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ドラゴンテイル 辺境行路 作者:猫弾正

一章

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死闘 02

 冬の風が冷たく吹き荒ぶ丘陵の狭間で、追い詰められたオークたちはいまや死に物狂いで戦っていた。

人質を抑えていたオーク戦士は勿論、解放されたばかりの洞窟オークたちも戦闘に参加し始めていたが、しかし、左右からの挟撃という劣勢を覆しえるには届かない。


 捕らわれの村人たちには、地べたに蹲っている者もいれば、機を見ていち早く逃げ出した者もいた。オークたちにも、もはや彼らに構っている余裕はない。

殺戮の巷と化した戦場にありながら、半オークの密偵フウは残った村人に紛れ込むことで、いち早く安全な場所を確保していた。

密偵は、顔を出してそっと戦場の様子を窺ってみる。

狭隘な丘陵の狭間。身動きならない峠道で伏兵に襲われた上、敵のほうが数も多い。

さらに言えば、丘陵の頂きから豪族の斥候が鵜の目鷹の目でこちらを見下ろしている。

離脱して、取り敢えずは近くの窪みにでも身を潜めようかと考えるも、逃げ出す先も隠れる場所も見つかりそうになかった。

「こりゃ、ルッゴ・ゾムもやばいかね」

声に出さずに口のなかでもごもごと呟いてから、フウは傍らで背を丸めて縮こまっているリネルに目をやる。

「何処の軍かわからねえが、このまま連中が勝ったら姐さんも晴れて自由の身だな」

「……どうせなら今、逃がしておくれよ」

黙り込んでいたリネルだが、しばらくしてから押し殺すように陰気な声でぼやいた。

「そりゃ出来ない相談だ。見張ってろって雇い主直々に釘をさされたからなぁ。

オークが勝った時に姐さん逃がしていたら、ボロに殺されちまう」

頭を振ってへらへら笑うフウを、リネルはきつい目付きで睨み付けた。

「豪族の兵士が勝ったら、あんたは縛り首だね。」

嫌味たっぷりに言ったリネルの頭上を、鋭い音を立てながら打ち込まれた投石が掠めていった。

「……ひっ」

「だろうなぁ……逃げ道も塞がれてるし、丘の頂にゃ見張りがいる。これじゃとんずらも難しいや」

小さく悲鳴を洩らして、首を竦めたリネルをもはや省みる事なく、何がおかしいのだろうか。フウは苦笑を浮かべたまま、戦場を眺め続けていた。



 ルッゴ・ゾムの太い腕に握られた戦斧は、恐るべき威力を秘めている。

風を切り裂いて振り下ろされた戦斧の刃は、まるで雷光のようであった。

まともに剣の横腹で受ければ、刃諸共、受けた者の頭蓋を西瓜のように打ち砕う。

新手の敵兵を三人まで続けざまに切って捨てたルッゴ・ゾムの前に、長剣を片手にふらりとその剣士が立ちはだかった。


 並みの使い手であれば三合と持ち堪えるのも難しい剛勇のルッゴ・ゾムと単独で相対しながら、しかし、ひしゃげた鼻をした中年の男は眠そうな眼を微かに見開きながら上手く凌いでいる。

振り下ろされる戦斧の一撃に横から微妙な力を加えて巧みに逸らし、或いは素早い体捌きで刃を躱し続け、ルッゴ・ゾムの前進が停止した瞬間、鋭い太刀を切り返しに打ち込んできた。

