Googleの量子超越性実証で世界騒然、ビットコインが落ちて、IBMが励起してますね。
正式発表の再現図(上)だけじゃ信じられないぞということで、UCサンタバーバラのGoogle量子ラボで量子チップ「Sycamore」を触ってきました!
ところで量子超越って何?
量子コンピュータと古典コンピュータがエンジンをふかして一直線に並び、速さを競うドラッグレースです。古典が勝ては今のパソコンはしばらく安泰。量子が勝てば「量子超越(Quantum Supremacy)」となって、今のパソコンもうかうかしていられない、ということになります。
Googleは2017年前から少しずつ実験を進めてきたんですが、「どうやら抜いたっぽい」という実験内容をNASAが1か月前うっかりリークしたことから、今回、Natureの巻頭特集(動画はこちら。女子エディターの目ヂカラがすごい)となって、世界の知るところとなりました。
アメリカでは大統領になり代わってイヴァンカ譲がツイートで高らかに「アメリカ、Quantum Supremacy達成したよ!」と宣言。大騒ぎになってるんですね~はい~。
「Quantum Supremacy」で検索するとイヴァンカ譲のツイが一番上にヒットする
量子超越実証はGoogleとUCサンタバーバラ校ジョン・マルティニス研究室(全員Google社員)の共同研究の成果。大学のプレスリリースには院生Brooks Foxen君のこんなコメントがあります。もうTVでもおなじみですが。
従来のスパコンで1万年かかる演算がうちの量子コンピュータでは200秒で終わった。1万年は推定値なのでハードとアルゴリズムを改善すればもっと短くなるかもしれない。でもとりあえず15億倍のスピード差があるので、超越と呼んでもいいと思う。
これを受け、IBMは「何をばかな、われわれの古典コンピュータは2日半で処理できた」と発表(対立論文)、香ばしい感じになっているのは既報のとおりでございます。また、Samsungが大慌てで競合IonQに5500万ドル(約60億円)の出資を今週発表するなど、量子開発レースが一気に火がついたかたち。
シャカリキになるのも無理はなく、世界中の機密は古典コンピュータで守られていますから、量子コンピュータに破られたら国家機密は丸裸…。A winner takes all(1着の者がすべてを奪う)のレースにおいては、1秒でも先を走っていないとヤバいんです。
それは普通の高速沿いの普通のビルにある
さて、噂の渦中にあるラボは海と山に囲まれたカリフォルニア州ゴレタで、高速のすぐ隣にあります(このマイナーな地名でUCSBの地元とわかってしまうのは息子が通ってたからですけど、日本のみなさまは中村修二教授でご記憶の方も多いのでは)。オフィスの入り口はこんな感じです。
蛍光灯、グレイのキュービクル、自転車とサーフボードのラック。南カリフォルニアの何の変哲もないオフィス。でも働いているのは未曽有のコンピュータを手がける物理学とコンピュータサイエンスの精鋭たちです。2重ドアの向こうには円筒状のマシンがあって、中の量子チップを宇宙の真空より低温に保っています。
「スプートニク・モーメント」
宇宙飛行士みたいなシルバーコートをまとったGoogleエンジニアのHartmut Nevenさんは記者団を前にこう語りました。
「量子が超越するような実験をわざわざ選んだと批判されたり、[量子チップのSycamoreは]まだ何の役にも立たないとよく叩かれるので、そのたびに言うんですよ。これは“スプートニク・モーメント”なんだからって。スプートニクだって何の役にも立たなかった。ただ地球の周りをぐるぐる回っただけだ。だがあれが宇宙時代の幕開けだということを疑う人はいない」
実験道具
トランジスタでデータを0と1の「ビット」で表すのが古典コンピュータであるのに対し、量子コンピュータではデータを人工原子の「キュービット(量子ビット)」という風に呼びます。キュービット(QはquantumのQ)は論理的な法則ではなく、独特な量子力学の数理で相互作用します。0か1の姿を取り、古典コンピュータみたいに長いバイナリコードを生成するのですが、演算中は0と1の状態を行ったり来たりして、それに応じて観察者が最終的に見たときに0になるか1になるかの確率が決まったりします。
