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ドラゴンテイル 辺境行路 作者:猫弾正

一章

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土豪 46

「グ・ルムはここにはいない。さて……どうするか」

独り言を言うように低く掠れた声で呟いたルッゴ・ゾムを見て、配下のオーク戦士たちは顔を見合わせた。

「洞窟オーク共の話では、どうも他にも姿の見当たらん仲間たちがいるそうですぜ」

「と……なると、村の他の場所に閉じ込められているか、或いは売られたのか」

「もう少し、村を探しまわってみませんかい?」

幾人かのオークは洞窟オークを探す為に手間隙を割こうと訴えるが、残りの連中は気が進まない様子である。一人のオークが地面に唾を吐き捨てた。

「もう充分、戦利品も奪ったぜ」

「人族共の縄張りで愚図愚図しているのは気がすすまねえなぁ」

口々に考えを言う手下たちを前に、オークの大将ルッゴ・ゾムは渋面になって目を閉じていた。

オークとしては珍しい資質だが、この大将は目下の者の意見に耳を傾けることが出来る指揮官だった。しかし、この時はすでに結論を出している。

洞窟オークの大半は奪還した。すでに大目的は達している。

探索にもう一度兵を散らしてしまえば、再び結集させるにも、引き上げるにも時間が掛かる。

いわんや敵地なのだ。村の捜索にさらに時を費やせば、見つかる危険もそれだけ増す。

副官のボロが肯きながら口を挟んだ。

「これ以上留まるのは危ういぜ。そろそろ……」

「ああ、村を制圧してよりすでに一刻近く過ぎている。潮時だな」


 ルッゴ・ゾムが口にしたその時、大音声を張り上げながら二つの影が村の田舎道を一目散に駆けて来た。

「……大将!大将ぉッ!」

村人や大小のオークの列を強引にかき分け、何やら慌てふためいた様子で駆け寄ってくるのは手下のオークであった。


「何事だぁッ!」

苛立たしげにボロが怒鳴りつける傍らで、ルッゴ・ゾムは眉を微妙な角度に上げた。

駆け寄ってくるのは、頭に鉄環を嵌めたオークと中背の灰オーク。

共に、斥候を任せた腕利きの部下である。恐れを知らぬ筈のオーク戦士が、これほど焦燥を露わに駆け込んでくるとは只事ではないだろう。

「……やられた。ルッゴ・ゾム。やられました」

ルッゴ・ゾムの目の前に辿り着いた二名のオークは、汗だくであった。

「何があった?」

嫌な予感を覚えて眉を顰めた大将の問いかけに、鉄環のオークと灰オークは喘ぎ、息を切らせながら報告する。

「女が、二人組の旅人が……」

「俺たちは捕らえようと……しかし、恐ろしい使い手で」

「残りの仲間たちは……返り討ちに」

汗だくで喘ぎつつ語る二人の言葉は切れ切れで、初めは要領も得なかったが、やがて理解するとオーク戦士たちの顔が衝撃と怒りに激しく歪んだ。

米神に太い血管を浮かべたボロが唸り声を上げながら前に出た。

ルッゴ・ゾムには及ばないものの、ボロも相当な巨漢である。

歯軋りするボロの凄まじい憤怒の形相に二人のオークは脅えたように後退りした。

「たった一人の……それも女に斬られて逃げてきたってのか?」

殺気染みた眼光を放つボロに対して、弁解する二人のオーク。

「五人斬られ……シレディア人。例のモアレで暴れたシレディア人だ」

「噂通りの強さで……逃げるのがやっとだった」

ボロが無造作に両手を伸ばした。

「この腰抜け共が」

弁解する鉄環のオークと灰オークの首を太い腕で掴みあげると、そのまま宙に持ち上げる。

喉を締め上げられる二人の顔が見る見る土気色に変わっていく。とボロの腕をルッゴ・ゾムが握り締めた。

「放せ、ボロ」

