グーグルのFitbit買収は、ウェアラブルを制する野望の大きな一歩になる

グーグルがウェアラブル端末大手のFitbitを買収することで合意した。これによって「Apple Watch」が実質的に独占する市場に一石を投じるだけでなく、人々の生活の隅々にまでGoogleのサーヴィスを浸透させる「アンビエントコンピューティング」を実現させるという野望が現実味を帯びてくる。

Fitbit

OLLY CURTIS/T3 MAGAZINE/FUTURE/GETTY IMAGES

グーグルはフィットネストラッカーなどのウェアラブル機器を手がけるフィットビットを、21億ドル(約2,272億円)で買収することに合意したと発表した。噂がたってからちょうど1週間が経った11月1日(米国時間)のことだ。広告分野の巨大企業にとっては、ハードウェア事業を大幅に拡大していくという意思表示になる。

しかし、たとえフィットビットを買収したところで、グーグルは当面は「Apple Watch」が独占しているウェアラブル市場で苦戦を強いられるだろう。いつでもどこでもサーヴィスを受けられるようにするというグーグルの明確なヴィジョンを実現したいのであれば、ウェアラブル市場での存在感をさらに高めていく必要がある。「Fitbit」のユーザー2,800万人が生み出す大量のヘルスケアデータを手に入れるにこしたことはない。

グーグルのデヴァイス部門担当シニアヴァイスプレジデントのリック・オスターローは、買収発表時の声明で次のように述べている。「フィットビットの専門家チームと緊密に連携し、最高水準の人工知能、ソフトウェアおよびハードウェアを統合することによってウェアラブル製品の革新に拍車をかけ、世界中のもっと多くの人々に恩恵をもたらす製品をつくり出すことができるだろう」

アンビエントコンピューティングという未来

グーグルのスマートウォッチ市場での存在感は、現時点ではアップルに続く“第2集団”の製品に搭載されている「Wear OS」にとどまっている。グーグルが今年初めに詳細が不明のスマートウォッチ関連技術を4,000万ドルで買収したフォッシルもそのひとつだ。

これはグーグルのパターンとも言えるもので、2018年には11億ドルでHTCのスマートフォンチームの大部分を買収し、独自のスマートフォン「Pixel」を開発している。既存の企業に投資することによって、社内で最初から開発するよりずっとスピーディーに遅れを取り戻すことができるのだ。

Apple Watchの競合製品を発表することができれば、「アンビエントコンピューティング」を目指すというグーグルのヴィジョンに華を添えることになるだろう。アンビエントコンピューティングとは、例えばウェブ検索しなければならないときなどに、いつでもグーグルのサーヴィスを使える状態にしておくというものである。

10月に開かれたグーグルのハードウェア製品のイヴェントでオスターローは、「必要ないとき、グーグルの技術はただ背景に溶け込みます。このシステムの中心にあるのはデヴァイスではなく、あなたこそが中心なのです」と説明している。人々が同社のサービスに常に取り囲まれている未来をグーグルが思い描いているのだとすれば、人々の腕に装着できるコンピューターの開発によって、その夢の実現に一歩近づくことができる。

アップルの後塵を拝してきたグーグル

しかし、そのような未来の到来は確実というにはほど遠い。グーグルがウェアラブル機器の分野にさらに攻め込んでいくには、ハードウェア、ソフトウェアともに大量の課題が残されている。14年にアップルのティム・クックが最初のApple Watchを発表する前、グーグルは「Android Wear」を搭載した初のスマートウォッチを発表していたが、以後はアップルの二番手に甘んじてきた。

例えばアップルの「watchOS」と比較した場合、グーグルのWear OSには見直すべき点が多数残されていた。独自のチップまで製造するアップルとは異なり、グーグルは依然として見劣りのするクアルコム製チップに頼らざるを得ない状態にある。それに調査会社Canalysのデータによると、アップルはすでに北米のウェアラブル市場の約38パーセントを手にしている。

ウェアラブル機器についてはさておき、フィットビットが蓄積する豊富なフットネスデータは、グーグルがヘルスケア市場で競っていくうえで追い風になる可能性がある。グーグルの親会社アルファベット傘下の人工知能(AI)開発企業のDeepMind(ディープマインド)は、Aiを使って急性腎障害を検知するプロジェクトや糖尿病患者の失明を予防するプロジェクトなど、数々のヘルスケア事業に投資してきた。アルファベットはこのほか、PTSDなどの障害の研究実績がある生命科学企業ヴェリリーも傘下に置いている。

規制当局の判断はどうなるか

フィットビットはプレスリリースで、「今後も引き続きユーザーが自身のデータを管理できるようにし、当社が収集したデータと収集した経緯に関しては透明性を保ちます。個人情報を売ることは決してありませんし、当社の保有するヘルスケアデータがグーグルの広告に使用されることはありません」と明言している。

しかし、これがフィットビットの情報がグーグルのヘルスケア事業の“立入禁止区域”であることを指しているのかどうかは確かではない。グーグルはフィットビットのデータをヘルスケアの事業戦略に利用するつもりなのかという問いに対して、回答していない。

