夫と腎臓とわたし~夫婦間腎移植を選んだ二人の物語
コラム
私の病状悪化で鍛えられた夫の家事力 「いつ私がいなくなっても困らない」と…
掃除と洗濯はテクノロジーに頼った
次に、「せ」と「そ」について。
これはシンプル。テクノロジーに頼ったのだ。掃除はお掃除ロボット、洗濯乾燥機をフルに使って「干す」「取り込む」という工程をカットした。唯一のこだわりはアイロンがけで、実はテーラーの息子だった夫は、「やりたいようにやらせて」と言う。「どうぞ、どうぞ」と譲っているうちに、私の分までやってくれるようになった。
私たち夫婦にとって、家庭は憩いの場であり、何にも代えがたい安らぎの場だ。多少、家が散らかっていても、二人でのんびり過ごせる方がしあわせ。本当はやりたくないのに、義務感で家事をすると、たちまち家庭の空気がピリついてしまう。だから、あえて完璧を求めないようにしている。
移植で体力回復 私ってホントは料理好き?
それが、腎移植を受けた後、アイロンがけ以外の“すせそ”の大半を私が担うようになった。体力が回復したので、夫に頼らなくてもよくなったのだ。
元気になって気づいたことがある。
結婚して10年、私は「自分は料理が嫌いだ」と思い込んでいた。やっとこさ重い腰を上げても、5~10分でご飯モノ・炒めモノをジャッと作り、テーブルにドン。一品勝負、大味だった。
でも、本当は違ったようだ。「健康な体でする料理はこうも楽しいのか」と、今は思っている。夫から腎臓をもらった体は、動いても動いても疲れにくい。今では、晩ご飯の献立を、毎日、夫にライン告知し、3~5品作って夫の帰りを待ち、いざ食事が始まっても、「ブロッコリーゆでようか?」「りんごむこうか?」などと、やたら世話を焼きたがるようになったのだ。
洗濯も掃除も好きになった。鼻歌まじりに洗濯と掃除をすませ、ついには、先日、お隣さんから花の苗を分けてもらって土いじりを始めてしまった。私が外で庭仕事をすることなど、これまで皆無だったので、「もろずみさん、花が好きだったのか」と、近所のおじさまもびっくりだ。
病が運んだしあわせ
病を抱えたことで、夫も私も、自分なりに成長できたのではないかと思っている。少なくとも私が健康だったら、夫がこれほど家事力を身につけることはなかったはず。
いつ私がいなくなっても、夫はきちんと暮らしていける……なんて思いが頭を 掠 めることもあるけれど、今の私はしあわせだ。これは、病が運んでくれたしあわせなのだろう。(もろずみはるか 医療コラムニスト)
監修 東京女子医科大学病院・石田英樹教授
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