「何故だ!こいつらは、精鋭の戦闘部隊に泥を塗りやがった!」

怒鳴るボロに、ルッゴ・ゾムは諭すように静かに語りかけた。

「……相手が悪い。単騎でタータズム族の兵二十を斬って捨てた剣士だ」

「はっ、聞いたこともねえ弱小氏族の雑兵を蹴散らしたところでどれほどのことがある」

口汚く罵るボロをルッゴ・ゾムはじっと見つめ、腕に力を込めながらもう一度だけ命令した。

「放してやれ。ボロ」

舌打ちして副官は、逃げてきた二人を地面へと突き飛ばした。

「お前ら、二度はねえぞ。次に腑抜けた真似をしやがったら分かってるだろうな?」

咳き込みながら、だが、鉄環のオークは挑戦的な目付きで副官を睨み付けた。

「だが……ボロ。あの女、あんたでもやばいかも知れねえぜ」

「おい。止めろ」

相棒の灰オークが止めるのも構わずに、言葉を続ける。

「……確実に勝てる奴がいるとしたら、うちの大将くらいだろうよ」

「へっ、面白いじゃねえか」

ボロは怒りはせず、寧ろ愉快そうに獰猛な笑みを浮かべており、ルッゴ・ゾムは僅かに苦い表情を見せて何やら考え込んでいる。


 仲間の売り言葉に怒りを覚えたのか、まだ見ぬ敵に敵愾心を掻き立てられたのか。

肩を揺らして愉快そうに笑っているボロを横目に、ルッゴ・ゾムはオーク戦士に命令した。

「撤収の角笛を鳴らせ」

「だがよ、大将。まだ、見つかっとらん捕虜たちが……」

渋る部下に言ってルッゴ・ゾムは聞かせる。

「仕方あるまいよ。これ以上留まっていれば此方が危険だ」

肯いた隻眼のオークは、丁度、村に響き渡る程度に加減して角笛を吹き鳴らした。

と撤収の合図を耳にして、村中に散っていたオークたちが姿を見せて空き地へと駆け寄ってくる。


 敵対する豪族や部族の村人などを捕らえた際には、連れ帰って農奴にするのは、辺境の何処でも見ることの出来る一般的な慣習であった。

しかし、あまり大勢を連れて歩けば足を引っ張る上、オークたちは略奪した戦利品も抱えている。

顎を撫でてから、ルッゴ・ゾムは低い声で告げる。

「健康そうな若い男と女だけを……そうだな。五人ずつ連れて帰るぞ」

肯いたオークたちが、並んだ村人たちを一人一人縄で数珠繋ぎに縛っていく。

「大人たちを並ばせろ……子供は向こうだ」


「ゴブリン共や老人、女子供はどうしますか、大将?」

頬に傷のあるオーク戦士が歩き廻りながら、大声で訊ねてきた。

「そうだな、残りは念入りに手足を縛って……」

「いいんですかい?生かしておいたら、知らされますぜ」

牙を剥きだした黒オークが、目に残酷そうな光を宿して村人たちを乱暴に突き飛ばしながら確認を取るが、ルッゴ・ゾムは掌をひらひらと振った。

「もう、ばれているさ」

連れ帰るには足手纏いだが、かといって殺すのはオークの大将には気が進まなかった。

武器も持たぬ女子供と相対するよりは、戦場で殺意に満ちた敵と戦う方が気が楽なルッゴ・ゾムである。

そこまで言ってから、悪戯を思いついたようににやりと笑った。

「牢屋に閉じ込めておけ。洞窟オークたちがいた、あの狭くて臭い牢屋にな」

「へっへっ」

これは人間嫌いな黒オークも気に入ったようで、楽しそうに笑いながら、村人たちの尻を蹴り上げつつ家畜を誘導するように土牢へと連行していった。



 楡の木の根元にへたり込んでいるリネルの元へ、ボロが歩み寄ってきた。

「お前は、どうやら他にも色々と知ってそうだな」

村人たちが連行される光景を目の当たりにして、口を半開きにして放心している年増女のリネルをくだらなそうに見下ろしてから、オークの副官はしゃがみ込んだ。

「ついてきてもらうぜ」

後退りするリネルを捕まえると、ひょいと肩に担ぎ上げる。


「あ……娘が、娘がいるんだよ。あたしがいなくなったら、あの娘は一人になっちまう……だからッ!」

