どうも、お久ですー。なんか衝動的に悪堕ちモノが書きたくなったので、何週かかけて「海マツリ」投稿作品に登場した「プロフェッサー・リチカ」の話を書いてみようと思います。
「機動婦警パトキュリア」
1.
林立する高層ビルと、その合間をぬって縦横無尽に張り巡らされたハイウェイが複雑な幾何学模様を描いている。ここ"ユグド・タワー"の最上階(地上200階)からは、この世界有数の大都市"ヴァルハラシティ"の様子が一望できた。
『いい眺めダロウ。富も力も無い愚民どもが米粒のようになってあくせく働いてイル。私はうまいワインを片手に、その姿を見下ろして楽しむというわけダ。これぞ支配者の特権ダヨ。そうは思わんカネ、プロフェッサー?』
ゴーディンが耳障りな電子音声で語りかけてくる。こっちは訊きもしないのに、全くよく喋る男だ。思わず「全身の97%が機械化されている貴方にワインの味が分かるのですか?」と皮肉を返したくなったが、ぐっとこらえた。目的のモノが手に入るまで、無用なトラブルはなるたけ避けたい。
「……なかなか素敵なご趣味かと」
ようやく私がそれだけ言うと、無骨なサイボーグは殊更に不愉快なノイズを発しながら笑った。
『ダロウ? ガッハッハハ……やはり君は話が分かるナ。私の秘書に欲しいぐらいダ……ガッハハハ!』
そして、笑いながら私の肩をばしばしと叩く。機械化された腕力は相当に強く、しかも彼の腕は金属製。当然こちらはかなり痛いのだが、当のゴーディンはそんなことなどお構いなしといった様子だった。
ここまでくると本格的に不快である。口八丁に手八丁、舌先三寸がモットーのこの私だが、もはや世辞を言う気力も萎え果てた。
「恐れながらゴーディン閣下。そろそろ本題に入られてはいかがでしょう?」
私はなるだけ事務的に告げた。
『ム? おお……そうだナ。よしよし、折角だからプロフェッサー、君には我が"ダースガルズ"の誇るハーレムをご覧いただこウ』
「ハーレムぅ?」
問うた私の声が聞こえなかったのかはたまた無視したのか、ゴーディンはその巨体を揺すりながらズカズカと展望室を出て行った。
どこまでも勝手な奴……私は内心うんざりしていたが、しぶしぶ後を追う。まぁ、目的のものを手に入れられると思えばこの程度の面倒などなんでもない。
――ゴーディンはもともと心理学に長けた科学者だったらしい。そんな彼が他者の意思を奪い、彼の傀儡と変えてしまう機械――洗脳マシン"ベインヘリアル"を開発したことが発端だった。
当然のように、彼はその発明を悪用した。各界の有力者や大富豪を次々と洗脳し、世界最大の建造物"ユグド・タワー"を私物化できるほどの政治力と財力を手に入れたのである。その一方でゴーディンは密かに犯罪組織"ダースガルズ"を組織し、武器・麻薬の密売や人身売買など、様々な悪事に手を染めていく。
一度殺し屋に狙撃されたことがあったが、最新のサイボーグ化技術で一命を取りとめた。以来、金に物を言わせて自分自身を違法改造し続けたゴーディンの戦闘力は、いまや軍隊一個中隊にも匹敵するという噂だ――。
ゴーディンは展望室の二つ下のフロア――198階を訪れていた。
『プロフェッサー……私の身体の97%が機械化されているということは知っているナ?』
「は? ……はぁ」
扉の解除コードを入力しながら、ゴーディンはおもむろに問うた。
『それでは……ダ。残されている生身の部分が何処だか分かるかネ?』
長いパスワードを入力し終えると、金属製の扉が左右にゆっくりと開き始めた。私はゴーディンの背に向かって返答を寄越す。
「脳……でしょうか」
『半分正解だナ。残り半分は……クックック。教えてほしいカネ?』
別に教えて欲しくもなかったし、漠然と予想がついたので私は黙っていたのだが、ゴーディンは勝手に後を続けた。
『答えは……ククッ。私の男性器、なのダヨ』
(……最悪……)
やはり。私は、女性に対してそんなことを誇らしげに語るこの男が心底嫌いになった。そしてゴーディンのハーレムにに足を踏み入れた私は、さらにその感情を強くすることになる。
――さて、警察もゴーディンとダースガルズの横暴を黙って見ていたわけではない。最新技術の粋を集めた戦闘スーツと、一人の敏腕女刑事をダースガルズの担当として投入したのだ。依夢透(よるむ・とおる)――またの名を、機動婦警パトキュリア。
透=パトキュリアの活躍は目覚ましかった。ダースガルズの悪事を次々と検挙し、送り込まれる刺客を片端から撃退する。パトキュリア=システムの優秀性もだが、何よりも透の生まれ持った才能と不断の努力、そして悪を憎む正義の心こそが彼女の強さの秘密であった。
実際、ゴーディンは後一歩のところまで追い詰められていたのだ。各界に手を回し、証拠をもみ消し続けていたゴーディンの悪事はほぼ露呈していた。後は何か一つでも、物的証拠があがっていさえすればゴーディンは逮捕を免れなかっただろう。だが――。
『捨てる神あれば拾う神……という奴ダ。功を焦ったパトキュリアは捜査令状も持たず、単身この塔に乗り込んできタ。勿論、返り討ちにしてやったトモ。クックック……やはり、刺客をやって奴の家族を皆殺しにしてやったのが効いたのだろうナァ。こうも簡単に頭に血がのぼるとは、所詮は小娘だったということカ……ククッ!』
その経緯は既に知っている。親しいものに手を掛けて精神的動揺を狙うという手段、ゴーディンはそれを発案した自分がさも賢いとでも言いたげな口ぶりだが、これまで数々の"悪"を目にしてきた私に言わせればそんなものは初歩の初歩。ギリギリまで追い詰められてようやく思いつくようでは、「てんでぬるい」と言わざるを得ない。
