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北朝鮮北東部の要衝・羅津港(羅先特別視)に入港する北朝鮮の漁船(写真:2019年8月13日、筆者撮影)

 2019年10月7日に日本の排他的経済水域(EEZ)にある大和堆の周辺で水産庁の漁業取締船と北朝鮮籍漁船が接触し、漁船が沈没した。沈没した漁船の船員約60名は全員無事に水産庁の漁業取締船に救助され、近くを航行していた別の北朝鮮船に引き取られたという。

 なぜ船員に事情聴取をしなかったのかという声があるが、それは難しい。日本まで連れてきたのならばともかく、EEZは領海ではないので、操業の明らかな証拠でもなければ、強制的に事情聴取はできない。現場では任意での事情聴取を打診したそうだが、同意を得られなかったという。

 しかし、10月12日に朝鮮外務省のスポークスマンは、次のように日本を批判した。「日本政府の当局者らとメディアは、我が漁船が取り締まりに応じず、急旋回をしたために自国の取締船とぶつかったのが事件の基本原因であるかのように世論を惑わしている……日本政府が我が漁船を沈没させて物質的被害を与えたことに対して賠償し、再発防止対策を講じることを強く求める」

 それに対して、10月18日に水産庁は記者会見で、北朝鮮漁船との接触とその沈没状況についての映像を公表した。明らかに北朝鮮漁船の急旋回が、水産庁の漁業取締船と衝突した原因である。おそらく操舵(そうだ)ミスであろう。

北朝鮮漁民の暴力でロシア官憲が負傷

 類似の事件がこれからも発生する可能性がある。いや、もっと大きな事件が発生する可能性もある。日本のEEZに北朝鮮の漁船がこれからも押し寄せてくるからだ。10月12日に朝鮮外務省のスポークスマンは「正常に航行していた我が漁船を沈没させる白昼強盗さながらの行為を働いた」とも言っており、日本のEEZにおける北朝鮮漁船の活動を正当化している。

漁業取締船「おおくに」船首下部の突起部分付近を調べる第9管区海上保安本部の職員(共同通信)

 2カ月前、8月23日と24日には、海上保安庁巡視船が北朝鮮の国旗が描かれた貨物船と高速艇を発見。24日には高速艇が一時、巡視船から30メートルまで接近した。艇内に迷彩服のような服を着た3人が確認され、1人は小銃を巡視船に向けて構え、1人はビデオ撮影をしていたという。

 発砲はなかったが、9月17日に北朝鮮外務省スポークスマンは「去る8月23日と24日に、我々の専属経済水域(EEZ)に侵入した日本の海上保安庁の巡視船と船舶が我が共和国の自衛的措置によって追い出された。我々が、自分の水域で日本側の船舶を追い出したのは正々堂々たる主権行使である」と発表した。

 北朝鮮は、国連海洋法条約に加盟していない。署名はしているが、批准していないのである。もちろんEEZの設定などは発表していない。だから、北朝鮮が自国のEEZを主張するのはおかしい話である。だが、北朝鮮は、そんな国連海洋法条約のレジームは全く無視している。

 現在、大変なのは日本よりもロシアだ。9月17日に、ロシアの治安機関である連邦保安庁(FSB)は、北朝鮮の漁船の乗組員がロシア国境警備隊の監視船に対し武装攻撃を行い、3名が重軽傷を負ったと発表した。

 北朝鮮の漁船から発砲を受けたロシアは、ロシアのEEZで違法操業する北朝鮮の漁船を拿捕(だほ)し始め、すでに9月だけで数百人を拘束した。10月15日にFSBが北朝鮮漁船を臨検した際に、乗り組んだFSB職員の銃を船員が奪おうとした。FSB職員1人が頭を負傷したために、FSB職員が発砲して北朝鮮の船員1人が死亡、8人が負傷した。

 これは他人ごとではない。類似の事件が日本のEEZで起こる危険性は十分にある。海上保安庁と水産庁は、それに対して十分に備えておく必要があろう。