パンドラズ・アクターの冒険   作:kirishima13

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第26話 エントマ農園

 1年越しのバハルス帝国とリ・エスティーゼ王国の戦争。その結果はバハルス帝国の大勝となった。

 王国は10万の兵の半数を失いエ・ランテルへと撤退。帝国も目的である王国経済の疲弊を達成したため深追いはせずに撤収した。

 総指揮を執ったニンブルの予想としては王国軍の壊滅も視野に入れていたが、途中から遅滞戦闘に移られたことによりユリより購入したハンバーガーセットの効果1時間の制限時間を過ぎてしまったということもある。

 

 そして戦争の勝利によりユリへと追加報酬が支払われることとなった。そこでユリの求めたものは農場である。食を制することにより他国まで知名度を広げる、そのための土地を求めたのだ。

 ジルクニフとしてもその報酬を渡すのにはやぶさかではなかったが、帝国の農場は当然それぞれに所有者がおり、様々な利権も絡んでいる。また、各貴族から土地を取りあげるにもそれなりの理由を作らなければならない。 

 それ故にある程度の時間が欲しいと伝えるとユリから返ってきたのは急いで土地が欲しいという要望。そしてその代替案として提案されたのが未開の地を開拓してそこを農地とするものだった。

 そこで開拓地として選択されたのがトブの大森林。言われたジルクニフは本気でトブの大森林を開拓しようなど軽い冗談だと思っていた。その地は王国、帝国、法国それぞれが領有を主張しているが、実際は人外魔境たる魔物たちの住処なのだ。

 漏れ出る魔物を狩ることはあっても中に入って何かしようと思う者はいなかった、そう今までは。

 

 

 

───そして現在

 

 

 

「ん~じゃあ早速やりますかぁー」

 

 パンドラズ・アクターが新たに選んだ外装。それはエントマ・ヴァシリッサ・ゼータ。プレアデスの一人であり、人間に擬態してはいるが蜘蛛人(アラクノイド)という種族である。森を開拓し、農地を作るのに虫の能力は使えると思い選択されたのだ。

 

「<眷属召喚>」

 

 エントマのスキルによりワラワラと地面から虫たちが現れる。そしてブロードソードにも似た虫、剣刀蟲を呼び出し右手へと装着した。それをブンと振った瞬間、1本の木が切り倒される。

 

「いいですねぇー。結界も問題ないですぅー」

 

 現在は深夜、この森に人が入り込むことなどないとは思ってはいるが、念のために周りにはフジュツシとしての能力を使い、音や気配が洩れないようにしていた。

 そしてボコボコと地面の中を進んでいるのはジャイアントワーム、つまり巨大なミミズだ。バキバキと音を立てて切り株を丸のみにしていく。さらに巨大な昆虫たちが木を運び、土の中の石を取り除いて更地を作っていった。

 さらには蟲使いとして能力を駆使し害虫を廃除するとともに受粉と蜜の採取のために蜜蜂などを呼び寄せておく。

 

「さぁて、この森を好きに開拓していいって言われたんですからぁー。丸裸にしてやりましょおー」

 

 パンドラズ・アクターはエントマの口調を模倣しながら剣刀蟲を振るい木々をバサバサと切り倒しながら森を平らにしていくのだった。

 

 

 

───そして数日後

 

 

 

 すでに巨大な森の1割程度が更地と化していた。開拓をしていく中でたまに珍しい魔物が出て来るので素材を剥ぎ取ったり追い払ったりしていたが、その日は特に珍しい魔物が森から現れたことでエントマは目を輝かせる。

 

「あれは……見たことがない魔物ですねぇー。いい皮が取れそうですぅー」

 

 エントマへ向けて突進してくるのはハムスターにも似た巨大な魔獣、ナーガと思われる巨大な蛇、そしてさらに巨体を持つトロルの変異種だ。どれもこの辺りでは見たことがなく非常にレアと思われ動かない虫の仮面の顔の奥でほくそえんでしまう。

 

(レアアイテムの素材になるかもしれませんねぇ……)

 

