祈り、願い
テーマ:My life
各地で色んな被害が出ているね。
死者も出ている。
あたしがお世話になっていた長野の被害も酷い。
玄師とやり合ったのだろう場所あたりも、どうやら被害が出ているみたい。
あの辺りにはお世話になった人も住んでいる。
今は連絡を取っていないので、無事かどうかも分からない。
どうか命がありますように。
そう願うことと、祈ることしか出来ない。
こういう時の人間とは無力なものだね。
あたしが地元を出て、単身で長野に行って。
人を疑ったことのない平和な田舎から出て行った10代の娘にとって、ちょっと都会感を感じる長野市はとても刺激的な場所だった。
それなりにお店があって、飲み屋もある。
善光寺さんは子供の頃から家族で行っていた場所だったから、とても親しみがあった。
長野は行く前から大好きな土地だった。
海っぱたで生まれたあたしにとっては、山に囲まれた長野は、見た目にもそれまでとは違った場所だった。
単身で地元を出る事には全く不安を感じなかった。
むしろワクワクしてた。
あたしの他に同級生の男子が同じホテルに就職することになっていて、それまで殆ど話した事が無かった人なのに、説明会だの何だのは一緒に行った。
どういう縁なのか、我が家と繋がりのある家の奴だった(苦笑)
あたしはその頃からめちゃくちゃマイペースだったので、たいして話したことも無い男子を引き連れて、善光寺さんに行ったのを覚えてる。
今考えると、かなりアホだよねと思う。
彼氏でもない、友達でもない男子で、ろくに話したことも無かったのに、善光寺さんに行きたかったので問答無用で引っ張っていった。
彼は一体どう思ってたのか、今となっては分からないけれど、つまらなそうでは無かったので良かったんだろうな。
就職して以降は割と話すようなって、彼のアパートにも入り浸ったりした。勿論彼氏ではないし、友達という意識すらあったかどうか微妙だけれど、気楽だったので。
男子=危険という意識が極めて薄いあたしは、長野時代なんてホントそんな感じだった。危険どころか、気楽ならまあいいか的な…。
同期の仲間達は結構弾けてる人達で、無謀といえば無謀なことをよく一緒にやっていた。
飲めや騒げやの毎日が楽しかった。
そんな阿呆な生活をしていた中で、あたしをマメに気遣ってくれたのが先輩達だった。
今被害が出ている地区に住んでいる人も、その中の一人。
彼との食事にも誘ってくれたり、困ったりすると助言をくれたり力を貸してくれたりした。
時に厳しく指摘してくれたこともあった。
でもいつも温かな人で、あたしの名前をよく呼んでくれた。
他の先輩達やかなり年上の役職のある先輩も、困るとフォローしてくれた。
地元に帰ってから、こっちに来たついでに会いに来てくれた人もいた。
長野はあたしの新しい人生が始まった場所だった。
辛いことも沢山あって、嫌な男の先輩に殴られもしたけど、それすらもこのヤロー!という自分を作れたものになった。
そんな土地で被害が出ている。
想わないわけがない。
どうか、どうかと思う。
そして自分が、こうやって生きられていることをありがたく思う。
避難をしている人達や救助を待つ人達は、とても大変な状況の中にあると思う。
ただ、忘れないで欲しいと思うことがある。
そういった人達を必死に助けようとしている人達も、また同じように大変だということを。
自衛隊や消防の人達は、日々あたし達とは全く違った環境の中で働いている。
災害や争いの中に、命をかけて飛び込んでいくような仕事をしている。
役所で働いている人達も、こういう状況下であっても仕事を優先していたりする。
そんな人達にもまた家族や恋人、友達がいる。
彼らの命が危険にさらされることを望んでない人達がいる。
仕事柄当たり前だと思ってやってもらっていることや、人の善意からの援助や救助は決して当たり前じゃない。
その人達の命と時間を削り、他者に贈っているのだということを知っていて欲しいと思ってやまない。
彼らは人の死を沢山見ている。それがどんなに苦しいことか。そういった精神的ダメージも知っていて欲しい。
ネットでは早く助けてあげてというような書き込みがあるけれど、それは助けに向かっている者達が何より思っていること。
そんな時は早く助けてあげてでなく、救助される方する方どちらにも有益な情報を流して欲しい。
そしてネットやテレビにかじりついているのではなく、普段自分の力になってくれている人に対して、自分が出来ることして欲しいと思う。
今の自分に出来ることは、いつまでもネットやテレビにかじりついていることではないはず。
感想や感情をネットに吐き出すことではないはず。
自分の力で生きれる自分になれるよう、日々の生活の中で色んな知恵を身につけていって欲しいと思う。
それが不要な救助を減らし、多くの人達が生き残れる道になる。
一人一人が生きる力をつけて、弱い者に少しでも手を差し伸べられる余裕のある人間になったなら、助けようと必死になる人は減り、皆んなが助け合う世の中になる。
いつも元気でいて欲しい人が誰かを助けて死ぬ…ということはなくなる。
人一人が死なない。
それは誰かの手ではなく、自分自身の手にかかっている。
一人一人がそういった力を持っているのだということを、こういった災害の中で気付いて欲しい思う。
長野のリンゴは美味しい。
でも…篠ノ井大丈夫だろうか。
今年もりんご祭りは出来るだろうか。
笑ってオマケしてくれた人達は、ちゃんと生きているだろうか。
小布施も好き。栗菓子やジェラートをよく食べた。
一秒でも早く落ち着いてくれればいい。