湿地帯中毒

湿地帯中毒患者(末期)の日記です。

日記

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外来種としてのアメリカザリガニの侵略性について、最近読んだ関連論文のメモと感想。

 

Anastacio, P.M., Parente, V.S., Correia, A.M. (2005) Crayfish effects on seeds and seedlings: identification and quantification of damage. Freshwater Biology, 50: 697-704.(LINK

アメリカザリガニによる水生動植物の捕食と稲への食害を報告した論文。

 

Angeler, D.G., Sanchez-Carrillo, S., Garcia, G., Alvarez-Cobelas, M. (2001) The influence of Procambarus clarkii (Cambaridae, Decapoda) on water quality and sediment
characteristics in a Spanish floodplain wetland. Hydrobiologia, 464: 89-98.(LINK

アメリカザリガニ侵入による濁りの増加を報告した論文。

 

Barbaresi, S., Tricarico, E., Gherardi, F. (2004) Factors inducing the intense burrowing
activity of the red-swamp crayfish, Procambarus clarkii, an invasive species. Die
Naturwissenschaften, 91: 342-345.(LINK

アメリカザリガニの巣穴掘削による土手の崩壊を報告した論文。

 

林 紀男・稲森隆平(2010)コイによるアメリカザリガニ捕食が沈水植物群落に及ぼす影響.水草研究会誌,94:28-34.

※コイ(これもここでは外来種)がいないところではアメリカザリガニが増え、沈水植物群落に悪影響を及ぼすけれども、コイがいるとアメリカザリガニを食べるので植物に対する悪影響が軽減するらしいことを報告した論文。

 

Nishijima, S., Nishikawa, C.,  Miyashita, T. (2017) Habitat modification by invasive crayfish can facilitate its growth through enhanced food accessibility. BMC Ecology, 37: DOI 10.1186/s12898-017-0147-7(LINK)(著者らによる解説

アメリカザリガニによる水生植物の切断行動が、水生植物を隠れ家とする水生昆虫類の捕獲効率を高めることにつながり、ザリガニ自身の成長が促進されることを示した論文。

 

Bucciarelli,G.M., Suh, D., Lamb, A.D., Roberts, D., Sharpton, D., Shaffer, H.B., Fisher, R.N., Kats, L.B. (2018) Assessing effects of non‐native crayfish on mosquito survival. Conservation Biology, 33: 122–131.(LINK)(記事

アメリカザリガニによるヤゴの捕食が、ヤゴそのものの減少とヤゴの行動特性の変化を引き起こし、蚊の個体数増加を引き起こすことを報告した論文。

 

<日本語の総説>

苅部治紀・西原昇吾(2011)アメリカザリガニによる生態系への影響とその駆除手法.川井唯史・中田和義(編).エビ・カニ・ザリガニ‐淡水甲殻類保全と生物学.pp. 315-328. 生物研究社,東京.(リンク
アメリカザリガニの生態系影響、国内における生態系破壊事例、対策事例をまとめた総説。(← 書籍の中の一節ですが非常に充実していて、かつ読みやすいのでアメリカザリガニの生態系影響や対策方針を理解する上でおすすめです。本そのものも専門的ですがどの節も面白いです。)

 

アメリカザリガニによる生態系への悪影響を報告した論文は、この他にもたくさんあるようです。ちなみにアメリカザリガニは日本の侵略的外来種ワースト100(日本生態学会,2002)、環境省農水省の定める「生態系被害防止外来種リスト(リンク)」で緊急対策外来種に選定されています。ちなみに「福岡県侵略的外来種リスト2018(リンク)」でも重点対策外来種に選定されています。

以上のように、かなり身近な外来湿地帯生物であるアメリカザリガニですが、その生態系に与える悪影響は大きいことがよくわかります。そして実は私も調査地でアメリカザリガニによると思われる衝撃的な湿地帯の変貌を目の当たりしています。それが冒頭の写真なわけですが・・

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この写真は左が2011年10月、右が1年後の2012年10月です。左は水草が繁茂しており、右では消滅しているのがわかるかと思います。同じ10月ですので、その違いは明白です。