巨躯のオークが斧で受け止めた瞬間、ひしゃげた鼻の中年男が狡猾そうに嫌な笑みを浮かべた。

嫌な予感がルッゴ・ゾムの背筋を走り抜ける。と同時に、人ごみを縫って飛び上がった小さな影がオークの大将の背中から襲い掛かった。


 小柄なホビットの兵士がすれ違い様に太股を切り裂いて、灼熱の痛みがルッゴ・ゾムを襲うが、不意を付かれながらもオークの大将は崩れなかった。

僅かに足をずらして、浅手で躱していた。

ひひっと不気味な笑い声を残しながら、再び仲間の後ろに逃げ込もうとしたホビットも、しかし、ただでは済まなかった。


 横から頬に傷のあるオークが雄叫びを上げながら吶喊し、ホビットに斬り掛かる。

突き出したオークの刃に脇腹を刺され、ホビットは無様に大地へ転倒した。

その頬傷のオークも、すぐに別の兵士の反撃を受ける。赤毛の女が振るった鋭い剣戟が、オークの顔を浅からず切り裂いた。肉片が宙を舞う。

傷口を押さえるも、少なからぬ血が吹き出して頬傷のオークが片膝を崩した。


「バ・グー!」

部下の名を叫びながら、中年男を無視してルッゴ・ゾムは敵中へと踊り込んだ。

強力な斧の一撃を避け損ね、胸を断ち割られた赤毛の女剣士が悲鳴を上げて崩れ落ちる。

「姉御が!」

「アゼル!」

周囲の兵士たち達が怒りの叫びを上げて、飛び込んできたルッゴ・ゾムに一斉に切りかかる。


 身体中に打撃や刃を受けながらも、憤怒が苦痛を忘れさせたのか。

ルッゴ・ゾムは、その巨躯を活かして敵兵を次々と吹き飛ばし、よろめいた所に恐るべき膂力に支えられた斧を叩きつけていく。

戦斧が縦横無尽に空間を舞い狂い、剣や短槍が激しく交差する。

時間にしては短い狭間に、どれほどの攻防が交わされたのか。

けして弱くはない正体不明の兵士たちを相手に忽ち四人を冥府へと送り出して、しかし、代償はけして小さくなかった。


 ルッゴ・ゾムの太い腕や足には浅くない傷が数箇所も刻まれ、鮮血が手足に巻いた布を朱色染めていた。

横腹には、中ほどからへし折れた槍の穂先が突き刺さり、環鎧も数ヶ所が破損している。

内臓までは届いていない、と無造作に穂先を引き抜いて投げ捨てた。

満身創痍のルッゴ・ゾムの傍らで頬傷のオークがよろよろと起き上がった。

「大丈夫か」

オーク戦士のバ・グーは苦痛に喘ぎながらも、大将の問いかけに無言で肯いた。


 至近距離で、無秩序な乱戦に巻き込まれるのを嫌ったらしく、距離を取っていた中年の剣士が薄い頭髪を後ろに撫で付けると、再び長剣を構え直した。


 ルッゴ・ゾムも油断ならない強敵に改めて向き直り、戦斧を握り締める。

仲間を蹴散らされたにも拘らず、ひしゃげた鼻の剣士はなおも余裕の態度を崩していない。

愉快そうに目を見開き、口笛をひとつ吹くと、一気に間合いを詰めてきた。

瞬発力に恵まれた変則的な動きに翻弄され、刃を躱しきれずにルッゴ・ゾムの腕が僅かに切り裂かれていた。


 素早くて駆け引きに長けた中年の剣士と、膂力に恵まれた百戦錬磨のルッゴ・ゾム。

本来なら、両者の技量には殆ど差はなかった。むしろ条件が同じであれば、体格と膂力の差でルッゴ・ゾムの方が優位に立ったであろうが、疲労が微かにオークの動きと反応を鈍らせ、その僅かの差が明暗を分けた。


 ルッゴ・ゾムの腕が僅かに切り裂かれる。巨躯のオークは猛りながら咆哮を上げて間合いを詰め、中年の傭兵は不敵な笑みを口元に張りつけながら迎え撃った。

二つの刃が激しく噛み合う。ルッゴ・ゾムは、剣士の顔を覗き込んだ。

「先刻から、他所の訛りがある言葉を喋っている。

 土地のものではない……貴様ら、何者だ」

南王国の言葉で訊ねてくる巨躯のオークの、見た目によらぬ教養に少し感心したのか。ほう、と中年男が目を細めた。

「傭兵さ」

「傭兵だと!金の為に刃を振るう野良犬めがッ!」

後退しながら叩き込まれる剣士の刃を戦斧で薙ぎ払いながら、巨躯のオークが吼えた。

「雇い主はクーディウス!それともローナの執政官か!」

「さあなぁ、当ててみろよ!オーク!」

傭兵剣士が嘲笑を浮かべながら剣を横薙ぎに振るった。戦斧で弾いたルッゴ・ゾムが憤怒の咆哮と共に刃を叩き付ける。



「頼りにならん傭兵共だ」

頬杖を突きながら、他人事のように眼下の戦いをそう評したルタンに傍らの奴隷が相槌を打った。

「大きな口を叩いていたが、所詮、金目当てのならず者です」

もう一人の奴隷が首を振りながら、取り成すように意見を口にした。

「いや、旦那。連中は奮戦しているが、相手が悪すぎるのだ」

形のいい岩に腰掛けているルタンと腹心の奴隷たちが口々に勝手なことを言い合っていると、革鎧を纏ったカルーン老人が他の郷士や郎党たちを引き連れて指揮官に詰め寄ってきた。

