いつもたくさんのコメントをいただき、ありがとうございます。
ほんとうに皆様のコメントが、とっても嬉しく、かつありがたく拝読させていただいています。
議論というものは、すくなくともこのブログのコメント欄が、国政や地方自治、あるいは組織内の意思決定の場でなく、自由な意見交換の場であるという趣旨からすると、互いに互譲の精神を持ち、相手を尊敬する姿勢、ならびに互いに学びあうという姿勢が肝要であると存じます。
私は、相手に対する尊敬の念を持たず、互譲の精神も、相手から学ぼうとする姿勢も持ち合わせない議論は、単なる空論でしかなく、簡単に言ってしまえば、単なる揶揄、いいがかりに他ならないものであると断じます。
ましてや、自分で質問を発したものについて、それぞれお忙しい皆様が、時間を割いて丁寧にご回答くださった者に対し、見下したような論調で応対するならば、それは他のコメントされる皆様、あるいは、それをお読みになる皆様にとって、非常に不愉快極まりないものとなります。
従いまして、謙譲・互譲・感謝、そして学ぶという姿勢のない連続投稿、粘着投稿に類する投稿をされた方については、以後のコメント書き込みを、管理人である私の判断で投稿の禁止措置をとらせていただきますので、あしからずご了承ください。
しかし、自衛権については規定はなく、否定はされていない。
9条の条文は「侵略戦争」を禁じるものであって自衛戦争を禁じるものではない。
それは最高裁でも認められている。
野党の憲法改正反対は何に反対するのか目的がわからない。
「自衛戦争」も否定するのか。
面白い解釈があった。
イタリアに倣えば憲法を改正しなくても自衛隊を自衛軍に出来るというものだ。そのための法律さえできれば良いという。
自衛のための戦争を合法化する特例法をつくり、自衛隊を軍にするとよい。
これなら憲法改正も国民投票も不要になる。
憲法に違反している外国人への生活保護費支給を厚生省の通達を根拠にしているのだから前例がないわけではない。
国会で一度取り上げていただきたいものだ。
> のが、西郷隆盛でした。
岩倉使節団外遊中の留守政府で「朝鮮出兵」を主張したのは板垣退助です。それを宥める形で、軍隊抜きに自分が直接交渉に行くと言い出したのが西郷でした。
「征韓論」自体は対馬藩に代わって外交を担当することになった外務省の中で佐田白茅らが数年前から唱えていたもので、明治6年5月になって大日本公館(旧草梁倭館)への物資搬入を朝鮮側が制限すると、6月の閣議に外務少輔・上野景範が朝鮮撤退か、武力行使かの裁断を求める議案を提出します。
板垣は征韓論に同調、西郷は遣韓大使を主張し、5月に欧州から早期帰国していた大久保は東京には寄り付かずに岩倉らの帰国を待ち、かつて征韓論を支持していた木戸は7月に帰国すると出兵反対の立場を取りました。
以降はわりと有名なので割愛。