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女王陛下の懐は深かった
アルバム『アビイ・ロード』の最後の曲『ハー・マジェスティ』は「女王陛下」を茶化した内容だ。
なにせ女王陛下は可愛い素敵な娘だと歌い、いつかものにしてやるなどと歌うのだから日本では考えられないことだ。いくらユーモアとウィットを愛する国でも、さすがに発表当時は物議を醸した。しかし王室からのお咎めは一切なかったのである。
それどころかポール・マッカートニーは2002年の女王即位50周年記念コンサートでこの曲を生演奏したぐらいだ。女王陛下の肝っ玉の大きさが知れる。
ビートルズは1965年10月、くだんのエリザベス女王から大英帝国勲章のうちのMBE勲章を戴いている。
面白いのは、ジョン・レノンはその4年後の1969年、ビートルズ消滅と前後して勲章を返還しているのに対し、それに先駆けること4ヶ月の頃にポールは女王陛下をパロディにした歌を発表しているところだ。
どちらも「勲章」に対してのクールな姿勢を示しているが、奇しくもそのやり方の違いが2人の個性の違いを見事に表しているようだ。
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謎のエンディング
前置きは以上として、アルバム『アビイ・ロード』を聴いたことがある人なら、最初に聴いた時に『ハー・マジェスティ』の部分でびっくりさせられただろう。誰しも同じ感覚を味わっていると思う。
つまり、『ジ・エンド 』がいかにも壮大かつ優雅に、有終の美を飾る余韻を与えて終わり、完全に無音になってそれでアルバムも終わったと思いきや・・・突如大音量でジャジャーンと和音が高らかに鳴り響いてびっくりさせられる。心臓に悪そうなぐらいだ。
そしてすぐに始まるポール・マッカートニーの、アコースティックギターの伴奏のみで歌われる『Her Majesty』の、軽快で優しいメロディにうっとりして引き込まれそうになるや・・・唐突にブツっと切れて終わる。
不思議な余韻を残してアルバムが閉じるのだが、これは印象的な最後であり、ビートルズらしいとも言える人を食った謎のエンディングだ。
※『ジ・エンド』に関するコラムはこちら
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心臓に悪い度肝抜く始まり
しかしこれはハプニングにハプニングが重なり、それを面白がったポール・マッカートニーのウィットから確信犯的に仕上げられたのだ。
これに関して一般的には、実際の成り行きの上辺の情報だけが流通している。たとえばウィキペディアにこのように記述されている。
アルバム制作当初は、B面のメドレー形式の途中、「ミーン・ミスター・マスタード」と「ポリシーン・パン」の間に位置していた。1969年7月30日に試作段階のメドレーを聴いたポールが、エンジニアに対し本作をメドレーから外し、マスターテープを破棄することを指示。しかし、EMIの「ビートルズが録音したものは何でも残しておくこと」のポリシーにより、「ジ・エンド」の後に14秒の空白を空けて、取り敢えずくっつけておいた。これが後々の作業でもそのまま残ることになり、そのままの形で発売された。
本作の冒頭に入っている大音量のコードは、「ミーン・ミスター・マスタード」の最後の一音。本作はポールの歌い終わりと同時に突然終了するが、これは「ポリシーン・パン」の最初の一音が含まれていたことによる処理である。同時に、本作が『アビイ・ロード』の特徴となっているメドレーに含まれていないことも示唆している。
以前書いた『カム・トゥゲザー』の盗作問題でもそうなのだが、不完全な情報、不充分なストーリーというものは、事実とはかなり違う印象を与えてしまうことがある。
語られている部分が間違いではないだけに、余計に始末が悪いのだ。
だからいくら正しくても中途半端な情報を流すことは、返って事実を歪曲してしまう危険性があると思う。
・・・とまぁ、固い話は置いといて(笑)
それでは、数々の証言者から判明した『ハー・マジェスティ』の謎が生まれた実際の流れを、いつものように「小説風」に描いてみることにする。
※『カム・トゥゲザー』盗作問題の真実を知って欲しい
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見習いエンジニア君の失敗
「このつながりかた・・・全然、よくないな」
ポール・マッカートニーは先ほどから若いエンジニアに再生させたメドレー部分の音源を聴きながら、表情がみるみる曇っていき、ついに吐いた言葉がそれであった。
7月も終盤のその日、アビイロード第2スタジオには湿った熱気が入り込んでいて、元来気分屋のポールの苛立ちを助長させるように、むっとした空気が充満していた。
ポールが作り、アコースティックギターだけで演奏された『ハー・マジェスティ』はメドレーの中、『ミーン・ミスター・マスタード』の後で『ポリシーン・パン』の前に位置している。
その流れがポールにはまったく気に入らなかった。
※本来のメドレー音源。7:26から『ハー・マジェスティ』 は始まるがエンジニア君は7:24でカットした。
「じゃ・・・どうしますか?」
若い見習いエンジニアは恐るおそるポールに尋ねた。
ポールは軽くため息を吐いてから憮然と言い放った。
「カットしてくれ。もうその曲は入れなくてもいい」
