もう、消えてしまってwaybackmachineで数ページくらいしか読めないのだけど
防府市のtak○21さん、という方による
防府市民、あるいは防府に所縁のある人の為の交流掲示板がかつて存在していて
そこには、ローカルな情報の交換や、防府市民にとっては、懐かしい話題や写真(駅前の丸久!)などがあった。
恐らく2002年あたりだろうか?
件のガクシザー水谷はその掲示板に
当時使っていた“チビマル”名義で
「縁あって横浜からこの防府にやってきました。」
とか
「中央病院(現、山口県総合医療センター)のロビーでthinkpadを叩いてるのがいたら、私です。」
みたいなことを呑気に書き込んでいたのだった。
もうその頃はおろか、それ以前から既に無職(!)だったガクシザー水谷にとっては
恩人の左巻教授にお情けで
少しだけ関わらせてもらった共著
「ダイオキシン 100の知識」が唯一の自慢だったらしく
「私の本を防府図書館、他に寄贈しました」
とも書き込んでいた。
…ってお前、オマケじゃんw
メインは左巻教授とあと一人で、
お前はオマケw
チビマルことガクシザー水谷が
左巻教授の名前を出さず、そのように書いていたのは
はっきりと覚えている。
確かそれに続けて
「今年中にまた2,3冊出す」とも偉そうに書いていた
自力なんかじゃ本なんてとても出版出来ないだろうに…
左巻教授の名前は一切出していなかった。
この頃から既に、後のkaetzchen時代や今ほどではないが、虚言の片鱗が見え始めている。
(余談だが、ちゅうごくのだいがくきょうじゅさまw@howtodominateによると
水谷英○は、左巻教授の創りあげた架空の人物らしいw
さらに驚くべきことには
以前には2013年逮捕された後、自害したと宣っていたが。健忘症なのか、馬鹿なのかw)
左巻教授によると
水谷が「無職」では都合が悪いので(可哀想なので?)
便宜上付けてあげた
サイエンスライター(失笑)の肩書きが
彼の心の拠り所だったらしく
その“お情けの肩書き”が
まるで自分一人で本を出したかのような
見栄を張らせたり
“病院のロビーでノートPC広げてライターごっこ”wなんて
こっ恥ずかしい奇行に走らせたのだと思うと
憐れみを感じるとともに失笑を禁じ得ない
あと、“しろしい”?だったかな、を取り上げて
「山口の方言はまだ難しい」みたいなことを掲示板に書いていた。
kaetzchen時代とは違い、まだ
サヨクな連中以外の、一般の人とも積極的に関わろうとしていたみたいだ
あ、@howtodominateになってから
積極的にサヨク以外の他者と関わろうとしてるかw
翻訳者とか本物の教授とか
マイクロビキニブログの管理人さんとかw
ただし、中国清華大学教授、医師という
もはや原型がないくらい
嘘で塗り固めた偽の経歴を前面に押し出してw
リアルの経歴じゃ
誰も相手にしないもんな
(これまた余談だが、しろしい、なんてそんな言葉は年寄りしか使わない。商店街のノボリに、色々な防府の言葉が書いてあるが、自分には殆ど分からないw
強いて解るのは、ゆわえる、そねぇに、くらいだ。
自分を含めた若者は、ぶち(とても)とか、えらい(疲れた)とか
語尾にちょるがたまにつく程度。おれはぶちや、ちょるなんて高校に入ったあたりから使わなくなったが。大学生になって他所の県に4年間住み、全く使わなくなった。大学時代も山口の方言が出ることはなかった。何故だろう。
あと
ここ十数年ゴリ押しされている、“幸せます”なんて言葉は、確かに存在はしていたらしいのだが、ケーブルテレビがゴリ押ししてて初めて知ったw)
物凄く話が逸れたが、tak○21さんは
今のチビマルことガクシザー水谷@howtodominateを見てどう思うのだろうか
…いや、どう思うのだろうかも何も
二回ぐらいしかチビマルは書き込んでないから、そんな奴覚えてね〜かw
追記 tak○21さんは創価関係の方だそうで
水谷英樹が創価相手に起こした暴力事件をどう思うんでしょうねぇ。教えてあげて、感想を訊きたいw
あ、どうせ覚えてねぇかw
防府市のtak○21さん、という方による
防府市民、あるいは防府に所縁のある人の為の交流掲示板がかつて存在していて
そこには、ローカルな情報の交換や、防府市民にとっては、懐かしい話題や写真(駅前の丸久!)などがあった。
恐らく2002年あたりだろうか?
