建築士です。
残念ですが、考え方も知識も感性も中途半端です。
>都市部は、美観地区でない限り…
→コレを逆読みすると、「美観地区(景観形成地区や伝建地区の事ですよね)は気に入っている」と読めますよね。
私達(ってゆーか、私個人)の感覚では、それらの美観地区の方が、中途半端な規制で、まるで中○みたいな『ニセモノ文化』を推進している様で、情けなくて汚い街並を創っている様に感じるのです。
「昔風の街並を再現しました」と、同じキャッチフレーズの街並でも、ホントに本気で取り組んで美しい景色を創っている町よりも、表面や色だけマネして、しかもそのマネのレベルが低い為に、かえって気味が悪いハリボテセットを創ってしまっている町の方が圧倒的に多いのです。
乱暴に言えば、USJやTDLと同じレベルの街並を、せっせと創っているのです。
ペラペラの新建材戸建住宅が安っぽくて醜いのは私も同意見ですが、色んなデザインがごちゃ混ぜで混在しており、電柱や電線や鉄塔や看板等が乱立している風景は、ある意味「近代日本の象徴的風景」とも言えるのです。
私個人は、薄気味悪い表面だけ似た色&似た材料のスッキリ嘘っぱち街並よりも、「現代の日本の実生活」が滲み出た、雑多な街並みの方が、機能美が溢れていて好きです。
>日本には日本のあるべき明治、大正期のような美しい日本の景色に戻って欲しいのです。
→この感覚があまり理解できません…
明治大正期の日本の市街地街並は、ある意味現代以上に「雑多でバラバラ」だった筈です。
当時最新の「デザインに優れた西洋風建築」が建っているのは都心の極一部、それ以外は単に「全て同じ工法の木造瓦屋根住宅」と「デザインもクソもないただのコンクリートの箱」の低中層ビルが混在してた…
現代とは毛色が違うだけで、「雑多」の意味では変わらないような気がしますが…
要は「瓦屋根」が大事??
また、日本で「景観や街並みの保護」がなかなか進まないのは、幾つか理由があります。
①飽きが早い国民性
②もともと極一部の富裕層や神社仏閣以外は「建物は戦争や火事で無くなる」事を大前提としており、つい半世紀前迄は庶民は一生借家で暮らすのが当たり前だった
③戦後日本が大躍進できた商業至上主義の経済構造の下で建築業界も発展した為、入れ替わりが激しく、裏を返せば「常に最新技術の中で便利な生活ができている」事を意味する
④税制や資産価値の考え方も、①~③を踏まえた構造となっている
これらのある意味根本的とも言える原因を覆すのには、かなりの労力と時間と、「国民が一致団結して変わる苦しみを享受して乗り越える覚悟」が必要です。
戦争でもないのに、個人の幸せが重視され多様な価値観を認めざるをえない現代で、そんな事が可能でしょうか…?
>例えば出来ること、送電線の鉄塔、電柱、信号、等、つや消しの焦茶で着色するとか、削られた山肌は緑化するとか、建売り住宅を中は洋室でも外観だけでも和風で伝統的で洒落た日本家屋を感じさせるデザインにするとか、屋根は軽量化された瓦にするとか、外壁を茶系の木目調外壁材にしたり、アルミサッシを木目調デザインにするとか、建売り、注文住宅含め、地域に見合うデザイン、色の共有化、建築業界、建材屋でデザインの共有化ができないものか?とも思います。
→全て「カネ」がかかります。
解決方法はただ一つ、国や行政が「国土景観維持税」を導入し、シャレにならないレベルの税金を徴収するしかありません。
生きるだけで四苦八苦していて、福祉事業にさえカネを出し渋る(私も含め)現代の国民が、協力してくれますかね?
>日本の風景を美しくするにはどうすればいいのでしょうか?
→なので、私個人の意見ですが、「メリハリを付ける」のが唯一の解決方のような気がします。
つまり、
やる場所を限定し、その代わり、やるなら中途半端な色や表面材のマネだけじゃなくて、徹底的にやる。
当然、伝統工法なんて馬鹿みたいに金がかかるから、その地域にはふんだんに補助金・税金を投入する。(ある程度の増税を伴う)
それ以外の地域は、「ごちゃ混ぜ街並」を諦める。
コレが、現代の日本では実現可能な手法だと思いますが…
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