ところは変わってバハルス帝国、ルプー魔道具店。
ツアレは他の店員たちと充実した日々を送っていた。ルプーの仕入れて来る商品はもともと質が良いものを選んでいる事に加え、どんな離れたところからでも質が落ちる前に店舗に運び込まれるためリピーターは絶えなかった。
それに伴いツアレたちメイドに対する給料やボーナスについても上がっており、今では一般の帝国民に比べてもかなり高い給金をもらっている。
しかも住居併用のこの店舗ではそれ以外に衣食住すべて福利厚生として店側に出してもらっており、お金に困ることはまったくなかった。まさに夢のような職場である。
「ん~ツアレ隊長の作るじゃがいものシチューおいしー」
「ほんとねーじゃがいもゴロゴロシチュー」
「あはははは、ゴロゴロってなによ」
今は昼食休憩中で店員仲間たちとも仲良くやっている。料理が出来るツアレは店の仕事以外では主に料理担当だ。
「そ、そんなこと……ないです」
「もー、謙遜しないの。今度ルプー様につくって差し上げたら?」
「は……はい……そう……ですね」
ツアレたちを助けてくれた女神のような女性、ルプー。たまにしか店には顔を出さないが本当に良くしてもらっている。もっと恩返しができればと思うがなかなか出来ない現状がもどかしくもある。
「それと今度……あの事聞いてくれる?」
「私たちが言いにくいし……隊長お願い!」
「は……はい……」
そんな幸せな日々にも一つだけ大きな不安があった。そのことを確かめたい確かめたいと思いつつ、誰も言い出せずにいた。しかし、今度こそは言い出さないとと心を決める。
「ちわーっす。元気にしてるっすかー?」
そこへ突如、女神の声が響き渡る。入口を見ると件の女神ルプーがニコニコと店舗の扉を開けてツアレ達へと手を振っていた。
ツアレを含め、そこにいた店員全ては席から立ちあがり軍帽の位置を直す。そしてツアレが前に進み出ると出来るだけ大きな声で周りに指示を出す。
「おかえりなさいませ!店長閣下!みんな!捧げ
「「「「はっ!!」」」」
店員たちは足をカッとそろえると掃除をしていた者達は箒やモップを銃剣代わりに掲げ、手の空いてる者達は軍帽へ手を掲げて敬礼を行う。
「おつかれさまっす」
ルプーも同じように見事な敬礼を返し、自分が教えたことを店員たちが完璧に守っていることに満足する。
「良い敬礼っすね!モモンガ様がご覧になってもさぞかし満足されることでしょう」
お褒めの言葉をもらってツアレは頬を染めながらはにかむ。女神から指示されたこの作法は開店前に徹底的に仕込まれているがきちんとするととても喜んでもらえるため、店員たちも気合を入れている。
「これも勉強……してます……」
ツアレが取り出したのはパンドラズ・アクター謹製のドイツ語問答集だ。モモンガより設定として与えられたありとあらゆるカッコイイセリフが記載してある。
「それは感心っすね!ところでお店のほうは問題はないっすか?」
「は……はい……お客様たくさん……です」
「それはよかったっす。その調子でがんばるっすよ」
「あ、あの……それで……」
「ん?」
「あの……借金の返済……ですが……」
「ああ……そういえばあったっすね……借金」
もはや普通に店員として働いているためルプー自身あまり気にもしていなかったが、そもそも借金のかたに働かせていたのだった。
「もう返済終わり……そうなん……けど……」
「へぇー……」
ツアレは不安そうにルプーを見つめて震えながら言葉を絞り出す。
「返し終わっても……ここ……いていいですか……?」
周りを見ると従業員すべてが不安そうな目でルプーを見ていた。自分たちを癒してくれた見返りの借金は返して恩を返したい。しかし、今ではその借金がルプーとの絆のように思えてしまっていた。返してしまったらもうルプーとのつながりが無くなってしまうのではないかと借金が減っていくたびに不安に襲われていたのだ。
しかし、それをルプーは笑い飛ばす。