「ルタン殿、このままでは犠牲が増えるばかりだぞ」

「うん?」

カルーン老は、丘陵民や傭兵の生死を気に病むようなお人ではなかったと思ったが。

意外さにルタンが僅かに眉をしかめると、痩せた老郷士は貪欲そうに目を光らせて言葉を続ける。

「それに、あのルッゴ・ゾムの首。傭兵ごときにくれてやるには、いささか勿体無い」

なるほど、そちらがカルーン老の本音か。

にやりと小さく笑ってから、ルタンは考えこんだ。

一山幾らの傭兵など失っても惜しくはないが、まだオーク領での戦も残っている。

あまりに消耗しすぎるのも問題だろう。ルタンは決断し、肯いた。

「よし、本隊を前進させろ。一気に踏み潰してやる」

「おお!」

農民兵や郷士、郎党たちが一斉に雄叫びを上げ、温存されていた本隊が前進を始める。

ルタンは、投石器や短弓、投槍を抱えた十名ほどの郎党たちに命令を下した。

「それと矢を惜しむなよ」


 右手の丘陵から一際大きな鬨の声が東の空に響き渡った。

強敵と退治しながら、丘陵の頂へ僅かに視線を走らせたルッゴ・ゾムは、目にした光景に表情を苦く歪めた。

最悪の予想が当たっていた。地面に血の混じった苦い唾を吐き捨てる。

丘陵の稜線に姿を見せた新手の敵勢が、勢いよく駆け下りてくる。

五十。いや、それ以上。百近い兵士が、狭隘な谷間へと殺到してきた。

あれだけの数がこの戦場に閉じ込められれば、これはもう秩序だった戦いなど望むべくもない。

そして乱戦になれば、数に劣るオーク勢の敗北は必至だった。

一瞬、心が挫けそうになるが、溜息を洩らすとルッゴ・ゾムは気持ちを立て直した。

俺がくじけそうならば、部下たちも同様だ。鼓舞せねばなるまい。


「どうした?オーク。顔色が悪いぜ」

嘲りの言葉と共にひしゃげた鼻の剣士が突きを放とうとした瞬間、力を爆発させたようにルッゴ・ゾムが咆哮した。

筋肉が大きく盛り上がり、両腕に凄まじい瘤が浮き出る。

叩きつけられる戦斧。矛先を逸らそうと長剣で薙いだ瞬間、傭兵剣士の腕に痛みにも近い激しい痺れが走った。


 傭兵剣士の顔が驚愕に凍りついた。余裕の笑みなど一瞬で消し飛んだ。

先刻までとは、一撃の重さが段違いに増していた。

ルッゴ・ゾムが無造作に前進し、戦斧を叩きつけ、薙ぎ、払う、その一撃一撃が恐ろしく重く必殺の威力を秘めていた。


 どういうことか。本気になったという事か?

混乱しながらも傭兵剣士は巧みに凌ぎつつ仕切りなおしを図るが、攻撃の激しさに後退を試みる事すらも侭ならない。

拙い。これは拙い。先刻までと別物としか思えん!

