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 「世界はずっと安全になった」。トランプ大統領は自賛するが、それは誇張が過ぎる。

 米政府は、過激派組織「イスラム国」(IS)の最高指導者が死亡したと発表した。米軍が中東のシリアで隠れ家を急襲したところ自爆したという。

 ISは一時、シリアイラクにまたがる広域を支配した。特異な宗教解釈に基づき、異教徒を奴隷にしたり、外国人を斬首したりした。その残虐さはいまも記憶から拭えない。

 米国とロシアが主導した空爆と地元部隊による攻勢で、近年は支配地をほぼ失った。指導者の死は、改めてISの衰退を印象づける効果はあろう。

 しかし組織の指導者が一人消えても、過激思想はなくならない。テロを生み出す土壌も変わっていない現実を、米国も国際社会も見失ってはなるまい。

 ISが生まれた背景には、米国が始めた2003年のイラク戦争があった。力ずくの体制転換後、この国は内戦状態に陥った。国連によると5年間で15万人以上のイラク人が死亡した。

 今回自爆したとされるバグダディ容疑者も、反米闘争の組織を率いた一人だった。やがて隣国シリアの内戦に乗じて勢力を伸ばし、14年に「イスラム国」の樹立を宣言した。

 宗派や民族で分断されたイラクではいまも政府の統治能力が低く、市民の抗議デモで多数の死者が出ている。シリアは8年間におよぶ内戦で500万人以上が難民となっている。

 戦乱や抑圧が人々の希望を奪い、そこに過激思想が浸透し、各地にテロを拡散させる。その連鎖を断ち切るには、中東などの混乱地域に安定した秩序を築く地道な努力が必要だ。

 それは01年の米同時多発テロ当時から語られたはずだが、トランプ氏は中東などから米国の関与を一方的に減らす姿勢を鮮明にしている。「砂漠をめぐる争いは、ほかの誰かにやらせよう」とも述べた。

 米国を主因とする混乱を放置したまま手を引くというのでは無責任のそしりを免れない。さらには世界各地の治安にも暗い影を落とすことになろう。

 ISには中東に限らず、欧米も含む110カ国から若者ら4万人が加わった。影響が指摘されるテロはアジアでも起きた。ISにとどまらず、ネット空間を通じて地球規模で様々な活動が伝播(でんぱ)する時代である。

 トランプ氏は今後も、身勝手な「米国第一」政策から脱しそうにない。国際社会はテロの温床である各地の紛争や荒廃から目を背けず、連携して改善に取り組むほかない。持続可能な世界をつくる広い目標のなかで、日本も考える必要がある。

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