 向かってきた3匹は間髪入れずにエントマへと殺到した。

 蛇はその体で一気にエントマを締め上げようとし、ハムスターがその長い尻尾を体に打ち付け、トロルがその手に持った巨剣で首をはねようとする。なかなかの連携だ。例え英雄級の人間がいたとしてもこの3匹の同時攻撃を受ければひとたまりもなかっただろう。

 しかし、圧倒的な強者の前にはそんなものは避けるにも値しなかった。無慈悲に剣刀蟲を一振り、それだけで3体の魔物たちの首が落ちる。

 魔獣たちの力も、覚悟も、連携もアイテムコレクターには無力であった。

 

「うふふふふっ……さぁて、剥ぎ取りますかー……」

 

 こうして倒された魔物たちはそ装備()をはぎ取られるのだった。

 

 

 

 

 

 

 南の大魔獣は目を覚ました。そして周りを見渡す。そこはいつもの洞窟の中ではない。そこは森の外。平らな何もない台地。そこには自分とともに小さき者に挑んだ蛇と巨人がいた。

 そして少し離れたところで何か作業をしている小さい影。白い奇妙な服と黒い帽子をしたその人物は嬉しそうな声で作業をしている。

 

「いい皮ですねぇ……何を作りましょうか。スクロール?防具?」

 

 その人物が何をしているのかと目を凝らすとそこにはどこかで見たようなものがあった。いつも見ていたもののような気がする。しかし、なぜかそれが何かを思い出すのは躊躇ってしまう。

 

(なんでござるか?うーん……)

 

 やがて南の大魔獣は思い出す。自分はこの蛇と巨人とこの目の前の人物を殺しに来たのだ。森をこんな更地にする敵である。そして先ほど一瞬首に衝撃があって……。

 

(それで……それで……?)

 

 南の大魔獣の背筋に冷たいものが走る。目の前の人物が手にしているもの。それが自分の体の一部のような気がしたのだ。ふと自分の腹や背を見てみる。白銀の毛並みはいつも手入れをしているだけあって美しい。そして目の前の人物がなめしているそれはとても美しい……。

 

「あ、蘇生から気が付きましたかぁ?じゃあもう一セット行きますかぁー」

「うわああああああああああああああああ!」

 

 目の前の人物がなめしていたのは自分の皮だった。そう、殺された自分の体の一部が目の前にある。しかし、自分の体も傷一つなくここにあるという矛盾。

 しかし、疑問よりも恐ろしさが勝った南の大魔獣は本能に従って逃げようとする……が体が動かなかった。そして額に札が張ってあることに気が付く。

 

「大丈夫ですよぉー。痛くなくしてあげますし、灰になる前に剥ぎ取るのはやめてあげますからぁ……。レアモンスターですからねぇ……キャッチアンドリリースですぅー」

 

 小さい者が何かを言っているが南の大魔獣には何でこんなことをするのか理解が出来ない。

 しかしエントマにはそれをする理由があった。

 それは冒険者ナーベとして魔物の素材を集めているときのこと。珍しい魔物を見つけたため蘇生魔法を使うことで何度も素材が剥ぎ取れないかと試したことがあったのだ。

 その結果、ただはぎ取っただけでは蘇生した瞬間それらは消え失せてしまうことが分かった。しかし、素材としてなめしたり加工したりした後は素材は無くならないのだ。そのため何度も剥ぎ取ることが出来る。

 

「た、助けてほしいでござるぅー降参するでござるよぉー」

「なんと恐ろしい……わしらを素材としか思っておらんのか……?こ、降伏する、いや、なんでもするから助けてくれ!」

 

 南の大魔獣が腹を見せて命乞いをするのに続いて、気がついたリュラリュースも頭を下げて命乞いをする。

 

「あれぇ……しゃべれるんですかぁ……でもぉー森の外に出てきて農家を襲われても面倒ですしぃ……それにレア素材は欲しいですしぃ……じゅるり……おっと」

 

 レア素材を前についつい出てしまったよだれを袖で拭くエントマ。それを見た瞬間、2匹の恐怖は最高潮へと達する。

 

「ま、待ってくれ!誰も襲ったりしない!本当じゃ!お主に仕えて役に立つ!約束しますぞ!なぁ、南の大魔獣!」

「そうでござるよ!主としてお仕えするでござるぅ!」

 

