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| ★4 | 真実(2019/日=仏) | カトリーヌ・ドヌーヴ、ジュリエット・ビノシュ、イーサン・ホークはさすがに横綱大関の取り口。この難易度の役柄を御するのは造作もないとばかりの綽々芝居で、観客にもリラクゼーション効果が波及する。劇中劇でドヌーヴの向こうを張る「大器」役をどうにか全うしたマノン・クラヴェルが敢闘賞を受賞。 [review] | [投票(1)] |
| ★3 | アド・アストラ(2019/米) | 冒頭、巨大アンテナ崩落のスペクタクルに大いに目を瞠る。推測の域を出るものではまったくないが、ディジタル描画班を下請け的に扱って丸投げしていては、このような画面造型は決して生まれないのではないか。確かな演出の意思が漲っている。無重力空間に漂う死体の姿勢にも何やらこだわりがありそうだ。 [review] | [投票(1)] |
| ★4 | 火口のふたり(2019/日) | 柄本佑は飄々とした振舞いの内に暴力や自壊の危うさを漂わせて適材。堂々とした瀧内公美も佳い。堂々とは、脱衣を含む演じぶりが、という以前に骨格が、である。やはり(役柄に依存し、撮り方にも大きく左右されるのは当然にせよ)画面に君臨すべき主演女優にはある程度以上のサイズが伴っていてほしい。 [review] | [投票(2)] |
| ★4 | アス(2019/米) | 都市伝説の真顔語り。あるいは法螺ホラー。『ゲット・アウト』より『イット・フォローズ』の次作と云ったほうが得心の捗りそうな味わいは、当然ながらマイケル・ジオラキス撮影の醒めた文体に拠るところが大きい。物語は畢竟、原題の意味するものが「私たち」から「合衆国」へ移行する過程、それである。 [review] | [投票] |
| ★4 | SHADOW/影武者(2018/中国) | 血滴子にソニック・ザ・ヘッジホッグ的解釈を施したがごときメタル傘の集団滑走など、色彩・美術・プロップは高度にファンタジーを達成する一方、生々しい感情の劇としても面目を保って堅調の作だ。「女の戦闘力が当然に男より劣るとする道理はない」という中華電影の伝統的世界観にも正しく拠って立つ。 | [投票(1)] |
| ★3 | 誰もがそれを知っている(2018/スペイン=仏=伊) | 故国を離れていよいよ露わなアスガー・ファルハディ最大の作家性、それすなわち「別嬪揃え」である。役の大小と老若を問わず、女性(にょしょう)とあらば美形を配さねば合点しない。一方の男衆は概ね髭達磨。ファルハディ作劇の基礎が男女の布置按配にあるならば、それは別嬪と鬚髯の力学と換言できる。 | [投票(2)] |
| ★3 | ブラック・クランズマン(2018/米) | バディ・ムーヴィとしては粗末である。ジョン・デヴィッド・ワシントンは発端こそ作るものの潜入捜査における貢献が過小だ。またアダム・ドライバーが相対的に優秀に過ぎ、彼が電話対応を兼務しない道理がない。白人の差別主義者を虚仮にするのは当然だが、黒人主人公をも頓着なく侮った演出は不穏当だ。 | [投票] |
| ★3 | デイアンドナイト(2019/日) | 前作『青の帰り道』および次作『新聞記者』も併せて見るに、藤井道人はどうも「遺品」を好みすぎる。危うい性向だ。半径五米以遠を描こうとするや途端に浮ついてメルヒェンに片足突っ込むのも習い性か。総じて紋切型の不用意な運用に難が多いが、油塗れの組んず解れつ演出は場の選定も含めて意気軒昂だ。 | [投票] |
| ★4 | 僕はイエス様が嫌い(2019/日) | 子役遣いは米仏の水準に迫り、フィクス主体のコンティニュイティにも好感する。さて、とまれ「カミ」の映画である。これというのは、観客一〇〇人が一〇〇人「神」の映画であることを易々と諒解しうるよう誂えられた『僕はイエス様が嫌い』は、それと同時に「紙」の映画としても企まれている、の謂いだ。 [review] | [投票(2)] |
| ★3 | ハウス・ジャック・ビルト(2018/デンマーク=仏=独=スウェーデン) | Jack第一の殺人の凶器がjackであるなど地口的な発想がハートウォーミングだ。「家」やら「地獄」やら、抽象観念を具体描写に変換する術に芸を凝らすことなく最短距離を突っ切りたがる猪突感も可笑しい。ラース・フォン・トリアーには確かに才能がある。ただしそれは四齣漫画作家に最も適した才能だろう。 | [投票(1)] |