H-ⅡAロケットはH-Ⅱロケットで蓄積された技術に依拠しつつも、部品調達、構造、組立作業に至るまで全面的な見直しが図られている。
その基本的なコンセプトは、徹底的な簡素化による信頼性の向上とコストダウンである。
例えばメインエンジンとなるLE-7AはH-Ⅱロケット用のLE-7エンジンを改良したものであるが、高温にさらされるメイン噴射器部分の溶接個所が1/10まで減少し、代わってコンピュータ制御の工作機械による一体削りだしが多用されている。LE-5Aエンジンを改良したLE-5Bエンジンや補助固体ロケットブースターSRBを改良したSRB-Aでも同様な簡素化が図られ、この結果、部品点数はH-Ⅱロケットの35万個からH-ⅡAロケットでは28万個まで減少している。
またH-Ⅱロケットでは部品レベルまで純国産化が目指されていたが、H-ⅡAでは信頼性が高く価格も安い外国製部品の導入によって打上げコストを大幅に低下させ、例えば4号機の場合はH-Ⅱロケットの半分近い93億円まで低下させた。
宇宙への運搬手段には、多くの種類の人工衛星打上げ、宇宙ステーションへの資材運搬など様々なミッションが要求されるようになってきた。H-ⅡAロケットでは、固体ロケットブースター(SRB)、補助ロケットブースター(SSB)の数を調整することで、打ち上げられるペイロード質量を変えることができ、様々なミッションに対応できるようになった。
H-ⅡAロケットでは、機体の開発期間の短縮やコストダウンが図られ、ロケットの打上げ費用をH-Ⅱロケットの半分とすることが目標とされた。
設計の簡素化、製造作業・打上げ作業の効率化により、同じ打上げ能力では、H-ⅡAロケットの半分の打上げ費用で打上げられるようになった。第1段ロケットのメインエンジンであるLE-7Aエンジンでは、H-ⅡロケットのLE-7エンジンから配管の取り回しをシンプルにしたり、溶接部分を減らしたりする簡素化を行い、費用を削減するとともに信頼性を向上させた。
H-Ⅱロケット8号機失敗の主な原因が、LE-7エンジンの燃料ターボポンプ用インデューサ翼が疲労破壊したためと推測されたため、この教訓を反映して、H-ⅡAロケット用LE-7Aエンジンの開発に当たっては、
などの対策が盛り込まれた。
このうち、水素ターボポンプ単体での試験では、入口圧力がある値以下になると軸振動が急増することが判明した。このため、H-ⅡAロケット初号機ではエンジン推力を低めに設定することでターボポンプ回転数を抑制し、またタンクの加圧制御を見直すことで圧力を高めに設定し、ターボポンプの使用条件を緩和するなどの対策がとられた。またH-ⅡAロケット2号機以降に搭載されるLE-7Aエンジンについてはインデューサの吸い込み特性を改善する設計変更が適用された。
また、H-Ⅱロケット8号機の事故原因であるLE-7エンジンの故障原因究明や宇宙開発委員会特別会合の審議などから、H-ⅡAの開発体制には以下のような改善が加えられることになった。
◎宇宙開発事業団とメーカの役割・責任関係
・ 製造現場における品質保証責任の明確化
◎宇宙開発事業団の組織・体制・業務運営の改革
・ 品質保証活動の強化
・ 研究開発活動の強化
・ 技術基盤の確立と確実な開発
・ 独立技術評価体制の強化
・ 高度情報化環境への移行
◎H-ⅡAロケットの開発強化
・ LE-7Aエンジン合同開発チームの設置
H-Ⅱロケットの打上げが2回連続で失敗したことを受け、初号機打上げ前の試験検証を強化し、H-ⅡAロケットの開発を確実なものとするために、以下の試験を実施して信頼性の向上が図られた。
a)H-ⅡAの第1段エンジン
H-Ⅱロケットの8号機は、第1段ロケットエンジンの燃焼異常停止により、指令破壊を行い、打上げに失敗した。
第1段ロケットのメインエンジンであるLE-7Aエンジンでは、H-ⅡロケットのLE-7エンジンから配管の取り回しをシンプルにしたり、溶接部分を減らしたりする簡素化を行った。結果、LE-7エンジンと同じ真空中での約112トンの推力を維持しつつ、信頼性の向上に成功した。
b)第2段エンジン
H-ⅡAロケットの第2段ロケットでは、エンジンをLE-5Aエンジンから改良したLE-5Bエンジンに改良した。H-Ⅱロケットでは、第2段ロケットの宇宙空間での再着火により、複数の軌道に衛星を投入することができたが、H-ⅡAではLE-5Bの再々着火機能により衛星の静止軌道直投入、複数衛星の異なる軌道への投入、月・惑星探査軌道投入など多様なミッションに対応できるようになった。
