてさらなる調査が必要だと考えている。本当にクロックのような神経細胞なら、時間管理を行っている兆候が局所電場電位(LFP)のリズムにも現れるはずだが、それが見られないとレイは言う。「まるで沈黙した時計のようです」

これに対し、ムーアはこの現象を、ガンマ振動が脳全体の信号ではなく、局所規模で著しくみられる信号である可能性を示す兆候だと考えている。

「ガンマ振動が脳に関係していると考えるのは理にかなっています」と、ムーアは言う。しかし、そのガンマ振動は脳全体の合計信号から計測するのではなく、脳内の小さな各領域を構成する信号として計測してみる必要があるのかもしれない。「局所レヴェルの神経細胞集団まで掘り下げてみないと、神経細胞が実際に何をしているのかわかりません」

ムーアとシンは、今回発見された神経細胞と脳全体のリズムの不一致について、今後も調査を続けていく予定だ。だがそれだけでなく、脳のほかの部位でもこの神経細胞を発見し、それらの神経細胞を活発化させることでマウスのひげの感度を上げられるかも調べたいという。

だが最も重要なことは、この神経細胞をヒトの脳で発見することである。そうすれば、神経細胞同士がどうやってごくわずかな電気信号の炸裂で情報を伝達しているのかというミステリーを解明できるかもしれない。

※『WIRED』による研究結果の関連記事はこちら

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SMSから次世代メッセージサーヴィスに移行したいグーグルと、腰が重い通信キャリアとの攻防が始まった

携帯電話で使われるテキストメッセージ(SMS)に代わる次世代のシステムとして、グーグルが「RCS(リッチコミュニケーションサーヴィス)」の普及に動きだしている。英仏ではAndroidスマートフォンの「メッセージ」アプリにRCS準拠のサーヴィスも追加されたが、多額の設備投資を前に腰が重い通信キャリアとの連携が今後の課題になっている。

TEXT BY CHRIS STOKEL-WALKER
TRANSLATION BY MASUMI HODGSON/TRANNET

WIRED(UK)

google SMS

IMAGE BY GOOGLE

グーグルが、携帯電話で使われるテキストメッセージ(SMS)を時代後れのものにしようと動き始めている。もし英国かフランスに住んでいれば、Androidスマートフォンの「メッセージ」アプリに、最近になって通知が送られてきたことだろう。“未来”のメッセージサーヴィスの紹介である。

グーグルは欧州の2カ国で新しいメッセージサーヴィスとして「リッチコミュニケーションサーヴィス(RCS)」[編註:日本で2018年に始まった「+メッセージ」のようなサーヴィス]を開始し、20年末までにすべてのAndroidユーザーに「広範に提供」したいというのだ。

SMSに代わる、最新のコミュニケーション方法を

「この言い方は嫌いなのですが、RCSはいわばSMSの“アップグレード版”です」と、モバイル市場調査会社Mobilesquaredのニック・レインは言う。

Mobilesquaredの予測によると、RCSのアクティヴユーザー数は、19年6月末の月間3億1,100万人から、19年末までに月間10億人、さらに23年までには月間32億人にまで増えるという。「単なるアップグレードと言ってしまっては、RCSに迷惑でしょう。RCSはメッセージに豊富な機能と能力を加えるのですから」

優れた写真・動画共有や既読マークなどの機能を搭載したこのサーヴィスを、レインは「WhatsApp」や「iMessage」に例える。だがグーグルいわく、このサーヴィスは「より現代的なコミュニケーション方法」なのだという。

「わたしたちは16年からエコシステムを形成し、通信キャリア43社とタッグを組んできました。目標は、いま標準となっているSMSベースの旧式のメッセージシステムを、ユーザーのためにアップグレードすることです」と、グーグルで消費者向け製品および通信サーヴィス担当ディレクターを務めるサナーズ・アハリは言う。「ユーザーにRCSを使ってもらい、期待通りの最新メッセージングサーヴィスを提供したいと思っています」

ところが、これは大仕事になった。これらの通信キャリア43社は、世界中に800以上ある通信キャリアのうち約5パーセントにすぎない。「これまでの成果は大変喜ばしいものですが、ユーザーの視点からすれば十分とは言えません」と、アハリは言う。

アハリは、10年以上かかった同サーヴィス立ち上げの経緯には詳しく言及しなかったが、第三者はもっと率直に述べている。「難所となったのは、統一のとれていないエコシステムと、全ユーザーに同一体験を提供するために必要なシステム統合とアップデートです」と、モバイルマーケティング企業の3CInteractiveでディレクターを務めるレイミー・リアドは言う。

GSM方式の携帯電話システムを採用している通信事業者や関連企業からなる業界団体のGSMアソシエーションは、SMSに代わるサーヴィスとしてRCS規格を受け入れることを08年に決めた。さらにグーグルは、RCS普及のためにJibe Mobileという企業をまるごと買収したこともある。

