目に見えないけど、そこらじゅうに充満しているもの。
ダークマターの有力候補とされているアクシオン(axion)らしき挙動を再現した実験が注目を浴びています。アクシオンそのものを確認したわけではありません、念のため。だってアクシオンは人間の目には見えないのですから。
宇宙の95%は正体不明
宇宙の進化をつかさどる謎の物質、「ダークマター(暗黒物質)」。「ダーク」ゆえに負のイメージがつきまといますが、べつに悪さをするわけじゃなく、電磁波を一切出さない性質ゆえに人間が影響を受けることも、直接観測することもできないという意味が込められています。
原子で構成されている「ふつうの」物質が宇宙に占める割合はたったの5%。残りの95%は正体不明の物質「ダークマター」と、同じく正体不明のエネルギー「ダークエネルギー」で構成されています。
三者の比率は常に変動しているものの、ESA(欧州宇宙機関)のプランク衛星が明らかにした最新データ(右)によればダークマターは全宇宙に占める割合は26.8%。こんなに豊富にあるのに、じつはダークマターを構成する素粒子さえもまだ特定できていないんです。
アクシオンって?
ぶっちゃけ、ダークマターは理論上「あるはずだ」と言われ続けてきたものの、いまだ観測に成功した科学者はいません。
ダークマターの素粒子の候補としてはニュートラリーノやアクシオンが挙げられています。アクシオンは、もともとダークマターとは直接関係のない素粒子物理学の矛盾を解くために構想された、これまた理論上の素粒子です。
その矛盾とは、「強い相互作用のCP問題」。
学校でむか~し習ったとおり、原子は陽子と中性子(重粒子と呼ばれる)から成り立っていますよね。それらはさらに小さい「クォーク」と「反クォーク」と呼ばれる基本粒子が様組み合わさってできています。クォークレベルでも、重粒子レベルでも、素粒子にかかる物理の法則は同じ。その法則のひとつにCP対称性があります。
CP対称性は、質量は同じだけど電荷(Charge)と運動の方向(Parity)が真逆な素粒子があった場合、このふたつが入れ替わっても物理の法則は同じように作用するよ、というルール。ところが、素粒子物理学のなかでも原子の核を束ねている「強い力(核力とも)」を説明する量子色力学(QCD)の基礎方程式には、CP対称性が保たれない項が含まれています。
ならば、理論上は強い力の相互作用においてはCP対称性が保たれないはず。ところが、実験をしてみるとCP対称性は見事保たれてしまうため、理論と実験が矛盾してしまうのが「強い相互作用のCP問題」です(東大大学院理学系研究科のウェブサイトにわかりやすい説明があります)。
理論と実験が合わないなら、理論になにか問題があるはず。そう考えたRoberto Peccei氏とHelen Quinn氏は、1977年に新しい仕組みを提案して、見事この矛盾を解くことに成功しました。同時に、その新しい仕組みが予言したのが、アクシオンという新たな理論上の素粒子でした。
アクシオンはほとんど質量を持たず、ふつうの物質とほとんど関わりを持たず、今のところ未発見だけど宇宙にはたくさん存在しているはず。これってダークマターと同じ特徴じゃない? こう考えた科学者も当然多く、ダークマターを構成する素粒子の有力候補に挙げられているわけです。
理論上のモデルのモデル
アクシオンも、ダークマターも、今のところ発見されていません。けれども最近になって、アクシオンっぽい動きを別の粒子で再現することに成功したとドイツ・アメリカ・中国の科学者たちが『Nature』誌に発表しました。
「ワイル半金属」と呼ばれる結晶を使うと、高電場・高磁場の環境におかれた「ワイル粒子」が理論上の存在であるアクシオンの粒子のような動きを見せることを発見したそうです。
「数学的なコンセプトに過ぎないアクシオンが自然界でも作動し、存在しうることがわかった」と筆頭著者、マックス・プランク固体化学物理学研究所のJohannes Goothさんは米Gizmodoに説明してくれました。
ワイル半金属とは?
ワイル半金属とは格子のような結晶構造を持つふしぎな物質で、電子があたかも質量を持たないかのように物質中を移動するワイル粒子を内包しています。たとえるならば、海はひとつの大きな水のかたまりだけど、その水面に立つ波ひとつひとつを単一の「粒子」としてとらえるようなものでしょうか。
この波のような粒子が重なって格子状になったところに高電場・高磁場の環境をつくると、波のような粒子の上を電荷の波が伝っていく様子が観測されました。これが、アクシオンの挙動と似ているというのです。
もちろん、アクシオンらしき動きを観測しただけであって、アクシオンそのものを発見したわけではありません。でも、もともと目に見えないアクシオンの理論上の動きを可視化できた事実だけでも大きな成果。この動きを細かく分析することで、宇宙空間でアクシオンがどのような動きをするのかをより知り得ると期待されています。
理解の限界にチャレンジ
ビッグ・バン、ブラックホールなど、理論で提唱された現象を実際目の当たりにするのは無理ですし、理論だけではなかなか理解が深まりません。アクシオンもこの部類に含まれます。
だからこそ、精密にコントロールされたラボ内でこれらの現象を少しでも再現できたなら、より具体的に理解を進めることができるし、なにか新しい発見につながるかもしれません。
ダークマターが発見されて87年が経った今、いまだに謎は深まるばかり。ダークマターの正体が暴かれる日はいつ来るのでしょうか。
Reference: ESA, 東京大学 大学院理学系研究科, Nature