聖王国の王城の一室。そこに集まっていたのはカルカ、ケラルト、レメディオス。いつもの3人がお茶を飲んでいた。ただしレメディオスの顔にはいまだに落ち切っていないペイントの跡が付いている。
「ふふっ、レメディオスその顔」
「ぷっ……」
「ちょっと!カルカ様!ケラルトも!笑うことないだろう!」
「ごめんごめん。でもおかしくって……ふふっ」
笑っているカルカに悪気はないのが分かっているのでそれ以上は怒れないレメディオスであったが、先日の敗北は悔しくて仕方がなかった。
「それにしてもこのお菓子この間のとは違うけど美味しいわね」
「ええ、カルカ様、塩加減が絶妙ですね。じゃがいもをスライスして揚げたものでしょうか?しかしこんな大きなものみたことないですね」
パリパリと音を鳴らしながら食べられているそれはレメディオスが審判役の副官であるグスターボに文句を言いに行ったときに持っていた菓子だ。どうやらグスターボはクッキーの他にもいろいろとルプー魔道具店で購入していたらしくそれを腹いせに奪ってきて今日の御茶会でも提供されていた。
「そんなことよりあんな卑怯な手を使うなんて汚い!騎士たる者正々堂々と戦うべきだ!私は負けていない!」
若干涙目で悔しがるレメディオス。カルカとケラルトの二人は困ったように目で見合わせる。
「あのね、レメディオス。今回の模擬戦は勝った負けたはどうでもいいのですよ。あの銃なる武器が対人戦でどれほどの力を発揮するのか見たかったわけですから」
「え……?」
カルカの言葉が理解できていないのかレメディオスはきょとんとしている。それを見たカルカは肩をすくめるとケラルトへと引き継いだ。
「ケラルト。説明してあげて」
「はい、カルカ様。……姉さん、今回の聖騎士見習いたちの戦い方を見ましたか?それにあの後見せてもらった実弾によるその威力を。あの武器の使い方を。銃という武器の射程距離と命中精度、威力。その他の武器も大量に襲い来る亜人の集団に対しては非常に有効だと思いますよ」
「しかし騎士は剣で戦ってこそ……」
「騎士同士の誇りを賭けた一対一の決闘でしたらそうでしょうね。でも相手は亜人の集団です。それもこちらを一方的に殺そうとしてくる相手です。それに対して身を守るために罠を賭けることはいけませんか?壁を作りそこから攻撃することは卑怯ですか?」
「でも……」
余程悔しかったのか、それとも話を理解してないのか。レメディオスはまだ納得していないようである。それを見て仕方なしにカルカは語り掛ける。
「ケラルト、もういいわ。ねぇ、レメディオス。貴方の剣の腕は素晴らしわ。聖騎士の中では最強でしょう。ですからあなたには大将としての戦いを期待しているの」
「た、大将!?」
レメディオスは先ほどまでの不満顔から一転、目を輝かせる。
「あなたには弱い敵の集団の殲滅なんかよりよほど大切な仕事があるでしょう。それは相手の強者、亜人の王を撃つことよ。小手先の攻撃では倒せないほどの強者、それを最後に相手にするのがあなたなの。だから小物はあの子たちに任せてあげて。ね?」
カルカの天使のような微笑みにレメディオスは魅了される。
「はっ!このレメディオス・カストディオ!必ずやカルカ様のご期待に添えて見せます!」
♦
聖王国東側、アベリオン丘陵に向けた城壁の前にレメディオスは仁王立ちしていた。後ろには聖騎士団500名が勢ぞろいしている。
聖騎士見習いとの模擬戦から数か月、ついに亜人襲来の知らせが届いたのだ。まだ本土まで進行されてはいないが周囲を警戒していた哨戒からの知らせによると本日中にも最接近すると言うことであった。
「くぅ……カルカ様にお許しさえいただければこちらから攻め込んでやるものを……」
レメディオスは唇を噛みしめる。
聖騎士見習いたちとの模擬戦。それによりガンショップ・シズの商品の有用性が証明され、それを聖王国は買い取ることとなった。そして剣に比べ自身の身体能力によらず威力を発揮する兵器は聖騎士以外の兵たちへと行きわたっている。
さらにカルカの命により今回の亜人襲撃への対応は新兵器をメインに行うこととされていた。