そんな私でも、このハーレムの惨状は直視に耐えなかった。
ここに集められている女達は、例外なくベインヘリアルによる重度の洗脳を受け、自分の意思を失くしたデク人形に成り果てていた。百人は下らないであろう女達はそれぞれラバー素材のボンデージスーツを身につけ(この衣装の趣味だけは唯一評価に値する)、折り重なるようにして床に転がされていた。全員がガラス玉のように虚ろな目をしており涎は垂れ流し、ゴーディンの陵辱の後と思しき生傷が至るところにできている。生ける屍という言葉があるが、生けるどころかこれではただの死体置き場だ。
どうも目の前の巨漢には「他者を管理する能力」というものがまるで欠けているように見受けられる。これは組織のトップとしては致命的な欠陥だ。ベインヘリアルの洗脳能力がなければ、この男がここまで上り詰めることは万に一つもなかっただろう。
『ここダ』
ゴーディンに連れてこられたのは、安っぽい風俗店のような装飾の施された小部屋だった。服の趣味は褒めてやってもいいが、部屋の趣味はお世辞にもよいとはいえない……そこに、彼女はいた。
「これは……ッ」
ベッドに力なく腰掛けていた制服姿の婦人警官は、機動婦警パトキュリア……依夢透その人だった。
しかしその目に光はなく、口許からは一筋の涎が糸を引いてスカートに染みを作っている。ベインヘリアルの洗脳を受け、心神喪失に陥っているのは誰の眼にも明らかであった。
『さんざん私の手を煩わせたこの女も、いまや私の可愛い人形ダ。そこでだ、プロフェッサー……君には彼女を私にふさわしい"悪の戦士"としてコーディネートしてやって欲しイ。できるだろう……"悪のコーディネーター"プロフェッサー・リチカ?』
私は心底うんざりしていた。どうやら目的は果たせそうにない……彼女の持っていた"正義の心"は、とっくの昔に失われていたのだ。
……そう思った。少なくとも、そのときは。

2.
リチカと呼ばれる女の登場は、透にとって大きな誤算であった。そもそも裏切りを恐れるゴーディンが側に置いているのは洗脳された者ばかり。判断力も思考力も低下しているので、隙さえつけば容易に突破できるはずだった。
だが、白いコートの女――プロフェッサー・リチカ。こんな人物がダースガルズに出入りしているという情報は掴んでいない。透は僅かに焦りを感じている自分に気が付く。
落ち着け……落ち着け……。
なんとしてもこの場を切り抜けなくては、千載一遇のチャンスを棒に振ることになる……ッ。
そう、透は洗脳されていたのではない。全てはわざと捕えられ、洗脳されたふりを装ってゴーディンの喉元まで迫るという作戦だったのである。
警察は既にベインヘリアルの仕組みを八割がた解析し、そこから発せられる催眠電波を完全に相殺する装置を完成させていた。透は自らの身体にその装置をインプラントしていたのである。
無関係な家族を手にかけたゴーディンに対する怒りは、透の内部でマグマのように煮えたぎっている。だが、若くして数え切れないほどの修羅場を潜り抜けてきた戦士はそれでもなお冷静さを失うことなどなかった。熱いハートと、クールな頭脳。透=パトキュリアは戦士として必要なその二つを手放すことなく、この場に臨んでいたのだ。
むしろ、油断は目論見が成功したと思い込んでいるゴーディンのほうにあった。
(気を抜くな……透ッ。ここさえ乗り切れば、ゴーディンは私を他の女性達と同じように慰み者にしようとするだろう。そのときこそ……チャンスだ!)
透は意思なき傀儡を装ったまま、二人の会話に意識を集中させる――。
『……今やこの女も私の忠実な僕。パトキュリア=システムの超戦闘能力もダースガルズのものダ……ククッ、素敵ではないカネ、私の命を狙った女が、私のボディーガード兼性奴隷となるのダ。だが、少々問題がアル』
「……成程。要するに、彼女の戦闘スーツを貴方の"ボディーガード兼性奴隷"とやらにふさわしい姿に変えて差し上げればよろしいのですね」
リチカが若干早口に告げると、ゴーディンは満足そうに頷いた。
『その通り……さすが話が分かるナ、プロフェッサー。聞けば君は、その能力はそのままに"相手の容姿"だけを変えてしまう技術を持っているというではないカ』
「……ええ、まぁ」
ゴーディンの話を適当に聞き流しながら、リチカはまるで品定めするかのように透をジロジロ見回している。その視線は氷のように冷たく、ナイフのように鋭い。
「……いいでしょう、引き受けます。閣下、彼女をパトキュリアの姿にしていただけますか」
『オオ、引き受けてくれるカ。よしよし、お安い御用ダ……パトキュリアよ、"着甲"セヨ!』
(……!?)
透はゴーディンとリチカの意図が見えず、わずかに混乱していた。
(こいつら……何をしようとしているの?)
透を洗脳し、パトキュリアの能力を悪用しようとするゴーディンの意図は分かる。理解しかねるのは、リチカの能力についての彼らの会話だ。
――能力はそのままに"相手の容姿"だけを変えてしまう技術。
ゴーディンはそう言っていたが、それが具体的にどういうことなのか、透には皆目見当もつかないでいた。魔法でも使うというのだろうか……そんな馬鹿な。
だが、この後リチカが見せたのはまさに魔法としか言いようのない芸当であった。透は、身をもってそれを思い知ることとなる。
- 2008/04/27(日) 16:32:46|
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