恐れのない職場がトヨタの強み ハーバードが見る組織ハーバードビジネススクール教授 エイミー・エドモンドソン氏(上)

ハーバードビジネススクールのエイミー・エドモンドソン教授
ハーバードビジネススクールのエイミー・エドモンドソン教授

世界トップクラスの経営大学院、ハーバードビジネススクール。その教材には、日本企業の事例が数多く登場する。取り上げられた企業も、グローバル企業からベンチャー企業、エンターテインメントビジネスまで幅広い。日本企業のどこが注目されているのか。作家・コンサルタントの佐藤智恵氏によるハーバードビジネススクール教授陣へのインタビューをシリーズで掲載する。6人目は、リーダーシップを研究するエイミー・エドモンドソン教授だ。

◇   ◇   ◇

佐藤 最新刊「恐れのない組織:職場に学習力・イノベーション・成長をもたらす心理的安全性の創出(The Fearless Organization: Creating Psychological Safety in the Workplace for Learning, Innovation, and Growth)」は、「心理的安全性」をテーマとした本です。この本を執筆した動機は何ですか。

心理的安全性は学界のトレンド

エドモンドソン 「心理的安全性(Psychological Safety)」という概念が学界の外でもトレンドになりつつあると実感したからです。

エドモンドソン教授の最新刊「The Fearless Organization: Creating Psychological Safety in the Workplace for Learning, Innovation, and Growth」

ここ数年、多くの人がメディアなどで心理的安全性についての記事を書いたり、語ったりしているのを目にしますが、そのきっかけとなったのは、ニューヨーク・タイムズ紙の記事「グーグルは完璧なチームを築く過程で何を学んだか(What Google Learned from Its Quest to Build the Perfect Team)」(2016年2月25日)だと思います。この記事は、グーグルの「プロジェクト・アリストテレス」の調査結果を紹介したものです。

この研究プロジェクトの目的は「結果を出すチーム(effective team)をつくるにはどうしたらいいか」という問いに対する答えを見つけ出すことでした。グーグルの研究者がつきとめたのは、結果を出すチームをつくるには、個々のチームメンバーの経歴やスキルはそれほど重要ではなく、心理的安全性こそが最も重要な要因だということがわかったのです。「プロジェクト・アリストテレス」の報告書には、参考文献として私が書いた論文「チームにおける心理的安全性と学習行動」も紹介されています。(参照ホームページ:https://rework.withgoogle.com/jp/guides/understanding-team-effectiveness/steps/introduction/

私はこの記事を読んで、グーグルが心理的安全性の重要性に気づいてくれたことをうれしく思うと同時に「私は1990年代後半からずっと心理的安全性について研究しているのだから、もっとこの概念について詳しく伝えるべきではないか」と思いました。心理的安全性の研究はグーグルの報告書で完結するわけではありません。ここからさらに私たち学者が研究を広げていかなくてはなりません。そこでこれまでの研究内容を1冊の本にまとめることにしたのです。

佐藤 心理的安全性をどのように定義していますか。

エドモンドソン 私の論文では、「チームメンバーがお互いに『このチームでは対人リスクをとっても大丈夫だ』と信じている状態」と定義しています(Edmondson, Amy. (1999). Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams. Administrative Science Quarterly. 44(2). 350-383.)。

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心理的安全性の度合い、パフォーマンスに影響
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世界トップクラスの経営大学院、ハーバードビジネススクール。その教材には、日本企業の事例が数多く登場する。取り上げられた企業も、グローバル企業からベンチャー企業、エンターテインメントビジネスまで幅広い。日本企業のどこが注目されているのか。作家・コンサルタントの佐藤智恵氏によるハーバードビジネススクール教授陣へのインタビューをシリーズで掲載する。6人目は、リーダーシップを研究するエイミー・エドモンドソン教授だ。

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 最新刊「恐れのない組織:職場に学習力・イノベーション・成長をもたらす心理的安全性の創出(The Fearless Organization: Creating Psychological Safety in the Workplace for Learning, Innovation, and Growth)」は、「心理的安全性」をテーマとした本です。この本を執筆した動機は何ですか。

 「心理的安全性(Psychological Safety)」という概念が学界の外でもトレンドになりつつあると実感したからです。

ここ数年、多くの人がメディアなどで心理的安全性についての記事を書いたり、語ったりしているのを目にしますが、そのきっかけとなったのは、ニューヨーク・タイムズ紙の記事「グーグルは完璧なチームを築く過程で何を学んだか(What Google Learned from Its Quest to Build the Perfect Team)」(2016年2月25日)だと思います。この記事は、グーグルの「プロジェクト・アリストテレス」の調査結果を紹介したものです。

