オーバーロード 骨の親子の旅路 作:エクレア・エクレール・エイクレアー
ラナーの返しの刃には心底驚かされた。大使として十分な頭脳とカードの切り返し方を心得ている。帝国の秘密は暴かれ、自分たちの身も土地も切り売りする度量。最初の取り組みはジルクニフの負けだ。
だからそこまで話を伸ばさずに両国で協力して取り組むことを決めた。帝国の機密にこれ以上触れてもらいたくなかった。どこからバレるか知れたものではない。
続いて話し合うのは停戦協定について。産業に関する同盟を結んだのだから、攻め込まないでほしいという嘆願だ。
ラナーは帝国に表向きの武力で敵わないことがわかっている。戦争になったら、冒険者を戦争に組み込めなければ負けるとわかっている。だから実質「下」になることを受け入れてこの会談に臨んでいた。そのことはジルクニフもわかっている。
「先程土地についての協議をしたばかりだからな。戦争を仕掛けようとはもう思わんよ。それに戦事は金がかかる」
「同意していただき感謝いたしますわ。ジルクニフ皇帝」
「だが、今の王国の戦力がわからないわけでもない。ラナー王女という王国唯一無二の存在を護衛するのが国固有の戦力ではなく、冒険者という時点で底が見えるというものだ。それがたとえアダマンタイト級であってもな」
「隠していても仕方がありません。王国は今、戦争などできる戦力など保有してはいませんから」
いくら国事情が筒抜けとはいえ、こうもあっけからんと告げてしまうラナーにその場に居た全員が驚いてしまった。
帝国の情報収集能力は優秀だ。そして王国の人間である「蒼の薔薇」の面々も王国の状況はわかり切っている。徴兵なんてできる状態ではないと。
だが、それをこうもはっきり言うものか。
「……帝国が本気で王国を攻めれば、落とせそうだな」
「落ちますね。ですが戦力差などわかりきっていたでしょう?王国は何をするにも時代遅れ。ただ人民を無駄に消費してばかりの、失敗作。それがある国の評価でしょう。帝国と王国は、いわゆる光と影ですから」
「そこまで知っているのは王国では王女だけか?」
「いいえ。ザナック国王も知っていますわ。前国王は知らなかったようですが。少し考えればわかることでしたのに」
「それでは気付かなかった者が可哀想だ。やめておけ」
「そうですわね。つかぬことを聞きますが、ジルクニフ皇帝は今でも周辺諸国の統一を考えておいでですか?」
その質問にどう答えるか、ジルクニフは少し逡巡した。正直に答えるか否か。ラナーに隠し事はできないとわかっているが体面もある。部下たちの士気にも関わることだ。そしてアダマンタイト級が相手にいるというのも大きい。
冒険者というのは国に縛られない。だが実力者という質の悪い立場だ。口を開くことも自由だ。ここで情報規制を約束させればいいが、そういうことにも縛られない。この場に冒険者が護衛としている時点で面倒なのだ。
だが、わかったとしても帝国には何も不利益はないとみてジルクニフは素直に話すことにした。これ以外重要なことだったら口を噤もうと決意する。
「ああ、考えている。いずれは周辺諸国を全て統一しようとは常々な。……法国を除いて」
「あら。賢明な判断ですわ。あの国には手を出さない方が良いでしょう」
「なるほど。その言葉が聞きたかった。決意が定まったよ。あの国には何もしない」
「私の言葉を一材料にしていいのですか?」
「いいとも。他の国の人間があの国をどう考えているか知りたかった。そう言う意味では法国の特殊部隊と戦った『蒼の薔薇』の面々にも話を伺いたいものだが?」
「えっ?」
いきなり話を向けられて目線まで向けられたラキュースはいきなりのことに声を上げてしまった。この二人の話の行き着く先は気になっていたが、護衛として来ている冒険者に話が振られるとは思っていなかった。
何かボロを出さないためにあえてラナーは一人で来ていた。下手に文官を連れてくると余計な口を出される可能性があったからだ。王国の最大の頭脳であり交渉事ができるのはラナーだ。それ以下の人間を連れてくる意味は一切なかった。
そんな中で護衛に来ている冒険者に話を振るというのはタブーだ。こうして国のトップ同士の会談なのに、アダマンタイト級とはいえ話を振るとは。
相手がラキュースという王国の貴族というのも質が悪い。もちろんジルクニフは狙って話を振ったが。