このビオトープはもともと陸地であった休耕田を掘削して造成したもので、2011年3月に完成後、同年4月から3年間毎月調査を行っていました。陸地だった場所を掘ったので、当然造成直後にはアメリカザリガニはおろか、湿地帯生物は何もいません。造成したその年の6月くらいから埋土種子に由来すると思われる水草類(ミズオオバコ、イトトリゲモ、キクモ、イボクサ、コナギなど)が生じはじめ、8月以降は大繁茂して楽園となりました。写真左はそのピークの頃の様子です(白く点々としているのはミズオオバコの花です)。ここでは造成直後から色々な水生昆虫が次々と飛来してきましたが、アメリカザリガニの初確認は8月、スクミリンゴガイの初確認は9月でした。周囲は水田地帯であり、アメリカザリガニスクミリンゴガイも多く生息していたことから、降雨時などに陸上を移動してビオトープに侵入したものと推察されます。すなわち、上の写真左の10月時点では、よく繁茂した水草の中にアメリカザリガニスクミリンゴガイがいるという状況であったということです。さて、その翌年は春先からずっとアメリカザリガニスクミリンゴガイも確認されていたわけですが、一方で、昨年にあれほど繁茂した水草類は一切出現しませんでした。そのまま秋を迎えたのが、上の写真右の10月の風景ということになります。この劇的な変化は何が原因か?ということを考察してみたいと思います。

実は2011年に繁茂した水草の一部(ミズオオバコ、キクモ)は持ち帰って栽培していたのですが、翌年以降も普通に発芽し繁茂しました。すなわち2年目に発芽しないという訳ではないということです。また、このビオトープの上流には水田はなく、除草剤も使用された形跡はありません。すなわち薬品が原因ではないということです。また、偶然2013年は水不足で5月頃に干上がり、サギ類やアライグマなどにアメリカザリガニスクミリンゴガイが食べられてしまい一時的にいなくなりました。すると水が戻った同年7月には水草類が一時的に繁茂しました(が、その後すぐに消えました)。すなわち、アメリカザリガニスクミリンゴガイがいない状況では、やはり発芽して成長するということです。

先に紹介した文献からは、アメリカザリガニ水草を捕食すること、捕食しない場合も切断することが明らかにされています。これらの事実を統合すると、水草類が成長しきった後にアメリカザリガニが侵入しても大きな影響を与えないが、水草類の発芽時期(ここでは6月頃)にアメリカザリガニがいる場合には水草群落は破壊されてしまう、と考えられます。私がみたこの事例も、アメリカザリガニによる生態系破壊の一例なのでしょう。非常に衝撃的な経験でした。何人かの水生昆虫の研究者から、アメリカザリガニが侵入して茶色く濁った水を「ザリ色の水」と呼ぶ、というのを聞いたことがあります。この写真右の水がまさに、ザリ色の水なのでしょう。

 

さて、ここで少し気になるのはじゃあこれまでアメリカザリガニは何で問題にならなかったのか、ということです。外来種としてのアメリカザリガニは「古い」です。アメリカザリガニは国内では1927年に神奈川県に持ち込まれたのが最初とされています。九州ではおそらく福岡県がもっとも古く、1934年に柳川市に持ち込まれたという記録があります。いくつかの文献記録から、九州の平野部では1950年代には広く分布するようになったものと思われます。したがって、すでに広く定着して60年以上が経過しており、そんなアメリカザリガニが、近年になって生態系に対する高い侵略性があるということが指摘されるようになったということです。なんで今更?という疑問が生じます。

この理由について明確に説明したものは不勉強ながらみつけられませんでしたが、福岡県内の状況をみると、平野部の水草類や水生甲虫類は1950年頃から1980年頃に多くの種が絶滅やそれに近い状態になっています。もちろん圃場整備や除草剤、農薬等のピークとも一致するため、はっきりしたことはわかりませんが、同時にアメリカザリガニによる食害も影響していた可能性があります。また、実はアメリカザリガニの分布拡大は現在進行形で、東北地方や北陸地方には未侵入の地域があることが知られています。苅部・西原(2011)によれば、福井県中池見湿地に侵入したのが1990年代後半、石川県加賀市のある池に侵入したのが2000年頃、同県金沢市のある池に侵入したのが2007年頃などの事例が報告されています。近年の急速な分布拡大には、気候変化や捕食者となる在来種の減少なども関係しているかもしれません。いずれにしろ、90年前から少しずつ各地の湿地帯の生態系を破壊しつつ分布拡大し、最後に残った楽園に侵入しつつあることでようやくその問題が顕在化した、というのが現在の状況ではないかと考えられます。

