この動画のケースでは分かりませんが、世の中の子供の全てが聞き分けが良い訳ではありません。言っても聞かない子供というのは確実に存在します。 この動画の様に命に関わる場合、親はとにかく子供に危険を分からせねばなりません。 時には痛みを与えねばならない時もあると私は思います。
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躾のために手をあげる事と宏洋さんがされた様な、また凄惨なニュースになる様な虐待とは明確に区分されるべきです。 加減を知らず親の気分次第で子供の為を考えていない虐待は無論絶対に許されることではありません。
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虐待でさえも躾と自己正当化しているからこそ、凄惨な体罰が行われます。「加減を知る」ことも同様で、行き過ぎに気づく程の自律的な大人ならば、そもそもコミュニケーションによる解決を目指します。
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虐待と躾の区分ができず正当化する大人は仮に拳の暴力を禁じても他の方法で虐待に走るに決まっているので、そもそも子供と関わる立場になるのが間違いなのです。 子供の個性によって相応しい躾け方が違ってくるでしょう。 上記のような虐待以外であればどのような躾もコミニュケーションの範疇です。
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何が躾か分からん人が子供と関わるのが間違いだと言うのは尤もな話だけれども、現実問題として過度な体罰をする人がいるからクリアな線引きが必要でしょうって話です。 そもそも暴行や傷害をする人間は刑法犯ですし。
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Replying to @Lee0048698159 @hiroshi19890224
その線引きこそが「過度な体罰」だと思っています。 各家庭、各親と子供、躾ける内容の重要度などケースはそれぞれ異なるのに、一律に一つの躾け方を禁じるのは現実に即した考え方には思えません。
4:06 PM - 28 Oct 2019
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