c)固体ロケットモータ
H-ⅡAロケットでは、H-Ⅱロケットの固体ロケットブースターを改良したSRB-Aと補助ロケットブースターであるSSBの2種類の固体ロケットモータを装着できるようになった。SRB-Aは2基または4基、SSBは0基、2基、4基の装着が可能であり、下記のバリエーションにより、打上げ能力を調整することができるようになり、より多様なミッションに対応できるようになった。
H-ⅡAロケットのSRB-AはH-ⅡロケットのSRBから次の改善を行い、低コスト化、信頼性の向上を行っている。
d)電子機器
H-ⅡAロケットの誘導制御機器はH-Ⅱロケットと同じストラップダウン慣性誘導方式で、完成センサユニット、誘導制御計算機で構成される管制装置を搭載している。
e)部品
設計の簡素化により、信頼性向上、コストの削減がなされている。また、H-ⅡAロケットでは、独自の部品選定基準を設定した。1段目と2段目をつなぐ段間部では、H-ⅡAで炭素繊維複合材と発砲材のコアによるサンドイッチ構造により軽量化を達成した。
LE-7Aエンジンの認定試験は、1999年(平成11年)から2台の認定エンジンによって開始された。この過程で発生した不具合と対策は以下のとおりである。
a)プリバーナ燃料エレメント折損
b)ノズル再生冷却チューブ溶損
また機体システム試験(GTV-I)に供されていた実機型3号機では、
c)始動停止過渡時横推力過大
という問題も発生した。
このうち、a)については、フィルム冷却流量変更による共振回避という対策がとられたが、b)とc)についてはいずれもノズル下部を板金、フィルム冷却とした構造に起因するため、H-ⅡAロケット初号機打上げ予定である2000年(平成12年)までの完全な対策は困難と判断され、当面の打上げには下部ノズルを装着しないエンジンを使用することとした。
その後、H-Ⅱロケット8号機の失敗により認定試験は一時中断される。 H-ⅡAロケット初号機が2001年(平成13年)に延期された上で認定試験は再開されるが、2000年(平成12年)10月に実施された試験機1号機用エンジン領収燃焼試験では以下のような不具合が発生した。
(ア)酸素タンク加圧用配管ベローズの流体励起振動による破損
(イ)酸素ターボポンプケーシングニッケルのメッキ剥れ
(ウ)ノズル冷却管ロウ付け侵食
このうち(ア)についてはベローズの設計変更、(イ)についてはメッキ補修の非適用という形で対策がとられた。(ウ)についてはバインダ混合量の抑制と炉の圧力・温度制御によりバインダ揮発を促進することで対策した。
LE-5Bの認定試験にあたるフェーズ2試験は1997年(平成9年)から1999年(平成11年)にかけて行われた。ここで発見された不具合としては、
(エ)ニューマティックパッケージ作動不良
(オ)エンジン作動点シフト
(カ)水素ターボポンプディスクシャフトクラック
の3点で、(エ)については部品寸法公差見直しとベントポート共通化、(オ)については酸素ターボポンプタービン入口に整流ベーン装着、(カ)についてはショットピーニング適用と隅R拡大の対策がそれぞれとられた。
H-ⅡAロケット初号機は、2001年(平成13年)8月29日に種子島宇宙センターより打ち上げられた。
打上げ形態はSRB2本を装着する最も基本的な形態とされ、ペイロードには実用衛星ではなく性能確認用ペイロード(VEP-2)とレーザ測距装置(LRE)が搭載されていた。
打ち上げられたH-ⅡAロケット初号機は予定された飛行経路を飛行し、40分後にLREを所定の静止トランスファ軌道に充分な精度で投入した。
試験機1号機
2001年(平成13年)8月29日 H-ⅡAロケット性能確認用ペイロード(VEP-2)、レーザ測距装置(LRE)の打上げ成功。
試験機2号機
2002年(平成14年)2月4日 民生部品・コンポーネント実証衛星「つばさ」(MDS-1)、H-ⅡAロケット性能確認用ペイロード(VEP-3)及び高速再突入実験機(DASH)の打上げ成功。
3号機
2002年(平成14年)9月10日 データ中継技術衛星「こだま」(DRTS)、次世代型無人宇宙実験システム(USERS)打上げ成功。
4号機
2002年(平成14年)12月14日 環境観測技術衛星「みどりⅡ」(ADEOS-Ⅱ)、小型衛星スピンバス技術衛星「マイクロラブサット」(µ-LabSat)、鯨生態観測衛星「観太くん」(WEOS)及び豪州小型衛星(FedSat)打上げ成功。
5号機
