【寄稿】 ISはシリアで今後どうなる バグダディ容疑者の死亡

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バグダディ容疑者のものとみられる動画が今年初めにインターネットに掲載された

ドナルド・トランプ米大統領は、過激派勢力「イスラム国」(IS)の指導者、アブ・バクル・アル・バグダディ容疑者が米軍の作戦で死亡したと、大々的に発表した。イギリスの王立国際問題研究所(チャタム・ハウス)の中東・北アフリカプログラム長、リナ・ハティブ氏が、今後の展望を説明する(文中敬称略)。

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アブ・バクル・アル・バグダディが死亡したからといって、ISが自動的に終わるわけではない。ISが今後ただちにどうなるのかは、指導者がまだいるいないよりも、シリア国内の力関係次第だ。

バグダディはISにとって強力な道具だった。特に、いわゆる「国家」を再建しようとしていた最中には。カリフ国家を作ろうというのにカリフ(イスラム指導者)がいないなどあり得ないという考えから、ISはバグダディを分かりやすい組織の「顔」に据えることにした。世界各地に散らばる支持者のための看板だ。

ISはシリアとイラクで軍事的に敗北した。それでも、支持者たちはバグダディの存在に期待をかけ、いつの日かカリフのもとでイスラム帝国を復活させると希望を抱いた。バグダディの言葉は、たとえレトリックに過ぎなかったとしても、ISに同調する人たちを駆り立てた。シリアのアルホル・キャンプでIS戦闘員の妻たちから話を聞いた記者や援助職員も、バグダディの発言には確かにそうした影響力があったと指摘している。

The site of helicopter gunfire near the village of Barisha in Syria's Idlib province where "groups linked to the Islamic State group" were present Image copyright AFP
Image caption The site where the US raid took place

シリア北部へのトルコ進攻に先駆けて、ISの軍事力は大幅に後退していたが、組織はまだ生きていた。スリーパー・セル(潜伏集団)は北東部で、主に一般市民に対して散発的な攻撃を繰り返した。

西へ数キロ行くと、パルミラの東、ホムス近郊に広大なソクナの砂漠がある。IS戦闘員はここで、シリアやロシアの標的を散発的に攻撃していた。北西部では元IS戦闘員が大勢、ISに留まる代わりに現地のイスラム聖戦主義グループに参加していた。シリア・イドリブ県でISに最も近いグループは、アルカイダ系のフラス・アル・ディンだ。ここは戦闘は続けているものの、人数は少なく、地元住民の支持も乏しい。

シリアでIS活動の中心となっているのは、北東部のデイル・アル・ズール周辺。特にボサイラの南からディバン方面へ向かう地域で特に活発だ。「シリア民主軍(SDF)」がこの地域を掌握しているが、地元住民の支持がなかなか得られず苦労している。SDFはクルド人が主体だが、この地域に住むアラブ人はSDFを拒否するだけでなく、周囲の町村にいるシリア軍やイラン系民兵をも拒否している。この地域のアラブ人部族は最近では、シリア政府とイランに対しても反対するデモ行動を起こしている。

トルコのシリア北部進攻の前には、デイル・アル・ズールのアラブ人とSDFの関係が緊迫すると決まってISが活発化していた。数カ月前には、SDFの検問所がアラブ人の通行人に向けて発砲。するとそれから2週間にわたり、デイル・アル・ズール周辺でスリーパー・セルによる攻撃が頻繁になった。アラブ人の中には攻撃に協力する者もいた。情勢が緊迫するとISの攻撃が増えるという図式は今も続いている。ただし、攻撃は即席爆発装置(IED)による小規模のものに限られている。

トルコの進攻以来、SDF幹部はトルコ軍に対抗するため前線へ向かった。それによってデイル・アル・ズールにおいてSDFが手薄になったのをISは好機と捉えてきた。これもまた、ISの活発化につながっている。それでもISはまだまとまった地域の奪還にはとりかかっていない。攻撃手段としてIEDを使っていることからしても、ISの戦闘力は相当に減っていることが分かる。反ISでまとまる国際的な有志連合がデイル・アル・ズールに駐留していることも(米政府いわく、油田を守るため)、ISに対する相当な抑止力になっている。

ISはおそらくバグダディの死を利用して、復讐(ふくしゅう)の名の下に支持者を盛り上げようとするだろう。しかし、戦闘員が死ぬまで闘い続けるという時代はもう終わったように思える。シリアでのIS指導者だったアブ・アイマン・アル・イラキが戦死したときには、前線まで同行した戦闘員は6人のみだったし、最後にはその戦闘員にも見放されて、SDFに殺された。ISの最盛期には、アブ・アイマンほどの幹部が前線に行く必要などなかったのだ。

ISはバグダディの後継者を選ぶだろうが、ISの活動にとって大事なのはそれよりむしろ、シリア北西部と北東部の状況だ。トランプ大統領は、バグダディが殺されたときイドリブ県にいたのは、そこでISを再建しようとしていたからだと述べた。

Damage from the US raid in the Syrian village of Barisha (27 Oct) Image copyright Getty Images
Image caption 米軍による攻撃の跡(27日、バリシャ村近郊)

イドリブ県でバグダディを受け入れたのは、おそらく「フラス・アル・ディン」だろう。イスラム聖戦主義組織のフラス・アル・ディンは、アルカイダへの忠誠を守るため、「ハヤト・タハリール・シャム」(HTS)から分裂した。HTSはイドリブで独自の統治機構を作ろうとしているし、HTSはおそらくシリア軍に対する戦闘ではフラス・アル・ディンと共闘しただろうが、イドリブの住民の間にはISへの反発が広がっているため、イドリブが新しいISの国の首都になる可能性は低い。

北東部については、シリア軍が展開先を増やしているが、その実行力は限定的だ。兵員や装備が前より減っているからだけでなく、シリア南部ダラアでの内戦に対応しつつ、北西部イドリブでの先頭に備えているからだ。

最近では、シリア軍の進軍を受けてクルド人勢力もシリア国旗を掲げ始めたとはいえ、北東部を制圧しているのは今もクルドの戦闘員だ。ISがこの地域を攻撃するとしても、それは反ISの国際有志連合がこの地域を離れた後のことで、その場合はSDFを嫌うアラブ部族がISを支援することになるのだろう。とはいえトランプ大統領は、有志連合はこの地域の油田警備をやめたりしないと言明している。

たとえISと戦う国際有志連合がバグダディの死をシンボリックな勝利として捉えたとしても、IS復活にとって何より燃料になるのは現地の緊張関係だ。北東部の状況からも、これは明らかだ。そして、有志連合の部隊が現地に駐留し続けることこそ、ISに対する最大の抑止となる。

(英語記事 Abu Bakr al-Baghdadi: What his death means for IS in Syria

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