「あっはっはー。そんなこと気にしてたんすか。せっかくみんな敬礼もしっかり出来たのに手放すわけないじゃないっすか。それとも辞めたいんすか?」
「い、いいえ!もっとお役に立ちたいです!」
「そりゃよかったっす」
「あ、あの……それで今日は何かありましたか?」
ルプーは用がない限りあまり店に来ることはないため要件を聞く。
「ああ、そうそう。モモンガ様の情報が得られたんすよ」
「まぁ、モモンガ様の!?」
モモンガ様とは女神であるルプーが神のように慕う存在。その情報が得られたと言うのはツアレは自分のことのように嬉しい。
「ただその情報を持ってるのが面倒な相手っぽいからまずは知名度を上げることにしたっす。知名度を上げて出てきたところを……一本釣りっすよ」
ルプーはまるで本当に釣りをしているように手足を動かしてジェスチャーを行う。ややオーバーアクションのように見えるがまるで俳優のようにその動きには澱みがない。
「面倒な相手……ですか?」
「スレイン法国って国らしいっす」
「スレイン法国……」
ツアレも噂では聞いたことがある。人類至上主義を謡い亜人を排除している宗教国家だ。
「モモンガ様……見つか……といいですね……」
ツアレとしては尊敬する女神様の願いが叶うことを願っている。そしてそんなツアレの言葉にルプーは込み上げるものがあった。
我慢しているが今すぐにでも創造主に会いたい。ひとめだけでも見たい、もしくは声だけでも聴きたい。そしてそれを願ってくれたツアレに素直に感謝する。
「ツアレは優しいっすね……」
「私も……ルプー様の気持ちわかります……生き別れになった妹と会いたいので……」
ツアレの話によると昔貴族にさらわれてた時に、妹とは生き別れになってしまっているとのことであった。
(妹……?)
ルプーの記憶に何かが引っかかるが今一つ思い出せない。そのため気休めの言葉のみになってしまう。
「会えるといいっすね」
「ありがと……ます」
ツアレとしては今の境遇だけでも満足している。それ以上望むなど贅沢だ。自分のことよりもルプーの役に立つことのほうを優先したいと思っていた。
「話を戻すっすけど、より知名度を上げるために飲食業に手を広げようと思ってたんすけど……その前に良い食材を作ることにしたっすよ。それで料理を……ん?これは……?」
説明を続けるルプーにテーブルの上の料理が目に入る。じゃがいもを使ったシチューのようであり、質素な料理ではあるが丁寧に作られているようで見た目は申し分ない。
「あ、それはツアレ隊長の作られた料理ですよ!」
「とっても美味しいんです!ルプー様もいかがですか!?」
他の店員たちがそういうのであれば料理のスキルとしてはそれなりのものを持ってるのだろうとルプーは判断する。
「ん~ツアレは料理ができるんすね?」
「はい……簡単なものだけです……けど……」
ルプーが次にやろうと考えていること。それは誰でも作れる料理で今まで以上のおいしさを提供することだ。
武具や肉体能力向上のアイテムは使う人間が限られている上に必要とされる時期しか売れない。
しかし、食料品において汎用性の高い材料を安価で質が良く大量に生産することに成功すればこの国だけでなく他の国へもロフーレ商会の名は広まるだろう。
「決めたっす!ツアレ隊長はこれより食料班の創設を命じるっす!」
「食料班です……か?」
「実はこれから畑を作ろうと思ってるっすよ。そこでとれる食材の味とか質を見て欲しいっす。それを使って料理をしてみて欲しいっすよ」
ルプーはドッペルゲンガーであり飲食不要。人間の好む味と言うのがさっぱり分からないため味見役は必要だ。これは現地の人間たちに判断してもらうしかない。
「それではツアレ隊長!頼んだっすよ!」
「うぇ……
ルプーの期待に満ちた目に見つめられて、ツアレはたどたどしくも神の作られた玉言を間違わずに宣言する。それを聞いてルプーは満面の笑みを浮かべるのであった。