2003年(平成15年)3月28日 情報収集衛星1号A・B(レーダー衛星及び光学衛星)打上げ成功。
6号機
2003年(平成15年)11月29日 情報収集衛星2号A・B(レーダー衛星及び光学衛星)打上げ。SRB-Aの分離に失敗し、高度及び速度が不足することから指令破壊された。
7号機
2005年(平成17年)2月26日 運輸多目的衛星新1号「ひまわり6号」(MTSAT-1R)打上げ成功。
8号機
2006年(平成18年)1月24日 陸域観測技術衛星「だいち」(ALOS)打上げ成功。
9号機
2006年(平成18年)2月18日 運輸多目的衛星新2号「ひまわり7号」(MTSAT-2)打上げ成功。
10号機
2006年(平成18年)9月11日 情報収集衛星光学2号機打上げ成功。
11号機
2006年(平成18年)12月18日 技術試験衛星Ⅷ型「きく8号」(ETS-Ⅷ)打上げ成功。
12号機
2007年(平成19年)2月24日 情報収集衛星レーダ2号機、光学3号機実証衛星打上げ成功。
13号機
2007年(平成19年)9月14日 月周回衛星「かぐや」(SELENE)打上げ成功。
14号機
2008年(平成20年)2月23日 超高速インターネット衛星「きずな」(WINDS)打上げ成功。
15号機
2009年(平成21年)1月23日 温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT)、小型実証衛星1型(SDS-1)打上げ成功。公募により選ばれた以下の小型副衛星も同時に打ち上げられた。
16号機
2009年(平成21年)11月28日 情報収集衛星光学3号機打上げ成功。
17号機
2010年(平成22年)5月21日 金星探査機「あかつき」(PLANET-C)及び小型ソーラー電力セイル実証機「IKAROS」打上げ成功。公募により選ばれた以下の小型副衛星も同時に打ち上げられた。
H-ⅡAロケット6号機は2003年(平成15年)11月29日に情報収集衛星(IGS)を搭載して種子島宇宙センターより打ち上げられた。しかし2本搭載したSRB-Aのうち1本が分離できず、高度及び速度が不足することが予想されたため、打上げ約10分後に指令破壊された。
この事故の後、宇宙開発委員会調査部会は、H-ⅡAロケット6号機の打上げ失敗の原因究明及びその対策について調査審議を進め、メーカを含めたJAXAの業務の進め方について、これまでの提言等をフォローアップし、潜在的な問題が残っていないかを再検討するための「特別会合」を設置した。さらに、H-ⅡAロケットの確実な打上に向けて万全を期すための「H-ⅡAロケット再点検専門委員会」を設置し、JAXAの行う再点検について調査審議を行った。
打上げ失敗の原因であるSRB-Aの分離失敗は、以下の過程で至った可能性が高いと考えられる。
「特別会合」においては、信頼性向上のために速やかに実施すべき改革として、以下の具体的な対策を提言した。
さらに、国民から信頼される宇宙開発の実面に向けて、JAXA及び関係機関に着実な取り組みを求めるべき以下の事項を助言した。
「H-ⅡAロケット再点検専門委員会」においては、以下の項目をとりまとめ、技術的助言がJAXAにおける再点検に有効に反映されるよう、適切なタイミングで技術的助言を行った。
なお、JAXAにおける再点検の概要は以下のとおりである。
「H-ⅡAロケット6号機打上げ失敗の原因究明及び今後の対策について」(平成16年6月9日宇宙開発委員会)において、今後の対策を以下のように取りまとめた。
H-ⅡAロケットに係る取組みについて
責任分担体制等について
今後の開発の進め方について
JAXAの取組みについて
この事故の後、JAXAは、開発基本問題検討委員会、開発基本問題に係る外部諮問委員会、信頼性改革本部、開発業務・組織検討委員会、信頼性推進評価室などを立ち上げて信頼性の向上を図った。
また、2002年(平成14年)6月には、H-ⅡAロケット標準型の技術を民間企業に移転して民間企業がH-ⅡAロケット打上げ輸送サービスを主導するとの方針が、総合科学技術会議及び宇宙開発委員会で打ち出された。2006年(平成18年)より三菱重工(MHI)がプライム企業として打上げを担当し、2007年度(平成19年度)よりMHIによる打上げ輸送サービスが開始された。
研究開発局参事官(宇宙航空政策担当)付
-- 登録:平成23年02月 --
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