この研究プロジェクトの目的は「結果を出すチーム(effective team)をつくるにはどうしたらいいか」という問いに対する答えを見つけ出すことでした。グーグルの研究者がつきとめたのは、結果を出すチームをつくるには、個々のチームメンバーの経歴やスキルはそれほど重要ではなく、心理的安全性こそが最も重要な要因だということがわかったのです。「プロジェクト・アリストテレス」の報告書には、参考文献として私が書いた論文「チームにおける心理的安全性と学習行動」も紹介されています。()

私はこの記事を読んで、グーグルが心理的安全性の重要性に気づいてくれたことをうれしく思うと同時に「私は1990年代後半からずっと心理的安全性について研究しているのだから、もっとこの概念について詳しく伝えるべきではないか」と思いました。心理的安全性の研究はグーグルの報告書で完結するわけではありません。ここからさらに私たち学者が研究を広げていかなくてはなりません。そこでこれまでの研究内容を1冊の本にまとめることにしたのです。

 心理的安全性をどのように定義していますか。

 私の論文では、「チームメンバーがお互いに『このチームでは対人リスクをとっても大丈夫だ』と信じている状態」と定義しています()。

この論文では、1990年代後半、アメリカ中西部のメーカーで行ったフィールド調査の結果を紹介しています。社内の51のチームの心理的安全性を調査したところ、個々のチームによって心理的安全性の度合いがかなり異なっていて、それがチーム全体の学習行動やパフォーマンスに影響を与えていることがわかったのです。

当時、すでにエドガー・シャイン、ウォーレン・ベニス、ウィリアム・カーンなどの経営学者も心理的安全性の重要性を指摘していましたが、この実験でそれをさらに実証する結果となりました。

 なぜ組織にとって心理的安全性を創出し、「恐れのない」状態をつくることが大切だと思いますか。

 「恐れ」には2つの種類があります。1つは健全な恐れ。納期を守れるだろうか、競合に勝てるだろうか、このレベルの品質を実現できるだろうかなど、チームが学習し、成長するためにも必要な恐れです。

もう1つは、不健全な恐れ=人間関係に関わる恐れです。この恐れは「他人からどう思われているだろうか」を過剰に心配することから生じるもので、社員の行動に多大な悪影響を及ぼします。不健全な恐れがまん延した組織では、社員は畏縮し、新しいことを提案したり、リスクをとったりすることができません。

著名な経営学者のウィリアム・エドワーズ・デミングは「結果を出す組織をつくるための14のポイント」を提言していますが、その8番目に「組織から恐れを取り除く」を挙げています。私も同感です。人は不健全な恐れを抱くと、学習できないし、成長もできません。日本流にいうならば、カイゼンもできないのです。

 心理的安全性を創出する上で、障壁となるものは何でしょうか。

 大きな障壁となるのがパワー・ディスタンス(権力格差)です。パワー・ディスタンスが大きい文化をもつ国や企業では、心理的安全性を創出するのがより難しくなります。フラット型組織であっても、階層的なピラミッド型組織であっても、変化の激しい現代を生き抜いていくには、心理的安全性を創出するような文化をつくることが不可欠なのです。

 会社のどの部門にも心理的安全性を創出することが大切だということですか。

 会社には、既存の仕事を続ける「ルーティン部門」と新しいことに挑戦する「イノベーション部門」があります。

ルーティン部門において、心理的安全性の創出は不可欠です。それに成功しているのがトヨタ自動車です。トヨタ自動車には失敗や問題をすぐに報告する文化があります。これは心理的安全性があるからこそできることなのです。トヨタの企業文化の根幹には、心理的安全性があり、それがカイゼン活動を推進し、高品質の車をつくることにつながっています。

イノベーション部門においては、さらに重要です。この部門のリーダーにとって大切なのは、チームメンバーが、クレイジーなアイデアや非常識なアイデアを提案しても、それを歓迎するような雰囲気をつくること。「このチームでは、リスクをとって挑戦してもいいし、失敗してもいい」と信じられるような文化がなくては、イノベーションは生まれません。

 著書では、組織のリーダーが心理的安全性を創出するには、「謙虚さ」と「好奇心」を持つことが必要だと書いています。

 リーダーは「謙虚さ」と「好奇心」の両方をあわせ持つことが大切だと思います。

リーダーが「謙虚さ」をもつことは意外に難しいことです。「謙虚に振るまえば、自信がないリーダーに見えないだろうか」と心配するのも無理のないことです。私は何も「謙虚なふりをしなさい」とか、「リーダーとしての強さを見せるのは少し控えめにしておきなさい」などと言っているわけではありません。