グーグルのフィットビット買収は、このほか独占禁止法に絡んで欧米の規制当局の関心を引く可能性がある。すでにグーグルの市場独占率、とりわけ検索およびオンライン広告市場について詳しい調査を実施中だ。

『ワシントン・ポスト』によると、グーグルはフィットビット買収案を最終決定するには、規制当局の承認を得る必要がある可能性が高いことを明らかにしている。規制当局によって買収が中止された場合、グーグルはフィットビットに2億5000万ドルを支払うことで合意している。

買収が実行されるとなれば、フィットビットはグーグルにウェアラブル技術を譲渡するにとどまらない。よかれ悪かれ、グーグルがあなたの生活に欠かせないものになる可能性に道をひらくことになるのだ。

※『WIRED』によるグーグルの関連記事はこちらFitbitの関連記事はこちら

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“宇宙生まれ”のベビーが誕生する日は訪れるのか? 微小重力下での生殖に関する研究が進行中

月や火星への有人飛行に向けた取り組みが進められるなか、宇宙空間での人間の生殖を想定した研究が小さな一歩を踏み出した。微小重力下での精子への影響を調べる実験をスペインの研究チームが実施し、論文を発表しようとしているのだ。NASAも同様の研究を進めているが、実験を伴う研究には科学的にも倫理的にも多くの課題が残されている。

TEXT BY DANIEL OBERHAUS

WIRED(US)

Sperm

THOMAS FREDBERG/GETTY IMAGES

パイロットのダニエル・ゴンサレスは今年2月、バルセロナ郊外のサバデイ空港でアクロバット飛行を行うための小型単発プロペラ機に乗り込み、エンジンを始動させた。そして離陸すると約6秒かけて急上昇し、垂直降下を始めた。

飛行機の急降下によってコックピットには微小重力環境が生まれ、まるで宇宙飛行士になったような気分をゴンサレスは数秒ほど味わった。そして操縦かんを引いて機首を上げて急降下から脱し、そしてまた同じ飛行パターンを繰り返す──。

この種の飛行は、ゴンサレスのような経験豊富なアクロバット飛行パイロットにとって特に並外れたものではない。しかし、飛行機の積荷は少し変わっていた。助手席には人間の凍結精子が入った保存チューブを詰めた小さな箱が置かれていたのだ。

無重力の精子への影響を調べる意味

今回の飛行はスペインの研究グループによって実施されたもので、人間の生殖に及ぼす微小重力の影響を理解するのが狙いだった。1年にわたる研究の3回目で最後の飛行となる。

論文の査読が進められている今回の研究は、凍結精子への無重力環境での影響に関して初めて発表された実験結果となり、後世に大きな影響を与えるものだ。精子が微小重力環境に置かれたのは9秒未満などの限られた条件下での研究だが、重力の低下が凍結精子の健康状態にごくわずかな影響を与えることを示唆している。

カタルーニャ工科大学のエンジニアで同研究論文の共著者であるアントニ・ペレス=ポッチは、「わたしたちは宇宙での人間の生殖に関する学問の最前線にいます」と語る。

無重力状態における精子に関して実験を初めて実施したのは、ペレス=ポッチの研究チームではない。米航空宇宙局(NASA)が昨年、凍結した人間の精子を国際宇宙ステーション(ISS)に送っているが、NASAはその結果を一切公表していない。こうしたプロジェクトはすべて、人間の入植者、特に宇宙生まれの人間の赤ちゃんがどのように地球外で生存していけるのかを確認しようとする、初期段階の取り組みの一環となる。

ペレス=ポッチによると、研究チームはさらに長時間の飛行の回数を増やす予定で、解凍した精子で実験を行うことも検討している。受精させるには精子サンプルを温かい状態に保つ必要があるが、手始めに簡単に実験する方法として凍結サンプルを利用したという。

NASAは、ISSへ送った精子を解凍してから地球に送り返すことも計画している。微小重力は、宇宙空間での人間の生殖にまつわる懸念のひとつにすぎない。高放射線も考慮すべきだろう。それに卵子や最終的には胚に対する影響も精査する必要もある。

避けられぬ倫理的な議論

人間の胚の扱いには倫理的な課題が多く、宇宙空間での受胎に関する長期的な研究目標は多くの複雑な問題を抱えている。だが、宇宙での人間の生殖という考えはひとり歩きを始めている。少なくともひとつの会社が、地球低軌道で体外受精を行う選択肢をカップルに提供する取り組みをすでに始めている(高額な体外受精では不十分なようだ)。

昨年にはSpaceLifeという企業が、凍結した精子と卵子を衛星に保管し、宇宙胚培養器を開発する意向を発表している。しかし、同社は7月になって「深刻な倫理的、安全性、医療上の懸念」を理由に業務を停止した。

宇宙環境が人間の生殖にどのように影響するかについては、ほとんどわかっていない。それを考えると、業務停止はおそらく最善の決断だったのだろう。しかし、いつか赤ちゃんはコウノトリではなく、宇宙船が運んでくる時代がやってくるかもしれない。

※『WIRED』による宇宙関連の記事はこちら

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