受け損ねれば死ぬ。恐ろしい迫力と凄みを伴って迫ってくるルッゴ・ゾムの瞳が据わっているのに気づき、傭兵剣士は目を剥いた。

激しい攻撃を行なうのだ。ルッゴ・ゾムにも当然、隙は生まれている。

だが、その隙に打ち込めない。打ち込めば傭兵剣士は確実に死ぬ。

それを予感して傭兵剣士は顔を歪めた。ルッゴ・ゾムは戦い方を変えたのだ。

捨て身。相打ち狙いか!否、違う。

俺の一撃は奴を殺せないが、奴の一撃は確実に俺を狩る。

腕の一本と引き換えに、俺の命となら割に合うと見たか。

死に物狂いでルッゴ・ゾムの致死の打撃をいなしながら、焦燥感に駆られた傭兵剣士は兎に角、距離を取ろうとするも、迂闊に下がれば両断されかねない。


 周囲ではオークとの激戦が続いており、他の傭兵たちからの救援も期待できそうになかった。

振り下ろされる一撃一撃に、傭兵剣士の剣が大きく不気味に震えて金切り声を上げる。

ロガムのドウォーフが打った名剣が砕けちまう。

小手先の技ではどうにもならない、根源的な膂力に押されて、狡猾な手管を持つ傭兵剣士がずるずると押されて、体勢を崩していく。

こいつ、一息つく必要もないのか。

そう思うほどにルッゴ・ゾムの猛攻は凄まじく、また長く続いた。

巨躯のオークが振るう雷光の如き戦斧の一撃を必死にいなす傭兵剣士だが、恐怖と緊張にいまや全身が汗でびっしょりと濡れている。

何処にこれほどの力が、いや……全力を出したのか。

何者であっても、これほどの膂力の持ち主を相手に回しては長くは抗し得ないに違いない。

傭兵剣士も腕に自信はあったが、眼前のオークは土台が違った。

もし、これで万全の体調であったらと思うと、背筋に冷たいものが走る。


アドセアの闘技場で、チャンピオンになれるかも知れんほどの強さだぜ。

暴風の如き暴力に忽ち追い込まれつつある傭兵剣士だが、いかな剛勇の士であっても体力の限界はある。

それに味方が駆けつけてくれば、多勢に無勢。逆転の目はあるぜ。

神経を削られるような苦しい戦いを強いられながらも、一時期の劣勢を凌ぎきれば勝てると、傭兵剣士は信じた。そう信じる他はなかった傭兵剣士がいよいよ切羽詰って、後一撃を持ち堪えられないと観念しそうになった瞬間、ようやく待ち望んでいた好機がやってきた。