私が提言しているのは、「どんな状況にも謙虚に向き合いなさい」ということです。私たちの生きる現代社会は複雑で、不確実で、予測もできません。新製品を市場に出すときでも、サプライチェーンを管理するときでも、リーダーは「自分の周りの状況はすべて理解できないものだ」という前提で、柔軟に対応しなくてはならないのです。そうでなければ、想定外のことが起こるたびに動揺してしまい、チーム全体がリスクにさらされてしまうでしょう。つまり、「不確実性に対して謙虚に向き合う」ということは、「どんな状況にも賢く対応する」ということなのです。

リーダーが「好奇心」を持ち続けることもとても重要です。人間は「私は現実を正しくとらえている」と過剰な自信を持ってしまうものです。特に大人になればその傾向が強まります。「私の見方こそ正しい」と無意識のうちに思い込み、あえて他の視点から学ぼうとしないのです。会社の経営者や管理職は「リーダーたるもの、確固たる答えを部下に示さねば」と考えがちですが、むしろリーダーの役割は好奇心を持って部下や周りの人に質問することなのです。

リーダーがどんな状況にも謙虚に、好奇心を持って向き合えば、メンバーは自然と心理的安全性を感じることができます。

 それはまさに禅の教えに通じるところがありますね。スティーブ・ジョブズにも影響を与えた禅師、鈴木俊隆は「初心者の心には多くの可能性があります。しかし専門家といわれる人の心にはそれはほとんどありません」と言い、初心を持ち続けることの大切さを唱えました。

 それはまさに私が伝えたかったことと同じです。「どんな状況に対しても謙虚さと好奇心を持って向き合う」とは、すなわち初心を持ち続けることです。

 Amy Edmondson

本コンテンツの無断転載、配信、共有利用を禁止します。

世界トップクラスの経営大学院、ハーバードビジネススクール。その教材には、日本企業の事例が数多く登場する。取り上げられた企業も、グローバル企業からベンチャー企業、エンターテインメントビジネスまで幅広い。日本企業のどこが注目されているのか。作家・コンサルタントの佐藤智恵氏によるハーバードビジネススクール教授陣へのインタビューをシリーズで掲載する。6人目は、リーダーシップを研究するエイミー・エドモンドソン教授だ。

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 最新刊「恐れのない組織:職場に学習力・イノベーション・成長をもたらす心理的安全性の創出(The Fearless Organization: Creating Psychological Safety in the Workplace for Learning, Innovation, and Growth)」は、「心理的安全性」をテーマとした本です。この本を執筆した動機は何ですか。

 「心理的安全性(Psychological Safety)」という概念が学界の外でもトレンドになりつつあると実感したからです。

ここ数年、多くの人がメディアなどで心理的安全性についての記事を書いたり、語ったりしているのを目にしますが、そのきっかけとなったのは、ニューヨーク・タイムズ紙の記事「グーグルは完璧なチームを築く過程で何を学んだか(What Google Learned from Its Quest to Build the Perfect Team)」(2016年2月25日)だと思います。この記事は、グーグルの「プロジェクト・アリストテレス」の調査結果を紹介したものです。

この研究プロジェクトの目的は「結果を出すチーム(effective team)をつくるにはどうしたらいいか」という問いに対する答えを見つけ出すことでした。グーグルの研究者がつきとめたのは、結果を出すチームをつくるには、個々のチームメンバーの経歴やスキルはそれほど重要ではなく、心理的安全性こそが最も重要な要因だということがわかったのです。「プロジェクト・アリストテレス」の報告書には、参考文献として私が書いた論文「チームにおける心理的安全性と学習行動」も紹介されています。()

私はこの記事を読んで、グーグルが心理的安全性の重要性に気づいてくれたことをうれしく思うと同時に「私は1990年代後半からずっと心理的安全性について研究しているのだから、もっとこの概念について詳しく伝えるべきではないか」と思いました。心理的安全性の研究はグーグルの報告書で完結するわけではありません。ここからさらに私たち学者が研究を広げていかなくてはなりません。そこでこれまでの研究内容を1冊の本にまとめることにしたのです。

 心理的安全性をどのように定義していますか。

 私の論文では、「チームメンバーがお互いに『このチームでは対人リスクをとっても大丈夫だ』と信じている状態」と定義しています()。

この論文では、1990年代後半、アメリカ中西部のメーカーで行ったフィールド調査の結果を紹介しています。社内の51のチームの心理的安全性を調査したところ、個々のチームによって心理的安全性の度合いがかなり異なっていて、それがチーム全体の学習行動やパフォーマンスに影響を与えていることがわかったのです。

当時、すでにエドガー・シャイン、ウォーレン・ベニス、ウィリアム・カーンなどの経営学者も心理的安全性の重要性を指摘していましたが、この実験でそれをさらに実証する結果となりました。