喚きながら、じたばた足掻くリネルの尻をつるんと撫でてボロはにやりと笑った。

「へっへっ、そうかい。そうかい」

大笑いしたボロはまだ肉のついているリネルの感触を楽しみながらのしのしと歩き出し、半オークの密偵フウが溜息を吐きつつその後につき従った。



 灰色の枯れ草が疎らに散っている丘陵地帯は、荒涼とした雰囲気を漂う冬の気配に支配されていた。

ルタンの目前では二百人近い兵士達が屯している。そのほぼ全てが彼の命令に従う兵である。

投石器や鋭い石を埋め込んだ棍棒、木製の投槍を持ち、襤褸に包まれた丘の民。

革鎧や革服を着込み、思い思いに武具を磨いている傭兵たち。

厚手の布服を纏い、粗末な槍や棍棒、投石器を振り回したり、落ちつかなげに歩き廻っている農民兵。

青銅や鉄製の中剣や短剣、槍を手にし、上等な革鎧を着込んだ近在の郷士たち。

雑多な寄せ集めとは言え、二百を越える兵が集まっている光景は壮観であった。

「悪くない。癖になりそうだ」

火に当たりながら、満悦な表情を浮かべているルタンの傍らには、二人の信頼する奴隷が侍っている。


足元の土は凍っているように固く、大岩を背にして冷たい風から身を守りながら、ルタンはその報告を待っていた。

「ルタンさま……斥候たちが戻ってきました」

奴隷が指し示した先。丘陵の稜線を越えて幾つかの小柄な影が戻ってくるのが遠目に見えた。

腹心の奴隷の報告に、ルタンは皮肉な笑いを浮かべて肯いた。

斥候は、ホビット族である。クーディウスの郎党ヘイスが連れて来た斥候たちは近隣の住民ではなく、クーディウス家の伝手で借り受けた南部の豪族の手勢とのことだった。

足は遅いが視力に優れて見つかりにくいホビット族は、足音を殆ど立てないこともあって、各地の戦で優秀な斥候として重用されている。


 冷たく吹き荒ぶ冬の風のしたを走り回ってきたホビットたちは、まずはヘイスの元へと駆け寄って何やら早口に報告している。

本来であれば、直接、報告を耳に入れたいルタンだが、このホビットたちは南王国セスティナ訛りがいささか強い為に、ヘイスの翻訳を経ないと聞き取り辛いのだ。

ルタンが足早に近づくと、ヘイスは僅かに緊張した様子を見せながら銀髪の豪族に向き直った。

「連中を捉えたぞ。ルタン殿」

ルタンは毛皮のマントの襟を緩めながら、ホビットたちを覗き込んだ。

「間違いないかね?おちびさんたち?」

からかうような口調にホビットたちが抗議の叫びを上げると、遮るようにヘイスが割って入った。

「うむ、数はおよそ六十。うち二十はオーク小人だそうだ。ゴート河の岸から真っ直ぐ北に向かってきておる」

膨れっ面をするホビットたちだが口を挟んだ。

「此方へ向けてゆっくりと進んできまっす。間違いなくオークっす」

「今は双子岩のところを通りかかっていました。隊伍はしっかり固まっていますが、足は遅いです」

脳裏に地図を描いたルタンは、指を鳴らして肯いた。

「狙い通りだな。双子岩……となると、おおよそ半刻で此処までやって来るぞ」

鋭い目でルタンに肯いたヘイスは、如何にも歴戦の強者と言った風情で頼りになりそうだった。

「ご苦労だった。おちびさんたち。向こうの火に山羊の肉と乳酪が取ってある。エールもあるぞ。休んでくるといい」

富裕な豪族であるルタンが気前のいいところを見せると、たっぷりの食べ物に機嫌を直したホビットたちは口々に感謝の言葉を口にして火の傍へと駆けていった。


 兵たちに戦闘準備を整えさせながら、ルタンとヘイスが戦の手筈について詰めていると、ホビットの一人が言い忘れた事があると慌てて駆け戻ってきた。

「村人が幾人か捕まっている様子っす、縄を掛けられていたっすよ」

銀髪の豪族は狼狽することもなく、微かに片方の眉を上げた。

「ふむ、人狩りか」