件のガクシザー水谷はその掲示板に
当時使っていた“チビマル”名義で
「縁あって横浜からこの防府にやってきました。」
とか
「中央病院(現、山口県総合医療センター)のロビーでthinkpadを叩いてるのがいたら、私です。」
みたいなことを呑気に書き込んでいたのだった。
もうその頃はおろか、それ以前から既に無職(!)だったガクシザー水谷にとっては
恩人の左巻教授にお情けで
少しだけ関わらせてもらった共著
「ダイオキシン 100の知識」が唯一の自慢だったらしく
「私の本を防府図書館、他に寄贈しました」
とも書き込んでいた。
…ってお前、オマケじゃんw
メインは左巻教授とあと一人で、
お前はオマケw
チビマルことガクシザー水谷が
左巻教授の名前を出さず、そのように書いていたのは
はっきりと覚えている。
確かそれに続けて
「今年中にまた2,3冊出す」とも偉そうに書いていた
自力なんかじゃ本なんてとても出版出来ないだろうに…
左巻教授の名前は一切出していなかった。
この頃から既に、後のkaetzchen時代や今ほどではないが、虚言の片鱗が見え始めている。
(余談だが、ちゅうごくのだいがくきょうじゅさまw@howtodominateによると
水谷英○は、左巻教授の創りあげた架空の人物らしいw
さらに驚くべきことには
以前には2013年逮捕された後、自害したと宣っていたが。健忘症なのか、馬鹿なのかw)
左巻教授によると
水谷が「無職」では都合が悪いので(可哀想なので?)
便宜上付けてあげた
サイエンスライター(失笑)の肩書きが
彼の心の拠り所だったらしく
その“お情けの肩書き”が
まるで自分一人で本を出したかのような
見栄を張らせたり
“病院のロビーでノートPC広げてライターごっこ”wなんて
こっ恥ずかしい奇行に走らせたのだと思うと
憐れみを感じるとともに失笑を禁じ得ない
あと、“しろしい”?だったかな、を取り上げて
「山口の方言はまだ難しい」みたいなことを掲示板に書いていた。
kaetzchen時代とは違い、まだ
サヨクな連中以外の、一般の人とも積極的に関わろうとしていたみたいだ
あ、@howtodominateになってから
積極的にサヨク以外の他者と関わろうとしてるかw
翻訳者とか本物の教授とか
マイクロビキニブログの管理人さんとかw
ただし、中国清華大学教授、医師という
もはや原型がないくらい
嘘で塗り固めた偽の経歴を前面に押し出してw
リアルの経歴じゃ
誰も相手にしないもんな
(これまた余談だが、しろしい、なんてそんな言葉は年寄りしか使わない。商店街のノボリに、色々な防府の言葉が書いてあるが、自分には殆ど分からないw
強いて解るのは、ゆわえる、そねぇに、くらいだ。
自分を含めた若者は、ぶち(とても)とか、えらい(疲れた)とか
語尾にちょるがたまにつく程度。おれはぶちや、ちょるなんて高校に入ったあたりから使わなくなったが。大学生になって他所の県に4年間住み、全く使わなくなった。大学時代も山口の方言が出ることはなかった。何故だろう。
あと
ここ十数年ゴリ押しされている、“幸せます”なんて言葉は、確かに存在はしていたらしいのだが、ケーブルテレビがゴリ押ししてて初めて知ったw)
物凄く話が逸れたが、tak○21さんは
今のチビマルことガクシザー水谷@howtodominateを見てどう思うのだろうか
…いや、どう思うのだろうかも何も
二回ぐらいしかチビマルは書き込んでないから、そんな奴覚えてね〜かw
追記 tak○21さんは創価関係の方だそうで
水谷英樹が創価相手に起こした暴力事件をどう思うんでしょうねぇ。教えてあげて、感想を訊きたいw
あ、どうせ覚えてねぇかw