 なぜ組織にとって心理的安全性を創出し、「恐れのない」状態をつくることが大切だと思いますか。

 「恐れ」には2つの種類があります。1つは健全な恐れ。納期を守れるだろうか、競合に勝てるだろうか、このレベルの品質を実現できるだろうかなど、チームが学習し、成長するためにも必要な恐れです。

もう1つは、不健全な恐れ=人間関係に関わる恐れです。この恐れは「他人からどう思われているだろうか」を過剰に心配することから生じるもので、社員の行動に多大な悪影響を及ぼします。不健全な恐れがまん延した組織では、社員は畏縮し、新しいことを提案したり、リスクをとったりすることができません。

著名な経営学者のウィリアム・エドワーズ・デミングは「結果を出す組織をつくるための14のポイント」を提言していますが、その8番目に「組織から恐れを取り除く」を挙げています。私も同感です。人は不健全な恐れを抱くと、学習できないし、成長もできません。日本流にいうならば、カイゼンもできないのです。

 心理的安全性を創出する上で、障壁となるものは何でしょうか。

 大きな障壁となるのがパワー・ディスタンス(権力格差)です。パワー・ディスタンスが大きい文化をもつ国や企業では、心理的安全性を創出するのがより難しくなります。フラット型組織であっても、階層的なピラミッド型組織であっても、変化の激しい現代を生き抜いていくには、心理的安全性を創出するような文化をつくることが不可欠なのです。

 会社のどの部門にも心理的安全性を創出することが大切だということですか。

 会社には、既存の仕事を続ける「ルーティン部門」と新しいことに挑戦する「イノベーション部門」があります。

ルーティン部門において、心理的安全性の創出は不可欠です。それに成功しているのがトヨタ自動車です。トヨタ自動車には失敗や問題をすぐに報告する文化があります。これは心理的安全性があるからこそできることなのです。トヨタの企業文化の根幹には、心理的安全性があり、それがカイゼン活動を推進し、高品質の車をつくることにつながっています。

イノベーション部門においては、さらに重要です。この部門のリーダーにとって大切なのは、チームメンバーが、クレイジーなアイデアや非常識なアイデアを提案しても、それを歓迎するような雰囲気をつくること。「このチームでは、リスクをとって挑戦してもいいし、失敗してもいい」と信じられるような文化がなくては、イノベーションは生まれません。

 著書では、組織のリーダーが心理的安全性を創出するには、「謙虚さ」と「好奇心」を持つことが必要だと書いています。

 リーダーは「謙虚さ」と「好奇心」の両方をあわせ持つことが大切だと思います。

リーダーが「謙虚さ」をもつことは意外に難しいことです。「謙虚に振るまえば、自信がないリーダーに見えないだろうか」と心配するのも無理のないことです。私は何も「謙虚なふりをしなさい」とか、「リーダーとしての強さを見せるのは少し控えめにしておきなさい」などと言っているわけではありません。

私が提言しているのは、「どんな状況にも謙虚に向き合いなさい」ということです。私たちの生きる現代社会は複雑で、不確実で、予測もできません。新製品を市場に出すときでも、サプライチェーンを管理するときでも、リーダーは「自分の周りの状況はすべて理解できないものだ」という前提で、柔軟に対応しなくてはならないのです。そうでなければ、想定外のことが起こるたびに動揺してしまい、チーム全体がリスクにさらされてしまうでしょう。つまり、「不確実性に対して謙虚に向き合う」ということは、「どんな状況にも賢く対応する」ということなのです。

リーダーが「好奇心」を持ち続けることもとても重要です。人間は「私は現実を正しくとらえている」と過剰な自信を持ってしまうものです。特に大人になればその傾向が強まります。「私の見方こそ正しい」と無意識のうちに思い込み、あえて他の視点から学ぼうとしないのです。会社の経営者や管理職は「リーダーたるもの、確固たる答えを部下に示さねば」と考えがちですが、むしろリーダーの役割は好奇心を持って部下や周りの人に質問することなのです。

リーダーがどんな状況にも謙虚に、好奇心を持って向き合えば、メンバーは自然と心理的安全性を感じることができます。

 それはまさに禅の教えに通じるところがありますね。スティーブ・ジョブズにも影響を与えた禅師、鈴木俊隆は「初心者の心には多くの可能性があります。しかし専門家といわれる人の心にはそれはほとんどありません」と言い、初心を持ち続けることの大切さを唱えました。

 それはまさに私が伝えたかったことと同じです。「どんな状況に対しても謙虚さと好奇心を持って向き合う」とは、すなわち初心を持ち続けることです。

 Amy Edmondson

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