AppleやGoogleが無線イヤホンに注力する理由(佐野正弘)
AirPods Pro登場で競争加速
2019年10月30日、アップルのワイヤレスイヤホンの新モデル「AirPods Pro」が発売されました。従来の「AirPods」の機能はそのままに、新たにアクティブノイズキャンセル機能を搭載し、周囲の雑音を取り除いてより音楽を楽しみやすくなるなど、大幅な強化がなされているのが特徴となっています。
▲アップルが2019年10月30日に日本での販売を開始した「AirPods Pro」。「Pro」と付くだけあって、アクティブノイズキャンセリングを搭載するなどの機能強化がなされている
そして改めて振り返ると、ここ最近左右のイヤホンが完全に分離したワイヤレスイヤホンが急増し、人気が高まっているようです。実際、大手家電量販店などを訪れると最近ではワイヤレスイヤホンの専用コーナーが存在する程で、その盛り上がりぶりを見て取ることができます。
左右分離型のワイヤレスイヤホンはAirPodsより以前にもいくつか存在していましたが、その人気に火をつけたのはやはりAirPodsだといえます。そしてなぜAirPodsが登場したのかといえば、AirPodsと同時に発表された「iPhone 7」の影響が大きいといえるでしょう。
iPhone 7は日本において、耐水・防塵性能を備えたのに加え、FeliCaを搭載し日本でApple Payの利用が可能になるなど、いわゆる"日本仕様"に沿った機能を搭載したことで大きな注目を集めました。ですが世界的に見ると、より話題を呼んだのは、イヤホン端子がなくなったことでした。
▲AirPodsと同時期に発表された「iPhone 7」シリーズは、日本ではFeliCaの搭載など話題を呼んだが、他国々ではイヤホン端子がなくなったことへの反響が大きかった
それまでスマートフォンには搭載されているのが当たり前とされてきたイヤホン端子ですが、iPhone 7でそれが廃止されたのには、より多くの機能を備えながらもiPhoneを薄くする上で、部材として一定の厚みがあるイヤホン端子の存在が障壁になっていたためと言われています。消費者はスマートフォンに画面が大きくて薄いことを求める傾向が強いことから、アップルはLightning端子で代替えが効くイヤホン端子を取り除くことで薄さをキープするという選択をしたものと考えられます。
そしてiPhone 7の登場以降、ハイエンドモデルを中心にイヤホン端子を排除するという流れは他のスマートフォンメーカーにも急速に広がっていくこととなります。消費者ニーズを重視し、フラッグシップモデルであってもレガシーな要素を可能な限り残す傾向が強いサムスン電子が、2019年発売の「Galaxy Note10」シリーズでイヤホン端子を排除したことで、その流れは決定的になったといえるでしょう。
▲フラッグシップモデルのイヤホン端子搭載にこだわっていたサムスン電子も、「Galaxy Note10」シリーズでイヤホン端子を排除するに至っている
そうしたスマートフォンの変化を受ける形で、オーディオメーカーを中心として多くの製品が投入され、ワイヤレスイヤホンの市場は活況を呈するようになりました。最近では、一時は品薄となるほどの人気となったソニーの「WF-1000XM3」のようにヒットモデルも生まれているようで、現在もその人気は高まっているようです。
ですが最近の動向を見ていると、ワイヤレスイヤホンに参入するプレーヤーに、大きな変化が見られるようになってきました。それはいわゆるプラットフォーマーが、この市場に次々と参入してきたことです。
実際、米アマゾン・ドット・コムが2019年9月に「Echo Buds」を発表したのに続き、2019年10月には米グーグルが完全ワイヤレス化された第2世代の「Pixel Buds」を、そして米マイクロソフトが「Surface Earbuds」を発表しています。AirPods Proを投入したアップルだけでなく、主力のプラットフォーマーが次々とワイヤレスイヤホンを投入していることが理解できるでしょう。
▲アップル以外にもワイヤレスイヤホンに力を入れるプラットフォーマーは増えており、グーグルも完全ワイヤレスの新しい「Pixel Buds」を発表している
オーディオメーカーではない企業がワイヤレスイヤホンを手掛けるのはなぜかといえば、音楽を聴くだけにとどまらない価値をワイヤレスイヤホンに見出しているからこそといえるでしょう。それを表しているのが「ヒアラブル」です。
ヒアラブルとは、耳を通じて音声だけでさまざまなサービスを利用したり、情報のやり取りをしたりすることを指します。そしてヒアラブルでは主として、ワイヤレスイヤホンのように、耳に直接装着するデバイスを用いてやり取りすることが想定されているようです。
既に存在するヒアラブルデバイスとして比較的知られている存在としては、ソニーモバイルコミュニケーションズの「Xperia Ear」シリーズが挙げられるでしょう。これらは耳に装着し、声で話しかけることで天気やニュースの情報を得たり、メールやLINEによるコミュニケーションをしたりできることで注目を集めました。
▲ヒアラブルデバイスの1つとして知られる「Xperia Ear」。2018年に投入された「Xperia Ear Duo」は、耳をふさがず周囲の音を遮断しない独自設計で話題となった
そのヒアラブルを実現する上で重要となってくるのが音声アシスタントの存在です。ワイヤレスイヤホン本体でできる操作は限りがあるため、ヒアラブルデバイスでさまざまな操作を実現するには、音声アシスタントの活用が求められる訳です。
そしてワイヤレスイヤホンを投入しているプラットフォーマーは、みな自社で音声アシスタントを開発、提供していますし、発表内容を見ると単に音楽を聴くだけでなく、音声アシスタントや自社アプリケーションとの連携を特徴として打ち出す傾向が強いように見えます。それだけにプラットフォーマーによるワイヤレスイヤホンへの注力はヒアラブル、ひいては音声アシスタントの利用拡大に向けた取り組みの一環と見ることができる訳です。
ではなぜ、こうした動きがイヤホンのワイヤレス化によって加速したのか?といえば、将来的にイヤホン単体で通信ができるようになることが見えてきたが故といえるでしょう。ケーブルという縛りから解放されたことで、イヤホンがスマートフォンなどの周辺機器から、ヒアラブルデバイスとして単体で価値をもたらす存在となる可能性が出てきたからこそ、プラットフォーマーが大きな動きを見せるようになったといえるのではないでしょうか。
そしてこのことは、ハードウェアの価値にネットワークとソフトウェアが大きく影響する時代が到来しつつあることも示しています。それだけに今後、ハードウェアメーカーのあり方自体が急速に変わっていくことになるかもしれません。
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