「グーグルは通信キャリア全社の約850社を引き入れようとしているのですが、これはほぼ不可能です」と、Mobilesquaredのレインは言う。「将来を見越した通信キャリアが何社か聞き入れてくれたとしても、ずっと遅れた考え方をもつキャリアもあります。そうなるとグーグルの成功は、市場が成熟しているか成長途中であるのかにかかってきます」

RCSは収益化のチャンス

英国に本社を置くボーダフォンのようにRCSを歓迎したキャリアは、高度なメッセージングサーヴィスに収益化のチャンスを見出したのだとレインは言う。

RCSメッセージでは、旅の計画から切符の購入まで、理論上あらゆることができる。しかも、モバイル搭乗券に似た「リッチカード」というインタラクティヴなメッセージ機能により、すべてがひとつのメッセージで完結するのだ。

「ユーザーを自社以外のサイトへ何度も転送したり、あちこちたどらせたりする必要がなくなります」と、レインは言う。「単一チャンネルで完結するシームレスな体験です。おそらくこれがRCSの最大の魅力でしょう」

ところが、RCSは技術システムの再設計を伴う投資が必要になるため、キャリアは乗り気ではない。ましてや第5世代移動通信システム(5G)の導入に向けて膨大な投資をしなければならない時期である(グーグルのアハリは、「わたしたちが全世界で提携している通信キャリアは、全社がメッセージサーヴィスをSMSからRCSに移行したいと熱意を示しています」と説明している)

レインいわく、通信キャリアがRCSシステム導入に必要な最大限の設備投資をすると、数百万ドル(数億円)かかるという。ただでさえ多くのユーザーはSMSメッセージでこと足りているか、WhatsAppのようなサードパーティのサーヴィスを使っているにもかかわらずだ。

しかもRCSには現時点では、エンドツーエンドの暗号化が適用されていない。これはSMSに対する最大の批判のひとつでもあった。ここ数年で、エンドツーエンドの暗号化はメッセージアプリに広く浸透している。iMessageやWhatsApp、プライヴェートメッセンジャー「Signal」もエンドツーエンドで暗号化されており、初期設定でメッセージ内容への第三者のアクセスが阻止されている。

RCSの未来はもうはじまっている

とはいえ、そんなRCSメッセージサーヴィスを標準化するほどの力をもつ会社があるとしたら、それは何百万台ものスマートフォンを従えるグーグルだ。

「(グーグルやWhatsAppのような)高度なメッセージサーヴィスの存在は、移動体通信事業者(MNO)にとって大きな圧力です。自分たちも高度でネイティヴなメッセージング体験を展開しなくてはならないというプレッシャーになっています」と、3CInteractiveのリアドは言う。「RCSならMNOでも運営できますし、企業向けのビジネスメッセージの収益によって投資を回収できますから」

課題は、どうやってすべての通信キャリアと端末とで互換性を確保するかだ。これにはコストがかかる。

「多くの端末とファームウェアがあるなかで互換性を確保するには、大きな技術的課題があります」と、グーグルでメッセージングの製品開発リードを務めるドリュー・ロウニーは言う。「これまでならアプリ開発会社と通信キャリアとの密な協力が不可欠でした。しかし、今回わたしたちは大がかりな技術的な統合なしに、これをなし遂げたのです」

技術的な統合を避けた理由を、ロウニーは時間短縮のためとしている。しかし、Mobilesquaredのレインは、アプリというかたちをとることによって通信キャリアを完全に排除するためだと指摘する。

「グーグルは独自のサーヴィスを立ち上げると宣言しました。そして、そのサーヴィスによって、O2やThree、EEといった通信キャリアの加入者の端末にもRCSが導入されることになるのです」と、レインは説明する。「グーグルはキャリアの尻を叩いているのです。RCSはもう始まっており、誰にも止めることはできません。これが未来です。問題は、その未来がいつ来るのか、いつすべての人の手にわたるのかにあります」

「グーグルは英仏のほかに、ヨーロッパの10カ国で同様のサーヴィスを立ち上げる予定です。おそらく数カ月以内にローンチするでしょう。どの国で立ち上げが進み、その後グーグルがどこに進出するのかを見極めるつもりです」と、レインは言う。次にRCSが立ち上げられる市場として、レインは米国やカナダ、メキシコ、ドイツ、ノルウェー、南アフリカ、韓国、日本を見据えており、20年末までにさらに26カ国を加えてほぼ世界制覇になるとみている[編註:日本ではNTTドコモ・KDDI・ソフトバンクの3社が「+メッセージ」としてRCS準拠のメッセージサーヴィスを提供している]。

グーグルは次にどの国で立ち上げを行なうのかは明言していない。しかし、すでに開発は完了し、何の問題もなくユーザーに展開できることが実証されているため、幅広い採用を望んでいると強調した。

「わたしたちは、エンドユーザーが通信キャリアや端末のことを考えなくていいようにしたいのです」と、グーグルのアハリは言う。「Androidユーザーなら誰もが、箱を開けてすぐにスマートフォンでリッチなメッセージングを体験できるようにしたいと思っています」

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