こんにちは!今日は駅伝で青学が快調な滑り出し!
さっき一位になったとき
ぞくっとしたので、ついついこの前の青学の学食トーク書きますよ。
インターンの子と一緒にご飯たべました、もちろん青学生。
青学の見ものは、
入ってすぐの街路樹たち。
街ではないから
街路樹とは言えないけど
大学校舎までの道筋を囲うようにそびえたちます。
本当の尾崎ファンなら
成人し大人になり
帰ってきてからの尾崎を迎え入れたはず
Miuはどの曲もききましたが
今になって、帰国後、21歳以降の尾崎の曲が
社会人となり
作家として東京で生きているとき
世に何かを出していくパワーがいるとき
心に情熱を与えてくれます。
なぜか情景描写を歌詞に変えていく21歳以降の尾崎
苦しい、悲しい、空しい
簡単に形容詞で表さない尾崎の心情を
情景だけで感じていく
青山学院高校も相当な偏差値がないと入れません。
埼玉から受験した尾崎豊
この学校を見学にいったときのことを、自叙伝に書いています。
「私服の生徒たちがわーーっと授業の鐘の後に出て行った。
なんの屈託もなく。自由な校風に心奪われた」
埼玉から東京練馬の中学に通っていた尾崎
当然荒れていた中学では、先生との攻防戦があった
不良や半グレもいた環境の中で
尾崎は逃れたいと思うことが多かった
そんなときに見つけた
スタイリッシュな青学の生徒たち
もしかすると、ここで尾崎は新しい自分を作りたかったのかもしれない。
渋谷という、東京の流行発信地であり
誰でも受け入れる感度の高さが
尾崎を磨いてくれると思ったのかもしれない
まったくの自由
そんなものは、この世のどこにもない
それだけがわかった21歳の尾崎
生きるために寝て過ごすなら自由だけど
餓死してしまうのみ
別々の答えが同じに見えただけ
過ちも正しさも
裁かれる
青学の大きなツリー
クリスマスはクリスマスツリーになります。
高校ではこの曲のように
讃美歌が流れます。ハレルヤなどが。
この曲の構成から、街路樹は
青学の中の木々を唄ったのではないかと感じました。
街角の紙屑の上
イエスとノー重ねた
足音に降り注ぐ心模様
捕まえて街路樹たちの歌を
最後まで愛ささやいている
壁の上 二人影並べて
行き交う大学の構内の人並みを
帰国した尾崎が母校を見ながら
感じた言葉のように見えた
散文のような情景の歌詞に
母校を感じるのは、Miuもたまに母校へ赴くときがあるから。
厳しい先生が多かったし男尊女卑もひどかった。
まさかお前が早稲田の第一文学部なんか
いけるわけないだろう!お前の成績は底辺!早稲田は天井、いやもっと雲の上!
隣の九女短大でも受けとけばいい!
合格できるだろうから!
と三者面談で笑いながら学年主任の担任が言った。
英語の教師だった。
Miuはそれを聞いたとき、
「やったろうやないか!これから先、一日13時間勉強する!」
鉛筆10本を用意し、それがすべて手で持てないくらいの短さになるまで
書いて書いて覚える!と
高校3年の夏からは独学で勉強しつづけました。塾なんかには行かなくていい。
人と同じ知識でいたら、到底あんな学校には合格しない!
そんな確信がありました。毎日赤本で、早稲田の問題の出し方傾向を調べました。
ママンはその先生の話を聞いたとき
がっかりしていました。
それはMiuの落ちこぼれさにがっかりしてるんだと思ったけど
そうではなく
こんな程度しか教育者が言えないのかと、濟々黌にがっかりしたそうです。
ママンは濟々黌の出身ではないので、この異様な男尊女卑体質が嫌でした。
入学式では「女はいらん!」と発言したPTA会長。半数以上の男教師もそうでした。
ママンがその話をいつも思い出しては話すので、よほど頭にきたんでしょう。
いつもこの高校が自分を鍛えてきた壁だったことは、
ある意味自身の糧でもあります。
卒業した同窓会でも、いまだに批判してくる男どもがいます。
それにレディースのように絡みつく女の輩まで。
この教師らと同じ目線でしかものを見れない、年寄りなのでしょう。
しかし、今や賢い女性が増え、濟々黌も半数以上女性の学校になりました。
もう、今そんな教育をすれば、問題になります。
一番痛快だったのは
Miuが合格したと卒業式の次の日に、この担任に報告に行ったとき。
「へ?」
と半分笑ったような驚いた顔
そのとき
この教師が、自分にはとても小さく見えました。
なんで頭を下げていたんだろう、こんな人に。
特におめでとうも言われず、へー、だけ。
「偶然だろ」
のような言葉を吐いていました。
こんな教師の下で生徒でいたことからの卒業。
言うことを聞いて短大に行けば、Miuの人生は
つまらない小さな器の人間のレベルだったでしょう。
生徒の才能ひとつ見抜けずに
成功すれば「偶然だろ」でした。
その後、国立大から複数の合格通知が来たけれど
もう学校に報告はしませんでした。
どうせ国立なら新聞に載ってたでしょうし。
卒業後、担任には二度と会っていません。
国立の合格通知が来ても
当然
早稲田を選びました。
ママンは近所の熊本大にーーーと願いましたが
それも断り、自分の目指す道を選びました。
少しも後悔がないように
決めた道があるなら、それに努力し、結果を出すこと。
夢を叶える人に 努力しなかった日はない。
あきらめる心もない。
その意欲だけが、あなたを強くする。
だれかの支援や応援だけじゃ、あなた自身が強くはならない。
だから、自分には誰か大物がついてるだの、誰かの威を借るキツネでいたら
あなた自身の力になりません。
自分一人の力で乗り越えなければ、何も自分のものにならないから。
どんな時も、苦しみや遠い夢が
自分を強くし、輝かせる。
この大学に入ったことが
今もMiuの礎であるから、自信がある。
文章を試される小論文で勝ち抜いた、受験者何十万人の中の840人に入ったことが。
そして作家になる夢も、この先に続いていく。
学歴は偏差値や学校名じゃないです。
行きたいと恋した学校への入学と卒業が
あなたの最高の学歴になります。
Miuは英語国語と小論文で認められた早稲田の文学士が
人生の大きな自信になっています。
時折、母校に行きます。
今の濟々黌の女子たちが、元気にこの学校でやっているだろうか、と。
尾崎も学校の先生に反発していました。
だけど中退してしまったことは、きっと心残りだったんだと思います。
自分の今の立場と遠い存在を
確かめにいった日があったんじゃないだろうか