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慰安婦映画「主戦場」、上映中止 共催の川崎市が「懸念」

社会 神奈川新聞  2019年10月25日 21:53

 川崎市麻生区で27日から始まる「KAWASAKIしんゆり映画祭」で、慰安婦問題を扱ったドキュメンタリー映画「主戦場」の上映が一度は予定されていながら中止となったことが25日、分かった。映画の一部出演者が上映禁止などを求めて訴訟を起こしていることを受け、共催者の川崎市が主催者のNPO法人に懸念を伝えていた。

 映画祭はNPO法人「KAWASAKIアーツ」が主催し、事務局を運営。上映作品はボランティアを含むスタッフ約70人の投票で選んでいる。市や市教育委員会などが共催しており、開催費用約1300万円のうち約600万円を市が負担する。

 「主戦場」の配給会社「東風」(東京都新宿区)によると、6月に映画祭事務局から上映の打診があり、ミキ・デザキ監督をゲストとして呼びたいとの意向も伝えられた。8月5日午前には映画祭事務局から上映の申込書が提出された。

 しかし同日午後、事務局から「『訴訟になっている作品を上映することで、市や映画祭も出演者から訴えられる可能性がある。市が関わってやることは難しいのではないか』と川崎市に伝えられた」と連絡があったという。東風には9月9日付で上映申し込みを取り消す正式な文書が届いた。

 映画「主戦場」を巡っては、出演者の一部が「『学術研究のため』と説明されたのに、商業映画として公開され、著作権や肖像権を侵害された」として、デザキ監督と東風を相手に上映禁止などを求め、6月に提訴している。

 市市民文化振興室によると、7月下旬に事務局から提訴の件を知らされ、市内部で検討の上で、「裁判になっているものを上映するのはどうか」と伝えたという。同室は「中止を求めたのではない。共催者として懸念を伝えただけ」としている。

 映画祭の中山周治代表は「市からの連絡は圧力と受け止めておらず、忖度(そんたく)もしていない。主催者の判断で決めた。スタッフもボランティアが多く、電話や現場対応でのリスクが想定された。来場者に迷惑をかけられない」と中止の理由を述べた。その上で「表現の自由を萎縮させてはいけないとの思いはあるが、映画祭存続のための苦渋の決断だった」と話した。

 デザキ監督は東風を通じ、「表現の自由が日本で死につつあることを非常に心配している。こうした攻撃と戦わなければ、政府の意向に沿った作品しか上映できなくなる」とコメントした。

ドキュメンタリー映画「主戦場」 日系米国人のミキ・デザキ監督が製作。慰安婦問題の歴史研究者や元慰安婦の親族のほか、元慰安婦の証言を虚偽だと主張する政治家や評論家へのインタビューを通じて慰安婦問題の本質に迫った。インタビューに応じた「新しい歴史教科書をつくる会」の藤岡信勝副会長や米国弁護士のケント・ギルバート氏ら5人は、「学術研究のため」という当初の説明と異なり商業映画として一般公開されたとして、著作権や肖像権の侵害を主張。「映画で『歴史修正主義者』などのレッテルを貼られ、名誉を毀損された」とも訴え、上映禁止と損害賠償を求めて6月に東京地裁に提訴した。


「提訴で萎縮まずい」
「映画祭の役割放棄」
専門家から批判の声


 歴史認識が絡んだ表現活動が、またもや中止に追い込まれた。「あらゆる作品の上映が裁判を起こすことでつぶされる」。訴訟沙汰になったことを懸念して上映に及び腰になった市や主催者の姿勢に、専門家からは批判の声が相次いだ。

 「判決や仮処分決定も出ておらず、訴えが起こされた時点で萎縮し、表現の場をなくしてしまうのは非常にまずい。提訴した側の言いなりになってしまっている」。明戸隆浩東大大学院特任助教(社会学)は行政や主催者の対応をそう問題視する。

 あいちトリエンナーレの「表現の不自由展」と似た構図だと述べた上で、「歴史認識が絡んだ表現活動が取りやめられることに慣れてしまっている社会が怖い」と危機感を示した。

 過去に同映画祭のプログラムに関わったこともある日本映画大学の安岡卓治教授は「一度上映すべきと決めた判断が作品の良しあしではない理由で覆った。あり得ないことで、映画祭の役割の放棄だ」と憤る。主催者に「懸念」を伝えた市には「市民の自立的な判断を尊重する姿勢が必要だった」と苦言を呈する。

 2008年の同映画祭では右翼の妨害で上映中止が相次いだ作品「靖国」を上映している。それから11年、「公金を口実にした権力の介入と自己規制のバイアスは強まっている」と受け止める。

 失われた上映と鑑賞の機会を回復させるため、安岡氏は11月4日に主戦場を上映する公開授業を同大で企画。デザキ監督が登壇するシンポジウムも予定しており、「表現の自由をどう守るべきかを市民とともに考える場にしたい」と話した。


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