ラキュースとしてもラナーの会談の邪魔をしないために、一切口を出さないつもりだった。ここに来ている理由はあくまで護衛。王国貴族としてではない。ここでうかつな発言をしたら王国の未来が決まりかねないので、ラキュースとしても話を流す方針だった。ラナーにも事前に釘を刺されていたのもある。
「すみません、ジルクニフ陛下。その話は次の機会に……」
「アダマンタイト級の君たちと話ができる次の機会はいつになるのか。お互いに忙しい身だ。これが帝国の冒険者だったら話は別だが、諸君らは王国に籍を置く者。数年後では私の考えも変わってしまうかもしれん」
「この会談が終わった後であれば、いくらでも構いませんよ?護衛にはもう一チーム冒険者がいますから。ジルクニフ皇帝は協定が決まった次の日に覆すような方ではないでしょう?」
「もちろんだとも。私としては諸君らの活躍を、冒険譚を聞きたいだけだ。その中でかの特殊部隊と戦った話は一意見として聞きたい。見聞を広めるためには様々な立場の人間に聞くのが一番だ」
ラナーが了承したことにはジルクニフも面食らったが、こちらの信用問題を出されたら手は返せない。意地悪で追い詰めようとしたが、軽くあしらわれてしまった。
法国の危険性などわかりきっている。人類の守護のためなら人間を殺すような作戦を立てるような集団だ。他国の人間の命をそこまで重視していない。奴らが重視しているのは六大神の宗教と、その教えを守ることに酔っている自分たちだ。
他国の人間はただの実験道具。今までやってきたことを考えればそれくらい察せる。
「……ラナー王女。君は王国の存続を諦めているのか?」
「何故そうお思いに?」
「戦力差はわかり切っている。実質帝国の下に着くような同盟を要請する。だが、隷属するわけではない。とはいえ、国力の差は覆そうにない。それがわかって諦めているのかと思ったが……。君の目は全く諦めていない。何を考えているのか、わからないと思っただけだ」
「ああ、なるほど……。たしかに実りという意味では王国はようやく舟に乗ったところ。やっと泥沼から掬い上げられましたわ。でもこの大海を進むには舟をどうにかしないといけません。どうにか人間の手で、ちゃんと帆を張って進まなければなりません」
たとえ話だ。今はその途中。意志からしても諦めている様子はない。ただ時間稼ぎがしたいだけだという目的も透けて見えていた。
彼女の性格上、そんな本格的に国家事業に乗り出すとも思わなかった。王国を真の意味では愛していないとジルクニフは悟っていた。
それが今はどうだ。たとえボロボロの木舟だろうと、必死に建て直そうとしている。その心境の変化がわからなかった。
「ところでジルクニフ皇帝。ドラゴンに会ったことはありますか?」
「ドラゴンに?いや、遠目から見たことはあっても会ったことはないな。君はあるのか?」
「さて、どうでしょう。ただ御伽話の中でドラゴンとは強大な力を持ち、人間を超える知能を持つ存在だとされていますよね?」
「評議国のトップも竜王だからな。それで?」
「もし、ドラゴンの巣が王国内に唐突にできていればどうしますか?私はそれを憂いただけです」
「……バカな!」
ここで一つ、ジルクニフは一つ勘違いをする。この世界にはドラゴンは平然と暮らしているし、評議国という竜がトップにいる国家も存在する。竜王国という、竜王と人間の混血児も存在する。
ラナーも否定せずに流したことが勘違いの要因だ。
だから、王国にドラゴンが巣くったということに驚愕した。そして実質裏から支配しているのだと。実際にはドラゴンは暗喩で、むしろドラゴンよりも強大な力を持ち、知能も越えている、それこそある国では神と称される存在だが。
そんな存在がいるのであれば、王国を攻めるわけにはいかない。ドラゴンに喧嘩を売れば帝国もただでは済まないどころか、滅びる可能性がある。それだけドラゴンというのは種族的にも強者なのだ。
たとえ周辺諸国最強の魔法詠唱者であるフールーダでも一体の相手をするのが限度。複数いたらそれだけでダメだ。
「……それを知らせるための会談でもあったのか?」
「はい。お互いに、住む場所をなくしたくないでしょう?そんな存在に喧嘩を売るなんてもってのほか。その方々の実力は確かな実力者たちが認めるほどです」
「……感謝する、ラナー王女。そのドラゴンは巣から出て来ずに、人間を襲ったりしないのか?」
