本やラジオが好きな人に届けたい
──そもそも、「渋谷らくご」はどのような経緯で始まったのですか?
サンキュータツオ(以下、タツオ) ユーロスペースの創設者でオーナーの堀越(謙三)さんにオファーされたからですね。渋谷って昔は「文化の発信地」だった。「ジァン・ジァン」という有名な小劇場があったり、落語会も開催されていたり。でも、いまはワールドカップやハロウィンがあれば人は集まるけど、ただ騒ぐだけの場所になってしまって、「文化の発信地じゃなくなってしまった」という気持ちが堀越さんにあったようです。
堀越さんは映画以外にも舞台や落語も大好きな方だったので、ユーロスペースの2階の映画館をライブホールに改装したときに、「落語会を開きたいから手伝ってほしい」と。
──それで、キュレーターとして関わることになったんですね。
タツオ 「キュレーターってなにをやるんだろう?」とよくわからなかったんですけど(笑)。僕自身は落語が好きでずっと聴いていたので、それなら理想の落語会をやってみたいなということで、現場監督みたいな存在で関わることになりました。
──その、理想の落語会というのが「初心者でも楽しめる」というものだった?
タツオ 落語のお客さんって、人口と同じで、年齢の構成が逆三角形なんですよね。50年後とかを考えると、演者だけ増えてお客さんが減るっていうのは目に見えていた。それなのに、既存の落語会は、すでに人気のある師匠のスケジュールを取り合う傾向にあります。その師匠のファンが移動するだけで、新規のお客さんをつくれていなかったんですよね。
これから30年40年と落語を聴き続けてくれる、あたらしいお客さんをつくるには、まったく違う文脈から人を連れてこないといけないと考えました。そこで、そもそも落語に興味があった人とか、本を読んだりラジオを聴いたりするような習慣のある人が、最初に落語を聴くきっかけとなる場所にしたいなと。
──本やラジオのような、ほかのエンタテインメントが好きな人たちということでしょうか?
タツオ もっと言うと、「自分のために文化にお金を払える人」ですね。エンタテインメントって、嗜好品と同じで「生活には必要ないものだ」と思っている方たちもいらっしゃいますよね。そういう人にまで「落語を聴け」と言うつもりはないんです。
年に何冊かでも本を買って読むとか、CDを買ったりダウンロードして音楽を聴く、映画館に行く、劇場に足を運んだことがある。そういうエンタテインメントに理解のある人に、知ってもらいたかった。
落語は演者と客が一緒につくりあげるもの
──スタートから5年が経って、そのチャレンジは成功しているという感触はありますか?
タツオ とりあえず大きな赤字をつくらずに維持できているというのは、成功と言っていいのかもしれません。最初の半年くらいは、毎月5日間の公演で500人くらいしか動員できなかったのが、最近は平均1,000人くらい入るようになっています。
──2倍!「渋谷らくご」の認知が広まって、定着してきたんですね。
タツオ 「渋谷らくご」という小屋にお客さんがついてくれているというのは、うれしいですね。落語会でよくありがちな、「この師匠の独演会に行きたいけど、この日は空いてないから行けない」というのではなくて、5日間のうち空いている日にここに来て、誰が出るかはわからないけど楽しむ。そういう人たちが増えているのはありがたいなぁと思います。
──タツオさんは、漫才コンビ「米粒写経」として寄席にも出演されていますが、寄席に来る客層とは違いますか?
タツオ そうですね。寄席ってもっとゆるさを許容してくれる場所というか。お酒を飲んでる人も、ビニール袋をガサゴソしている人も、寝ている人もいたり。ある意味で多様性があって、すべての人にやさしい場所だと思うんですよね。
ここが狙っているお客さんというのは、映画やお芝居を見慣れている人たちなので、ほかのエンタテインメントと遜色ない落語の魅力、話芸の魅力というのを感じてもらいたい。だからノイズがあまりない状態で観てもらいたくて、僕は主催者として「マナー」をけっこう口うるさく言っているんです。
──それで毎回、開演前に「飴の袋を開ける音も響きます」って話をしているんですね。
タツオ 演者さんに気持ちよくやってもらうための、礼儀でもあるし、主催者が言うべき最低限のことかなとも思います。落語の場合は特に、演者さんがしゃべったことを想像するという芸能で、お客さんと一緒につくっていくものなので。いい一席をつくりあげるためには、演者さんとお客さんが協力し合う必要もありますから。
──お客さんと一緒につくるというのは、お客さんの反応も含めて、舞台が完成されるということですか?
