■『幻想』 黒い海、混沌色の空。 山羊頭の大群が、ある果実を追い求めてこの地にやってきていた。 海の中心には、小さな果実が一つ。その果実は黄金色に輝き、何かを待ち続けるかのように脈動していた。 ……黄金色に輝く果実を、無数の山羊頭が取り囲む。 山羊達は黄金の果実を奪い合い、果実を得たものは待ちわびたとばかりに高揚し、齧り、嘗め回す。 しかし果実は傷一つつかず、果実を食らおうとした山羊が落胆し、放心している間に掠め取られ、 また次の山羊が果実を喰らい始める。 時折一部の山羊は牙を青く煌めかせ、その牙で果実を食らおうとした。 ……だが、果実から放たれた赤、あるいは黄金色の波動によって青い牙を持つ個体は例外なく弾き飛ばされていた。 海は、古代ローマの闘技場を思わせるような古びた壁にぐるりと囲まれていた。 その壁は、果実を決して逃さぬという強い意志の表れだった。 だが、山羊達は壁を自由に出入りできるようで、 果実を手に取った後の多くの山羊達は怒り、あるいは落胆し、果実を諦めこの壁の外へと向かった。 そのような山羊達は、例外なく、黄金色の言葉で皆同じ言葉を呟いていた。 「《反推理結界055。……このゲームに、解答はない。》」 山羊達による果実の奪い合いは数年たっても続いていたが、山羊の群れは数万、数千と減少し続け、 やがてそれは数百、数十と少なくなっていく。 嘘か真か、その果実の中身を味わったと表明する山羊も少なからずいたが、大多数の山羊は半信半疑であった。 最終的にこの海は、幾数名の山羊達がぽつりぽつりと現れてはまた消える、寂れた場所と化していた。 しかしこの海に留まり黙々と果実を貪ろうとする幾数名の山羊がいる中、 ある山羊は青でも赤でも黄金でも紫でもない、異質なものを用意した。 それは、果実を模倣した、”ゲーム”だった。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ■『新たなる事件』 20X9年10月6日0時0分に新島付近の公衆電話より通報があった。 新島の民家で女性が死亡しているとの匿名の通報。 警察はすぐに通報で説明された場所へ向かい、そして死体を発見した。 女性の死体はワインボトルを抱えていたという。 部屋の家具が積み上げられているという異様な現場、 ワインボトルを抱きしめている絞殺死体という異様な死体に、 到着した警官たちはしばらくの間絶句するほかなかった。 見立てでは死後3日は経過しており、現場には微かな死臭が漂っていた。 警察突入時には、全ての窓は内側から留め金がかけられ、扉は全てチェーンロックがかけられており、 また中にはだれも存在していなかったという。 ワインボトルの中には、何枚もの紙が束ねられて入っていた。 それらの中身、及び被害者の名前はある事件を想起させるため早々にメディア緘口令が敷かれたが、 それをあざ笑うかのように、10月8日午前0時にある動画が複数の動画サイトに同時に投稿された。 動画のタイトルは「 Follower of the golden witch -1/3 」。 いずれも《現場観測者》なる同一名の投稿者によりアップロードされていた。 「現場観測者プレゼンツぅうう、今日の突撃惨死体!」 若い男の声。タイトルとは裏腹に軽快なBGMが流れる。 「エー、本日20X9年10月8日放送の突撃惨死体!のコーナーでは”八城十八”さんのお宅に突撃させていただきます。 八城十八と言えばあの有名ミステリー作家の八城十八さんでしょうか。そろそろ高齢になったとお聞きしておりますが。」 ガサゴソ、という音と共にカメラが徐々に上向き、そこそこ値の張りそうな家が画面上に写される。 その表札には確かに、「八城」と書かれていた。 「鍵は既に所持しておりますので、早速ですが入ってみましょうかネ。ガチャ。」 口で擬音を真似ながら、あっさりと撮影者が八城宅の鍵を開ける。 「ん?開かない。おぉーっとこれは……」 撮影者が扉を開こうとすると扉はある場所で引っかかり、腕がかろうじて通るか通らないかぐらいの隙間だけをぱっくりと開ける。 撮影者が腕を入れてみると、どうやらチェーンロックがされていたようだった。 「なるほど。今回のご遺体は密室殺人のようですね。困った。警察が来た時にもこれは残しておきたいぞぉ。……うーん、そうだ。」 撮影者がしばらく悩む素振りを声で聞かせると、カメラの視点が乱暴に振り回され、そして、ゆっくりと扉の中に視点が進んでいく。 しばらくするとカメラの視点が曲がる。自撮り棒か何かに、ロボットアームが付いているのか、カメラの視点が緩やかに曲がっていく。 「ぎゃ、ぎゃーっ!ありましたッ!皆さまご注目ッッ!死体、死体でございますッ!!」 撮影者が恐怖するフリをしながら部屋の中をパノラマ式に写す。 その部屋は部屋中の家具が取り払われ、かわりにそれらの家具をまとめたのであろう、 家具が積み木状となったオブジェと、それに寄りかかるようにし、ワインボトルを抱えて死んでいた老いた女性の姿のみがあった。 