キュービットはそれぞれ小さな+字型の超電導ワイヤのループでつくります。装置内では、電流が抵抗ゼロで移動できるだけでなく、装置全体がひとつの電子のように振る舞う構造になっていて、1つの+サインが4つの+サインに結合し、格子状に配列されます。
素人目には量子チップも、普通のチップと区別はつきません。このウェディングケーキをひっくり返したみたいなシャンデリアの下のところに置いて真空チェンバーに入れて、15ミリケルビン(-273℃)まで冷却。で、ワイヤからキュービックに微細なパルスを送ってやると励起するので、その様子をもう一方の+サイン側の小さな装置で計測するんですね。
気になる問題設定は…
Googleが量子超越性実験を最初に考案したのは2016年です。ロジックは簡単。
1)量子ゲートでランダム回路を設定して、それと同じ回路を何百万回も計測し直していくと、量子干渉と呼ばれるエフェクトによって、ある特定の0と1の配列になる確率が高くなります。
2)スパコンにその量子コンピュータをシミュレートしてもらって、同様の確率で同じ配列を再現するよう指示。
3)キュービット(処理)を1個増やすごとにスパコンはだんだん追い付けなくなっていきます(=超越性実証)。
なんだー量子の真似っ子させるんだから圧倒的に量子有利じゃん、スプートニクっていうかさ…と思ってしまいますが(なぜこんな問題設定になったのかについてはつくばの博士の解説がおすすめ)、ともあれ、これでやってみたところ、Sycamore量子チップは、54キュービットあるうちの53キュービットを投じるだけで(つまり1つ使わなくても)スパコンを余裕で引き離すことができたのだといいます。答え合わせは簡単で、回路の複雑さを緩めてやるだけでよく、スパコンが確認できるレベルまで落とし、その予想を外挿することで行なえるとのこと。
テキサス大学のScott Aaronson教授の助けを借りて、量子超越性実験の応用まで用意しました。実験ではランダムなビット配列を生成します。暗号化でも宝くじでもランダム性はとても重要で、ランダムと言いつつランダムじゃなくて、それを導き出す法則がバレたら鍵にも、くじにもなりませんよね? 実験では、こうしたランダムな数が、通常のコンピュータでは決して導き出せない、本当にランダムな数であることが実証できるのです。
画期的なマイルストーンと世界騒然ですが、コンピュータは誤りも多く、下界に触れるだけでキュービット君は間違い吐きまくります。でもまあ、実験ではキュービットを加えるごとに、誤りの数は予想の範囲内で増大しました。配列、特に格子状の+サインの配列は、将来こうした問題を予測・回避できる未来を見越して、それに対応するように考案されたものだといいます。
「こうした誤りも把握していることを立証したつもりです。これは今回のブレイクスルーを工学と物理学で捉えた場合、とても大事な要素と言えます」と、Google研究員のMarissa Giustinaさん(ラボで紅一点)は話してくれました。
量子コンピュータを触ってみた
IBMのQシステムもそうですけど、プログラムは普通のコンピュータと同じUIで、キュービットごとにパルス生成、値の変更などの操作ができます。キュービットにパルスを送ってやると、オシロスコープにその形状が表示されるんですね。処理をひとつ加えるごとに、キュービットが最終的に0と1のどちらになるかの確率が変わっていく様子も観測できました。
世界超一流のスパコンに包囲される
古典コンピュータだってもっと速くできる、正しいアルゴリズムが見つかってないだけ、という批判もありますけど、NevenさんはIBMの「1万年どころか2.5日で終わった」という発表について次のように語っています。
「量子超越性の論文を発表してから、古典陣営は改善に改善を重ね、もはや古典スパコンのベンチマークになってしまってます」。NASAからオークリッジ国立研究所まで、ありとあらゆる研究員が古典コンピュータのアルゴリズムの限界を押し上げていて、Googleのこのシャンデリアみたいな装置1個で全世界の頂点のスパコンを相手にがんばってるんだとか。
科学研究分野で、Googleはかつてない規模の複雑な量子システムを世に示しました。コンピュータの分野では、量子コンピュータにできて古典コンピュータにできないことがひとつでもあることを示せたことで、新たな未踏の領域に入ったと言えます。「私たちが到達した領域は新しくて、どんなツールもまだない」と言っていたGiustinaさんの言葉が印象的でした。