タツオ そうですね。映画だったら、フィルムを上映するということに尽きると思うんですけど、落語の場合は、演る人も観る人も人間だし、動いているし感情もあるので。いま話している噺にお客さんが興味を持っているかいないのかっていうのは、手に取るようにわかるんですよね。ウケがよくないなと思ったら、どんどん前に出ていく人もいるし、前に上がった人がすごくウケていたら、「今日は笑わせなくていいな」としっかり聴かせにいく人もいる。公演自体が生き物みたいな存在なので、主催者として、空間づくりは意識しなくてはと思っています。
──演者さんも寄席とは、演じ方が違っていたりするのでしょうか?
タツオ だいぶ違うと思いますね。まず持ち時間が違う。寄席だとトリ以外は一人15分なので、そんなに重い噺はできない。でもここは一人30分。30分って、しっかりやるにはちょっと時間が足りなくて、小さい噺では時間があまりすぎるという。演者さんにとっては一番やりにくい時間だと思うんですけど、その窮屈さが、普段とちがう高座を見られるキッカケになっているのかもしれません。
講談も浪曲も、先入観を持たずに聴いて!
──「渋谷らくご」では二ツ目がトリを務めることもありますよね。二ツ目が活躍できる場所だなと感じています。
タツオ 「渋谷らくご」発のスターを生むということを、最初から意識していました。若手真打や二ツ目って、既存の落語会では見逃されがちだったんですよね。そういう落語会とは別のあり方を模索する中で、演者さんと同年代の20代や30代のお客さんたちがはじめて評価するというか、お客さんと演者さんが一緒に育っていく場にしたいなと思いました。
落語自体はよくても、興行勘がないと、自分でうまくストーリーをつくってお客さんを注目させることができなかったりするので、そこの手助けをするのも私の仕事だと思っています。
──実際に「渋谷らくご」発のスターが生まれてきていますよね。いまやテレビやラジオでも大人気の講談師・神田松之丞(かんだまつのじょう)さんもそうではないですか?
タツオ はい。松之丞さん、玉川太福(たまがわだいふく)さん、瀧川鯉八(たきがわこいはち)さん、春風亭昇々(しゅんぷうていしょうしょう)さん、いま真打昇進披露中の柳亭小痴楽(りゅうていこちらく)師匠。このあたりのメンバーは、ほっといても芽は出てきていると思うんですけど、「渋谷らくご」に出て良かったなと思ってもらえていると嬉しいな。
ただ、講談や浪曲に関しては、落語以上に知られていない時代だった。「松之丞」という名前も読めない人がほとんどだったと思う。釈台というものも見慣れないし、落語との違いもよくわからない。浪曲に関しては、コンビ芸ということさえ知らないという状態だった。
──私もここではじめて浪曲を聴きました。
タツオ そうですよね。寄席でも聴く機会はほとんどないですからね。でも、僕自身が若い頃に講談や浪曲でいい高座に出会ったというのもあって、「渋谷らくご」にも入れたいなと思っていました。そして堀越オーナーも浪曲は大好きだったんですよね。
講談には、日本人がずっと聴いてきたリズム感とか、聴くこと自体の気持ちよさの追求がある。浪曲には、義理人情といったような、日本人が忘れちゃいけない心のあり方を表現しているものが多い。こういう演芸は、先入観がない人たちに聴いてほしかったんです。だから、既存の落語クラスタには、「なんで落語の中に浪曲が入ってるんだよ」と叱られるのは覚悟で(笑)、無理を言って入れることにしました。
──でも、いまや「浪曲が聴ける」というのも、「渋谷らくご」の一つの名物になっているのではないですか?
タツオ かもしれないですね。よく出演してくれる玉川奈々福(たまがわななふく)さんは、日本浪曲協会の理事として世界中を駆け回って唸っていますし、太福さんはいろんな落語会のゲストに呼ばれたりと、注目度も高いですしね。
(後編は10月31日公開予定)