丘陵の連なる彼方へと視線を走らせて、ヘイスが頭を振った。

「戦に巻き込まれるとしたら、哀れなことだな」

「だが、我らがオークたちを打ち倒せば救い出せるものもいよう」


「さて、手筈はどうする?ルタン殿」

ヘイスが改めて訊ねると、ルタンは咳払いをする。

「連中は予想通り、こちらに向かってきている。

まずはかねての手筈通りに丘の民と傭兵たちをぶつけよう」

前衛は傭兵たちに任せ、捨て駒で消耗させてから本隊で決戦を挑む方策であった。

戦術を耳にしたクーディウスの郎党ヘイスは、起伏の激しい丘陵の谷間をじっと見下ろした。

身体を屈めて、数刻前にオークが通り抜けた例の場所を見つめている。

「……連中、このままなら丘陵のそこの狭間を通るだろうな」

奴隷を引き連れた銀髪の豪族ルタンも、ヘイスが見つめている両側の勾配が険しい抜け道に視線を転じた。

「うむ?何か考えがあるのか?」


「こちらは二百だ。挟み撃ちは出来んかな?」

地勢を展望しながらルタンはヘイスの言葉に耳を傾けている。

「この一帯は何処もそうだが、伏兵をおくには絶好の地形だろう」

「ふむ、いい手かも知れんな」

ルタンは、計画変更に賛意を示した。新しい指示を出して兵団を二つに分ける。

「よし。では、ヘイス殿は傭兵たちを率いてくれ。此方の前衛は丘の民に任せよう」

手筈が決まり、戦闘準備を整えているうち、いよいよオークの隊列が近づいてくるとの報告が斥候の二番手からもたらされた。

「オークたちも斥候は出していますが、それほど動き回っていません」

「ふん、行きに通った路だからか。油断しているな」

オークとの決戦までおよそ四半刻を切っている。嘲笑を浮かべたルタンは、戦を前に味方の士気を上げようと、農民や丘の民に集るよう命じた。


 集った兵士たちを前に、大岩に乗ったルタンは一堂を見回してから、張りのある声で語りかける。

「聞け!者共!辺境王がお前たちに褒賞を確約してくださったぞ!」

見上げてくる一団を前に身振り手振りを交えつつ、危険な笑みを浮かべて兵士たちの欲望を煽る言葉を放った。

「オークの首を取ったものには、クーディウス殿がひとつ当たりフェレ銅貨10枚下さるとのお達しだ!オーク小人にも銅貨三枚。手柄を立てよ!」

激励というよりは扇動の類の内容であったが、効果は確かに在った。

「おお!」

武装農民や丘の民、傭兵たち。中でも特に貧しい者たちが興奮したようにざわつき、顔を見合わせていた。

フェレ銅貨は、辺境最大の都市ティレーで作られた打刻貨幣である。

海を隔てた南方の商業都市鋳造の大振りなレムス銅貨や、南王国謹製の優美なタレー銅貨に比べれば、流通している範囲も狭くて粗雑な作りではあるものの、辺境では相当の価値を保っている。

十フェレあれば子豚や数羽の雌鶏なども買えるし、三ヶ月程度を食いつなぐ事も出来る。

辺境の民にとっては確かに魅力的な褒賞であるから、貧しい者の心情をよく理解していると言えるだろう。

クーディウスからそれなりの資金を融通されていたルタンだが、使い道はここぞとばかりに大盤振る舞いを約束する。

「だが、こちらの人数は二百。敵は僅か五十!四人に一人にしか、栄達は手に入れられん。

早い者勝ちだ。金が欲しくば励めよ!者共!」

勝利は確実さと兵士たちを安心させながら、同時に欲望を呷るように演説を進めるルタンには、ヘイスも思わず感心する。

丘の民や傭兵、武装農民の欲望を煽ろうとした銀髪の豪族の試みは上手くいったようだった。

兵士たちの瞳には貪欲な欲望の炎が燃え上がり、当初の戸惑いのざわめきはすぐに大きな賛同の呟きとなって兵団に広がっていった。



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