「住処を襲わない限りは。一度、それで失敗しています。それ以降は住む限りは人々に危害も加えず、むしろ加護を与えてくれています。それほど穏やかな方々です。逆鱗に触れれば、言わずもがなですが」
「そうか……。その制御は王国だけでできるものなのか?」
「今のところは。もし大変になりましたら、帝国にも要請を出しますので」
(とんだ貧乏くじだな……)
騙されたとまで思った。そんな爆弾を放つためにここまで来て、今の状況を作り出してきちんと爆破させた。沈む舟に乗らされた気分だ。今日は悉く負けてばかり。少し前までのラナーであればもう少しやりあえる自信があったのだが、ジルクニフは全てラナーの掌の上で転がされていた。
だが、会談はここで終わりじゃない。まだ気を抜くことはできないと一層気持ちを落ち着かせて続きをしようとしたところに、大きくドアをノックする音が三回響いた。
入室を許可すると、入ってきたのは見覚えのない王国の兵士とモモンガ。その王国の兵士は肩で息をしていた。
「会談中申し訳ありません!王国から早馬にてラナー殿下にお伝えすることがございます!」
「何でしょうか?」
「王国内にてクーデターが発生!エ・ランテル内部で起こったためにエ・ランテルは壊滅状態。そのままクーデター軍は進撃を続けています」
「……その主犯と、進軍方向は?」
「バルブロ元王子です。進行方向はトブの大森林方面。そちらへ向かった理由はわかりませんが、王国へ正しき復讐を、と述べていました」
「――ッ!」
ラナーは顔を瞬時に青褪めさせた。そして報告をした兵士の脇に立つモモンガの顔を見る。その幻術で変えられた顔は、誰が見ても怒りに震えていた。
「ラナー殿下。申し訳ありませんが、約束通り、我々は護衛任務を取りやめて戻らせていただきます。ブレインは置いていきますので、そのまま護衛にお使いください」
「オイ、待てよ!俺も一緒に帰るぞ!カルネ村の危機だろ!?」
「だからこそだ。……お前に、人間を虐殺するところを見られたくはない」
叫びながら入ってきたブレインを、モモンガは諫める。パンドラはもちろん着いていく。
ブレインを置いていくのは「黒銀」としての面子を保つためと、語った通り虐殺を見られたくないため。こうも長く付き合っていればブレインとの間に親愛の情も湧いてくる。そんな人間に、酷い姿は見せたくなかった。
ラナーは会談中一度も立ち上がらなかったが、この時は立ち上がってモモンガの傍に来て手を取っていた。目には涙さえ浮かべて。
「申し訳ありません、モモン様……!王命に逆らってでも、あの者を確実に処刑しておくべきでした……!もうあの愚か者に力を貸す者はいないと思っていたのですが……」
「いいえ、ラナー殿下。おそらく背後に何者かがいるのでしょう。あなたはだいぶ先のことも見えますが、それも完全ではありません。あくまで人間の知恵の範疇です。見誤ることも当然あります。……エ・ランテルの民の無念、晴らしてまいります。パンドラ」
「はっ。失礼いたします。王女殿下」
パンドラはラナーを魔法の効果範囲外まで離れさせる。そのままクライムに預けて、モモンガは魔法を行使する。
「集団上位転移魔法!」
その効果範囲内に居たのはモモンガとパンドラだけ。魔法の光が消えた途端、二人の姿は消えていた。
「長距離の移動魔法を、複数人で……!?ブレインと言ったな!あの方は何者だ!?」
「何者って……。ちょっと凄い魔法が使えるだけの、家族想いのチームメイトだよ」
「私は波動を一切感じられなかった……!そんなことは今までなかったのに!あの御方は、私を超える魔法詠唱者だ!」
その存在に会えたことから、フールーダは歓喜の涙をこぼす。その様子に全員引いていたが、ラナーだけはそんな爺のことは微塵も視界に入れていなかった。
「ラナー様……」
「離して、クライム。まだ会談は終わっていないわ。早急に纏めて帝国を発ちます。それでもよろしいでしょうか?ジルクニフ皇帝」
「もちろん。そちらの国の危機だからな。……ただ懸念として、今の王国に戻るのは危険じゃないか?」
「それでも、やるべきことがあります。遠く離れた地では、できることもできません」
「……全く。王としての心構えまで持ち出した。やり辛くて敵わん」
そう愚痴るジルクニフだったが、このクーデターの後ろにいる存在は誰だかわかっていた。
無能な前王がいると困ったものだと思ったが、口には出さない。