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【社説】

週のはじめに考える 玉手箱を未来に残そう

 探査機はやぶさ2が先月、小惑星りゅうぐうでの最後の実験に成功。来年、岩石試料が入ったカプセルをお土産に帰ってくる。現代版の玉手箱です。

 計画ではカプセルだけが大気圏に突入、オーストラリアで回収。すぐに相模原市にある宇宙航空研究開発機構(JAXA)相模原センターに運ばれます。

 クリーンルームなどを使って非汚染、非破壊で記録し、保管します。地球上の物質で汚染されたら、科学的な価値が損なわれます。昔話の浦島太郎風に言えば、白い煙になってしまうのです。

◆大英自然史博物館

 センターは初代はやぶさが小惑星イトカワで採取した試料も保管、管理しています。試料は国内外の研究者に提供されます。地球外の物質では、ここと米航空宇宙局(NASA)の月の石だけ。これこそ国際貢献です。

 実はお手本がありました。博物館です。博物館の機能は、展示する教育施設だけではありません。標本を研究し、分類・記録して保管します。貸し出しもします。

 こうした仕組みのすばらしさを山形大学の梅津和夫客員准教授が「DNA鑑定」(講談社ブルーバックス)の中で紹介しています。

 山形県酒田市で生物学者がカブトエビを採取し、ヨーロッパカブトエビに近いのではと考えて梅津さんにDNA鑑定を依頼しました。体長は二~一〇センチで、生きている化石と呼ばれます。ところが、現代の欧州にはほとんどいません。

 梅津さんが大英自然史博物館に依頼したところ、百年前のヨーロッパカブトエビの卵が届きました。DNAを比較した結果、スコットランドやオーストリア産に近いことが明らかに。終戦直後に米軍の物資とともに持ち込まれた可能性が高いということです。

◆旧石器人のDNA

 百年前はまだ、DNAの存在さえ知られていませんでした。それでも、後世のためにきちんと標本を保管していたのです。標本は現代版の玉手箱だったのです。

 標本だけではありません。かつて採取された骨や歯に残っているDNAを取り出して日本人のルーツを探る研究が進んでいます。

 代表が沖縄県で見つかった約二万年前の旧石器人、港川人です。東アジアの旧石器人骨ではもっとも保存状態が良い化石です。

 発掘調査にも携わった馬場悠男・国立科学博物館名誉研究員は形態学的な特徴はもっとも古く、オーストラリアの先住民アボリジニに似ているとしました。最近、骨から採ったDNAを分析して裏付けられました。一方、縄文人とは形態的特徴もDNAもかなり違っていました。馬場さんは「最初にアジアに進出してきたホモサピエンスで、沖縄がアジアでの北限」と考えています。

 貴重な港川人の全身骨格は四体分です。三号と四号は二〇〇七年、沖縄県立博物館・美術館の開館時に東大から移管し、分担管理することになりました。

 このとき、藤田祐樹さんと山崎真治さんの二人が学芸員として採用されました。二人は沖縄県内を精力的に調査し、サキタリ洞遺跡で旧石器時代の人骨などを発見。その暮らしぶりも明らかになってきています。研究機能を備えた博物館の意義を感じます。

 発掘作業も昔と変わったそうです。研究者らのDNAが付着しないように土中にある段階から作業する人は手袋をするそうです。

 日本学術会議は一六年に国立自然史博物館の設立を提言。地質学、動植物学などの研究者らが国立沖縄自然史博物館設立準備委員会を発足させました。国立の自然史博物館のある英仏は欧州大陸とアフリカ大陸で、米国は南北アメリカ大陸で研究を先導しています。アジアにはまだそうした博物館はありません。

 同委員会の自然史博物館構想では、東アジア、東南アジアで網羅的に標本を収集し、整理・保管します。さらに、各国に分館をつくります。この地域は生物多様性の宝庫です。大量絶滅が心配される今、未来に標本を残すことは意味があります。博物館は人類の玉手箱となるでしょう。

◆沖縄振興に役立つ

 先週、沖縄県では首里城が焼失しました。歴史と文化の象徴であり、観光名所でもありました。同じように博物館は観光資源ともなります。

 政府は六月、沖縄県内で返還される米軍基地の跡地利用について考える「基地跡地の未来に関する懇談会」を設置しました。懇談会では「エンタメ・スポーツ」が取り上げられました。基地跡地が適地かは分かりませんが、長い目で見れば博物館の方が地元のためになるでしょう。ぜひ、検討してほしいと思います。

 

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