| この世に生きるすべては諸行無常。 命尽き、死すればそれは無であり常。 生きている限り、人や物はすべて同じであり続けることは無い。 時は常に流れ、常に移ろい、 今、そうであったものが、 次に今と思った瞬間にはそうではなくなっている。 今、今、今。 一つ前の今は、すでに今ではなくなり、 考えているうちに今は過去となり、時は否応なく押し進んでいく。 人は、未来を考えているように見えて、 実は常に「今」のことまでしか考えられない。 1秒先のことを考えていたら、 その1秒先は考えているうちに今となり、過去となる。 明日のことを考えているけれど、 実は1秒先のことも予想できない。 状況は常に変わる。 今の状態で明日のことを考えても、 1秒先には予想も出来ない状況が待っている。 状況は常に変化し、変化した先には違う未来が待っている。 諸行無常を克服するには、この世の外に出るしかない。 死すれば、すなわち「無」であり「常」。 死は無常を許さない。 死は永遠に変わらぬ「無」の世界。 死んだら自我が残るかも解らない。 自我を失えば「無」を感じることも出来ない。何も無いんだから。 死は時を無視した状態であり、 この世の流れの外にある。 生きている人間には死んだ人間の姿は見えず、 時の流れに縛られている人間に、 時を超越した死の世界はやはり見えない。 時間とは何か? 生きてさえいれば、ただじっとしているだけで時は過ぎていく。 未来は勝手にやって来て、 今は無意識に通り過ぎ、 振り返らない限り過去は思い出せない。 時間とは何か? 時の流れとは何か? 太陽と地球が作り出す重力と、物質破壊の流れの一種か? それとも、もっと不思議な別の力か? 24時間という一日の時間は、地球だけの基準であり、 言い換えれば別の星では一日は24時間ではなくなる。 一日が24時間ではない星では、生き物の寿命も変わるのか? 地球での1秒は1秒ではなくなるのか? 光の速さは、別の宇宙では違う速さになるのか? 物質の重さが変われば、時間の速さも変わるのか? 時間の概念がわかれば、 人が生きる仕組みもわかり、 強引に流れていく時の流れに従わず、寿命を自由に操作できることも可能に出来る気がする。 けれど、 時が人を操作するのではなく、 人が時を操るようになったとしたら、 それには膨大なエネルギーが必要になる気がする。 この世の全ての物質の1秒後の状態を用意して、初めて1秒後の世界に進むことが出来る。 それを毎秒操作していかないと、同じタイミングで世界を動かすことは出来ない。 考えただけでも膨大な作業だ。 何気なく生きているこの世界は、 空気の中のチリ一つ取ってみても不思議なことだらけ。 ただ、こういうことを考えることができるのは、きっとこの世で人間だけだろう。 人間にのみ与えられた特権なのだから、考えてみても悪くは無いはずだ。 たまに、俺は思うことがある。 時々、1分がものすごく長く感じる時がある。 そうかと思えば、あっという間に1時間が過ぎる時もある。 そういう時って、人間が時を超越している瞬間なんじゃないか?ってね。 人が死ぬって、何がどうなるんだろう? って考えた時、 その人の全ての時間が止まるんだ、って思ったら、ちょっと納得できた。 けど、生きている人は自分の時間を止める事が出来ないから、 もう二度と接触することが出来なくなるんだ、って。 ああ、難しいことを考えてたら眠くなってきた。 眠るって行為も、もしかしたら時間を超越した何かなのかもしれない…。 |