味方の危機だと見て取った近場の傭兵たちが、新手に浮き足立ったオークを倒して間に入ってきたのだ。


 救援に来た傭兵達がルッゴ・ゾムに切りかかると同時に、傭兵剣士は素早く背中を見せるや否や、脱兎の如き勢いで一目に逃げ出した。

傭兵たちは、中年の剣士と肩を並べてルッゴ・ゾムと戦うつもりであったから、この行動には仰天した。

いきなり傭兵剣士が踵を返して走り出したことに僅かに動揺を見せる。

「お、おい」

声を掛ける間もあらば、巨躯のオークは咆哮と共に戦斧を一閃させた。

受け損ねた兵士が地に落ちた柘榴のように頭を割られ、怯んだもう一人は革鎧ごと胸を割られて即死。

最後の一人は恐怖に絶叫して逃げ出そうとするも、背中から容赦ない一撃を喰らって絶命した。


 額に僅かに汗を浮かべたルッゴ・ゾムは、大きく息を吐くと遠ざかっていく傭兵剣士の背中を睨み付けた。

一騎打ちに拘泥している場合でもないし、今から追いかけるには遠すぎた。

なにより巨躯のオークは、部下の指揮を取らねばならない。

疲れてきているものの、若きルッゴ・ゾム自身はまだまだ戦える。

だが、部下たちは目立って疲労と消耗に弱ってきていた。

まだ犠牲は少ないが、見たところ手傷を負った者は加速度的に増えてきている。

「世には腕の立つ奴がいるものだ。これだけの手数で倒せなかったのは、ボロ以外では初めてか」

忌々しげに賞賛の言葉を吐き捨てると、ルッゴ・ゾムは踵を返して部下たちが戦っている場所へと走り出した。



 オークと切り結んでいた傭兵が、横合いからの戦斧の一撃に慌てて仰け反った。

「躱すか」

褒めながら、オークの戦列に入り込んだルッゴ・ゾムは部下たちと肩を並べて戦い始める。

地盤が柔いのか。地面が微かに揺れていた。

百人近くが一斉に走りだせば、地響きもするものか。

ルッゴ・ゾムが強張った笑みを浮かべると、笑顔の大将を見てオークたちは勇気付けられたかのように力を取り戻した。

「集れ!円陣だ!円陣を組むんだ!」

狭間に陣取っているオーク勢は、両側の丘陵に挟まれて身動きが取れず、いまや多数の敵に完全に包囲されている。

退きながら戦うことも難しい絶体絶命の危地で、オークたちは此処が先途と武器を強く握り締めた。

戦いながら陣形を組むことは至難の技であったが、歴戦のオーク戦士たちはやり遂げた。

一つには、円陣が彼らにとって慣れた陣形だった事もあったかも知れない。

素早い動きで隊列を組みながら、しかし、円陣は守りに強い陣形であるものの、組んだまま移動するには不向きな陣形でもあった。

もはや勝つ為ではなく、敵に出血を強いる為、時間稼ぎの為の陣であると誰もが悟りながら、歯を食い縛ってその瞬間を待ち受けている。


 円陣が組みあがると同時に、傭兵たちは波が引くように退いていった。

すでに馬鹿にならない損害を受けていたし、殺到してくる味方に巻き込まれるのを指揮官が避けたのだろう。

機と見るや、巧みに退却を図るタイミングと統制の取れた動きの見事さは、ただの農民兵とは到底思えなかったし、また為しえないものだった。

確かに、闘争を生業としている者たちに違いない。

重い溜息を洩らしたルッゴ・ゾムも、今はこれが豪族の総力を挙げての待ち伏せだと悟っていた。

十重二十重の包囲を見回して、呑気そうな口調で一言洩らした。

「どうやらここが死に場所になりそうだなぁ」

まさか諦めたのか、とボロが目を剥いた。

「何言ってやがる!馬鹿野郎!」

ルッゴ・ゾムの肩を掴んで、副官のボロは怒鳴りつける。

「お前は死んじゃならねえ。俺がなんとしてでも砦までの道を切り開いてやる」

「おい、ボロ」

唾を飛ばして喚き散らすボロの鼻面を、ルッゴ・ゾムは太い腕で軽く殴った。

副官のオークが鼻血を吹き出した。

「ルッゴ。なにしやがる!」

呆気に取られ、次いで怒り狂う副官に淡々と大将は告げた。

「死ぬ時は一緒だ。兄弟」

ボロが黙り込むと、ルッゴ・ゾムは肩を竦めながら快活そうに笑った。

「最後の戦いだ。華々しく散ってやろう」

「へっ……へへっ」

頭を冷ましたボロは、一転、照れ臭そうにしながらも嬉しそうに笑った。

「いいぜ、一匹でも多く豪族の犬共を地獄への道連れにしてやろうぜ」


 ルッゴ・ゾムは、改めて周囲に集ってきた部下たちを見回した。

受けた裂傷や返り血も生々しい、戦塵に汚れた男たちの顔、顔、顔。

見知った顔が少なからず欠けている。戦とはそうしたものだ。

オークも、黒オークも、灰オークも、洞窟オークさえも、今は唇を結んで敵の殺到を待ち受けていた。

「皆、よく戦った。息子たちの戦いぶりを大地の奥底でゾンバの神も誇りに思うに違いない」

脳裏に刻むように一人一人の顔を見詰めながら、ルッゴ・ゾムが戦斧を握り締めて口を開いた。

部下たちがじっと巨躯のオークに注目する。

「俺たちは、今日、ここで死ぬかも知れん」

内心、動揺した者がいたとしても、素直に表に出した者はいなかった。

勿論、絶望に僅かに顔を歪めている者もいたし、猛り狂っている者もいた。

静かに闘志を燃やしているように見える者もいて、ルッゴ・ゾムは頼もしく感じる。

醜いと言われることが多いオーク族だが、覚悟を決めた戦士はどんな種族であってもいい顔をしていると、こんな時にも関わらずそんなことを考える。


「友よ、オークの血の同胞はらからたちよ。共に死のう!戦って死のう!」

ルッゴ・ゾムの張り上げた声は、巌の大きさと燃える炎の烈しさを秘めていた。

空気を震わせるような朗々とした大声で、オークの大将は高らかと胸のうちを語った。

「そしてこれから詩人たちが百年の先も歌い上げるような戦振りを見せてやろう。

オーク戦士の命を購うには、代償としてどれ程の血を流さねばならないか、勝ち誇る人族共に教えてやろう!

百の人族の村の女子供が、夜の訪れる度、失った父親や息子を思って噎び泣くほどの死を与えてやろう!」

大将の胸のうちに燃え盛る闘志の炎が伝染したかのように、オークたちの間に賛同を示す低い唸り声がさざめきのように広がっていく。

誰かが己の士気を鼓舞するように、武器と木製の盾を打ち鳴らし始めた。

それを見た隣のオークが、手斧と盾で同じように打ち鳴らし始める。

直ぐに皆が同じように武器を鳴らしたり、盾を持たない者は足踏みしたりしながら、雄叫びを上げていく。

「人間共に恐怖を刻み込んでやれ!」

狼の群れが咆哮するように、オークの兵団は腹の底から調和した雄叫びを迸らせながら、殺到してくる豪族の兵団を迎え撃った。



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