<東京新聞の本>
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写真・文 堀内洋助
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【書評】キャパとゲルダ ふたりの戦場カメラマン マーク・アロンソン&マリナ・ブドーズ著◆名声の影にある恋と共同作業[評]米田綱路(ジャーナリスト)戦争写真家のロバート・キャパは、スペイン内戦の決定的瞬間を捉えた「崩れ落ちる兵士」で一躍有名になった。この写真には真偽をめぐって論争があるが、実はキャパこそ“作られた”人なのだ。立役者は彼に写真を学んで自立したドイツ亡命者ゲルタ・ポホリレ。互いを必要とした二人は、恋と仕事の共同作業で才能を発揮した。本書は稀代(きだい)の「キャパとゲルダ」誕生から死までを描く佳編である。 ゲルタは無名のハンガリー亡命者アンドレ・フリードマンをひとかどの写真家キャパへと演出し、編集者に売り込んだ。自らは女優グレタ・ガルボの華やかさにならい、友人の岡本太郎に着想を得たとされるゲルダ・タローを名のった。裸一貫の若者が賭けたサクセスストーリーの夢だ。 それだけではない。反ユダヤ主義を逃れた一九三〇年代半ばのパリで、人種や国籍に囚(とら)われずにコスモポリタンとして生きる。そんな二人にはファシズムの危険性が肌身で感じられた。それゆえスペイン内戦の戦場に、共にカメラを手に飛び込んだのである。 恐怖と闘う命知らずの勇気と、人間の内面にふれる感受性とのバランスが、戦争の核心に迫る二人の報道写真の特質である。そこには物語があると著者はいう。写真にこめる共感こそ「二人のイデオロギー」だと。いい写真を撮るには対象に近づかないといけないが、まだ足りない。すぐれた写真家になるには「人を好きになり、それを相手に伝えること」とキャパはいう。 ゲルダは前線で疲れ切った兵士の役に立ちたいと願い、持ち前の魅力で士気を鼓舞したが、仕事が終われば立ち去る。それに罪の意識をおぼえて、あと一日だけ、もう一枚と撮り続けた。カメラで戦ったのだ。しかし先には死が待っていた。彼女は反ファシズムの殉教者に祭り上げられ、キャパのいう「妻」と位置づけられて彼の名声に隠れた。 だが「キャパの一部はゲルダとともに死んだ」という友人の証言は、報道写真の先駆者たちの秘密を物語る。二人の共同作業それじたいが、人生の不朽の名作なのである。 (原田勝まさる訳、あすなろ書房 ・ 1980円) アロンソンはノンフィクションライター。ブドーズは作家。ともに米国在住。 ◆もう1冊吉岡栄二郎著『ロバート・キャパの謎-「崩れ落ちる兵士」の真実を追う』(青弓社) PR情報
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