これほどの悪影響があることが判明した今、また生物多様性保全が社会的課題となっている状況で、外来種アメリカザリガニと今後どうつきあっていくのか、というのは大きな課題といえます。根絶は目指すべきものであるものの、現実的には色々な意味で困難でしょう。野外については未侵入地への侵入定着を徹底的に防止するとともに、生物多様性保全上重要な地域に入ってしまった場合に徹底的に駆除をするという形が現実的です。一方でアメリカザリガニにはいくつもの飼育品種があり、鑑賞生物としても親しまれています。子供向け飼育本にも普通に登場している存在です。したがって、特定外来生物等に指定して飼育そのものを規制するのはなかなか難しいように思います。とは言え、外来種としてのその高い侵略性は十分に周知されるべきですし、何らかの法的規制も視野にいれつつ、その取扱い方については今後優先的に議論されるべきものであることは間違いありません。

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ところで時々勘違いされていますが、日本列島に自然分布するのは二ホンザリガニただ一種で、その自然分布域は北海道と東北地方北部の一部のみです(以前に紹介した系統地理論文はこちら)。すなわち本州の大部分、四国、九州、南西諸島にいる身近なザリガニは、すべて外来種アメリカザリガニです(関東地方の一部に国内外来種として二ホンザリガニが、北海道から北陸地方にかけて数か所で同じく北米原産のウチダザリガニが定着していますが、普通に出会うことは少ないでしょう)。アメリカザリガニは私も幼少時に熱心に釣りを楽しんでいた湿地帯生物なので愛着はありますし、大きな真っ赤な個体を採ると喜んでしまいますが、一方で、日本各地の湿地帯を回って、アメリカザリガニがいない湿地帯の素晴らしさや、侵入後の壊滅的な状況も知ってしまいました。日本列島の湿地帯の保全と再生にあたっては、もっとも対策が必要な外来種の一つであると思っています。

 

追記

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右から1957年、1983年、2018年に出発された子供向けの生き物飼い方本。すべての表紙にアメリカザリガニが鎮座しています。外来種としての生態系影響は甚大ですが、効果的な対策を進める上で、アメリカザリガニがこれまでずっとこういう存在であったという事実はよく考えないといけないわけです。

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  • ふなきち

    アメリカザリガニが極めて厄介な外来種であることに異論はないのですが、ビオトープが水不足で干上がった2013年にアメリカザリガニなどの外来種が食べられいなくなりそれにより水草が復活したというのは少し飛躍がある気がしました。
    と言いますのも、造成した2011年には水草類が生えたようですがそれはあくまで地理的に定常的にそこに生える類いのものではなく造成直後の特殊な環境(乾燥した陸地→湿地)で生えた一時的なものであると仮にすると、2013年の雨が少なくなった際に2011年と同様の環境が偶然でき短期間水草類が生えた可能性がある気がしました。
    私は水草類に詳しいわけではないので、例えば2012年のビオトープの環境でもアメリカザリガニ等がいなければ普通に生えるはずである種類の水草類が生えなかったということであれば上記の説は否定されると思いますが、いずれにしても記事内の内容だけからは私の述べたようなことが起こった可能性もあるように感じました。

  • おいかわ丸 (id:OIKAWAMARU)

    コメントありがとうございます。確かに干出等の強度の攪乱が水草類の大量出芽を招いているという可能性も否定できません。この点についてきちんと調べていないので、なんとも言えませんが、ただ持ち帰って栽培しているものは特に水を干出等の刺激がなくても以後ずっと冬には枯れて春には発芽して繁茂しているので、2012年にも発芽はしていたのではないかと予想しています。

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