「まぁいい……。あのラインを越えて来たら我らの出番だ。油断するするなよ」
「はっ」
前方の防衛線と名付けられた目印が岩に示してある。その距離より先には絶対に行かないようにとの命令であった。しかし、反面そこを突破された時は近接戦闘員たる聖騎士団の出番だ。
「敵影補足!来ました!数……およそ1万!」
敵襲の接近を知らせる鐘が鳴り響く。そしてその数に聖騎士たちの顔は青くなる。かつての大戦争ほどではないにしても驚異的であり数の暴力そのものである。
「恐れるな!我らは命をカルカ様に捧げた聖騎士!聖騎士は恐れない!」
レメディオスは胸の聖印を握りしめてそう叫んだ瞬間、爆音が響き渡った。
「団長!てっ……敵が……」
見ると近づいてくる亜人の足元が爆発し、周囲を巻き込んでその体を散らばらせている。
「あれはあの時の……」
聖騎士たちの脳裏に見習いたちとの演習での苦い思い出が頭をよぎる。それは地雷原だ。敵に先んじてあたり一帯が地雷が埋められておりそれを踏んだ亜人たちが吹き飛んでいるのだ。そしてそれにより敵の歩みは遅くなる。
「観測弾てーっ!」
城壁の上から見習いの代表たるネイアの声が響き渡ると亜人の集団へ向け迫撃砲の弾着位置観測用の弾が放たれる。そして目のいいネイアは特訓したとおりにその位置から弾道を計算する。
「右へ24、後方へ35修正!迫撃砲用意!」
「迫撃砲用意!」
「てーっ!」
ネイアの叫びとともに一斉に迫撃砲が亜人の集団へと放たる。そしてそこで巻き起こっているのは蹂躙だ。圧倒的な火力により着弾した砲弾がさく裂し数十匹単位で亜人が掃討されていく。
「だ、団長……これは……我々は何をすれば……?」
「まだだ!我らの出番は必ず来る!待て!」
カルカ様は必ず聖騎士が必要となる時がくると言っていた。ならばその時まで力を温存するのだ。
見ると迫撃砲に集団でやられるのを恐れた亜人の集団はバラバラと周囲へ散らばろうとしている。しかし、それは弾幕が遮られ逃げ道を塞がれていた。
「あ、あれは……?」
それを阻んだのは城壁の上に複数設けられた重機関銃だ。7.62×51mm弾を毎分1000発を超える速度で発射するそれは亜人の退路を断ちながらその体をミンチにしてゆく。
さらにそれを逃れた亜人たちの頭を撃ち抜いているのがスナイパー部隊だ。シズの特訓により長距離射撃が可能となったスナイパーライフルにより一匹また一匹と敵が倒れていった。
「むっ!?団長!耐えているやつがいます!」
「あれは!獣王バザーか!?」
亜人の中で銃弾による攻撃を硬い肌で弾き、向かってくるものがいる。
「うおおおお!武技!《武器破壊!》」
豪王バザー。山羊人の王である彼の得意技は相手の武器を破壊すると言うもの。それにより体に弾着した弾を無効化しているようだ。
そしてそのままの勢いで防衛線の手前まで進むとその鋭い爪をレメディオスに向けて突き付けた。
「よくもやってくれたな!人間どもが!俺は豪王バザー!誇り高き山羊人の長としてこのまま引き下がるわけにはいかん!勝負しろ!」
「ほほぅ?」
レメディオスはバザーが聖騎士団の中で一番自分が強いと判断して一騎打ちを望んでいるのだと理解する。そして挑まれて臆するようなレメディオスではなかった。
「よかろう!我が名はレメディオス・カストディオ!豪王バザーよ!己が誇りをかけて挑んでくるがいい!」
レメディオスは聖剣を引き抜くと正面へ向け構える。そしてそれを見てバザーは布石に笑った。レメディオスは、これこそはカルカ様の言っていた自分の出番だと理解し、それを予期していたことに感謝する。
「いくぞ!おらあああああああああ!!」
バザーが決死の覚悟で突進を開始し、防衛戦を突破しようとした。
───その時
その姿が消えた。いや、それを見たレメディオスは気づく。それはかつての自分の姿だ。模擬戦で卑怯にも計られたアレである。
「あれは……あれは私にやった……」
「ひ、卑怯だぞぉぉぉぉぉ」
自分がはまった罠にまんまと敵がはまっている。穴の中からのくぐもった声はかつての自分が叫んでいたもの。
「スイッチオン!」
「ちょっ……やめっ……」