 小さい者の圧倒的な力と自分たちを見つめるその目に完全に降伏する2匹。しかし、それに納得しない者が一匹。

 

「ふ、ふざけるな!この顔に貼った変なものを取れ小さいやつ!お前を殺して食ってやる!」

「ん~、仲間はこういってますよぉー?困りましたねぇーやっぱり……」

 

 それはグだ。先ほど殺されたにも関わらずそれだけ言える度量を褒めるべきか、事態を飲み込めないその頭を憐れむべきか。リュラリュースはそれを見て即座にグを切り捨てる。

 

「ま、待て!こいつはわしらが何とかする!なぁ南の大魔獣!二人がかりなら何とでもなるぞ」

「分かったでござる!何とかするでござるよ!」

「ぐぐっ……貴様ら……」

 

 怒りに呻くグであるが、エントマに加え、同程度の強さの2匹を相手にするのは不味いという思いはあるらしく大人しくなった。

 

「じゃあ言うこと聞くんですねぇ?」

「その前に教えてくれ。お主は何をする気なんじゃ。この森をどうするつもりか教えてくれんか」

 

 南の大魔獣はリュラリュースの言ってることはもっともだと思う。森をどうするかによっては死を覚悟しても立ち向かわなければならないかもしれない。

 

「森はですねぇ……なくして全部畑にしちゃいますぅー」

「なっ!?」

 

 さすがに森が無くなってしまっては生きてはいけない。そのため命をかけるつもりでリュラリュースは反論する。

 

「待ってほしい!森が無くなれば我らは生きていけない!すべて更地にするなど勘弁してくれぬか……お願いじゃ……」

 

 リュラリュースが頭を下げるのを見てエントマは悩む。これだけの知恵がある魔物であれば利用することもできるかもしれない。

 

「なるほどぉ……レアモンスターが絶滅するのも困りますしぃー……じゃあ更地にするのは半分にしておきますぅ」

「は、半分!?」

 

 半分あれば生きてはいけるだろうか、それとも厳しい生活を余儀なくされるだろうか。リュラリュースは部下たちや周りに住まう者達を思い浮かべてそれは難しいと結論を出す。食料がどうしても不足する可能性が出てくるように思われた。

 

「そ、それでは食べるものに困る可能性が……」

「食べる物がないのは困るでござるなぁ……」

「うーん……じゃあうちで雇われますかぁ?」

「「はっ……?」」

 

 エントマからの提案。それは森から魔物が外へ出ないように仕事をしろというものであった。その報酬として食料を提供すると言うのだ。

 リュラリュースとしては圧倒的な強者であるにも関わらず対等に交渉しようと言うのは信じられないが、他に選択はない。

 

「わ、分かった……お主のために仕事をしよう」

「某もがんばるでござるよ」

「じゃあ、従業員のしるしを渡してきますぅー」

 

 エントマはどこからともなく軍帽を取り出すと二人の頭に乗せる。マジックアイテムであるそれは相手の体格によりその大きさを変える。そしてここに軍帽を被ったナーガと巨大ハムスターという奇妙な光景が出来上がるのだった。

 

 そのまま明言通りトブの大森林の半分を更地にしたエントマ。途中で巨大な木が襲ってきたが珍しそうなので灰になる直前まで弱らせて植えておいたりといろいろあったが、続いて必要なことはこの大地に養分を行きわたらせるということだ。

 肥沃とは言い切れないこの土地に作物を植えても帝国で取れる程度の作物しか取れないだろう。

 そのためエントマは至高の存在の外装へと変身する。そして更地とした大地へ何日もかけて大地の力を回復させる魔法を行使し続けることにより肥沃な大地を作り上げていった。

 

「さて、いよいよ試してみますかぁ……」

 

 エントマがアイテムボックスより取り出したのは林檎の苗木だ。それを耕した大地へと植えると合成した成長促進のポーションを取り出してそれに注いでいく。

 圧倒的な魔力の込められたポーションの効果により一気に大地の栄養分を吸い上げて林檎の木が成木となると真っ赤でたわわな果実を身につけた。

 

「あとは……水ですかねぇ……井戸でも掘りますかぁ。いえ、いっそ……」

 

 エントマは可愛らしく頭を傾け悩んだのち結論を出した。

 

「川……引きますかぁ」


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