「顔をご覧になれば分かりますが、欝血しております!首元の痣をみるに、強い力で絞殺されたと思われますッ! ああ、きっと今まで平和に過ごしてきただろうに、こんな惨たらしい最期を遂げるとはッ! 一体誰が予想したことでしょうかおいたわしやっ!」 素人のような声質で、熱狂的に撮影者は死体の様子を実況する。その説明は、少なくともカメラに写っている情報とは一致する。 「ああ、あの抱きかかえられたワインボトルの中身はなんなのか! 絞殺した後に犯人が抱え込ませたものと思われますがッ! しかし、中身をぜひ知りたい視聴者さま方には朗報ですッ! なんと本日の死体の情報提供者さまより、ワインボトルの中身のコピーをあずかっておりますッ!!」 実況とは関係なく、カメラの視点が部屋を360度写すようにゆっくりと動く。 窓は留め金式だが内側から施錠されており、また、少なくとも今の部屋は、窓以外の脱出経路はないように見えた。 カメラが徐々に死体のある部屋から引いていく。 「まず中身は何枚かの紙、紙でございます!A4ほどの大きさの紙に、文章がびっしりと書かれたものとなりますッ! 1ページ目にはタイトルがかかれておりまして、タイトルはRuin of the golden witchッ! ルインオブザゴールデンウィッチでございますッ! 中身を見ると、日記のような文体で書かれておりますッ! 右代宮真里亞という方がかかれたようでございましてッ、一番最後のページには署名がされておりますッ!! 初めは船のシーン、そして最後は犯人による自供シーンが書かれておりますッ! なんと潔い犯人なのでしょうかッ! わたくしはそろそろ逃走しなくては捕まるかもしれませんので、詳しい中身は次の動画でご覧くださいッ! 視聴者さまの通報アクションが間に合わなければ、この動画のアップロード30分以内に投稿いたしますッ! Ruin of the golden witchでアップロードいたしますので、どうかお早めに検索をお願いいたします! ではしばらくの間、さようならでございますッ! チャンネル登録及び高評価、コメントお待ちしております!」 そして軽快なBGMがフェードアウトし、動画は終了した。 動画内の言葉とは裏腹に、次の動画はほぼ同時刻にアップロードされていた。 これを見た視聴者はすぐに報道済みの「新島惨殺事件」との関連性に気づき警察に通報。警察は早急にアクションを起こしネット上に上げられたこれらの動画サイトに削除要請を出し、運営のアクションも速く、この動画がネット上に出回っていたのは1時間ほどが限度であった。 それぞれの運営は削除用AIに動画を読み込ませていたためか、少し編集を加えた程度では再アップロードも不可能となっており、 動画は主にファイル共有ソフトや旧世代のファイルアップローダーを使って広められていく事となった。 そして事件は大手掲示板のワニャンチャンネル、ワニャット、IRC、ワニャッターなどで世界にも急速に広まっていった。 なぜならこの事件は、ある事件の続きとなるものだったからだ。 1986年10月6日の六軒島事故。 富豪一家とその使用人と主治医の計17名が死亡及び行方不明となった昭和最大のサスペンス。 事件後に二つのボトルメールが発見され、そのいずれも六軒島で起きた猟奇的な殺人事件について語りながら、 それぞれのボトルメールはまったく別の事件を語っていたというミステリー。 そしてその事件は一度は「絵羽の日記未公開事件」により風化してしまったが、いまだに根強い人気を誇るゴシップであった。 この「絵羽の日記未公開事件」を起こした張本人こそが、推理小説作家「八城十八」である。 動画を見た者の中では死体が公に姿を現した八城十八とは骨格的に違うため偽物であるという見方が支配的であったが、それでもセンセーショナルな名前であり、且つ、「絵羽の日記未公開事件に姿を現した十八自体が偽物で、こちらが本物なのではないか」という説も語られ始め、「八城十八否定説」は次第にのみこまれることになる。 八城と契約している○○出版社は「八城十八は死亡していない」と発表を行ったが、当の十八本人は表には出ていない事もこの説を補強した。 元々八城十八は人前に出ない事はさておき、このような時のネット民はより都合の良い解釈を取る。 また八城十八はボトルメール偽書作家「伊藤幾九郎〇五七六」としても知られていた。 六軒島事故の「魔女伝説連続殺人事件」としての側面を大いに盛り上げた存在である偽書作家たちのカリスマ的存在。 それがボトルメールを抱いて密室で殺されていたという状況に、六軒島ウィッチハンターたちは大いに盛り上がった。 そしてこの事件が皮切りとなり、Dogma, Tyranny, Rose, Eclipseなどのボトルメールが事件現場にて見つかる事件が次々と発生。 ウィッチハンターたちの熱狂は最高潮となり、その様は当時の六軒島魔女伝説連続殺人事件の熱狂のそれと同等とものとなった。
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