レメディオスが止める間もなく、起爆スイッチが押されそこには大爆発による火柱が遥か上空まで噴き上がった。
「C4爆薬による爆破トラップ。これで終わり」
声の出所を見ると壁の上にはあの銃火器を売りつけたメイドであるシズがいた。
そして振り返り視線を目の前に戻すと亜人の姿はすでに一匹もいない。聖騎士が誰一人として戦うことなく戦いは終わってしまったのだ。そう、敵の王との一騎打ちと言う出番さえ奪われて。
そこに一つの絶叫が響き渡った。
「こ、こんなもの認めるかああああああああああああ!!」
♦
「この度はご協力いただきありがとうございました」
「見事なものですね。この銃と言う魔道具は……」
シズは聖王国の女王カルカに招かれ、王城へと赴いていた。感謝とともに女王であるカルカと側近ケラルトが称賛を送る。
「んっ」
シズは自信満々に頷く。その様子は小さな子供が背伸びをしているようで微笑ましく、カルカとケラルトはつい笑顔になってしまうのだが、一人そうでない人物がいた。
「うぐぐ……しかし、カルカ様。よろしいのですか!あのような卑怯な戦い方!聖騎士の名が廃ります!」
レメディオスである。
「あなたの言うことも分かるわ。でもこの国の国民を守るためにはやれることは何でもやらないと。それにもしあの攻撃でも敵が倒れなかったらその時こそあなたの出番だったのですよ?」
「ですがカルカ様……」
言い争う二人をそよにシズはカツカツとその周囲を回るように歩く。そしてカルカを見つめた。
「さて……私の商品の力は見てもらった……次は商談」
「商談……ですか?」
カルカは訝しむ。すでに商品である武器は買い取っている。これ以上何を買うと言うのだろうか。
シズはくるりと背を向けると振り向きざまにレメディオスを指さして帽子の影から睨みつける。
「私か?っていうか何で今わざわざ背を向けた?」
オーバーリアクションを訝しむレメディオスであるが、その指さしている者が自分ではなく、持っている聖剣であることに気づく。
「聖剣サファルリシアをいただきます」
「断る!」
レメディオスはかつてルプー魔道具店で返事をしたのと同じように拒絶する。そして少しだけ知恵を働かせる。そう、今とあの時では状況が違うのだ。
「ふふん!馬鹿め!お前の扱う商品はもう我が国が買い取っていると聞いているぞ!お前はもうこの剣と交換するようなものはない!」
勝ち誇ったようにレメディオスがドヤ顔をするが、シズは淡々とカツカツと音を鳴らしながらその周囲を歩き続ける。
「あの魔道具は弾薬なしには使えない。だから弾薬を買う必要がある」
「何……?」
そう、シズの売った商品はすべてそれ単体では使えない道具ばかりなのだ。今回の戦闘で弾薬はほぼ使い切っており補給が絶対に必要である。そしてそのための弾薬を買えるのはシズの店だけなのだ。
「お代は……その聖剣で……」
「断る!」
「だったら弾薬は卸さない」
「ぐぅ……」
これがシズが最初から抱いていたシナリオだ。ガンナー等の職業は非常のコストパフォーマンスが悪いのだ。剣や槍などを持つ他の職業と比べて消耗品を多量に使う金食い虫なのである。その代わり自身のステータスを遥かに超える威力を発揮することもできるというメリットもある。
力の弱い聖王国の人間たちにはうってつけの商品であるが、弾薬がなければそれらはただの鉄くずに過ぎなくなってしまう。他に入手手段がない以上、彼女たちはガンショップ・シズを利用する以外選択はないのだ。
「はぁ……私たちの負けね。レメディオス、ここは剣を渡して……」
シズの言っていることが理解できたカルカは諦めたように息を吐く。ケラルトも納得したように頷いているが、認めない人間がこの場にただ一人。
「いけませんカルカ様!この聖剣を渡すなど……そ、そうだ!あの時ルプーとかいう商人が言っていたな!決闘だ!この聖剣が欲しくば私に勝って見せるがいい!」
記憶の片隅に残っていた勝負の申し出を思い出しレメディオスは剣を抜いて構える。絶対に渡す気はないという意志とともに。
「分かった……。じゃああなたたち3人が相手ということで」
「望むところだ!ケラルト、支援魔法をくれ!」