その日はジョージとリンゴはそれぞれの用事で来ていなかった。ジョンは少し前に交通事故に遭って入院をしている。
エンジニアとしての責任者であるジェフ・エメリックも所用で不在だったので、第2スタジオにはその若いエンジニア君とポールのふたりだった。まだ見習いの未熟なエンジニアではあるが、マッカートニーの相手をしなければならなかったのだ。
「カ、カットですか?」
エンジニアは脇の下に冷や汗を感じながら聞き返す。
「そう、カットしてくれ。それぐらい君にもできるだろう?」
「え、ええ、でき・・・ます・・・」
「じゃ頼んだよ。僕はちょっと外の空気を吸って・・・気分転換してくるさ」
そう言い残してポールは外に出て行った。
若き見習いエンジニア君は未熟ながらも一生懸命に、ポールに言われた通りテープから「その部分」をカットして、残りをつなぎ合わせた。デジタル録音などなかった時代である。アナログテープを文字通りカットしてつなぎ合わせる作業なのだ。
あっ・・・
エンジニア君はカット作業をした直後、自分が失敗をしでかしたことに気づいた。
カットすべき曲『ハー・マジェスティ』の冒頭に、その前の曲『ミーン・ミスター・マスタード』のエンディングの音が残っている部分で切ってしまったのだった。
※超レアなジョン&ポーツのツーショットインタビューを生んだ奇跡の顛末
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第一のハプニング
その時ポールが戻ってきた。
機嫌は治っているようだった。むしろ一転して嘘のように上機嫌にさえ見える。
失敗に慌てつつも、ポールのそんな様子を不思議そうな顔で遠慮がちに伺うエンジニア君は、まったく天才は凡人にはわからないな、と内心で思った。
「すみません、実はちょっと失敗をしてしまいまして・・・すぐ修正しますので」
彼はどういう失敗をしたのかを、ポールに丁寧に説明して詫びた。
「なんだ、そんなことか」
ポールは笑いながら上機嫌で言った。
「どうせそんなものラフなミックスダウンだぜ。気にすることはない。修正などしなくていいさ」
「は、はぁ・・・」
「じゃ、今日は僕はもう帰る。君も適当に今日は切り上げたらいい」
そう言うや否や、ポールは踵を返してさっさと出て行ってしまった。
若き見習いエンジニア君は内心ほっとした。
しかしジェフ・エメリックにいつも言われていることを思い出したのであった。
ビートルズの音源は何から何まで全て残しておかなければならない。
会社の上層部からの厳命だということらしい。要するに彼らの音源は、いつどのようにビッグマネーに化けるかわからないからだろう。
そこで彼は取り敢えず、元のテープの、録音が完全に終わった後に、自分でわかる目印をつけてつないでおいた。カットミスが第一のハプニングだとすると、この取り敢えずつなぐ作業が第二のハプニングを生む原因となるのだが・・・。
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第二のハプニング
翌日はジェフ・エメリックがスタジオにやって来て、ミックスダウンに精を出した。
アルバム後半のメドレー部分をどうにか仕上げて、その日スタジオに居る唯一のビートルズメンバーであるポールに聴かせた。
『ミーン・ミスター・マスタード』と『ポリシーン・パン』は自然につながっていたので、ポールは聴きながら何度も頷いた。これでいい、という風情だ。
そしてリンゴのドラムソロ、ギターのソロ回しを含む『ジ・エンド』がクライマックスとなり、広がりのある美しくも壮大なエンディングを迎え、余韻を残しつつ完全なる無音となった。
ジェフ・エメリックとポールはお互い満足げに、眼を見合わせて微笑み合った。
その時だった。
轟然と大音量の和音が鳴ったので、二人はびくっとした。
そしてやおら始まった『ハー・マジェスティ』に二人はきょとんとするしかなかった。
しかしポールはすぐに事情を飲み込めた。
今日は来ていないが、あの見習いエンジニアがカットした『ハー・マジェスティ』をテープの最後尾に取り敢えずつないだのだなと。
エンジニア君は目印をつけておいたのだが、その成り行きを知らないジェフには気づくはずもなかったので、そのようなミックスが出来上がったのだ。
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天才の真骨頂
「これは申し訳ないことをしたね・・・すぐにカットするよ、ポール」
ジェフはそう言ったがポールは笑いながらかぶりを振った。
「いやいやいやいや、これでいいじゃないか、ジェフ!面白い、とても面白い!」
ジェフは一瞬呆気にとられたが、ビートルズのメンバーたちの個性がわかっている彼はすぐにポールの言う意味も理解できた。
「たしかにこれは狙ってはできない面白さがあるね」
ニヤリとしてポールを見返す。
「このままで行こう・・・あ、一番最後なんだが」
「一番最後?」
「そう、一番最後の部分、一拍分早く終わらせて欲しい」
ジェフは訝った。
「どう言う意味だい?」
ポールは茶目っ気のある笑顔のまま続けた。
「だって、オープニングが一拍食い気味でミーン・ミスター・マスタードの最後の音から入っちゃってるだろ?だからその分だけ早く終わらせて帳尻合わすんだよ!」
それを聞いてジェフ・エメリックは思った。
なるほど・・・しっかし、天才は凡人の理解を超えているね・・・
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