「え!?いや私はともかくカルカ様も!?っていうか巻き込まないでよ!!」
「え!?え!?私も!?」
「ふふふっ……いい
それまで無表情だったシズが歩みを止めて、軍帽の位置を直すとニコリと笑う。
「ご安心ください、カルカ様!この間合い!罠もないこの状況で我々が負けるはずが……」
そしてレメディオスは言い切る前に足元に何かが転がっているのに気が付く。あの演習の時に放たれたもの、いやシズが使用したそれはそれ以上の効果のものだ。
鳴り響く爆音と閃光、それを浴びてレメディオス、ケラルト、カルカの3人は昏倒する。
「任務完了。それではお代をいただきます」
そしてシズは長期にわたった任務の完了を宣言するのだった。
♦
───数時間後
謁見の間へ案内したシズのみが戻ってきてから他の誰も出てこないことを心配したグスターボは扉の前に立っていた。
「カルカ様?レメディオス団長?」
ノックをして声をかけても返事がない。非常に嫌な予感がして扉の中へと足を踏み入れる。そして周りを見渡すとテーブルの影から投げ出されている素足があり、慌てて駆け寄るとそこには下着姿の3人の女性たちが折り重なって倒れていた。
まさか自らの仕える王と団長たちとは信じられないグスターボ。しかしそこには3人が重なるように寝転がっており、体を触れ合わせたまま寝息を立てている。
(な、なにをしていたらこのようなことに……)
「んんっ……」
カルカの口から声が漏れ、思わずその艶やかな唇、そしてその下で顕わになっている肢体を見つめてしまう。それも3人分。
グスターボはごくりと喉を鳴らす。これは声をかけるべきなのか、見て見ぬふりをするべきなのか。己の中の常識と葛藤しながらも忠誠心により安全を確かめるのが優先と判断し、3人の体に触れ声をかけた。
「陛下!団長!ケラルト様!大丈夫ですか!?」
ゆさゆさと揺らすと3人のその豊満な肉体も揺れてグスターボの煩悩を刺激するが唇をかんで耐え忍ぶ。そして、しばらくすると3人が目を覚ました。
「よかった、無事なんですね。いったい何があったのですか?」
3人はグルターボを、そして自分たちの姿を見つめる。そしてしばらくすると事態を把握したのか顔を真っ赤にし、涙を目に貯めるとグスターボに平手打ちを叩きこみ、王城の天守閣に黄色い悲鳴が響き渡るのだった。
♦
「っというわけこの聖剣サファルリシアは手に入ったっすよ」
「へー」
バハルス帝国ルプー魔道具店。そこでルプーは自慢げに右手に持った聖剣をツアレに見せつけている。実際は剣以外にもカルカ、レメディオス、ケラルトの3人からすべて奪い取ったのだがPKギルドたるアインズ・ウール・ゴウンの守護者にPVPを申し込んだのだから自業自得だ。同情の余地はない。
左手にはカルカから奪った王冠をくるくると回していた。これは
(ルプー様が楽しそう。よかったなぁ……)
よっぽど嬉しいのか今朝からずっとこの調子だ。話を聞くに聖王国を襲う亜人の討伐はルプーの妹の活躍により問題なく処理できているようで安心した。お店のほうが現地で雇った従業員に任せてきたようである。
やはり女神様だとツアレは思う。その女神様が必要とした聖剣であればきっと聖王国にあるより女神様の手に合ったほうがよほど世の役に立つのだろう。
そうして久しぶりのルプーとのおしゃべりと楽しんでいると店先に小さなお客さまが現れた。背伸びをしてカウンターから顔を出しているのは可愛らしい女の子だ。年齢は9歳から10歳くらいだろうか。非常に可愛らしい顔立ちをしており、潤んだ目でツアレを見つめて来る。
その後ろに立っている壮年の男性は保護者だろうか。そしてその可愛らしい少女はツアレに向かってどこかで聞いたようなセリフを放った。
「一番いいのを頼むのだ」
幼女とは思えない大人ぶった言い回しにツアレとルプーは顔を見合わせる。
「語尾ぃ!」
叫び声とともにスパーンという音がした。
慌てて振り向いたが、そこにいたのは涙目で頭を押さえて後ろを見上げている幼女。そしてなぜか先ほどのセリフを言いなおすのだった。
「おねえちゃん、一番いいのが欲しいのですぅ……」
少し更新止まります。